3章 トロツキ
第二十三怪 火車の行路① The route of sun chariots
さて、ノクスを俺の麾下に収めたは良いが、問題はこの後の戦後処理である。信賞必罰、論功行賞、戦の後始末は大変だ。しかも今回の件には、マンティコア、ミノタウロス、の2勢力と、俺たちの第三勢力が複雑に関係しているので、なおのこと面倒である。
もっともマンティコアに関しては、彼らの代表であるハクタが聖人然として無欲であるのに加えて、元ボスであるワルガーが共犯役であったという重大なマイナス点があった為、とても謙虚な姿勢だった。
まあ、兎にも角にも、俺たちはノクスを絞って今回のことを洗いざらい白状させてから話し合いに移ることになったのである。
♦ ♢ ♦ ♢ ♦
で、ノクスに自白させた内容は以下のとおりである。
事の発端は、テオテカの居酒屋の店長グリフォンのテッチョが客とグルになって睡眠薬を入れた酒を提供したことがばれ、店の評判がガタ落ちした事だった。それがなくとも、上納金の支払いのためにぼったくり経営をしていたから、元々悪かった評判が地の底まで落ちてしまったのである。当然、客は来なくなる。もはや経営は成り立たない。
そこで、ノクスはついに切れたのであった。
そもそも、この店の実質的店長はノクスであり、表の店長は支配者であるマンティコアやグリフォンが送り込んでくる派遣店長だったのである。
ノクスは常々、上納金の重さに不満を募らせていたが、とうとうグリフォンとマンティコア、そして不正を暴いたミノタウロスにも報復することを決めた。ミノタウロスにとってはとんだ逆恨みだが。
ノクスは元々いづれは独立勢力を築くために、死霊術によって配下の軍団を作っていた。だが、現状ではまだ兵力が足りない。たった一人で叛逆するには時が熟していなかった。それ故に、最近ボスを追われて荒れていたワルガーに、奸計を成すための隙を見出したのである。
その後は、おおよそ火鼠探偵キエン君の推理通りだった。
ワルガーとテッチョを偽の計略で釣って騙し、協力関係を作らせた。むろん、間を取り持てるのはノクスだけ。ワルガーには、アオリーはハクタにしゃべってしまうかもしれないからテッチョとのやりとりに使わないように言い含めて。
そして、まずはテッチョを殺してゾンビ化。その後、ミノタウロスの墓地へ行き、警備のミノタウロス達に差し入れとして酒を振る舞い、頃合いを見てゾンビ軍団に奇襲させる。殺した警備役たちには用心のため【封赦霊却】《ゴーストデリート》をかける。最後に掘り出したミノタウロスの族長をゾンビ化させて、操って砦に持って帰った。
次にマンティコアの巣への襲撃は、ワルガーの手引きで行った。ワルガーにはテッチョがまだ生きているように装ってノクスはただの連絡係のふりをしていたらしい。
ワルガーは、捕まった子供たちの前でミノタウロスのゾンビと八百長試合をして勝たせてやるから、代わりに上納金をなんとかしてくれという約束を持ちかけられていたようだ。
その策にまんまと乗ってやってきたワルガーをノクスは殺すつもりだったわけだ。
ノクスの計画では、ワルガーを殺してその死体を回収。ワルガーをゾンビ化させた後、テッチョの死体を咥えてグリフォンの領域を闊歩させる予定だった。そして、ノクスがグリフォン達に涙ながらに訴えるのである。
「マンティコア達に店長のテッチョさんを殺されてしまった。仇を取って欲しいニャー。シクシク」と。
その後、ミノタウロスのゾンビに外回りに行かせて、自分がマンティコアの子供達の前に登場して助け出す。マンティコアの巣に戻った子供たちは大人たちにこう言うだろう。
「僕たちはミノタウロスに攫われた。ワルガーさんが助けに来たけど、ミノタウロスに返り討ちにあって殺された。この親切なノクスさんが助けてくれた」と。
あとは、ノクスがなんやかんやとタイミングを調整して、マンティコアがミノタウロスの集落に襲撃する時間帯と、グリフォンがマンティコアの巣に報復しにいく時間帯を一致させれば、三勢力が憎しみ合い恨み合う構図は完成する。
そうしてお互いを殺し合わせて、量産された死体を片っ端から自分の軍団に編入していけば、ノクスがこの地域周辺の支配者になるのも時間の問題だったというわけである。
もちろん、この奸計においてテオテカの居酒屋へ疑惑を向ける者が出てくることは分っていた。故に、昼間俺たちがミノタウロスの古老と来店した時、ノクスは直ぐにこの店が調査されていると察し、テッチョが真犯人であるかのような誤った情報を俺たちに植え付けたのである。
その行動こそが、かえって火鼠探偵キエン君のヒントになってしまったわけだが。
♦ ♢ ♦ ♢ ♦
「まずはスズカ殿。今回の件に関して大変ご尽力を頂き、非常に感謝しております」
ノクスの話を聞き終わったハクタは最初に俺に礼を述べることで、俺たちの功績が一等であることを暗に周囲に知らしめた。
「まさか、そこのバステトが、ワルガーの死体を利用してグリフォンを挑発し、我らがミノタウロスに報復している間に、グリフォンに我らが巣を襲わせる計略までも画策していたとは・・・。もしこの奸計が完遂されていれば、実に惨憺たることになっていたでしょう」
ハクタの言葉に周囲のマンティコア達も激しく頷き、牙を噛み鳴らす。
「さて、この大恩を如何にして返すべきかが、悩みどころです。従来の慣習においては、それに相応しき数の生け贄を差し出して謝意を示すのが、ここらの魔獣の風習ではございますが・・・」
むろん、ハクタはそんなことやりたくない。この聖人君子にそんな真似できようはずはなく。そして俺も嫌だ。シックルやモッケ爺はマンンティコアってどんな味がするんだろうかという調子で、ちょっと涎を垂らしているが、無視だ。
「いえいえ、逃げ出したノクスを実際に捕まえたのはハクタ殿ですから、黒幕逮捕の功績はハクタ殿のものですよ」
と、俺はハクタをヨイショした。
とはいえ、差し引いても余りあることは誰の目にも明らかだ。生贄ではなく、生け贄に匹敵するか、あるいはそれを凌駕する要求をなんとか創り出す必要がある。
俺は少し思案して、
「ところで俺は前から一つ聞きたかったのですが、この砦はどうして料理屋があるだけで、誰も居住していないんですか?」
と、ハクタに尋ねた。
「・・・え、ええ、それは私も聞いた話ですが、元々ここテオテカの砦にはリザードマンの一群が住んでいたのです。それが近年になってこの辺りのグリフォンとマンティコアが強勢になり、砦を競って奪おうとしたものですから、リザードマン達は砦を維持出来なくなって放棄したのです。残った空の砦をグリフォンとマンティコアは相争ったのですが、死者を出すばかりで益が無く疲弊し始めたところ、そこのバステトが両者の間を取り持ち、停戦した・・・という話です」
話が飛び過ぎていて、ハクタはちょっと面食らった顔をしていたが、俺に何か考えがあると見てくれたのだろう。真面目に答えてくれる。
「それじゃ、ノクスは最初この地に平和をもたらしたってことですか?」
「そうなりますね。どういう奸計に基づくものだったかは分かりかねますが」
俺は驚いてノクスの方を見る。
ノクスはつまらなそうに、フンッと鼻を鳴らした。
「まだ手持ちのゾンビが一匹しかいなかった頃の話やわ。だから力を付けるまで調停者としての地位を利用してうまい汁を吸ってやろ、と思っとっただけ。最初は上手く行ってたんやけど、年々上納金の要求が上がっていって経営が破綻したんよ」
尽きせぬ欲望が、平和の使者を滅びの魔獣に落としてしまうとは、因果なものだ。
そして、この因果の起点は、このテオテカの砦そのものである。
話を聞いて俺は腹を括った。
「ハクタ殿。生贄は要りません。代わりに、このテオテカの砦の領有権を俺に譲ってください」
ハクタは俺の要求に狼狽した。
「それは・・・。我々、マンティコアの分の権利はお譲りできますが、グリフォン達は黙っていますまい。スズカ殿がここを領有すれば、必ずグリフォン達と戦になりますよ」
「ほっほっほ。どの道、それは避けられんのじゃよ」
モッケ爺が俺の脇に立つ。
「テッチョとかいう若造が殺された以上、グリフォン側は面子の為にもノクスの引き渡しを要求してくるじゃろう。しかし、スズカがノクスを麾下に収めた以上、それはならん。そもそも事の発端はテッチョの仕出かした不正営業が原因。我らがグリフォンどもに頭を垂れる筋合いは無い。それにじゃ、テオテカの居酒屋の収益をグリフォンとマンティコアで分配するシステムがもはや破綻したんじゃ。そうである以上、遅かれ早かれ、グリフォンとマンティコアで再びこの砦の居住権を争うことになる。ならば、ハクタ殿。汝の群れを余計な闘争に巻き込みたくないのであれば、この砦を我らに譲るがグリフォンとの関係を単純明快に整理できる最上の策じゃろう?」
さきほどまで涎を垂らしていたモッケ爺が張り切って俺の提案をぐいぐい押してくれる。これは薄々期待していた通りだった。野心満々なモッケ爺ならば、目先の食欲よりも古代城砦を根城にするというコンセプトに飛びつくだろうとの予想だ。
モッケ爺の滔々とした説得にハクタは首を振る。
「おっしゃる通り、グリフォンとの闘争を考えれば拙者にとっては最上の策です。元よりこのテオテカの砦はグリフォンとの争いの種になるだけの代物。マンティコアにとっては大して居住地として魅力的でもない。ですから我々マンティコアの面子を保てる理由さえあれば捨て置きたいくらいのものでした。・・・しかし、この策に乗るのはスズカ殿の恩に報いるどころか、さらに借りを作ることになります」
しかし、この答えもモッケ爺には予定通りだった。
「ほっほっほ。それでは戦の準備を手伝って頂ければ。なに。マンティコアの方々の血は求めませぬ。ただ砦の修繕やら、物資の調達などを、その血に代えて提供して頂ければ良いだけですじゃ」
ハクタは少しばかり思案しているようだったが、
「・・・良いでしょう。あなた方とグリフォンとの開戦日まで、我らの総力を以って労働力を提供しましょう」
と、モッケ爺の提案を飲んだ。
周囲のマンティコアにも特に異論は見られないようだった。もっと血気盛んな奴が出てくるかと思ったのだが、その筆頭であったワルガーが権威喪失したことも影響しているのかもしれない。
ハクタは非常に感謝してくれるが、俺としてはGが這いまわる洞窟から一刻も早く拠点を移したかったので、むしろこちらが感謝したい取引である。
おっと、そう言えば、ワルガーのことがまだあった。
おほんっ、と俺はもったいつけて一つ咳払いする。
「ところで、ハクタ殿。ワルガーの処分はどうなさるおつもりですか?」
「さてさて、どうしたものか。狂言誘拐の罪も重いですが、まかり間違えば族滅の危機でした。本来ならば死刑一択なのですが・・・」
ハクタが口籠りながら、ワルガーの方を見やれば、ワルガーは大人しく俯き、息子のエルガーはひしっと父親に体を摺り寄せる。
「・・・ハクタ殿。ワルガーは単身地下牢でゾンビに襲われている子供たちを必死に守り通していました。また、ワルガーは妻をノクスに殺され精神的に追い込まれていた故に判断を誤ったんですよ。もちろん、罪が消えるわけではありませんが、結果的にはワルガーは誰も殺さず誰も傷つけておりません」
俺は何とかハクタに助け舟を出す。
「それはそうですが・・・しかし、追放処分では、ぬるいと納得せぬ者がでてくるでしょう」
「それでは、ワルガーも俺の預かりにしませんか? 我々はこれからグリフォンとの戦が待っています。死刑に満たず、ただの追放よりは重い罰として成立するのではないかと」
「おぉ、それは良い案でございます!」
ハクタは喜んで俺に賛同する。
「ワルガー。あなたもそれで良いですね?」
ハクタの問いにワルガーは否と言えるはずもなく。
結果、俺はワルガーにも持国天の【調伏明王】をかけて、黄金の首輪を嵌めた。ワルガーは今までの粗暴な振る舞いが嘘のように、とても大人しかった。まあ、ノクスがいきなり苦痛で暴れ回る所も見ているので、当然かもしれないが。
というわけで、ノクスに続いてワルガーも俺の麾下に入ることになったのである。
♦ ♢ ♦ ♢ ♦
「ブモーモッモー」
さて、お次はミノタウロスである。
「この老大臣が交渉の全権大使じゃと言っておる」
俺はミノタウロスの言語が全く分からないので、モッケ爺頼りだ。
まず、ミノタウロス側は4人の仲間を殺した犯人としてノクスの身柄引き渡しを求めてきた。もちろん、こちらがその要求を飲めないのは分かった上での話だ。
それに対して、俺が持っているカードは、ミノタウロスの族長との約束「今回の事件を解決したら生贄を12頭頂く」というものである。
故に俺は死者4人分を引いて8人の引き渡しで手を打とうと提案した。対する老大臣は、ノクス本人の分も1頭分引かねばならないと主張し、さらに回収された前族長の遺体がボロボロになっており、契約の履行に瑕疵があるとして、さらに1頭分の値引きを要求してきた。その上、最後に地下牢へ救援に入った功績の分も加算することを求めてくる。つまり値引きに値引いて5頭で手を打とうという提案だ。
モッケ爺やシックルは「族滅の危機を救われておきながらケチすぎる」と言って文句たらたらだった。まあ、下手すると最悪ミノタウロスは全員死んでたからね。
で、最終的に俺が提案した内容は、生け贄の数は5頭でよいが戦士として十二分に使える者に限定すること。グリフォンとの戦が起こった時、功績をあげれば帰還を許すというものだった。
ミノタウロスの老大臣は最初俺の提案を聞いた時とても驚いていた。そして、同行してきた戦士たちとも協議を始めたが、しばらく時間をかけた後も答えが出ず、結局一旦集落に持ち帰ることになった。
全権大使とか言ってたくせに・・・。
とはいえ、これで大方の面倒くさい戦後処理はひとまず片付いたのである。
やれやれ。
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