第二十五怪 火車の行路③
「・・・あのさ、ノクス。お前、この死体どこから、どうやって手に入れたんだ?」
俺はゾンビのステータスを観ながら、ノクスに尋ねた。どうも、ただの冒険者のようにはとても思えなかったのだ。
「さあ? どの死体をどこで手に入れたかなんて、ほとんど覚えてへんよ。妖精市場で買ったお気に入りのデュラルクちゃん以外は、だいたい昨年のゴブリン戦争の時に人間の町やら城やら密林の中とかで拾い集めただけやからね」
つまり、ここの衣裳部屋に安置されている人々は、モッケ爺が原因で起こったゴブリンと人間の戦いの犠牲者たちというわけだ。
「ノクスも参加してたのか?」
「ちゃうよ。ウチはテオテカの料理屋の仕事として、雇われて物資運搬とかしてたんよ。まあ、戦時の雇われ商人やね。行きしに兵糧やら武器や資材を荷車に乗せて運んで、帰りがけに人間の死体で使えそうなのを荷車に乗せて運んで帰る。ネクロマンサーと料理屋店員の二足の草鞋を履くウチにとってはお得な仕事やったわ」
それは兵站を担っていたことになるわけだから、十分参加していたことになると思うのだが・・・、魔獣たちの理屈では違うのかもしれない。
「でも、それで楽に小金が入ったのがあかんかったね。テッチョさん、真面目に働くのがアホらしゅうなってしもうたみたいで。それからよ、余計なことし始めたんは」
「回り回れば、何がどういう因果を産むか、分からないものだな・・・」
まさか、モッケ爺の野望が今回の事件の遠因になっていたとは。
ま、いずれにせよノクスに聞いてもゾンビ達について詳しいことは分らないってことだ。
俺は改めてゾンビのステータスを眺めた。
―――――――――――――――――――――――――――――――――
個体名称:リンデア・ネオン・ウル・ミミット
種族名称:ゾンビ(ヒュムフ)
脱皮回数:51
加護恩恵:【冥府の加護】【光】9【闇】9【雷】8
授与魔法:【光の聖剣】9【影闇の盾】9【電光石火】9
【雷鳴勅令】9【精神防御】9【雷竜召喚】9
【天使の翼】6【魔精創造】6【審判の笛】4
特殊能力:【腐肉結合】9【高貴壮麗】1
―――――――――――――――――――――――――――――――――
まず、名前がもうヤバい。明らかにウルハイス君と違って、豪奢な名前だ。湯〇婆とかに会ったら「贅沢な名前だねぇ」って言われそうな感じだ。しかもこのリンデア君は脱皮回数もウルハイス君より高いのだ。めっちゃ小柄なのに。っていうか、魔法や能力もすごく特殊な感じがする。ウルハイス君には、こてこての平民冒険者感があったのだが、リンデア君の方はやはり最初に受けた印象通り貴族のお坊ちゃん感がある。
「個別に魔法と能力の確認もしとかないとな。まずは・・・」
―――――――――――――――――――――――――――――――――
【高貴壮麗】1
その気品と優美を惜しんだ冥府の神が死してなお壮麗たることを望んだ。
魔力ある限り腐敗を退け、肌艶は生前の潤いを装う。
追加で魔力を消費して、その身の汚れを浄化できる。
光属性による対アンデッド攻撃を無効化する。
―――――――――――――――――――――――――――――――――
「なんだ、このチート能力。・・・【高貴壮麗】」
スキル発動と共に、全身を光の輪が通り抜けていく。鏡を見ると、今朝見た時にはあった衣服の汚れがきれいさっぱり消えていた。そして今朝は特に気にしていなかったのだが、確かにこのゾンビの体、肌の色が死体には見えないし、腐敗臭も無い。
最高か。
俺が他の能力や魔法も調べようとしていると、衣裳部屋の扉を押し開けてモッケ爺が入ってきた。
「おぉ、スズカよ、ここにおったか。牛どもがきおったぞい」
「あれ? もう来たんだ? あの様子だと数日は喧々諤々議論しそうだと思ったんだけど・・・。族長が鶴の一声で決めちゃったのかな?」
とにもかくにも、俺はリンデア君の体を着たまま、モッケ爺に連れられて砦の中庭へと急いだ。実を言うと、俺はまだ砦の構造を完全に把握できていないので、正直案内が無いと迷いそうで不安だ。
途中、トンテンカンテンとトンカチやら何やらの音が響いてきて、見回せば砦のあちこちでマンティコアが作業をしている。ハクタは宣言通り、この砦の修繕に群れの余剰人員を全力投入してくれているようだった。
俺が中庭へ着いた時には、ミノタウロス達の使節一行は既に銘々腕組みして石畳みの上にどっかりと腰を下ろしていた。8本の蜘蛛足は折りたたみ傘の柄のように折りたたまれている。椅子とか出したらかえって迷惑するんだろうなとか思うと、異文化対応の難しさが悩ましい。
まあ、それは良いとして。
ミノタウロスの使節団一行の中に、見覚えのある巨体がある。他のミノタウロスを優に上回る巨体だ。族長だよな、この人。それともよく似た別人か?
「ブモッ、モッモ」
特大ミノタウロスが重低音の響く声で挨拶してくる。・・・挨拶だよな? 分からんけど。
「『来たぞ。話そう』と言っておる」
挨拶じゃなかった。いきなり本題に入っちゃうタイプの方でしたか。これは美辞麗句とかはかえって不審を買うかもしれない。
「結論はどうなりましたか?」
俺も挨拶は抜きにして、単刀直入に返した。
モッケ爺が俺と族長(たぶん)の間で通訳してくれる。
「『5人の選りすぐりの戦士を連れてきた。グリフォンとの戦が終わるまで好きに使うと良い。どれも誇り高く勇敢な戦士だ。戦に手を抜いたり、背を向けて逃げるような者はいない』」
どうやら、ミノタウロスの族長は俺たちの提案をそのまま飲んでくれたらしい。
「提案を受け入れてくれてありがとうございます」
「『うむ。で・・・おまけとして、もう一名の物好きをつけようと思っている。が、もし迷惑なようなら送り返してくれも構わん』」
モッケ爺は訳しながら首を傾げた。俺も、なんだか歯切れの悪い言い回しを不思議に思う。
と、ミノタウロスの使節団の後方にいた小柄なミノタウロスがすっくと立ちあがり、俺の方へカチャカチャ蜘蛛足を忙しなく動かして近づいてくる。
なんだ、なんだと思っていると、
「こんにちは。紹介にあずかりました、もう一名の物好きことシャベリキです。あなたがスズカ殿ですよね? わぁ先日見た時は首だけだったのにその体どうしたんですか? あ、ゲッシー語分かりますよね。ゲッシー語。スズカ殿はフレムラットと会話していたみたいだからゲッシー語は分かるに違いないって、ボクそう思って。パパ、じゃなくて族長にお願いして、この派遣部隊に捻じ込んで貰ったんですよ。いや、でも戦闘はそんな得意じゃないんですけどね。あ、でも不得手ってわけでもないので足引っ張ったりはしませんから! だから安心してくださいね。それで、ボク、今回の事件の顛末を聞いちゃって、いやあこれは胸がワクワクドキドキで、思い立ったら吉日と、生まれて初めての我が人生最大の賭博に振り出しまして、こうしてスズカ殿の配下に加わりたいと馳せ参じた次第であります」
と、ゲッシー語で立て板に水の如くしゃべり尽した。族長などは、このシャベリキ君が話している途中から、やれやれと首を振って、柄にもない弱いため息をつく始末である。
いきなりのことに俺が面食らって黙っていると、シャベリキ君が流石に不安そうな顔をする。
「えっと、ゲッシー語分かりませんか?」
「え、ああ、いや、分かるよ。うん、大丈夫。えっっとだね、つまり君は族長の息子のシャベリキ君で、5人の戦士枠とは別で、俺の配下になりたいと希望しているということで良いのかな?」
「はい、そうです。そうです。ボク思うんですよ。スズカ殿の配下になれば、絶対ボクが今まで経験したことが無いような胸躍る日々が過ごせるに違いないって!」
期待のハードルが高すぎる。
「あー、シャベリキ君。悪いけど、そんな素敵体験は保証できかねるよ」
「大丈夫です。ボク、確信しています」
なにこの、言葉は通じているはずなのに、通じていない感じ。
「いや、うん、まあ、いいよ、もう。・・・それで、君はグリフォンとの戦争が終わるまでこの砦を観光していたいのか、終わった後も労働に勤しんでくれるのか、どっちのつもりで言ってるのかな?」
「もちろん、永久就職です!」
不安しかない。
その後、ミノタウロスの族長は俺に何度も、シャベリキ君が邪魔になったら送り返してくれたら良いからと念を押してから、集落に帰っていった。
俺は、5人の正式な牛鬼の戦士たちと面通しをして挨拶をした後―――なお、誰一人としてシャベリキ君のようにペラペラしゃべりたくる奴はいなかった。むしろ皆寡黙な部類だ―――モッケ爺の指導の下、砦の修繕作業に参加してもらった。
で、問題はシャベリキ君をどうするかだが。族長の息子である以上、粗略に扱うわけにもいかない。
「スズカ殿。スズカ殿。ボク考えたんですけど、こんなのどうですか? まずグリフォンの好物の鼠の肉に毒を入れて砦の周りにばら撒いておくんです。そしたら攻めてきたグリフォンがそれを食べて毒に当たって弱った所を、皆で一斉攻撃するんです」
「い、いやぁー、そんなの流石に引っ掛からないんじゃないかなぁ?」
そもそも、そんな方法で勝っても、グリフォン達は負けを認めないだろうし、そうなれば戦争が長期化してしまうだけだ。グリフォンとの戦争が避けられないのは、砦の所有権云々よりもグリフォンの面子の問題があるからだ。とにかく白黒ハッキリつけなければいけないのである。でないと、彼らと話し合いを始める事さえ出来ないだろう。魔獣というやつは実に面倒な文化的風習を生きているのである。
「あ、スズカ様。探しましたよ」
この声はキエン君である。シャベリキ君とはゲッシー語仲間だ。
「スズカ様、今ちょっと良いですか?」
「良いけど、どうしたの?」
「僕考えたんですけど、こんなのどうですか? グリフォンとの戦における最大の懸念点は空中戦と数の優劣ですよね。なので、砦の出口を細い通路一つに限定して残りは窓とかも含めて、工事で塞いでしまうべきだと思うんです。今行われている修繕って、とりあえず元の砦の復元をしようって感じじゃないですか・・・」
「うーん。そうは言っても、砦の5つの防御塔はそれぞれ死角を潰して連携するように設計されているしね。それに脱出口が見つかってしまうリスクがある以上、あまりガチガチの籠城戦は敷きたくないんだよ」
「なるほど・・・」
まあ、城を落とすには、攻め手側に3倍の兵力が必要なんて話も聞くくらいだ。本当かどうか知らんが、情報収集班の報告次第では懸念しているほど兵数に差は無い可能性も在る。
「わぁ、君は噂の名探偵君だよね!」
考え込むキエン君に、シャベリキが目をキラキラ光らせながらゲッシー語で語り掛ける。
「このケモノ、誰ですか?」
「あー、今日からうちに来てくれたシャベリキ君だよ。・・・あ、そうだ。キエン君、彼を案内してあげてくれないかな? 族長の息子さんだから是非仲良くしてあげてね!」
「え?」
「じゃあ、よろしく!」
俺はキエン君にシャベリキを押し付けてさっさか逃げ出した。
♦ ♢ ♦ ♢ ♦
シャベリキから逃げ出した俺は空腹を覚えたため、いったん砦の厨房へと寄り、食糧貯蔵庫にあった花の蜜の瓶を一本頂戴する。果物もあったが食べるのはやめておく。前みたいに起き起きゲロを吐きたくない。
そして、蜜の瓶を抱えた俺はとりあえず自室に戻ろうとして・・・どこをどう間違えたのか、なぜか記憶に無い鉄の扉の前にいた。
「どこだ、ここ・・・」
いやはや、ほんと謎だ。まあ、途中からちょっとおかしいなとは思ってたんですけどね。はぁ。
「まあ、来てしまったものは仕方ないし、何の部屋か確認しとくか」
扉の装飾などから察せられる雰囲気的に、そこそこの重要施設だと思われる。
ギリギリと鉄が擦れる音がした。長いこと使われていなかったに違いない。中から、鉄錆とカビの匂いが漂う。
部屋の中は天窓から差し込む午後の光が淡い光線を作って照らしていた。
見渡す限り、刀剣、斧、槍などなどの武器が所狭しと並べられている。
すなわち、ここは武器庫だった。
俺はちょっとワクワクしながら、この武器庫を物色・・・いや、検分することにした。
魔獣たちには人間の武器なんて支給されても困惑されるだろうが、人間のゾンビが戦力として使える以上、何かしら有用なものはあるはずだ。それにアックスやハルバード、モーニングスターなど重量武器はミノタウロスにも支給できるだろう。
「伝説の武具とか、転がってたり・・・するわけないかー」
まあ、俺は異世界チートあるあるな鑑定眼とかは持っていないので、仮に伝説級の武器が転がっていたところで、眩く発光するとかの自己主張をして貰わないと気付けないんだが。
俺は壁にかけてある幅広の剣の中から、なんとなく目が惹き付けられて気になったブツを1本選んで持ってみる。ずっしりとした重さがあった。鞘から抜いてみると、綺麗な刀身が姿を現す。数世紀も放置されていた割に錆ついていたりとかは無い。剣と鞘の両方からちょっと魔力を感じるので、錆を防止するための何らかの魔術的機能があるのかもしれない。
俺は剣を木箱に立て掛けてそこに座ると、蜜の瓶を掲げてぐびっと傾ける。美味い。ゴクリゴクリと夢中になって半分ほど飲み干した。
「ゲフッ~」
げっぷをしながら、再び剣を眺める。魔力を帯びているということは安物ではないはずだ。が、それ以上のことは何も分からない。
俺は剣を脇に置き、再び蜜の瓶に口を付ける。
そう言えば、ミノタウロスの件ですっかり忘れていたが、リンデア君の能力を調べている所だった。スキル名的に期待は薄いが、武器の良し悪しを判断できる能力が眠っているかもしれない。
というわけで、一つずつ自己観相で調べてみようか。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます