国王から呼び出しを受けてしまいました。

 こんにちは、ハロルドです。

 今日は皆さんに、悲しいお知らせです。


 なんとこの度、僕の特訓量が五倍に増えました。死にそう。


 いや、サンドラが僕のためを思ってしてくれたのは分かるんだよ? でも、僕にも限界というものがあって、オーバーワークも決してよくないことは、前世の知識から理解しているんだ。


 だからね?


「きょ……今日の特訓はこれくらいで、その……いいのでは……?」

「駄目です」


 はい。サンドラに、にべもなく却下されてしまいました。チックショウ。


「ハル様の身体能力は既に限界まで鍛え上げられておりますが、敵の攻撃の予測や、それを踏まえた最適解の動きなど、鍛えるべきところはまだまだたくさんあります。いえ、むしろ身体能力以外の部分で、ハル様は類まれなる才能をお持ちですから」

「そ、そう?」


 ……って、僕は何を嬉しそうにしてるんだよ。

 いつもそれで調子に乗って、地獄のような特訓を繰り返してしまっているというのに……。


「それに……私はハル様に万が一のことがあったら、絶対に耐えられません」


 はい。勇気を出して説得を試みたものの、今の一言で諦めることにしました。

 というか、サンドラの悲しそうな表情って反則だよね。絶対に拒否できない。


「ま、任せてください! どんな特訓だって、やり遂げてみせますとも!」

「まあ! さすがはハル様です!」


 胸を強く叩いて、最大限強がってアピールした瞬間、サンドラはパアア、と咲き誇るような笑顔を見せてくれた。くっそう、最高かよ。


「ニャハハ……相変わらずハルは、サンドラには弱いなあ……」


 キャスの奴、何を当たり前のことを言ってるんだよ。

 僕がサンドラに敵わないなんて、当然じゃないか。


 呆れて苦笑するキャスをジト目で睨んでいると。


「ハロルド殿下。国王陛下より、すぐに謁見の間に来るようにとの指示がありました」


 訓練場を訪れるなり、モニカがうやうやしく一礼して、そう告げた。

 ええー……嫌な予感しかしない。


「モニカ、その……用件は?」

「侍従は何も申してはおりませんが、おそらく、カーディス殿下との一件ではないかと」

「ああー……」


 カーディスがウィルフレッドを派閥に受け入れたのは、そもそもエイバル王からの依頼によるもの。

 なら、それに反対して離脱を決め込んだ僕に対して、何か言ってくるに決まっているか。実際、エイバル王のしたことにケチをつけたわけだし。


「……ハル様。国王陛下があなた様に対して理不尽な要求や、不当な処分をされた場合は、必ず教えてください。その時は、シュヴァリエ公爵家として、陛下に抗議いたしますので」

「っ!? い、いや、大丈夫ですから!」


 憮然とした表情で告げるサンドラに、僕は慌ててそれを止めた。

 そんなことをしたら、原因や理由はともあれ下手をすれば『エンハザ』本編が始まる前にあの・・イベントが起きて、最悪サンドラが処刑されてしまうよ。


「むう……ハル様がそうおっしゃるなら、仕方ありません」


 納得はしないものの、サンドラは口を尖らせつつ受け入れてくれた。

 ふう……前世の記憶を取り戻してから初めて知ったけど、サンドラって意外と苛烈で好戦的なんだよね。気をつけないと。


「じゃ、じゃあ、陛下と謁見したらすぐに戻りますので、それまで僕の部屋でくつろいでいてください」

「……はい」


 ということで、僕は服を着替えて身だしなみを整え、エイバル王の待つ謁見の間へ向かった。


 ◇


「お主達を呼んだのは他でもない。この度、“バルティアン聖王国”から使節団が我が国に派遣されることになった」


 エイバル王の前でひざまずいて顔を伏せる中、僕は心の中で胸を撫で下ろした。

 いやあ、例の派閥の件でお小言を言われるのかと思ったけど、全然別件だったみたい。


 だけど、バルティアン聖王国か……。

 この『エンゲージ・ハザード』の世界においても宗教が存在しており、世界中の教会を統括しているのが、バルティアン聖王国だ。


 『エンハザ』本編においては、物語のメインの舞台となる王立学院に、バルティアン聖王国から二人のヒロインが留学生として在籍している。

 聖女の“クリスティア=サレルノ”と、その従者である聖騎士の“カルラ=デルミニオ”だ。


 クリスティアは一言で言ってしまえば、ザ・聖女に相応しく、輝く黄金の髪にエメラルドの瞳、少し垂れ目が特徴だ。

 性格も、とにかく献身的で慈愛に満ちている一方で、おっとりしすぎているせいで、主人公や他のヒロイン達と会話がかみ合わないこともしばしば。そんなところが、数少ないユーザーからは絶大の人気を誇っていた。


 カルラについては、いわゆる『くっころ系』ヒロインだ。

 藍色の長い髪を巫女の垂髪のように束ね、同じく藍色の瞳には強い意思のようなものを宿していていた。


 何より、彼女が敵に捕らえられるイベントがあるんだけど、その時もお約束の『くっ! 殺せ!』という台詞せりふと、大事なところがギリギリのところまで露わになったシーンが印象的だったなあ……。


 おっと、余計なことを考えている場合じゃない。

 エイバル王の話に集中しないと。


「では、我々をお呼びになったのは、聖王国の使節団のホストを務めろ、ということでしょうか?」

「うむ。話が早くて助かる」


 カーディスの問いかけに、エイバル王は満足げに頷く。

 どうやらそういうことらしいけど、それなら僕には関係なさそうだな。


 さすがに王国の恥・・・・を、他国にさらすような真似はしないだろうし。

 順当に考えれば、カーディスかラファエルがホストを務めることで落ち着きそう……って、あれ? じゃあ、僕やウィルフレッドは、どうしてこの場に呼ばれたんだ?


「本来であれば、カーディスかラファエルに頼むところであるが、今回はただの親善のみのため、王国として特に式典などを行うことも考えてはおらぬ。そのため……」


 ……嫌な予感しかしない。

 しかも、エイバル王がメッチャ僕を見ているし。絶対に目を合わさないぞ。


「……此度こたびは、ウィルフレッドに使節団のホストを任せる」

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