第三怪 火鼠の皮衣②

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 個体名称:スズカ・オオダケ

 種族名称:ろくろっ首 (妖精???)

 脱皮回数:0

 加護恩恵:【四天王の加護】

 特殊能力:【広目天】3【増長天】2【多聞天】2【持国天】1

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 ひしひしと魔法属性があることを願いながら開いたステータスだったが。


 おっと、またスキルが一つ増えていますがな。しかも広目天のレベルが上がってるし、加護の欄まで出来ている。広目天のレベルが上がったからステータスとして見えるものが増えたのか、はたまた俺が加護なるモノの存在を認識したことが要因なのか。謎である。


 まあ、ともかく持国天を調べてみよう。


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【持国天】1

〔奪体支配〕

 頭部の無い死体の首に神経を差し込み、体の操縦権を奪う

〔調伏明王〕1

 帰順に同意した面従腹背の徒に首輪を嵌める。可能対象1体(0/1)

 帰順徒弟が叛意を実行に移そうとすると懲罰が発動する

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 これまた妖怪っぽい能力がきたもんだ。


 聞くところによると、ろくろっ首の亜種、飛頭蛮の伝承では、宙を飛ぶ首が人間の頭を喰らって、その元の首に挿げ変わって生活できるとかいうのがあった気がする。 

 奪体支配のスキルはおそらくその類だろう。ホラーだ。

 調伏明王は・・・これってあの孫悟空の頭の輪っか的なやつなのでは? 嵌めるのが頭ではなく、首なのがろくろっ首的とも言える。


 続いて、四天王の加護についても詳しく知ろうと思ったのだが、それは自己観相のスキルに拒否されてしまった。解せぬ。スキルレベルが低いせいか?


 まあ、ともかく目下知りたかった魔法属性の加護があるか否かは分かった。


 結論。そんなものは無い!


「あの、シュトラさん。どうも俺は属性の加護が無いみたいです。これって魔法は一切使えないってことですか?」

 俺は若干涙目で尋ねる。


「加護が得られないと使えないわね。でも、スズカちゃんは単に先天的に加護を与えられていない種族ってだけの話だと思うわよ?」

 どうやら絶望するにはまだ早いようだ。

「ということは後天的に加護は得られると? どうしたら良いですか?」

 俺は食い気味に尋ねる。

「そーねぇー、後天的に得る方法は色々あるけど・・・」


 シュトラは俺と会話しながらも、すっかりフレイムラットの皮を剥がし終わっていた。そして、なぜか肉の解体をしている。・・・もしかして食べるのか?

 と、思っていたら、ぽんっとキラキラ光る石をこちらに投げてよこす。

「でも丁度、その方法の一つがそれで実行できるわよ」

「えっと?」

「魔石よ。フレイムラットのね」

 それは、うっすらと赤みがかった透明の小さな水晶のような物だった。内部には、さらに小さな白い球が3つ透けて見えている。

「これが魔石・・・」

 ファンタジーあるある要素だ。


「これを使えば、加護が貰えるのですか?」

 俺は大いに期待を込めて尋ねるが、

「これからやる魔術儀式が上手く行けばね~」

 シュトラは確約の言質を避けて、地面に円を描いていく。相変わらず姿は見えないので、風の魔法剣が地面の上で踊っている様にしか観察できないが。ただ地面に重なるように円形が増えていくだけだ。


「さあ、これでいいわ」

 地面に描かれた魔法陣の中央にフレイムラットから頂戴した魔石が置かれる。

「完成ですか?」 

「ええ。それじゃ、まずはお代払ってね?」

 金取るんかーい! いや、まあそうだよな。技術料は払うべきだし。


 しかし、

「あの、手持ちが無いんですが、どうすれば・・・」

 俺の弱りきった声に対してシュトラはチッチッと舌打ちしながら、魔法剣を左右に振る。まるで人間の人差し指のように。

「さっき言ったじゃない。フレイムラットの毛皮を買い取るって! だから差額をあなたに払い戻してあげるわね」

 そう言って、シュトラは俺の方に何かを一粒投げてよこした。


 エメラルド色の豆だった。それが一粒だけ。

 ま、まずい。モノの価値が分からない。異世界での適正な取引価格が分からない。


「えっと、シュトラさん。これは?」

「ヒスイ豆よ。これ自体非常に価値があって、その上物々交換の交換基準に使われるものよ」

 つまり疑似的な貨幣に近いらしい。


「・・・念のため教えて欲しいんですが、フレイムラットの皮の相場はヒスイ豆いくつくらいで、この魔法陣の技術料の相場は如何ほどなんでしょうか?」

「・・・仕方ないわね! もう一粒追加してあげる!」

 ヒスイ豆とやらがもう一粒投げてよこされる。俺の問いは完全無視された。

 わーい。倍になったぞ!・・・なんて、明らかにおかしいだろう。


「シュトラさん。俺が知りたいのは適正相場で・・・」

「もうー、スズカちゃんてば、買い物上手なんだから。もう一粒だけよ。これ以上はダメなんだからね!」

 また一粒投げ込まれた。合計3粒である。

 そして、相場に関しては一切教えてくれる気配がない。


 これはあれだ。異世界初心者の世間知らずな俺でも直感的に分かる。絶対まだ上がる余地がある奴だ。


 よーし、まずは吹っ掛けてやる!


「これじゃあ足りません。5粒ください」

 断られたら4粒で折り合い交渉して・・・と思っていると、

「良いわよ。決まりね。はい、スズカちゃんの言い値で買ってあげたわよ」

 即決。シュトラは何の躊躇もなく、俺の方へさらに2粒投げてよこした。

 俺は茫然と目の前の5粒のヒスイ豆を眺める。


「あの、シュトラさん。俺絶対今ぼったくられましたよね?」

「まあ、そうね~。決済は終了したから、ネタ晴らしすると、フレイムラットの皮はだいたいヒスイ豆12粒くらい。魔法陣の方は・・・そうねぇ、カカオ豆10粒くらいかしら? あ、ちなみにヒスイ豆とカカオ豆の交換レートは100対1よ」

 つまり、ほぼ半額に買い叩かれたというわけだ。というか、最初一粒で済ませようとしたとか、こいつは鬼かよ。いや、取引終了後とは言え、ちゃんと教えてくれるだけ親切なのかもしれない?


 まあ、これも社会勉強と思って飲むしかない。

 そもそも、シュトラが「フレイムラットの皮をくれたら魔法の加護をつける儀式やってあげるね!」とか言ってたら、俺は自分が大損したことすら知らずに「何て親切な妖精さんなんだ」と喜んでその取引を承諾していたことだろう。

 無知とは恐ろしいものである。


「さてと煩わしいことも済んだし、これから精霊を呼び集める儀式を行うから、この魔石にあなたの魔力を流して頂戴、スズカちゃん」

 シュトラは全く悪びれた風もなく、淡々と説明に入る。

「・・・ちゃんは止めて下さい」


 さて、魔力を流せといきなり言われても困るわけだが。いや、待て。逆はさっきやったではないか。フレイムラットとの戦闘で発動した降魔吸力は魔力を吸い出す技だったのだ。確かにあの時、不思議なエネルギーが体に入ってくるのをしかっりと感じたのだ。つまり、あの感覚と逆のことをすれば良いわけで。


 とはいえ、言うは易く行うは難し。

 俺はウンウン唸ったり、魔石に頭をぶつけたり、カアッーと気合を入れて叫んでみたりと試行錯誤して、ようやくどうにかこうにか魔石に魔力を流すことに成功したのだった。・・・たぶん、次からはスムーズに出来るはずだ。感覚は掴めたし。


 と、魔法陣に光が走り、魔石がぼわっと淡く光る。

「成功ね! 来てるわ。集まってきてる」

 シュトラの喜色ばんだ声が聞こえるが、何も見えん。

「あっ、そうか、千里通眼」

 妖精ですら俺の眼では直に見えんのだ。ましてや精霊をや、である。


 両眼を閉じると、瞼の裏に、魔法陣の近くでピョンピョン飛び跳ねるぼんやりした影が映る。おそらくシュトラだろう。声からもっと落ち着いたイメージがあったのだが―――ぼったくり魔だし―――意外と感情的な面もあるのかもしれない。


 そして、魔法陣の周りには、これまた薄っすらとした色とりどりの小さな影が映る。きっとこの希薄な存在達が精霊なのだろう。

「あの、これからどうしたら良いんですか? 契約してくれとか話しかけたら良いんですか?」

「そんなことしても無駄でしょうね。向こうが気に入れば、勝手に加護を与えてくれるから、そこにいるだけで良いわよ」

「・・・本当に?」

「本当に!」


 そんな会話をしている内に、魔法陣は光を失い、魔石も輝きを収めて儀式は終息する。精霊たちも自然と解散していった。時間にして1分もなかっただろうか。


「あー緊張する、なんとか1つは付いていてくれよー。自己観相!」

 俺は唾を一度飲み込み―――生首が飲み込んだ唾がいったいどこに消えていくのかは謎だが―――ステータスを開く。


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 個体名称:スズカ・オオダケ

 種族名称:ろくろっ首 (妖精???)

 脱皮回数:0

 加護恩恵:【四天王の加護】【光】1【雷】1【水】1

 特殊能力:【広目天】3【増長天】2【多聞天】2【持国天】1

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「おおっ~~~~」

 歓喜感動の声が喉を振るわす。

 ひとつどころか、3つもだ。さすが転生チート! 万歳!


「シュトラさん、3つも付きましたよ! 光と雷と水です」

「あら、良かったわねー。3つは良い塩梅よ」

 俺のややもすると自慢げな雰囲気に対して、シュトラさんの声音は別段驚いているとか言う風ではない。


「えっっとー、3属性持ちは珍しくない感じです?」

「まあ、普通? でも、3属性持ちが一番バランスが良いって見解が多いからベリーグッドよ」

 3属性持ちはレア度ノーマルなキャラのようだ・・・。

「バランスが良いですか・・・、でもこういうのって多ければ多いほど良いですよね? 全属性持ちとかの猛者もいたりするんでしょ?」

 転生主人公はだいたい全属性持ちのイメージがあったりする。逆に無属性無双とかもあるが。


「あー、そっか、スズカちゃんは、属性精霊間の相互干渉法則を知らないわよね。属性って多ければ多いほど良いわけじゃないのよ。加護を与えた精霊間で親密度の取り合いをするから、複数属性持ちは必ず効力減衰が起こるの。減衰幅は属性加護数や親和性に応じて指数関数的に増加していくから、全属性持ちは悲惨よ」

「???」


 何言ってるかさっぱり分からん。魔法理論とか急に語られても・・・。こちとらこの世界に関しては通貨価値すら分からん赤ん坊である。


「ええっとね、例えば単属性の場合はそういった減衰が起こらないから100%の威力で攻撃魔法を放てるけど、逆に全属性持ち、つまりこの世界の9種類の属性精霊全部から加護を受けてしまうと、凄まじい相互干渉による減衰が発生して、たとえ同じ魔法を使っても威力は10%を下回るのよ。だから、たいていの全属性持ちさんは加護を減らす為の儀式を行うために奔走するわけね。でも、2種類、3種類程度ならそこまで大きく減衰しないし、火力こそロマン的な思想の単属性と違って汎用性のある立ち回りもできるから、バランスが良いってこと」

 魔法素人の俺にはよく分からんが、この世界では属性は多ければ良いというわけでは無いらしい。


「なら、俺は素直に喜んで良いってことですか?」

「そうすべきね」

 ふーむ。しかし、そう聞くと単属性の奴と魔法の撃ち合いしたら、火力負けするという点が残念だ。脳筋野郎になりたくはないが、やっぱり火力はロマンでしょ。

 ・・・というか、だ。

 俺、風属性無いから、シュトラが使ってた風の剣の魔法使えないじゃん!


「ちょっとー、私が汗水流して花集めしてる間に何面白いことやっちゃってるのよ」

 そんなこんなで頭を悩ませていると、ナバクが色とりどりの花を抱えて戻ってきた。・・・まあ、俺の眼には花束が宙に浮いている様にしか見えないが。


「別に大したことはしてないわ。ただの毛皮剝ぎと精霊招集よ」

「あーもう! 私も見たかったのに。激おこぷんぷんまるよ」

「・・・まあ、ナバクったら凄いわね! とっても美味しそう花がたくさんだわ。それにこのリリカルリリーなんて良く見つけて来たわね。さすがナバクだわ。珍しい花を探すのはナバクが世界一上手いわね!」

「えっ? え、ええ。そうでしょうとも。ふふん~」

 怒って不満を表明していたナバクはあっさりシュトラに転がされた。だんだん、普段のこの二人の関係性が見えてきた気がする。


「ほら、きしょい人面蛇ちゃん。エサを持ってきてあげたわよ♪」

 ばさりと花束が目の前に降ってくる。ナバクは口が悪いが、親切な妖精だ。だよな?


「いただきます」

 本当に俺に必要な食事が花の蜜なのか分からんが、試してみるより他ない。これでダメなら、フレイムラットの肉を齧らなければならない。


 俺は適当に選んだ花を後ろからくわえて蜜を吸う。甘く芳醇な蜜が舌を滑り降り、喉を潤す。美味い。これは美味い。これは俺にとって必要な食事だ。甘露だ。エリクサーだ。俺は夢中になって蜜を吸っていた。まるで腹をすかせた赤ん坊が必死になって母乳を飲むように。


 そんな俺をよそに妖精二人は密談を始める。

「・・・というわけで、かくかくしかじかこうこうで」

「ふーん。光と水と雷ね。水の属性が付いたのって、絶対火の眷族のフレイムラットを倒しちゃった後だからよね」

「うん。たぶん火の精霊に嫌われて、水の精霊の性格悪い奴が煽ったのね」

「属性あるある~」

 そんなんで加護ついたりするの!?


「・・・それでフレイムラットの毛皮については、かくかくしかじかこうこうで」

「うへぇ。あんたも赤ん坊相手によくやるわね、シュトラ。鬼畜だわ」

「あら、これでも手加減したのよ。本当は最初カカオ豆一粒だけ出そうかとも思ってたの」

「・・・そこまでやってたら、さすがに友達やめるわよ」

「やだもう、冗談よ」

 冗談に聞こえねぇよ!

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