生首だけで異世界転生 ~首から下は邪神に食べられました~

井太刀西兎

1章 ストラス

第一怪 ろくろっ首の目覚め A severed head wakes up

「なんんじゃーこりゃーーー!」

 俺は絶叫した。


 なんせ、目が醒めたと思ったら、目の前にある大鏡に映っている自分の姿は首から上しか無かったのだから。頭部だけの姿で映っているのだ。


 いったい何がどうなってるのやら・・・。

 俺は混乱しつつ、周囲の様子を見まわす。


 そこは、巨大な石材を組んだ構築物に囲まれていた。

 さながらストーンヘッジだ。雰囲気的に古代の祭祀場か何かに見える。


 目の前には朽ち果てた祭壇のようなものがある。脇には、さび付いた剣やら転がった壺やら壊れた素焼きの馬やら牛やら人型―――埴輪ってやつかな?―――が雑然と並んでいる。それらの奉納品らしい品々の中に鏡もあったわけだが・・・。


 どうなってるんだ、これ?


 首筋に冷や汗がたらりと垂れる。

 鏡の中の俺は巨石の台座の上に首だけがちょこんと乗っかっている状態だ。いや、もしかしたら、体の方はこの石の中に埋まっているのかもしれない。しかし、まるで体の感覚は無く、手足が動かせないどころか、その存在すら知覚できない。


 焦りが募る。


「誰かー。どなたかいませんかー?」

 必死に叫んでみるが、反応はない。ただ侘しく朽ち果てた祭礼場に、虚しく風が吹くだけだ。

 

 待て待て落ち付け。まずは深呼吸。すっーはっー。


 そもそもなんで俺こんなことになってるんだ? 

 えーっと、確か、会社を首になって、ショックでふらふらしながら歩いてて・・・それで、気づいたらトラックの前にいて・・・あれ? 俺死んだんじゃ? でも生きているということは、助かったのか?


 この状況、つまり俺の生首だけが石の台座の上に在る状況が助かったと表現できるのか? という点はすこぶる怪しいところだが、少なくともどういうわけか生きているらしい。


 いや、待てよ。

 ということは、俺は今集中治療室にいて夢を見ているだけなのでは?


 その結論に達した俺は安堵の息を吐いた。

 うむ。実に単純明快な話だ。人が首まで石に埋め込まれて生きていられるわけもなく。だって、肺が動かせないはずだから、あっという間に窒息死である。まして首だけなら生きていられるはずもない。つまり夢である。


 なら、目が醒めるのを待つだけだな。焦って損した。


 そう思った俺の耳に「ギャオォーォー」という妙な鳴き声が聞こえてきた。今まで聞いたことが無いような動物の声だ。それは頭上からだった。


 なんだ?


 何とか頑張って首を上に向けてみると、空に大きな影が現れる。蝙蝠のような翼、長い尻尾、トカゲのようなフォルム、そんな奴が空を悠然と飛んでいく。

 

 あー、まあ、夢ならドラゴンくらいいるよな。うん。


 特に驚くことも無く、暢気のんきにそんなことを考えていたのだが。

「あ、あれ?」

 ドラゴンを見上げるのに夢中になっていたせいか、首のバランスが崩れていたらしい。そして、俺の頭は後ろに倒れた。

「い、痛ええええ!」

 ゴツンと後頭部をしこたま石台に打ち付けた俺は悶絶した。その意味を考える間もなく、今度はその拍子に、俺の頭はゴロゴロと転がり石台から地面に落ちてしまったのである。


「グッ、ウウ・・・」

 後頭部が痛い、地面と衝突した右頬が痛い、そして冷たい。


 だめだ、何も考えたくない。

 一連の出来事は、とてつもなく残酷な推論を強いてきた。

 ・・・痛い。

 にもかかわらず、夢は冷める気配がなく。そもそも夢の中じゃ痛みは感じないはずだ。少なくとも悶絶するぐらいの痛みは有り得ない。


 ・・・いや、まさか。しかし、他に考えようがあるだろうか?


 そう。これはあれだ。ラノベでよくある転生ってやつだな!

 俺の痛いオタク脳は瞬時に頭のオカシイ結論に辿り着いた。・・・まあ、SFファンなら、脳を電子空間に繋がれて実験されているという結論に辿り着くのかもしれないが。

 まあ、ここは転生であるとしておこう。


 ということは、つまり、俺はやはりトラックに轢かれて死んでしまったということらしい。トラックの運転手に重い刑罰が下らなければ良いのだが・・・。まあ、ある種の因果応報というかですね、自分の父親が同じく飲酒運転で若い青年を轢いてしまって刑務所にいるので、これも宿命だったのかもしれない、とも思う。


 まあ、それはいい。今更思い悩んだところで、異世界転生してしまった俺にとってはもはや詮無いことだ。

 だいたい、俺もラノベ好きのオタクだったのだから、死んだと思ったら変な状況にいてドラゴンとか飛んでましたっていうのは、むしろ「異世界転生キターーー!」くらいのもんよ。

 まあ、本来はそういうテンションになるはずだったのだ。


 だが・・・。俺は頭だけで転がって石の台座から落ちてしまったわけで・・・。つまり俺の体は石に埋まっていたわけでも何でもなく、元々そんなものは無かったのである。


 俺は相変わらず地面に右頬をつけたまま、受け入れるべき事実について逡巡していた。

 いやだって、せっかくの異世界転生しておいて、なんで生首だけで転生してしまったんだ・・・。どこかに俺の体があって、それを探し出せたら元に戻れるというならまだ希望が持てる。だが、そんな保証はどこにもない。転生について神様から説明とか受けてないし。


 ふっ。だが、俺はこういう時にどうすればいいか知っているぞ! ラノベオタク舐めんじゃねー。こういう時はだいたいアレで解決だ。


 俺は深く深呼吸すると―――深呼吸するための肺がどこにあるのかさっぱり見当がつかないが―――自信満々に叫んだ。


「ステータス!」


 ・・・しかし、何も起こらなかった。

 あ、あれ?


「ステータスオープン!」


 ・・・やはり、何も起こらなかった。俺の叫び声は虚しく風に消える。

 とても間抜けな生首に見えることだろう。


 いやいやいや、ちょっと待て待て。こういう場合はあれだろ? なんか転生特典のチートスキルとかがあって何とかなっちゃうのがテンプレでしょうが!? 少なくとも生首状態で生きているのだ。何がしかの神秘な力があるはずだ。


「えっーと、開けゴマ! オープンセサミ! 寿限無寿限無呉広の擦りきれ!」


 ・・・適当に言ってみたが何も起こらない。顔からジリジリと汗が垂れ始める。


 嘘だろ。嘘だろ。ちょっとマジでなんか起これって。このままじゃ俺ずっとここに転がったままじゃん。手も足も出ないじゃん。手も足も無いから。生首だけに。

 アホな洒落を言ってる場合ではない。


「えっとえっと、南無阿弥陀仏! テレキネス! 般若波羅蜜多! テレポート! サモン! 天にまします我らが父よ! アーメン! 南妙法蓮華経!」


 と、まあ半狂乱になって思いついたことを色々叫んでみたんだが。

 ・・・何も起こらない。やばい涙が出そう。

 うわああああああ。お願いします。神様! 仏様! 俺に奇跡を!


 そして、俺はその時ふと脳裏に思い浮かんだ言葉を叫んだ。


「オン・ア・ウン・ラ・ケン・ソワカ!」


 天は俺を見捨てなかった。


 気付くと、何かが体から―――正確には頭から―――脱け出たような感覚と共に、目の前には待望の天の啓示があった。


 ――――――――――――――――――――――――――――――――

 個体名称:スズカ・オオダケ

 種族名称:ろくろっ首 (妖精???)

 脱皮回数:0

 特殊能力:【広目天】1

 ――――――――――――――――――――――――――――――――


 今の呪文が良かったのか、はたまた偶然言葉の組み合わせが起動ワードを構成していたのか。その辺は分らない。

 が、とにもかくにも俺は異世界転生あるあるな自分のステータスの閲覧という、異世界冒険譚のファーストステップを遂げたのであった。

 しかし、一歩目からこんな苦労してるようじゃ、先が思いやられる・・・。


「それにしても、色々ツッコミどころ満載だな、これ」

 天の与えたもう奇跡に早速文句を言う大嶽鈴鹿おおだけ すずかこと俺である。


 まずもって、種族だ。どうやら俺は人間ではないらしい。ろくろっ首だ。つまり妖怪だ。・・・なぜか妖精という表記になっているが、たぶんこのファンタジー異世界には本来妖怪はいないんだろう。分類上強引に妖精として整理されてしまったものとみえる。

 というか、脱皮回数って何だよ。俺は脱皮するのか? この世界の妖精は地球の爬虫類みたいに脱皮して成長するんだろうか? 謎だらけだ。いずれにせよ、人間だと主張するのは無理がある存在に生まれたらしい。


 つまり、どうやら、いわゆる人外転生ということになるのだろう。まあ、生首だけだしね。プラス思考で考えるなら、アンデッドとかじゃなくて良かったとも言える。


「スライムや豚とか自動販売機に転生するよりは、まだ人間に近いからマシ・・・なのか?」


 まあ良い。・・・いや、良くは無いが、転生してしまったものはどうしようもない。そういうものだと運命を受け入れるより他に無い。

 とにもかくにも、念願のステータスオープンを辛うじて叶えた俺には精神的ゆとりが戻っていた。


 さてさて、それよりもお待ちかねの特殊能力だ。やっぱり異世界転生と言えばチート能力で無双だよね!

 それに、なんか名前からしてすっごくチートな匂いがしませんかね?


 早速、特殊能力欄の【広目天】に意識を集中する。


 ――――――――――――――――――――――――――――――――

 【広目天】1

 〔千里通眼〕1

  自身を中心に半径1㎞内一切の万象を視覚する

 〔自己観相〕1

  自身の状態や能力を把握する

 ――――――――――――――――――――――――――――――――


「なるほど。なるほど」


 どうやら、このステータスを見ることが出来ているのは、広目天のスキルの一つ、自己観相という能力のおかげらしい。・・・あれ? ってことは、もしこの能力が無かったら、俺は自分の能力を把握することすら出来なかったということか?

 恐ろしい推測に、冷や汗がこめかみに浮かぶ。

 それだけに俺の中に湧き上がる感謝も深いものだった。広目天さん、ありがとう!


「よし、じゃあ次は【千里通眼】」


 念じた途端に俺の視界はふわりと浮くような感覚に酔う。そして瞬く間に、航空写真を眺めるように、自分を中心にした円の内側を視認していた。


 俺のいる祭祀場は森の中に切り開かれただった広い空き地の中心にあるらしい。長く人の往来が途絶えているのか空き地というよりは雑草まみれの草地というべきかもしれないが。そうした森の木々や風になびく草花、そこに寝そべる赤毛の珍妙な生き物やら祭祀場の巨石やらがハッキリと視える。

 なかなかに便利なスキルである。それは確かだ。確かなのだが・・・。


「役に立たねぇってば! 自由に動き回れないこの状況の救いにならんぞぉ」


 ついさっき深い感謝を捧げた相手に、俺は掌返しで悪態をついていた。まあ、俺には掌なんて無いんだけど。・・・だから、困っているのだ。

 もし俺が四肢のちゃんと揃った人間なら、実に有用な能力だったと思う。だが、移動手段の無い俺がただ見るだけのスキルなんて貰っても詮無いことだ。結局、手か足かが生えないことには詰んでいる。


 自分のステータスを眺めながら、ひしひしと押し寄せてくる絶望にのまれそうになっていると・・・、ステータス画面に変化が現れた。


 ――――――――――――――――――――――――――――――――

 個体名称:スズカ・オオダケ

 種族名称:ろくろっ首 (妖精???)

 脱皮回数:0

 特殊能力:【広目天】2【増長天】1

 ――――――――――――――――――――――――――――――――


 広目天のレベルが上がって、さらにスキルが1つ増えている。ちょっと広目天のスキルを使用しただけで熟練度が上がったということなのだろうか? 有難い話だがレベル上がるの速すぎだろ!

 いや、今はそんなことはどうでも良い。それよりも増長天さんだ。この新しいスキルに賭けるしかない。


 ――――――――――――――――――――――――――――――――

 【増長天】1

 〔首長伸縮〕1

  自身の首を1m伸び縮みできる

 〔降魔吸力〕1

  自身の首で絞めあげた相手の魔力を封じ、かつ是を吸収する

 ――――――――――――――――――――――――――――――――


「これはまた・・・なんとも妖怪っぽいスキルだな」

 手も足も生えない代わりに、首を伸ばしてやろうということらしい。

 広目天さんが超能力っぽい感じだったのに比べて、こちらはなんとも不気味な能力だ。実にろくろ首的と言える。

 だが、直近の課題においては使える。


「よし・・・首長伸縮! 首よ伸びろ!」

 強く念じて叫べば、はや効力は現れ、首元が熱くなり何とも形容し難いヌルリとした感覚が襲う。ひどく奇妙な感覚だ。

「フンヌッ!」

 とにかく首に力を入れてみる。どこの筋肉をどう動かすべきかも良く分からないが、そこは本能まかせだ。

「おっ!?」

 俺は自身の頭を持ち上げることに成功していた。

 下を見ると、1mに伸びた俺の首はさながら蛇がとぐろを巻く様子で、頭を支えているらしい。


 これ、客観的に見るとすごい気持ち悪い姿してるんだろうな。怖くて鏡見れねえ。


「と、とにかく、次は移動だ。移動」


 蛇の鎌首のように頭を持ち上げることができたということは、移動手段も蛇を真似るのが得策だろう。と、筋肉の動かし方を10分ほど試行錯誤して――――その間、三度も頭を地面に打ち付けた―――ようよう俺は首を蛇行運動させて這いずり回れるようになった。

 もはや、立派な人面蛇である。


「この姿で人間に出逢ったら、モンスターだって思われて討伐されそう・・・」


 俺は首を振るって嫌な想像をかき消す。少なくとも今はそんなことを心配している状況ではないのだから。


 しっかし、これからどうしたもんかな? まずは水場を探すべきか? 人間は飲み水が無いと3日も生きていられない・・・あ、俺ろくろっ首か。人間じゃないわ。ろくろっ首って飲み水必要なんだろうか。そもそも食べたり飲んだりするのか? だめだ。分からないことだらけじゃん。


 増長天スキルのおかげで、念願かなって移動することが出来るようになったものの、今後の展望に困ってしまう。


 ―――カサッ


 そういうわけで、この先どうやって生きていけば良いものか、あてもはてもなく悩んでいた俺はソイツがこっそり近づいてきたことに気付かなかったのだった。

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