第二十六怪 火車の行路④

「えーっと、【光の聖剣】は光魔法の剣を出せて、【闇影の盾】は闇魔法の盾を出せると。ほんで【電光石火】は高速移動の魔法って、戦闘バランスがめっちゃくちゃ良くて羨ましいんだが」


 素早い攻防が可能な魔剣士。王道と言えば王道だが、生前は手堅く強かったに違いない。


「さてと、次は・・・【雷鳴勅令】って魔法、名前からじゃよく分からんな?」


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【雷鳴勅令】9

 自身の声を半径9㎞以内に大音声で響かせて伝達する

 範囲内にいる伝達対象は、使用言語を問わず、言葉を理解する

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「おおぉ・・・なんという便利魔法」

 思わず、感嘆した。

 種族の違う混成軍では、命令伝達が一苦労だ。グリフォンと戦う際に、そのあたりをどうするかも悩みの種だったが、リンデア君のおかげで一気に解消してしまった。これがあれば貴重な戦力かつ参謀のモッケ爺が伝令係として飛び回る必要もない。


「これは他も期待できそうだが・・・【精神防御】はその名の通りっと、【雷竜召喚】も名前通りの能力っぽいけど、めっちゃ強そうだよなあ。・・・って、羽根生やして飛べるとかどういうオシャレ魔法だよ、この【天使の翼】ってやつ」


 【天使の翼】は長時間は使用できないようだったが、それでもとんでもない能力だ。生前のリンデア君は、めちゃくちゃ強かったに違いない。ほとんどチート級だ。


「まじで、リンデア君が戦死した理由が分からん・・・」


 モッケ爺の率いていたゴブリン軍団って、そんなに強かったのか? それとも味方の人間に暗殺されたとか。


「あと二つか。さて、どんなだろうね?」


 リンデア君の残り二つの魔法は、魔精創造と審判の笛という、ぱっと見ではよくわからんものだ。俺は蜜の瓶の中身を一気に飲み干すと、自己観相を使った。


「そんじゃ、まずは【審判の笛】からいきますかね・・・」

 レッドカードでも出す能力なのかな? などと舐め腐ったことを俺は考えていたわけだが。


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【審判の笛】4

 復活のラッパを具現化して吹き鳴らすことが出来る

 効果範囲4m内 一度使用すると九日間は使用できない

 4秒以内の死者4名までを選択的に4秒前の状態で復活させる

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「ブッ!!! はぁ!? いやいやいや、なんだこれ? え? こんな魔法あり? 嘘だろ、ガチのチートじゃねーか!」

 超ヤバイ魔法キタ。

 ・・・はっ、衝撃的過ぎて語彙能力が著しく低下してしまったぜ。恐ろしい。


 4秒間という制約が結構キツイが、それでもゾンビではなく生身で死者蘇生というのは戦略の幅が大きく広がるだろうし、周りにいる味方に与える安心感は絶大なものがあるだろう。

 まあでも、周囲に味方が5人以上いて同時に死亡した場合は、術者は4秒間の内に残酷な決断をしなければならないわけで・・・リンデア君は生前そういう目に合ったことはあるんだろうか?


「これは隠し玉にしておこう」

 あまり吹聴すべき能力とは思えない。


 で、もう一つの魔法だが。 


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【魔精創造】《ジン・クリエイト》6 上限18体

 精神生命体である魔精ジンを創り出すことができる

 魔精ジンを現世に定着させるためには、体となる道具が必要

 古い歳月を経た道具であるほど、魔精ジンの自由度が上がる

 ただし、魔精ジンの維持には定期的に魔力を与える必要がある

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 なんだこの付喪神製造魔法は。


「ここにある武器って、みんな古代ロークビ帝国があった頃のものなんだよな?」

 つまり、相当に古い道具というわけだ。

 ふむ。これは、いっちょ試してみますかね!

「【魔精創造】《ジン・クリエイト》」

 俺は木箱の脇に置いたままにしていた剣を膝の上に置くと、リンデア君の手をかざす。途端、大量の魔力が体から吸い出されていく。吸い出された魔力は、剣の中へと収束していった。


 魔力の移動が終わった頃合いを見て、俺は剣を一撫でしてみる。

 すると、剣の柄につぶらな瞳が開いて、パチパチと瞬きする。

「ええっと、おはよう」

 俺が挨拶すると、刀身に口が裂けて現れ、

「オ、オハ、ヨゥ」

 と言葉を返してきた。


 あー、なんという感動。ついに、異世界あるあるな「しゃべる剣」をゲットだ。王道過ぎて陳腐だが、男心をくすぐられるのだから仕方ない。


「君は何という名前なんだ? 業物なら銘とかあるんじゃないか?」

 俺が息せき切って尋ねると、

「キ、キミハ、ナントイゥ・・・ナ、ナマェ・・・」

 あ、これあれだ。しゃべれるだけで、こっちの言語を理解しているわけじゃなさそうだ。まあ良いさ。剣と会話できるという状況自体が、感涙ものなのだから。


「俺はスズカ。君は・・・君の名前はムラサメにしよう。俺がスズカで、君はムラサメだ」

 俺は自分の方を指さしながら「スズカ」と言い、またムラサメの方を指さしながら「ムラサメ」と呼びかける。

「スズカ・・・。ムラサメ・・・」

「そうそう」

 俺が頷いてやると、

「スズカ! ムラサメ! スズカ! ムラサメ!」

 と、突然はしゃぎだして、俺の膝の上から跳ね上がり、そのまま柄頭で地面の上をダンスするように跳ね回る。

「ちょ、危ないから落ち着けって」

「スズカ! ムラサメ! スズカ! ムラサメ!」

 が、興奮するムラサメはそのまま俺の周りを踊り狂う。そのはずみで、俺の横にあった何かの道具にかけられていた白いシーツに引っかかって倒れた。


「言わんこっちゃない」


 俺はぶっ倒れてしまったムラサメを拾い上げてやる。すると、シーツが剣先にひっかかっていたのか、布がばさりと落ちてしまった。

 出てきたのは姿映しの大きな鏡だった。特別な魔力も感じない何の変哲もない鏡だ。何で武器庫に鏡なんてあるのかは謎だが。

 鏡にはリンデア君の体と、それにくっついている俺の首、ムラサメ、木箱とその上に置かれた蜜の瓶が映っている。背後に映る武器庫の壁にはずらりと武具が並んでいた。


 ふと、トンテンカンテン、と近くから砦を改修する工事の音が聞こえてくる。俺がこうして油を売っている間にも、皆それぞれ働いてくれているのだ。


「道は分かんないけど、適当に歩き回ってれば誰かに会えるだろ」


 俺はムラサメを連れて武器庫を出た。

 自室に行くのは諦めて、俺は中庭を目指すことにした。自室よりは辿り着きやすいはずなのだ。たぶん。

 とりあえず、中庭に行けば必ず誰かしらは作業をしているはずだし、それにモッケ爺からも夜になったら一旦中庭に集合して話し合いたいと言われていた。


♦ ♢ ♦ ♢ ♦


 砦の中を彷徨い歩いた俺は、いつの間にやら砦上部の開けた屋上に来ていた。中庭を目指していたはずなのだが・・・。

 空は焼けたように赤く光り、東からは夜の帳がじわりと天に侵食し始めている。


「何だあれ?」


 仰ぎ見た空には、夕焼けよりも赤い炎を吹き出す何かが、三つ四つと飛び回っていた。それは燃え上がりながら空を飛ぶ馬車のようにも見える。それぞれの空飛ぶ車の御者台には猫又が乗っていた。下から見ると首輪は見えないので正確な判別は付かないが、たぶんノクスの兄弟姉妹のゾンビだろう。あそこにノクスはいない、となぜか確信できた。


 そう言えば、火車とかいう妖怪の正体は化け猫って説があるんだったか?


 と、まあ俺がその光景を茫洋と眺めていると、

「あらま!? どうしてご主人様がこんな所にいはるんかしら? そないにウチのこと監視せんでも、馬鹿な真似しませんからに」

 ノクスが眉をしかめて、俺の方を見ていた。空ばかり見ていて、ノクスがいることに気付くのが遅れたのである。

「別に、砦内部を見回っている内に偶然来ただけだよ。・・・それよりもノクスの方は何をやってるのかな?」

 ノクスは俺の返事に鼻を一つフンッと吹き鳴らす。

「まあ、そういうことにしといてあげますよ。・・・相手がグリフォンである以上、手持ちの航空戦力について確認しといた方がええかなと思てね。それでアイツらに【太陽の戦車】《サン・チャリオット》使わせとんねん」

 そう言うとノクスは再び茜色の空を見上げる。その瞳に兄弟姉妹への寂寥や贖罪は無い。だが、憧憬のようなものが仄かに映っているような気がした。


「なあ、ノクス。お前さ、本当に兄弟姉妹を殺して、気分は良かったのか?」

「ハッ! ご主人様、もしかしてウチが強がっとるだけで、ほんまは後悔してるんちゃうかとか思うてはる? そんなこと絶対ないわ。ウチは満足しとんねん。皆がああやって自由に大空を駆け回ってるのを、ウチは生まれた時からただ一人地べたで見せつけられてきたんや。崖、峡谷、急流、危険な魔獣、そういうんがあるたびウチだけが自由に進まれへん。皆は自由に空飛んで行きたいところに行ける。だから奪ったってん。あいつらから自由な意思を。ウチが自由に行きたい所に行けるように。その力を得るために」

 熱を帯びた言葉の合間に、なぜか果実酒の香りがした。


「・・・でも、結局ウチは自由とは縁が無かったんやな」

 ノクスは首に嵌まった黄金の輪をカリカリと引っ掻く。

 俺は居たたまれず、そっと視線をノクスから外す。こいつのやったこと、やらかし得ることを考えれば、ノクスから自由を奪ったのは至極当然の判決だと思うが、それでもこうやって接していると同情心が湧いてきてしまうのは詮無いことなのだ。


 俺もノクスも押し黙った。


「スズカ! ムラサメ! ノクス!」

 と、俺たちの前にムラサメがぴょこんと躍り出る。

「・・・何コイツ?」

「スズカ! ムラサメ! ノクス!」

 ムラサメはノクスの訝しがる視線を気にせずピョンピョン飛び跳ねる。

「ああ、魔精ジンだよ。この体の力を使って武器庫にあった剣に封入したんだ」

魔精ジン? 人工精霊の一種なんかしら? 魔力供給は必要そうだけど、死霊術と違って操作キャパの制限は無い? ということは魔力源さえ用意できれば理論上は無限生産可能?」

 残念ながら、スキル制限により作れる数には上限があるわけだが。

「・・・ねぇ、その魔精ジンってゾンビにも入れられるの?」

「えっ? どうだろう?」

「ちょっとやってみてよ」

 ノクスがパンッと手を打ち鳴らすと、物陰に倒れていた腐肉が一体蠢き出す。よく見ると、先日シックルがバラバラにしたケルベロスのゾンビだった。全身に縫い目があり、包帯が巻かれている。


 俺は三頭犬のゾンビに向かって【魔精創造】《ジン・クリエイト》を行使してみようとした。

「・・・いや、だめだ。発動しない」

「そう。ゾンビは道具じゃないってことなの・・・なんでよ!?」

「いや俺に言われても」

 ノクスは酷く機嫌を悪くした。ブスっとした顔で地面に置いていた袋から何かを取り出す。

「そんじゃ、こっち試してんか」

「これは?」

 ノクスから手渡されたのは、小さな金属製の箱だった。箱の四方に黒光りしている魔石がはめ込まれている。

「ウチが作ったゾンビをコントロールする補助具や。その名を操霊箱。これこそがウチのゾンビ達の心臓やね」

「分かった。試してみるよ。【魔精創造】《ジン・クリエイト》」

 ずずっと魔力が吸収されていく感覚が生じる。今度は上手くいったらしい。


「成功したっぽい」

 俺は操霊箱をノクスに返す。ノクスは操霊箱を手の中で色々回し見てから、首を傾げて踊り狂うムラサメを見る。

「スズカ! ムラサメ! ノクス! スズカ! ムラサメ! ノクス!」

「ねえ、あの剣と違って、この操霊箱うんともすんとも言わないんだけど。ほんとに成功したの?」

魔精ジンは、封入された道具が古い器物であればあるほど自由度が上がるらしいんだ。あの剣は作られてから数世紀は経ってる。けど、その魔道具はたぶん最近作ったものだろ?」

「チッ。使えない」

 ノクスは遠慮なく俺の前で舌打ちした。


「おいおい、自由を持たないからと言って使えないとは限らないだろう?」

「それは・・・まあ、そうね。使い方次第かしら」

「とりあえず、それはお前にやるから大切に扱ってくれ」

「はいはい。善処します」

 不安しかない。


 ふと周囲が暗くなっていることに気付いて空を見上げると、夕日は僅かの残光だけとなり、夜の帳が天を覆い始めていた。

 

「そろそろ終わりにしよか」

 ノクスが両手をパンパンと打ち鳴らす。空を飛び回っていった猫又達は次々と降りてきた。


「ノクスさん、ノクスさん」

「な、何よ」

 丁寧な呼びかけに、ノクスは気持ち悪い物でも見るように俺を見る。

「これから中庭に行く用事はありますか?」

「無いわよ?」

「無いのかぁ」

「無いわね」

「・・・道順分かんないから連れてって欲しいんだけど」

「ご主人様・・・あんた、ただの迷子やったんかい!」


 自由に歩き回れるからと言って、自由に目的地に辿り着けるとは限らない。

 それを人は迷子と呼ぶのさ!

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