いきなりヒロインとエンカウントしました。

「さて……これからどうするかな」


 アレクサンドラとの面会を終えた次の日の朝、僕はもぞもぞとベッドの中から天井を見つめ、考え込む。

 この『エンゲージ・ハザード』というゲームの世界は、ヒロイン達とのラブコメパートをチャット形式で、メインシナリオを含めた戦闘パートなどはカードバトルによる一方通行型のRPG形式で進行する。


 つまり、ゲームのシナリオに関わってしまえば、否応なしに戦闘する場面が訪れるってことだ。

 その敵はヒロインによって異なり、時には賊や暗殺集団、またある時は国家や軍隊、伝説級の魔獣や英雄など、枚挙にいとまがない。


 もしそんな連中と遭遇することになってみろ。今のハロルドなんて何もできずに、あっという間に死んでしまうよ。


 というわけで、僕は必然的に強くなる必要があるわけなんだけど……問題は、どうやって強くなるか。


 まず、『エンハザ』ではキャラごとにスキルや属性が存在し、これは全てキャラ固定となっている。

 唯一無印……というか、どんな属性やスキルでも、プレイヤーの好みや戦略でセットできる、主人公のウィルフレッドを除いて。


 それに加え、武器カードを装備することによって攻撃力や防御力が底上げされ、武器カードに設定されている特殊スキルが使えるようになる仕様だ。

 もちろん、武器カードのレアリティやキャラと同じ属性かどうかによっても、能力の上昇値などが変わるから注意するんだぞ?


 だけど。


「……そもそも、男キャラはカードでは登場しないんだけどね」


 忘れてはいけないのが、『エンハザ』はチャット型恋愛・・スマホRPGであること。男キャラなんて最初から需要がないんだよ。

 百歩譲って男の娘キャラならワンチャンあるかもしれないけど、残念ながらこのゲームには、男の娘のヒロインは実装されていない。


「一応、主人公とハロルドのバトルは何度もあるし、公式でもイベントごとのハロルドの能力値は公開されてはいたけど……」


 そうなんだよ。ハロルド、噛ませ犬・・・・以下・・のキャラだけに、強くない……いやいや、この評価は少し語弊があるな。

 能力値の設定がでたらめすぎて、死ぬほどピーキーで扱いづらそうなんだよ。


 というのも、おそらく制作者側もハロルドに興味がなさ過ぎて、能力設定を適当にしたみたいなんだよね。もちろん、ハロルドが弱くなるように。

 カーディスやラファエルをはじめ、王族は全員光属性だというのに、僕だけ闇属性。魔法攻撃力と魔法防御力はすこぶる高いけど、そもそも固有スキルは正反対の光属性一択。しかも全て物理攻撃のみっていうね。いや、どうしろと。


 え? 物理の能力値はどうなっているかって?

 攻撃力も防御力も登場する全てのネームドキャラの中で最低、特に防御力に至っては紙だよ紙。


 ただ、SP(スキルポイント)だけはレベル一の段階で全キャラ中最高どころか、最大値の九九九でカンストしている。

 だけど、前述のとおり悲しいかな僕のスキルは全て光属性。スキルを一切使用することができず、通常攻撃しかできないハロルドのSPのバーは、一ミリたりとも減ることはない。


 いやもう、制作者がハロルドで遊び過ぎた・・・・・せいで、詰んでしまっているのでは?


 アレクサンドラには『三年待ってほしい』なんて偉そうなこと言ったけど、もはやこの時点でバッドエンド確定じゃないか……って。


「いやいやいやいや! な、何とかなるって!」


 僕は『エンハザ』の全てを知り尽くしているんだ。たとえハロルドであろうとも、主人公に匹敵……は絶対に無理だけど、それでも、そこそこ・・・・強くなることはできるはずだ。

 それに、ハロルドも能力設定がメチャクチャなだけで、魔法攻撃力と魔法防御力に関して言えば、ラファエルにだって引けを取らないし、SPだけなら全キャラトップ。ポテンシャルは充分に高いと思っている。


 あとは、僕が・・いかにして僕を・・育成するかだ。


「それと、武器をどうするかだよね。ハロルドの専用武器の『死神の鎌』じゃ、どうにもならないし」


 『死神の鎌』なのに、何故か闇属性ではなく光属性という悲しきハロルドの武器。いくら僕自身を鍛えても、これじゃあんまりだよ。

 でも、『エンハザ』には、主要キャラやヒロイン達の数以上に武器カードが存在し、主人公やヒロインは武器を自由に選択して使用することが可能だった。


 なら、僕だって同じように好きに武器を選ぶことが可能……なはず。

 こればかりは、ゲーム転生あるあるの『強制力』ってやつが働かないことを祈るばかりだよ。


「まあ、そのあたりも要確認だな」


 とにかく、本編開始までにはあと三年ある。それまでにできる限りのことをして、本編を迎えてもアレクサンドラと婚約したままで、僕達はゲームとは関係なく生きていけばいい。そもそも、王位継承争いなんかに一切興味ないし。


 もちろん、ゲーム本編が始まってしまったら何が起こるか分からない以上、万全の体勢で迎え撃ってやるつもりだけど。


「そうと決まれば、早く起きて武器を見つけ出さないと」


 この世界が『エンハザ』と同じなら、きっとSSRどころか最高ランクのURウルトラレアの武器もあるはず。

 ゲームだったら課金ガチャで手に入れることができるけど、そもそもガチャなんて現実に存在しないから、自力で探すしかないんだ。


「……一番最悪なのは、URクラスだと国宝とか伝説の武器扱いになっている可能性が極めて高いこと、だよなあ」


 一般常識があれば、神クラスのとんでもない武器なんて、国家が厳重に管理しているに決まっている。

 もしそうだったら、絶対に入手不可能だろうし。もちろん、国宝や伝説の武器のレンタルなんてしてくれないだろうし。


 だから、とにかく情報を入手して全ての武器の所在を確認……おっと、ついでにヒロイン達の情報も把握しておこう。


 本編開始の一年前には、僕も王立学院に入学することになるからね。

 出来る限り接触しないようにして、波風を立てずに大人しく過ごさないと。


 すると。


「失礼します」


 一人の侍女が、扉をノックして入ってきた……っ!?


「本日付けで、ハロルド殿下の身の回りのお世話をさせていただくことになりました、“マリオン=シアラー”と申します」


 うやうやしくお辞儀をして名乗った、一人の侍女。

 この僕が、見間違うはずもない。


 だって。


 彼女は押しも押されぬ、『エンゲージ・ハザード』のメインヒロインの一人なのだから。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る