第二十四怪 火車の行路②

♦ ♢ ♦ ♢ ♦


 子供は残酷だ。素直だからこそ、ピュアで無邪気な残酷さがある。


「えー、鈴鹿君、妖精スイッチ持ってないのー?」

「鈴鹿君ち、貧乏だから買ってもらえないんだよ」

「ちぇーなんだよ、それ。対戦しようと思ってたのに」


 小学校。クラスメイト達は教室の隅に集ってゲームを始める。


 それをただ眺める俺。その肩をポンッと誰かが叩く。


「やぁ、大嶽君。僕たちいっしょだね。僕も妖精スイッチ持ってないんだ」


 振り返れば、クラスメイトの一人が立っていた。オシャレな金縁眼鏡に、カシミヤの柔らかそうなセーター、パリッとした白シャツ。・・・確か名前は金田君だ。


「ほら、うち厳しいじゃん? 子供が欲しがってもゲームとか勉強に関係ないものは、自由に買い与えない方針みたいな。でも、それは僕らの為なんだよ。僕らは正しいんだ。どうせ、あんなゲーム面白くないよ。ただの流行りだから」


 俺は特に何も答えず、金田君のセーターに描かれている狐がブドウを咥えている刺繍をぼんやりと見つめる。


「あいつらがあんなので馬鹿みたいに遊んでいる間に、僕らは勉強して良い大学に入って、良い会社に入って、勝ち組になるんだ。それで、勉強して来なかったあいつらが貧乏で苦しんでる所に唾を吐きかけてやるんだよ」

「・・・そうなると良いね」


 ずいぶん昔の夢だ。


 そう言えば、金田君、中学受験失敗して数年引き籠もってたって聞いたけど、今は元気にしてるんだろうか?


♦ ♢ ♦ ♢ ♦


 チュンチュンと鳥の鳴き声がする。朝の光が寝室に差し込んできた。異世界にも雀はいるんだろうか?

 それにしても、俺が寝るたびに前世の夢、それも悪夢の類を見てしまうのは基本仕様なのだろうか?

 解せん。


「それにしても、この砦にこんな豪勢な部屋があったとは・・・」


 俺は寝ぼけ眼でぼんやりと、自分のいる広々とした部屋を見渡す。

 俺が今目覚めたのは、天蓋付きの豪奢なベッドで、生首だけの俺が使うには実にもったいない。調度品の机や椅子、鏡にソファー、クローゼット、どれも優美で端正な装飾が施されていた。テラスと部屋の境に掛けられたレースのカーテンが風に煽られふわりと揺れる。

 ここは、おそらく城砦主の寝室であったと思われる。もっとも、今はこれらの調度品はすべて埃をかぶって灰白色になっているし、部屋の隅には蜘蛛の巣が張っているから、本来の豪奢さを取り戻すには大掃除が必須だと思うが。


「クシュンッ」

 いかん。埃っぽい部屋で寝たせいで鼻詰まりを起こしているらしい。

 俺は昨晩みんなといっしょに外で寝ようと思ったのだが、新しい砦の主になったのだから城砦主の使っていた寝室で寝るべきという謎の論理で、この寝室に追いやられてしまったのだ。悲しい。

 昨日は疲れていたからそのまま寝てしまったが、今日は掃除をしよう。砦の改修工事も重要だが、このままでは俺の健康に差し障る。


 ・・・まあ、問題は生首だけの俺がどうやって掃除するのか、ということだが。


 と俺が思案していると、部屋の扉がバァアンッと開かれる。

「おっはよーございますニャ! ご主人様!」

 元気いっぱい、愛嬌いっぱいでノクスが入ってきた。クネクネと動く2本の尻尾が実に妖艶だ。

「おはよう、ノクス。でもノックぐらいしろよな。あと、無理にニャは付けなくても良いぞ・・・わざとお道化てるとかなら俺が口を挟む事じゃ無いが」

 シックルに怒られた反省を生かして、俺は付け加えた。


「あっ、そう? じゃ、ニャは無しで。ご主人様の性癖やなかったんやね?」

 いや、性癖的にはニャーニャー言ってくれると嬉しいんですがね。これは一生黙っておこう。


「それよりご主人様。ご主人様の為に夜なべしてお召し物をご用意いたしましたよ」

 ノクスがそう言ってパンパンと手を叩くと、扉からゾロゾロと4体のゾンビが入ってくる。全員、首なしで、人間型をしていた。


 先頭にいるのは昨日戦ったデユラルクとかいう騎士のゾンビで俺が破壊した右腕も修繕されていた。改めて見ると、大柄で迫力のある体形をしている。


 次のゾンビはデュラルクに比べると軽装の男で、長身痩躯。腰にダガーを数本装着し、左腕に小型楯、背中に大きな宝玉の付いた杖を背負っている。いまいちジャンルがよく分からん。


 三番目は女性のゾンビで長弓を背負っている。箙も矢筒も無い。矢は魔法やスキルで出すタイプだったのかもしれない。ちなみにどことは言わないが、すごく大きかった。あれだけ大きいと戦闘の邪魔にはならないんだろうか? その昔古代ギリシャのスパルタでは、女性戦士は片方を切り落としていたと言われるが・・・。


 最後に入ってきたのは小柄な男性のゾンビだった。丁度前世の俺と同じくらいの身長だと思う。体つきだけでは何とも言えないが、死亡時の年齢も近かったんじゃなかろうか。詰襟の衣服は血痕で汚れてしまっているが、それでも刺繍やら装飾やらが高級そうな雰囲気を伝えてくる。胸の勲章や腰に下げた優美な剣の鞘など、他のゾンビとはどうも毛色が違う。もしかすると貴族のお坊ちゃまか何かが冒険者の真似事をしようとして、ノクスに殺されてしまったのかもしれない。


「ご主人様。今日はどのゾンビをお召しになりますか?」

 ノクスがまるで「今日はどの服を着る?」というノリで尋ねてくる。いや、まあ、今の俺にとってはそれに近い話ではあるんだけど。


「とりあえず、2番目にするよ。体格的には4番目が良さげだけど、今は掃除がしたいからさ。高い所に手が届かないと困る」

 俺はひょいっと2番目の長身痩躯のゾンビの首の上に飛び乗った。

「【奪体支配】」

 ゾンビの首と俺の首の神経がつながる。俺はゾンビの手を目の前でにぎにぎしてみたり、指折りしたりする。


「おぉー。この感じ。この感じ。人間って良いよねぇ」

 俺は感動していた。異世界転生後、ついに手に入れた初の人間の体である。自分自身の体じゃないし、ゾンビの腐肉だけど。

 背の高さやらあれこれ―――心臓も肺も動いてないし、血もめぐってない―――に違和感があるが、生首一つの時よりはよっぽど人間らしい。

「・・・いいなぁ、いいなぁ、にーんげんっていいな」

 おっと、感動のあまり鼻歌が出てしまった。

 因みに、よく謎歌詞扱いされる例の「お尻を出した子一等賞」というやつは「よーいドンケツ一等賞」という言葉をもじった歌詞である。「よーいドンケツ一等賞」の意味は、よーいドンで走り始めた時はケツ、つまり最後、一番遅れて走り出したが、最終的に全員追い抜いて一番でゴールしたという意味だ。まあ、つまり最後という意味のケツをそのまま尻と訳して面白い歌詞にしたんだろう。

 って、そんなことは、今はどうでも良い。


「さてと。それじゃ早速掃除用具を探してこないとな」

 そんなものが数世紀経た現在も残っていればだが。

「この部屋は風魔法使える器用な子、呼ばんと大変やろね・・・」

「シックル・・・は部屋中の調度品を切り刻みそうだし、誰か探してみるか」

 鎌鼬三兄妹以外で風魔法を使ってたのは、妖精達くらいだ。・・・そう言えば、シュトラとナバクは元気にしてるだろうか?


「あ、そやそや、忘れてましたわ。ご主人様のその体なら風魔法使えますよ?」

「ほうぅ?」

 ノクスの言葉に俺は興味津々耳を傾ける。

「まあ、基本オートモードで戦闘させとるさかい、何ができるんかウチもよう分からんのやけど。水と風の属性持っとったから、冷え蔵で氷作らせとったんよ。あと火属性も使えるしで、調理場の裏方では便利なゾンビやったんよね」

「ふむ、火と水と風の3属性持ちか」

「火と水が対立属性な分、属性干渉が大きいやろから、魔法威力はだいぶ減衰されるやろね。おそらく、それを補う目的で結構強力な杖を武装してたって所かしら?」

 確かにこのゾンビが背負ってる背中の杖、結構ごついんだよなぁ。この男自身が割と高身長だから、サイズ感バグるけど。


「しかし、何ができるか分からんと困るな・・・」

 説明書の無い機械をいきなり手渡されたようなもんだ。


 ・・・いや、待てよ。この体は既に俺の支配下に入っているわけで、一時的とはいえ俺自身の体の延長と言っても過言ではない。ないはずだ。

 ならば、

「【自己観相】」


―――――――――――――――――――――――――――――――――

 個体名称:スズカ・オオダケ

 種族名称:ろくろっ首 (妖精???)

 脱皮回数:1

 加護恩恵:【四天王の加護】 【光】1【雷】1【水】1

 授与魔法:【慈悲の聖球】2【雷帝の弓矢】2【悲嘆の冥河】2

 特殊能力:【広目天】4【増長天】4【多聞天】4【持国天】4

 恭順徒弟:【シックル】【ノクス】【ワルガー】

 着用肉体:【ウルハイス】

―――――――――――――――――――――――――――――――――

 なんか項目が増えている。徒弟にノクスとワルガーが加わったのは当然として。

 たぶん、この着用肉体の【ウルハイス】とかいうやつが、今俺がくっついているゾンビのことだと思うが。

 肉体の項目に意識を集中すると・・・。


―――――――――――――――――――――――――――――――――

 個体名称:ウルハイス

 種族名称:ゾンビ(ヒュムフ)

 脱皮回数:44

 加護恩恵:【冥府の加護】【風】8【水】7【火】7

 授与魔法:【旋風】9【水球】9【火球】9

      【風刃】9【氷壁】9【蜃気楼】9

      【吹雪】4【霧中】3【火炎旋風】2

 特殊能力:【腐肉結合】9【気配消去】1

―――――――――――――――――――――――――――――――――


「おおおぉ」

 やはりそうだ。どうやら、この首無しゾンビの元の名前はウルハイス君というようだね! そして、どうやら人間も脱皮するらしい。・・・って解釈で良いんだよな?

 それにしても44って凄く高いな? ・・・いや、これくらい普通なんだろうか。比較対象が自分しかいないので、このウルハイス君が強いのか弱いのかもよく分からん。

 ま、まあ、どういう魔法が使えるかは分かったわけだし、それで十分だ。


 というわけで、早速試してみる。

「ちょびっとだけ【旋風】」

 俺がウルハイス君の片手を埃が積もった机の上に向けて魔法を唱えると、そよ風が渦巻き、埃が舞った。割と盛大に。

「ごほっ、ごほっ」

「ニャほっ。ちょっと! ご主人様、急に何してくれとんの!」

「ごほっ、ごめん。つい試したくなって」

「クソガキ!」

 ノクスはカンカンに怒って部屋を出ていく。悪いことをしてしまった。

 ・・・まずはマスクを用意しなきゃ。


 と、まあ、そういうわけで俺は比較的切れな布を探し出し、それで鼻と口を覆うと旋風の魔法で埃をテラスの外へと追い立てる作業に勤しんだ。装備品の杖もシーツやベッド、ソファーなどを叩くのに活躍してくれた。濡らしても良さそうな場所は、水球で濡らした布を絞って、雑巾がけだ。天井も、杖の先端に雑巾を括りつければ楽々お掃除出来て素晴らしい。

 やっぱり、魔法の杖って最高だね!


 時折、悲嘆の冥河を使って涙を流すことで目を洗浄しながら、午前中いっぱいかけて俺は部屋の掃除を終えたのだった。


 俺はピカピカになった部屋を見て満足していたのだが、ふと鏡を見て、体の方が埃で汚れてしまっていることに気付いた。袖とかも濡れてるし。

「このまま、人前に出るのもちょっとな・・・」

 いったん、この体は洗濯して、別の体を着た方が良いだろう。


 ということで、俺は自室を出ると、ゴソゴソゴトゴト音がする隣の部屋のドアをノックした。

「おーい、ノクス。開けていいか?」

「ご自由に」

 扉を開けると、ひんやりと冷気が漂う。部屋の中では複数の猫叉のゾンビが棺を運んだり、何やら作業していた。首輪を嵌めてなかったら、誰がノクスか分からなかっただろう。

「これは何をしてるんだ?」

「ここはご主人様の衣裳部屋。ここにご主人様の体用のゾンビを保存して、いつでも自由に着脱できるように設定してるとこ。そっちのクローゼットには人間用の服がししもうてあるさかい、服だけ変えるんももちろん可能よ」

「なるほど。・・・それで、早速体を変えたいんだけど、良いかな?」

「ご自由に」


 俺はひょいっとウルハイス君の首から飛び降りる。着地の瞬間に首を伸ばして衝撃を吸収した。

「ついでに、この体汚れちゃったから、洗濯しといて欲しいんだけど」

「はいはい。ご主人様の仰せのままに・・・そこのお前、ご主人様の体を洗ってきな!」

 ノクスに指図された猫叉のゾンビの一体がウルハイス君の裾を掴むと、引っ張って歩き出す。そのまま部屋を出て行った。


「なぁ、昨日から聞きたかったんだけどさ。そのバステトのゾンビ達って・・・」

「ウチの実の兄弟姉妹やけど? それが何か?」

 俺の問いに、ノクスはニタァーと嫌な笑みを浮かべる。

「・・・死体を利用してるだけなのか、殺したのか、どっちなのかな?」

 何となく答えは分っている気がしたが、聞かずにはいられなかった。

「殺したんよ。スカッとしたわぁ。うちが他のバステトと違って【太陽の戦車】《サン・チャリオット》が使えんからってずっーと馬鹿にして、こき使ってきた連中を、ウチが死に物狂いで身につけた死霊術でぶち殺してやったんよ。そして今ではウチがあいつらをこき使っとんねん。ざまぁ」

 しかし、その道の行く末が、結局俺に首輪を嵌められこき使われる現在に結びついているわけだから、因果なものだと思う。


 はぁ、と一つだけため息をつくと、俺は気持ちを切り替えた。ノクスとはまだ出会ったばかりだ。まだまだ表面的な事しか見えていないだけかもしれない。


 それよりも、俺は新しい体が必要だ。アン〇ンマンとは逆でな。

「今朝見せてくれたゾンビで・・・四番目のはどの棺に入ってるのかな?」

 俺は部屋の中をグルリと見まわす。部屋には棺が6つも置かれていて、それぞれ蓋には別々の文様が施されている。

「あー、四番目のやつね。確か、妖精の箱に入れたはずやけど・・・。棺の先端にある魔法陣に触れたら自動で開くさかい」

 ノクスが顎で示す方を見れば、少し小さめの純白の棺が部屋の隅に安置されている。蓋には、蝶の羽を背に持つ小人の図象が彫られていた。ノクスに言われた通り、棺の先端に描かれている魔法陣に触れると、ふわりと魔術光が発色する。同時に、ギギィーと軋む音をさせながら、ゆっくりと棺の蓋が開いた。


 中にいたのは、確かに今朝見た四番目の首無しゾンビである。

 俺はゾンビの首のあたりに飛び降りた。

「【奪体支配】」

 俺の首とゾンビの首がしっかりとくっつく。なんだか、パズルのピースがカチッとハマった様な快感があった。正直言うと、ウルハイス君の首の太さは、俺の首回りより若干太かったのだ。

 むくりと、棺から起き上がってみる。腕を振ったり、指を開閉したり、とてもスムーズだ。買ってきた服がジャストフィットしたような、着心地の良さ。どうやら、このゾンビとはとても体の相性が良いようだ。こんなに気持ちの良い体を知ってしまったら、他のゾンビの体が使い辛くなるんじゃないかと心配になるほどだ。


「さて、この体についても調べておきますかね・・・【自己観相】」

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