第二十七怪 火車の行路⑤ 

 俺がノクスの案内でようやくテオテカ砦の中庭に来れた時には、すっかり陽が落ちていた。中庭ではミノタウロス達が篝火を焚いている。工事の音はすっかり止んでいて、マンティコアは皆夜になる前に帰ってしまったようだ。


「おぉ、スズカよ。今、呼びにやろうとしておった所じゃ」

 中庭中央、モッケ爺がシックルとなぜかワルガーを交えて円座になっている。

「スズカさん、こちらにどうぞっす」

 シックルが左に身を避けて、俺に着座を勧める。当たり前だが、地べただ。うーむ、椅子は無理でも、せめて座布団文化的な物は流行らせたい。

 俺が胡坐をかいて円座に加わると、ノクスがちゃっかりと俺の右横に滑り込んできて座る。なお、ムラサメは踊り疲れたのか鞘の中で大人しく眠っているようだ。


「主殿におかれましては・・・」

「あ、良い良い。そんな堅苦しい挨拶は要らないよ。ワルガー」

 畏まった口上を述べようとしたワルガーを俺は制止した。

「エルガー君はどうしてる?」

「エルガーはそこの灌木の茂みの中で寝ております」

「そっか」

 実はワルガーの息子エルガー君もワルガーについて来て、この砦に滞在することになったのである。開戦時はどこか安全な所に避難しておいてもらおう。


「今宵は良い月夜じゃのう。丁度、重なり月の始まりのようじゃ」

 モッケ爺が天を仰いでそう言うので、俺も夜天を見上げれば、例の大きな緑色の月と小さめの紅色の月が確かに接触しているように見えた。焚火のパチパチと爆ぜる音を聞きながら、異色の月を眺めていると、なんだか無性に前世が恋しくなってくる。


「ふむ。それでは、戦略評定といこうかの」

 と、モッケ爺がムステリス語で開始宣言するが、

「スズカ様~、僕らも混ぜて下さい。今、何の話をしているんですか!?」

「スズカ殿! 僕も混ぜくれなきゃ困りますよ。なんたって僕は新進気鋭の期待の軍師(予定)ですからね」

 火鼠探偵キエン君と、自称軍師の軽口牛鬼シャベリキが、どこからともなく俺たちの円座に駆け込んでくる。

 モッケ爺はややこしい奴らが来たと思っていそうな胡乱な眼でそれを見ている。


「ああ、良いよ。座りなよ。でも、モッケ爺の話を邪魔しないでね」

 俺はゲッシー語でそう語り、二人を評定に受け入れることにした。まだ海のものとも山のものとも分からないシャベリキはともかくとして、キエン君の推理力には期待している。

 しかし、こうなると問題は言語だ。

 今まではずっと、俺とモッケ爺とシックルが中心に話し合いをしてきたので、三人の共通言語として使えるムステリス語を使用してきたのだが・・・。


 ・モッケ爺・ノクス   ←どの言語でも話せる

 ・ワルガー       ←ハヌ語・ゲッシー語

 ・キエン君・シャベリキ ←ゲッシー語

 ・シックル       ←ムステリス語


「えっと、シックルってゲッシー語使える?」

「・・・使えないっす」

 シックルは申し訳なさそうにそう答える。困った。共通性で言うと、ゲッシー語採用一択なんだけど、こと戦いに関して、俺は他の面々よりもシックルの感性の方を優先したかった。

 集団が大きくなったことで、多種族連合の辛さというか弱点というか、不便さがとうとう表に出てきてしまったようだ。この森の魔獣たちがなかなか種族を超えて連携することが出来ない理由でもある。もしもドラ〇モンの便利道具を1種類この世界に持ってこれるなら、是非翻訳コンニャクを頂きたい。それも箱詰めで大量に。


「ねぇ、ご主人様」

「何さ?」

 悩む俺の脇腹をノクスがちょんちょん突いてきた。

「ウチが全員の発言を【宣託の巫女】《ハイプリエステス》で復唱したげよか?」

「えっ、良いのか? それが一番助かるけど」

「ええよ~。そのかわり、貸し一つやからね」

「・・・首輪は外せないよ」

「いや、そこまでは期待しとらんわ。とにかく貸しやからね」

「・・・分かったよ」

 俺は渋々了承した。多種族連合会議においてはノクスの能力が必要不可欠となるので、今後も貸しがうず高く積み上がっていく未来しか見えない。困ったことになったものだ。


「ということで、ノクスが全体通訳してくれるから、皆使いやすい言語でしゃべってくれたら良いからね。・・・俺とモッケ爺は今まで通りムステリス語でしゃべる感じで」

 戦略上の細かな部分で、俺とモッケ爺とシックルの間にニュアンスの齟齬が起こるのは出来るだけ避けたい。


「モッモー、ブモッ、モーモーモー、モブモブグーテー」

「『じゃあ、僕もグーテー語でしゃべりますね』」

 早速、ノクスがシャベリキの言葉を全体通訳する。

 とまあ、そんな感じでノクスに大きな借りを作る形で、俺たちの戦略会議はようやく開始できたのだった。


♦ ♢ ♦ ♢ ♦


「おほん。さて、それでは改めて戦略評定を行うこととしようかの。まずはグリフォンに関しての情報を共有しておこう」

 モッケ爺は咳払いで会議を仕切り直した。


「まず、グリフォン側はこのテオテカ砦の変事について未だ察知していないようなのじゃ。それについてはノクスから話してもらおうかの」

「はいな。テオテカの料理屋の店長にテッチョさんを迎えて以降、グリフォンからは12日に一度監察官がやってきて、テッチョさんと近況報告をするんが習慣になってるんよ。んで、最近接触したんが5日前やから、あと7日後に監察官が来てばれるか、風の噂を掴んでそれより早く察知するかって所やね」

「いやいやいや、嘘つくなよ。テッチョはもっと前にお前に殺されているはずだろ」

 ノクスの説明にシックルが突っ込む。

「ねぇ、ご主人様、今のツッコミもウチは復唱せなあかんのかな?」

 ノクスが面倒そうな顔をして俺を見上げる。

「・・・いや、要らないよ。文脈が分かるように回答してくれるならね」


「えっと、5日前にはテッチョさんはもうゾンビやったんやけど、『お店が閑古鳥鳴いてるから、不貞腐れて自棄酒してるニャ。酔っ払ってて会話できないニャ』って言うて厨房に寝転がしといたら、監察官さん信じて帰りはったわ。以前にも同じようなことがあったからバレへんって確信があったんよ」

 皆ノクスの説明を聞いて信じられないという顔をする。

「グリフォンどもユルユルじゃな」

「おいおい、まかりなりにも領有権を争ってる重要拠点だろうに、嘘だろ・・・」

「12日に一度だけって危機管理がなってないんじゃないですか?」

「モッモー、ブモ、ブモーモー、モッモ、モモ、モッモ、ブモォー、ブモブモ、ブモッモー、ブモ、ブモーモー、モッモ、モッモー、ブモ、ブモーモー、モモ、モッモ、ブモォー、ブモブモ、ブモ、ブモーモー、モッモ、モッモー、ブモ、ブモーモー」

「・・・我らマンティコアのボスがハクタに変わって以降、穏健路線だった故、グリフォン側も油断して腑抜けておったということであろう」

 皆が口々にあれこれ言うのをノクスは流石に同時には復唱できず、パチンパチンと両手を叩いて、黙らせる。


「とにかく、7日以内に監察官が実態を調べにやってくるはずやね」

「一応、噂が伝播せぬように周辺の魔獣やら妖精やらには賄賂をばら撒いておいたがのぅ、それでも完全に口を封じるのは難しい。しかし、いずれにせよ開戦前に監察官の視察が入るはずじゃから、それまでは砦の外での物資収集活動に励むのが吉であろうよ」

「いっそ、視察に来た監察官を殺しちゃえば良いのでは?」

 というキエン君の過激な意見に対して、

「それで情報隠蔽を延長できるのは半日分もあるまいよ。監察官が帰ってこなければ本格的な調査隊が来て即座に実態がばれるであろう。下手をすると怒り狂ったグリフォンどもが翌日には攻め込んでくるかもしれぬ。それくらいなら、監察官を正当に客人として迎え入れてアレコレ儀式的な話を吹っ掛けるなり、賄賂をたんまり送るなりして、開戦日を引き延ばす工作をする方が良い」

 つまり、グリフォンが面子を大事にするなら、おそらく監察官を殺して情報隠蔽を図るよりも生かして帰した方が開戦日は遅らせることが出来るはずである。というのがモッケ爺の意見であった。

「なるほど・・・」

 キエン君は青菜に塩の様子で、耳から吹き出す炎が小さくなる。

「ほっ、青二才が」

 モッケ爺の酷い呟きを、ノクスは無視して復唱しなかった。グッジョブ。


「さて、ではグリフォン側の戦力分析についてじゃ。まず、このテオテカ砦の領有権を争っておるグリフォンはクッリョ族という氏族で、族長の名はラッキュー。数は概算じゃが老人も含めてオス50匹、メス100匹に子供が100匹ほど、しめて総勢250匹といったところじゃ」

 結構な数だ。

「クッリョ族では遠征を行う戦士団は、老人を除きオス5匹ずつが組みを作って編成される。つまり、戦士団を構成するのはオスのみで、軍事面の役割分担ではメスは専ら巣の警護を担当するようじゃ。ただし、例外がいくつかある。まず族長とその近衛隊は巣から離れることは無い。近衛隊は5匹一組のオスで構成される。さらに、隠居老人も長老組を作って、戦士団からは除外されるようじゃな。近所の魔獣の話だと長老組も5匹ほどで、天気が良い日は日向ぼっこしながら族長の愚痴を言い合って時間を潰しておるそうな」

 思い浮かべると、なんだかほっこりした光景だ。

「すなわち、クッリョ族の遠征戦士団は、総計8組40匹が最大派兵戦力として計算できる。・・・とはいえ、全戦力を投入してくることは流石に無いはずじゃ。他方面への見回りや牽制、予備隊の温存などを考えると、攻めてくるのは半分の20匹くらいになるかもしれんのぅ」

「いや、グリフォンのメスは弱くないっすよ。巣の警備をメス100匹に丸投げして戦士団の全戦力投入も全くありえない話ではないっす」

 モッケ爺の楽観論にシックルが慎重な姿勢を見せる。

「うむ。あまり楽観的な予測で作戦を練るのはもちろん良くないがの。しかしながら、クッリョ族には同じグリフォン氏族でルッフォ族という対立氏族がおってな。これがどうやら今現在係争中の案件を抱えており、散発的な戦闘も起こっておるようなんじゃよ。故に、全戦力投入は考え辛い。・・・あちらさんが、こちらを瞬殺して全軍を素早く帰還させることが出来ると考えたりしなければ、という条件は付くがの」

「だとすると、やってくる監察官にこちらの戦力を過少に評価させて油断を誘う作戦みたいなのは、返って裏目に出る可能性もあるってことかな?」

「そうなるっすね。けど、過大評価させたらさせたで、勝利をもぎ取るために無理してでも全戦力を投入してくるかもしれないっす」

 難儀な話だ。

「実際の動員兵力はあちらさんの軍事参謀の知恵と性格次第じゃ。あるいはクッリョ族内の政治力学によってくるかもしれが。とにかく、こちらで下手に操縦しようとすれば、返ってこちら側の意図を読み取られてしまうかもしれん。あまり不自然なことはしない方が良かろう」

 モッケ爺の話にシックルも頷く。まあ、そもそもいつ来るかも分からない監察官に対応するため特別に高いコストをかけるくらいなら、本戦での迎撃準備にリソースを割くべきだ。確実な成果を得られると期待できる演出方法でも思いつけば話は別だろうが、そんなものは相手が馬鹿な時だけ上手くハマるご都合主義の展開でしかない。


「モッケ爺さん、相手の戦力は20から40匹ということですが、現状こちらの戦力ではとても対抗できないように思います。どのような防衛策を考えていますか?」

 キエン君が厳しい表情で問う。

 こちらの戦力は、ここに額を交えている7人に加えて助っ人のミノタウロス5頭だけだ。ノクスはゾンビを操れるが、操作できる数には限りがある。

 正面から戦えばグリフォン20頭でも厳しい所を、最大40頭攻めてくるかもしれないのだ。これはきつい。


「ふむ?」

 モッケ爺はキエン君の問いに首を傾げる。

「防衛策?」

 シックルも首を傾げる。

「「「・・・・・・?」」」

 それを見てキエン君もワルガーもノクスも首を傾げる。


「ちょっと、良いですか。僕も色々防衛作戦を考えてみたんですよ! 皆さん是非聞いて下さい」

 皆が首を傾げる中、マイペースなシャベリキが張り切ってしゃしゃり出てくる。

「いや、シャベリキ君。俺は今からモッケ爺とシックルの作戦案を聞きたいから、ちょっと待って欲しいんだけど・・・」

「スズカ殿! 遠慮しないでください! 僕は確かに族長の息子で客人みたいな立場ですが、それでも本心からスズカ殿の配下なんです!」

「いや、遠慮じゃなくてね・・・」

 俺はシャベリキを制止しようとするが、こいつは暴走し始めたら止まらないタイプらしい。

「ということで、将来名軍師として名を馳せることになるはずの僕の考えた最強防衛計画12の秘策を聞いて下さい。まず1つ目は、落とし穴大作戦です」

「え? グリフォン空飛べるのに落とし穴?」

「チッチッチッ。グリフォンだってずっと飛んでいたら疲れますからね。どこかで休む必要があるじゃないですか。だから砦周辺に落とし穴を掘りまくるんです!」

「その途方もない作業をする労働力はどこから捻出するんじゃ? しかもその労力に見合った成果がほぼ期待できんのじゃが・・・」

 シャベリキが自信満々に出した作戦をモッケ爺が呆れたように否定するが、

「ヤレヤレ、老人は直ぐ否定から入る」

 と、酷い言いざまで反論を聞き入れようともしない。

「いや、シャベリキ君。俺もそんな作戦に割くリソースがあるなら、砦内部のトラップ作りに時間を使いたい」

「・・・左様ですか。僕は時代の先を行き過ぎてるのかな?」

 落とし穴のどこに先進性があるのがさっぱり分からないが、一つ目の策は無事没となったようだ。


「くふふ。しかし、2つ目は自信ありです。その名も偽砦作戦。この砦の近くに別の砦を外側だけ似せて作り、敵を惑わせ戦力を分散させるんです」

「いやいや簡単に言ってるっすけど、外側だけ作るのでも途轍もない労働力が必要っすよ? そもそも兵士がいなけりゃ偽物だってすぐばれるっす」

「なら、偽物の方にも兵を配置して・・・」

「そしたら、こっちも戦力が分散されて意味無いっすよね?」

「ふーー、仕方ないですね。そんなにお気に召さないならこの作戦は諦めましょう」

 シックルに論破されたシャベリキは2つ目の策も没にした。


「なあに、今の2つはちょっとした準備運動ですよ。ホップ、ステップ、ジャンプ。3つ目の作戦は、偽投降作戦です。内部で反乱があったように見せかけ、僕がスズカ殿の首を盆に乗せて敵将の所へ持ってくんです。グリフォンはスズカさんが元々生首だけとは知らないですから、間違いなく有効ですよ」

「さっきの2つよりはだいぶセンスのある策じゃが、敵陣のど真ん中にスズカ一人放り込むようなマネが許されるものか。奇襲が成功する確率より、スズカが囚われの身になる確率の方が高かろう」

 そんな策、戦の相手が人間ならまだしも、野生の魔獣相手に通じるか甚だ疑問だ。


「ふー、スズカ殿にリスクを負わせたくないというなら、仕方ありませんね。では4つ目のとっておきの策を・・・」


「・・・モッモー、モーモー、ブモー、ブモッ・・・」

 俺は、さらに策を披露し続けようとするシャベリキに耐えかねて、

「ノクス、もうシャベリキ君の言葉復唱し無くて良いよ」

 とノクスにこっそり耳打ちしたのだが、

「え? 嫌よ。おもろいから、もっとしゃべらせたいわ」

「おい」

 ノクスはノクスだった。

「・・・モーブモブモ、モッモー、モッモー、ブーブモッ・・・」


「・・・えっと、4つ目の策は、草木を燃やして煙で砦を覆う作戦らしいで? それでグリフォンがうかつに攻めてこれへんようになるって寸法らしいわ」

 俺の耳打ちのせいで復唱が遅れたノクスがシャベリキの第4案を要約する。

「いやいや、グリフォン、風魔法得意なんっすよ。大風吹かされたら一瞬で搔き消されるっす。あるいはもっと繊細に砦内部に煙を誘導されたら、こっちが燻り出されることになるんっすわ」

「ヤレヤレ、本当に皆さん出来ない理由ばかりあげつらうのが得意ですね」

 シャベリキは呆れたように両手をあげつつ肩を竦めた。ちょっとイラっとした俺を皆さん許して頂けるだろうか?


 その後も、面白がるノクスによって優先的に通訳された結果、シャベリキの丸秘大作戦の披露は続いた。結局本命のモッケ爺とシックルの作戦案を俺が聞けたのは、最後の12番目の秘策までもが木っ端微塵に二人から論破された後だった。

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