第二怪 火鼠の皮衣① Flame rat

「悩んでいても詮無いし。奉納品でも漁ってみるか」


 人生は持っているカードを切って勝負していくしかない。逆に言えば、カードを増やすチャンスがあるなら積極的に増やしに行くべきということでもある。


 というわけで、例の祭壇周りに散らかっていた奉納品を物色し、使えそうな物が無いか探してみることにした。もしかすると、偶然見つけた道具から、何かしら未来の展望が開くかもしれない。


 何とか蛇行して祭壇付近へと這ってきた俺は、ふと祭壇の鏡を見た。例の目覚めて最初に見た大鏡である。思った通りに気持ち悪い姿が映っていた。鱗のない肉色の蛇の胴体に人間の顔がくっ付いているのだ。まさに妖怪。きもっ。

 ・・・なんだか悲しくなってくる。


「んっ?」


 鏡に映っていたのは俺だけではなかった。なにやら俺の背後からコッソリ、ノッソリと追いすがってくる奴がバッチリ鏡に映っている。


 パッと振り返ると、目が合ったソイツはビクッとして一瞬止まる。

 全身真っ赤な毛皮で覆われた野鼠だ。それだけならただの変わった色の鼠だが、こいつは両耳から炎を噴き上げ、赤い光を放っている。鋭い眼から危険な光がちらつき、全くもって友好的な雰囲気は感じない。


 なんか、やばそうなんだが! というか、こんな奴さっき千里通眼で見た時はいなかっ・・・いや、いたわ。草地でなんかこんな感じの奴が寝そべってたわ。

 つまり、千里通眼さんにはこの状況の責任は無い。


 俺がまごまごしていると、火鼠の方は俺がびくついていると見て取り戦意を高めたのか、クワッと叫んで大口を開ける。そして、見る間に口内に赤い炎の球が形成され始めた。

 これはあれだ。異世界魔法あるあるファイアボール的な奴だ。わーい、転生早々実物の魔法が観れたぜー・・・などと喜んでいる場合ではない。奴の魔法がどれだけの威力があるか知らないが、あんなもの受けて無事でいられるとは思えない。


 俺は慌てて転がるように傍にあった壺の裏側へと避難する。その一瞬後に元居た場所に火の玉が撃ち込まれ、ブワリと熱風と火の粉を撒いた。火は直ぐに消えたが地面が濃い墨色に変色している。


「キーキッキッキ~~♪」

 俺が情けなく逃げ出したのを見て、やっこさん自分の方が食物連鎖の上位にあると確信したらしい。随分と上機嫌な鳴き声をあげている。


 ちっ、せいぜい驕っているが良いさ。


 俺は石柱に立てかけられている錆びた剣に眼をやる。初めに目覚めた時に眼に入っていたから、ここにあったのは知っている。もちろん、手も足も無い生首状態の俺に剣を自由に振ることは出来ない。だが、構わん。必要なのは武器ではないのだ。俺は工作のために急いで剣を口にくわえた。ひどい鉄錆の味がしたが、四の五の言ってられる場合ではない。


 舐めプ火鼠の野郎は俺を怖がらせたかったのか、その後意味もなくもう一度火球を撃ち込んだ後、キッキーと笑って壺の裏側へと回り込んできた。俺はもうそこにはいなかったので、火鼠は俺がどこへ逃げたかのかと周りを見渡す。


 ガラッ


 南側に物音。


 火鼠は素早くそちらへと向き、火球の魔法を発射するための態勢になる。

 だが、そこにあるのは、柱の陰の中に崩れ落ちる素焼きの陶器の馬だけだ。その馬を押し倒したのは―――口を開けて火球の準備をしながら火鼠の目線が辿っていく先には―――錆びた長剣が壺の裏側から伸びていて・・・。


「お前が先に襲ってきたんだから、文句はないよな」

 俺は火鼠の背後に回っていた。影は北側、すなわち俺の後ろに伸びていた。故に火鼠は俺に気付くのが一瞬遅れたらしい。


「キキッ!?」

 火鼠が気付いて向き直る間もなく俺は自分の首を蛇のようにして巻き付いた。火鼠の体は熱を発し、恐ろしく熱い。それでも、俺はきつく締め上げた。

 だがその状態でも、火鼠はめげずに俺に火球を放とうと口をクワッと開ける。

「残念だが、もう試合終了だ。降魔吸力!」

 火鼠の口の中に灯った魔法の光は消失した。と、同時に何かエネルギーのような熱いものがずんずんと俺の中へと吸収されていくのを感じる。おそらくこれが魔力なのだろう。


「ギギィーーー!」

 火鼠が唸り声をあげて、全身から魔法の炎を放つ。だが、そのたびにその魔力は全て俺に吸収されて消火されていく。

 ここにきてようやく火鼠は己の窮状を理解したらしく、もがき、暴れようとしたが俺は決して離さなかった。離したが最後、俺はコイツに焼き殺されるに違いない。


 しばらくすると、火鼠は動かなくなった。ややもすると痛みすら感じたほどの熱い体温もすっかり冷えていた。


「勝った・・・んだよな」


 実は死んだフリして一発逆転を狙ってるとか・・・。いや、さっきから魔力の吸収が止まっている。少なくとも魔力は完全に枯渇しているはずだ。

 俺は恐る恐る火鼠の体を解き放つ。それから、素早く壺の裏側に回ってコッソリと覗く。祭祀場はシーンと静まり返っており、火鼠が再び起き出す気配は微塵も感じられない。


「これは大丈夫だな・・・たぶん、きっと、おそらく」

 生き物を殺した罪悪感云々よりも恐怖感の方が勝っていた。そもそもの話、一方的に甚振ったとかなら兎も角、襲ってきたのは向こうだし、こっちをなぶり殺しにしようとしていたのもコイツなのだ。情状酌量の余地はない。


「そうだ、ステータスの確認しておかないと!」

 異世界ファンタジーの鉄則、戦闘が終わったらレベルアップしてないかステータスの確認をすべし。


 ――――――――――――――――――――――――――――――――

 個体名称:スズカ・オオダケ

 種族名称:ろくろっ首 (妖精???)

 脱皮回数:0

 特殊能力:【広目天】2【増長天】2【多聞天】1

 ――――――――――――――――――――――――――――――――


 広目天は変化なしだが、増長天のスキルレベルが上がっていた。

 そして、またもや新しいスキルが生えている。


 ――――――――――――――――――――――――――――――――

 【多聞天】1

 〔順風通耳〕1

  自身を中心に半径1㎞内一切の音声を聴覚する

 〔言語獲得〕1

  対象の言語脳をハッキングして、使用言語をコピー習得する

  従って、獲得能力は指定対象の言語習熟度に依存する (0/1)

 ――――――――――――――――――――――――――――――――


 どうやら、広目天と同じ知覚系のスキルらしい。

 まあ、まずは物は試しに使ってみようというわけで。


「順風通耳!」


 一瞬、耳の中であらゆる音と音が混線し爆発するような感覚に陥るが、直ぐに周囲の音が明瞭になっていく。草花が風にそよぐ音。木の実が落ちる音。鳥が飛び立つ音。妖精たちの話声などなど・・・ん?


 妖精の話声?


「げ、言語獲得!」


 なぜそれが、妖精の声だと直感したのか自分でも分からないが、ともかく俺は慌てて言語獲得のスキルも起動する。妖精がどこにいるのかも良く分からなかったが、俺のスキルは自動的に妖精の脳みそをスキャンしてくれたらしい。言葉が突然意味を持って聞こえてくる。


「ねぇ、見てナバク。あんなラミアは見たこと無いわ。変種かしら?」

「本当ね。シュトラ。すっごく気持ち悪い。それに頭も相当悪いわね。もうとっくに死んでいるフレイムラットにあんなに脅えちゃって。毛皮を刈り取りもせずに放置しているわよ」

「きっと生まれたばかりの赤ん坊ね。何も知らないんだわ。私たちの姿も見えず声も聞こえず、よっぽど能力が低いんでしょう」

「ねえ、ちょっとからかってやりましょうよ」

「赤ちゃんに悪戯するのは良くないわよ、ナバク。・・・でも面白そう」


 すっげー酷い会話してやがる。しかも、このままだと俺は暇をかこつ妖精どもに悪戯されてしまうらしい。いったいどこにいるのか、声は聞こえど姿は見えず。


 いや、ここは、

「千里通眼!」

 レベル1の順風通耳が妖精たちの声を聴き分けたのだ。ならばレベル2の千里通眼さんに見えぬはずは無し!


 両眼を閉じると、瞼の裏に俺の周囲一切の万象が映りこむ。


 いた、いた、こいつらだな。

 石台の数メートル上方に、2匹の羽の生えた小人のようなものがぼんやり見える。その輪郭や色味を明瞭に視覚できないのは、彼らの言う所の能力不足のせいなのか、あるいは妖精たちは声の隠蔽よりも姿の隠蔽の方が得意なのか。そのあたりは分らないが、およその位置は分かった。


 俺は千里通眼を解除して両眼を開けると、2匹の妖精がいた方向へと顔を向ける。


「おい。そこの悪戯妖精ども。ナバクにシュトラ。お前たちの悪口は丸聞こえだぞ」

 変な悪戯されないように威嚇を含めてちょっと怒ったように言ってみた。


「うそ! あの人面蛇こっちを見ているわ。キモい。さっきまで私たちのことに気づいてもいなかったのに」

「あらあら、魔力使用の気配があったから、何かしらのスキルを行使して偶然私達の存在に気づいたのでしょうね」

 ばれてーら。


「っていうか、私達のこと呼び捨てにしたわね! 失礼な奴」

「赤ん坊妖精ちゃん、私達に名前を教えてくれないかしら? それとも名前が無いなら私が付けてあげましょうか?」

 誰が赤ん坊妖精だ。いや、転生ぴちぴちの生まれたての妖怪だから、赤ん坊妖精というラベリングは間違っていない・・・のか?


「名づけは結構! 俺はスズカだよ。・・・まあ、その、確かにあんたの言う通り生まれたてで、何も分からない赤ん坊同然さ」

「気持ち悪い赤ん坊もいたものね」

「そんな風に言っては可哀想だわ、ナバク。とりあえず、声の隠蔽を解いてあげましょうよ。この子、私達と話をするだけでもすごい勢いで魔力を消費しているみたいだから」


 シュトラの指摘は正しく、俺はただ彼らと会話する為だけに常時【順風通耳】を使用する必要があるので、ずっと魔力を削られているのである。正直ありがたい配慮だった。しかし、妖精達は姿の隠蔽は解く気が無いらしい。

 声はすれども姿は見えず、である。


「ねえ、あんたその鼠は食べないの? 蛇だから食べるんでしょ?」

「いや、それは・・・」

 答えに詰まる。


 俺は蛇ではない。ただの生首だ。首をスキルで伸ばしているから人面蛇に見えているだけであって。

 しかし、ろくろっ首の生態を知らないので、好き嫌い言わずに食べれるときに食べておくべきかもしれず。鼠なんて食べたくないと贅沢も言ってられない気もする。

 ・・・ただ、空腹感のようなものはないのだ。そもそもお腹がないわけだし。


「ナバクったら。この子、蛇に見えるけど一応妖精の赤ん坊よ? 魔力と花の蜜以外食べられないわよ、きっと」

「あ、そっかー。そうよね。気持ち悪い見た目してるけど、赤ん坊だものね。じゃあ、私ちょっとその辺で蜜の多い花を取ってきてあげよッと・・・」

「いってらっしゃ~い」


 なんか勝手に話が進行している。というか、ナバクさん凄い嫌な奴だと思っていたのに、率先して花を取ってきてくれるとか親切さんか。嫌な奴なのではなく、単に思ったことを全部言っちゃう系女子ってだけなのかもしれない。


 それにしても、俺に必要な食事が花の蜜だったとは。

 俺は横目でちらりと火鼠の遺骸を見た。

 まだそうと決まったわけでは無いが、肉を食う必要が無かったのならば、俺が火鼠―――妖精たちの言う所のフレイムラット―――を殺してしまったのは、少々気の毒にもなってくる。弱肉強食も食物連鎖においてこそ正当と思えば、喰いもしない獣を殺めてしまったのは無駄な死を一つ積み上げてしまったようなものだ。もちろん、正当防衛だから悔やむ気は無いが。


 と、俺の気持ちを察してか、はたまたただの偶然か、シュトラが提案を持ちかけてきた。


「ねえ、スズカちゃん」

「ちゃんは止めて下さい」

「・・・スズカ、そのフレイムラットの毛皮買い取らせてくれないかしら?」

「毛皮?」

「ええ。フレイムラットの毛皮ってとても暖かいし、火に耐性があるからすごく燃えにくいし、柔らかくてフカフカしてる割にちょとやそっとじゃ剣の刃も通さないほど丈夫だから、貴重な品なのよ」

「お好きにどうぞ」

 貴重品らしいが今の俺には猫に小判、豚に真珠で、どうしようもない。


「風よ集いて無尽の刃となれ、即ち汝は風纏う騎士の剣なり、ヴェントソード」


 シュトラが呪文を唱える声が聞こえると、空中に薄緑色に輝く一筋の透明の剣が現れた・・・いや、大きさ的に剣というよりはバターナイフの方が近いか。


 相変わらず本人の姿は見えないので、宙に浮かぶ魔法剣が独りでに動いているように見える。その魔法剣はスパンッとフレイムラットの首と四肢をちょん切ると、器用に肉から皮を剝ぎ取っていく。


「フレイムラットの毛皮は剣の刃も通らないんじゃ?」

「それは表面に魔力を流している間の話よ。今はすっからっからだから、簡単」

 なるほど。

 それにしても、魔法剣か・・・。


「その魔法カッコイイですね」

「ふふふっ」

「俺にもその魔法って使えちゃったりしますかね?」

 手が無いのにどうするんだという疑問はひとまず置いといて。


「う~ん、この魔法が使えるかどうかは、そもそもあなたに風の属性があるのかどうか・・・それが問題よ」

「それってどうやって調べたら良いんです?」

「属性精霊の加護があるかどうかで分かるんだけど・・・私たちは集落の知恵の泉に魔力を通して視れば、自分の能力や加護を知れるの。ただ、さすがに貴方を集落に連れていくことは出来ないわね~」

 と、シュトラが困ったように言う。


 ん? ということは、俺の場合は自己観相の能力で自分のステータスを観れるからそれで分かるのでは? どうやらシュトラの口ぶり的に、この世界ではステータスオープン的な、お手軽に自分の情報を見る魔法システムは一般的では無いらしいが。自分の事を知るのが、存外難しいとは、なかなか哲学的に正しい世界とも言える。


 ・・・しかし、ついさっき自己観相で見た分には属性なんて表記なかったし、これは望み薄かもしれない。


 まあ、とにかく一応確認しておこう。


「自己観相!」

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