第二十八怪 小鬼の秘宝① The crown jewel of Goblins

 翌朝、城砦主の部屋で目覚めた俺は久しぶりに気分の良い起床を迎えることが出来た。転生して以降、寝るたびに前世の悪夢を引きづり出されてきたが、今朝はそんな夢を見ることも無く熟睡できたようだ。


 しかも嬉しいことに、

「脱皮キターーーーーー!」

 俺の顔中から何かが剥がれ落ち、新鮮な空気に触れる感覚が湧きおこる。

 グリフォンとの戦いの前に、俺自身の戦力増強は願ってもないことだ。なんせ、こちらはあまりにも寡兵なのだから。


「さてと、どんな感じですかね? 【自己観相】」


―――――――――――――――――――――――――――――――――

 個体名称:スズカ・オオダケ

 種族名称:ろくろっ首 (妖精???)

 脱皮回数:2

 加護恩恵:【四天王の加護】 【光】1【雷】1【水】1

 授与魔法:【慈悲の聖球】3【雷帝の弓矢】3【悲嘆の冥河】3

 特殊能力:【広目天】5【増長天】5【多聞天】5【持国天】5

 恭順徒弟:【シックル】【ノクス】【ワルガー】

 着用肉体:―

―――――――――――――――――――――――――――――――――


 うむ。色々上昇していて喜ばしい。

 だいたいの能力は数値が向上しているだけだったが、増長天は新しい能力が芽生えていた。


―――――――――――――――――――――――――――――――――

 【増長天】5

 〔首長伸縮〕5

  自身の首を5m伸び縮みできる

 〔降魔吸力〕5

  自身の首で絞めあげた相手の魔力を封じ、かつ是を吸収する

 〔魔光合成〕1

  首の表面に太陽光を当てることで魔力を合成する

―――――――――――――――――――――――――――――――――


 【魔光合成】って、俺は植物なんかい? 

「よし! 今日からは積極的に昼寝しよう!」

 決してグータラ宣言ではない。


「【首長伸縮】フンヌッー!」

 俺は奇声をあげながら、思いっきり首を伸ばす。5mもあると結構自由な動きが可能だ。頭の高さの位置を変えずに、ベッドから蛇身運動だけで降りれる。


「スズカ! スズカ! ムラサメ、マリョク、ホシイ!」

 衣裳部屋へ行こうとした俺の下に、ムラサメが飛び跳ねながらやってきた。片言だが、フェアリス語だ。ノクスとしゃべっていた時に俺が多用した影響だろう。

「ほいほい」

 俺は大きく首を湾曲させて頭を下げ、ムラサメの刀身に額を押し付けた。ゆっくりとムラサメに魔力が吸われていく。

「ゲプッ」

「こらこら、腹八分でやめなさい」

 ムラサメのゲップ音を聞いて、俺は慌てて額を離す。ムラサメにとって魔力吸収自体が初めてのことだから加減が分からなかったのかもしれない。


 まあ、とにもかくにも、俺は満腹満足の妖刀ムラサメを引き連れ、衣裳部屋へと入る。

「あら、ご主人様。おはよう」

「おはよう、ノクス」

「オハヨウ、ノクス」

 今日も、ノクスは衣裳部屋で猫又ゾンビ達と何やらやっている。

 俺はノクスを邪魔しないように脇の方をニョロニョロ通って、例の純白の棺、妖精の箱に向かう。昨日寝る前にリンデア君の体を元の棺にしまっておいたのだ。


「あれ?」

 俺は妖精の棺の魔法陣に額を押し付けてみたが、反応しない。昨日はこれで蓋が開いたのに。

「あ~、ご主人様。それメンテナンス中よ」

「えっ!?」

「昨日一日使い込んだんだから、当然でしょ」

「そ、そっか、メンテ中なら仕方ないね。・・・ちなみにメンテ開けるのはいつかな?」

「損傷次第だけど、強いゾンビほどメンテ時間も長くなるから、着用するタイミングには注意して頂戴ね」

 つまり、リンデア君の体はほいほい気軽に使うわけにはいかないのだ。俺の首にジャストフィットするから、本当はずっとリンデア君の体を着たかったんだが・・・。まあ、技術的問題なら我儘を言っても詮無いことだ。


「それじゃ、ウルハイス君で」

「そっちもメンテ中よ!」

 昨日午前中掃除に使っただけなのにダメらしい。

「むぅ。・・・仕方ない、デュラルクさんでいこうか」

「悪いけど、デュラルクちゃんは現在、魔改造中なの」

 ノクスが指さす方を見れば、確かに猫又ゾンビ達が漆黒の大きな棺に群がって、中に入っている大柄の騎士のゾンビに何かやっている。


「ええっと、この部屋には6つの棺があるから、俺が見てないのが未だ2体あるんだよね?」

「ごめんなさいね。その2体は最終調整中なんよ」

「・・・あー、つまり、俺が今日使えるのは、昨日俺が見た3番目のゾンビだけ?」

「そいうこと。そこの薄緑色の棺、若葉の箱に入っとるよ」

 選択肢は実質一つだけだった。

 俺はあまり気乗りしなかったが、ノクスが指さした薄緑色の棺の魔法陣に触れた。  

 棺の蓋が開くと、白い靄が微かに漂う。中に入っていたのは例の女性冒険者と思わしきゾンビだった。どことは言わないが、とても大きい。Eはある。


 悩ましい。やっぱり生首だけで過ごすのは不便なので、ゾンビの体を着用して生活したいのだ。しかし、これは何というか、女装というか、女体化というか、精神的ハードルがある。

「ええっい、ままよ。住めば都、慣れだ、慣れ」

 俺はえいっとゾンビの首元に飛び込んだ。

「【奪体支配】」

 ゾンビの首と俺の首が繋がり、肉体の感覚がフィードバックされてくる。肉体を掌握した俺はむくりと起き上がるが、

「お、重い」

 この肉体の胸部装甲は想像以上に重量をもっていたのだ。ま、まあ、慣れの問題だろう。初めての感覚でバランスが掴めず俺の脳が姿勢制御の演算をやり直しているに過ぎないのだ。


「ふーん、そんなに違和感ないもんやね」

 ノクスが俺をしげしげと眺めて感想を漏らす。

「俺って、そんなに女顔か?」

「さあ? よく分かんないけど、バステト的審美眼では問題無しってだけ」

「そう・・・」

 まあ、ノクスの知ってる俺はそもそも生首の状態がデフォなので、前世の意識に縛られている俺とでは見方が異なるのも当然か。


「さて、この体のお名前を拝見させて頂きましょうかね。【自己観相】」


―――――――――――――――――――――――――――――――――

 個体名称:エイロフ

 種族名称:ゾンビ(エルフ)

 脱皮回数:40

 加護恩恵:【冥府の加護】【木】9【風】7

 授与魔法:【息吹き】9【草木の声】9【疾風の矢】9

      【森歩き】9【疾走】9【惑わしの森】9

      【幻覚香】4【寄生の種】4【嵐の矢】1

 特殊能力:【腐肉結合】1【百発百中】1

―――――――――――――――――――――――――――――――――


「まさかのエルフ・・・」

 この体の持ち主エイロフさんは、エルフだった。首が無いから、体つきだけじゃ判断つかないって。

 木と風の2属性持ち。風系統の攻撃魔術と状態異常系の魔法を織り交ぜて戦うタイプのようだ。戦闘タイプとしてはウルハイス君と同種とも言える。まあ、どちらかと言えば、ウルハイス君の方が火力よりかもしれないが。


「さて、能力の詳細は道すがら調べるとして・・・ノクスさんや、開戦準備に必要だから、砦を道案内できるゾンビを一体貸し出してくれませんかね?」

「え? 嫌やで。ウチも色々やらなあかん作業多いねん。ウチの貴重な労働力を道案内なんかに使わんといてや」

 己の生殺与奪の権を握られていようとも、ご主人様のお願いを平気で断る奴隷。それがノクス。流石だね!


「スズカ! スズカ! ムラサメ、アンナイ」

 固まった笑顔で片頬を引き攣らせていた俺を、正確にはエロイフさんの体を、ムラサメが剣先でプスプス突き刺す。俺が普通の生身の人間だったら大惨事になってしまうコミュニケーションの取り方だ。

「えっと、ムラサメ、もしかして道案内してくれるつもりなの? てか、そんなことできるの?」

「ムラサメ、トリデ、シッテル」

「本当に? じゃあ、案内は任せたよ。まずは中庭へレッツゴー」

「レッツゴー」

 迷ったら、その時はその時だ。


 それにしても、ムラサメの知能が生まれたばかりの昨日と比べて、急激に上昇しているように感じる。


♦ ♢ ♦ ♢ ♦


 結論から言うと、ムラサメはこのテオテカ砦の内部構造をほぼ正確に把握しているようだった。ご存知の通り、この砦内部は知覚系スキルによる感知を弾いてしまうので、その構造を知るには直接歩いて覚えるしかない。しかし、ムラサメは昨日俺と歩いた場所以外でも、全く迷う素振りも見せず、俺を先導していく。

 つまり、これは魔精ジンの記憶による産物ではなく、魔精ジンが器物である剣の、数世紀も前にこの砦内部で持ち歩かれた時の記憶を読み取るなり、継承しているなり、おそらく、そういう現象が起こっているのだろう。


 ピョコピョコ跳ねるムラサメに連れられて、俺はあっという間に中庭へ到着していた。たぶん、近道みたいなのを使ったのだと思う。


「あ、スズカ殿! おはようございます!」

 中庭に出れば、ハイテンションなゲッシー語の挨拶が迎える。

 シャベリキが俺の方へと、シャカシャカと蜘蛛足を動かして駆け寄ってきた。

「おはよう。シャベリキ君」

「あれ? スズカ殿、また新しい体ですね・・・」

「他は全部メンテ中でさ。それより、他のミノタウロス達はどこかな?」

「任せてください。早速、同胞を呼びますね!」

 シャベリキは首にかけていた角笛を吹き鳴らす。プゥオ~~~と法螺貝のようなゆるく響く音がして、どこからともなくミノタウロス達が集まってきた。


「それじゃあ早速、武器庫から5つの防御塔に使えそうな武器を一切合切運び込んで欲しい。場所はこの剣についていけば分かるから」

 俺のゲッシー語をシャベリキが他のミノタウロス達に、グーテー語に翻訳して伝える。

「ムラサメ、武器庫までの道も分かるよね?」

「ムラサメ、ブキコ、ワカル」

 ムラサメは再びピョコピョコと跳ねながら移動を開始する。

 ミノタウロス達は、「ブモッ」とか「モッ」とか低く唸って、ダラダラとやる気無さそうにムラサメの後を追う。

「な、なんか皆テンション低くないか?」

「あー、それはですね、僕たちミノタウロスは基本的に朝は苦手というか、ダラダラして過ごすのが普通なので。気温が低いうちは、蜘蛛足の血流の巡りが悪いんですよね・・・」

 シャベリキは自分の蜘蛛足の一本を擦りながら、ばつが悪そうにする。

「そうだったのか。それは悪いことしたかな。・・・にしては、シャベリキ君は元気そうに見えるけど?」

 特に昨夜は、モッケ爺とシックルから散々やり込められたのだ。しょげかえっていたら、慰めないといけないくらいに思っていた程である。

「ふふふ。大軍師の僕が朝からへばっていては話にならないじゃないですか」

「・・・・・・」

 いや、まあ、元気なのは結構なことだけどさ。


「ちょっと、ご主人様!」

 と、俺とシャベリキが話し込んでいる所へ上から声がする。

 見上げると、壁面の窓枠から猫又のゾンビが一体ひらりと飛び出し、中庭へと綺麗に着地する。一瞬ノクス本人かと思ったが首輪はついていない。

「なんか門の方に、変てこな連中がゾロゾロいるわよ」

 声がするたびに、猫又ゾンビは口をパクパクさせるが、どうも口の動きと音声があっていない。下手くそな腹話術を見せられているようだ。

「へんてこ?」

「なんか、色々おるんよ。料理屋の客が来たとも思えへんし、ご主人様出て頂戴。ウチは忙しいさかい」

「いや、ちょっと待てよ。知らない魔獣なら通訳が必要だってば」

「・・・じゃあ、梟ジジイを呼びにやるから、それでええやんな?」

「まあ、モッケ爺が来てくれるならね」

 さて、グリフォンの関係者が来るには流石に速すぎると思うが・・・。


「シャベリキ君、ちょっと城門までいっしょに来てくれるかな?」

「なにかあったんですか?」

「お客さんが来てるみたいなんだよ」


♦ ♢ ♦ ♢ ♦


 砦の城門まで行くと、確かにノクスの言う通り、色々いた。なお、中庭から城門までは一直線なので、方向音痴の俺でも迷わずいける。


 まず一組目は、俺の命を狙っている鎌鼬の姉妹オサキとイズナである。

「もう、こないだ引っ越してから直ぐになんでこんな遠くに引っ越しするわけ? ほんと疲れたんだけど」

 いきなり喧嘩腰のオサキは背負い袋をこっちに見せつけてくる。

「ちょっとお姉! あの、兄がいつもお世話になっております」

 イズナが恐縮してぺこぺこ頭を下げる。

「ああ、二人ともお疲れ様。ここを真っ直ぐ行った中庭で待っててね。後でシックルを呼びにやるから」


 お次の二組目は、火鼠母さんことエンカさんだった。なぜか後ろに二匹の見慣れない鼠を従えている。

「あら、スズカ様が出迎えて下さるなんて。私の坊やは元気にしているかしら?」

 エンカさんはホクホク笑顔で上機嫌だ。

「元気そのものですよ、エンカさん。それより後ろの二人は?」

「あら、この方たちは馴染みのゴロツk・・・じゃなくて便利屋さん達よ。礼儀作法はなって無いですけど、物の道理は心得ていらっしゃるから、ご安心なさって」

 エンカさんはそう言ってニッコリ笑うが・・・。


「ヒックッ。拙僧はアイアンラットのライゴってんだい。ふぇふぇふぇ」

 ライゴというのは、エンカさんと同じくらいの大きさの胴回りで、真っ黒い毛で覆われた鼠だ。毛はとても固そうで、針鼠のように尖っている。その毛皮の上から金糸で編んだ袈裟のような物を着こんでいた。

 それにしても、笑い方がキモい。挨拶の出だしがしゃっくりとか怪しい。不審だ。


「ダァーハッハッハ。おいどんはバーストラットのボムンだぞ。おいどんがイケメンだからって近づくと火傷するんだぞ」

 ボムンは、フェッソとエンカさんより二回りほど大きかった。灰色の毛皮で丸々と太っている。ただの毛玉のようだ。あと、悪いが、俺には鼠の顔に関して美醜の判断はつかないから―――なお、ろくろ首的審美眼で言わせてもらえば、全くイケメンには見えない―――こいつが本当にイケメンなのかは分かりかねる。いや、仮に本当だったとしてもナルシストさがキモい。不安しかない。


「ええっと、エンカさん・・・」

「ほほほ。御心配には及びませんわ。・・・それとも、スズカ様は私のことが信頼できませんの? 私の眼は節穴だとおっしゃりたいのかしら?」

「え、いや、そういうわけでは・・・。どうぞ、中庭に行って下さい。後でキエン君を呼んできますから」

 俺はエンカさんの謎の圧に気圧されてしまい三人を通した。


 そして、問題は三組目である。

 それは四匹の赤鬼だった。

 全身が赤く、頭の上には二本の白い角が生えている。高く伸びた鼻に、長く尖った耳。落ち窪んだ、銀杏のような黄色い濁った眼。牙の見え隠れする口。そんなのが揃って、虎柄の布を体に巻き付け、その上から二枚の金属板を結び合わせた様な簡素な鎧を身に纏っていた。背丈は俺よりもだいぶ低い。丁度エイロフさんの胸部装甲に届かないくらいの高さだろうか。たぶんリンデア君を着用している時の俺よりも若干低いと思う。

 

「おや、ゴブリンですか。何の用だろう?」

「ゴブリン? ゴブリンって緑色だと思ってた」

 シャベリキの発言に思わず、前世の偏見が出てしまうが、

「ああ、ロークビ高原の外にいるゴブリンは森の保護色である緑色をしているそうですよ。でもロークビ高原固有種のロークビ・ゴブリンは赤色もしくは青色だから、外から迷い込んできた奴かどうかの見分けがつけやすいんです」

「なるほど・・・」

 って、雑学に感心している場合ではない。


 まずは、コミュニケーションをどうやって取るかだ・・・。

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