第四怪 火鼠の皮衣③

 ふぅ。

 俺は腹が満ちて、一呼吸ついた。もっとも、どこに腹があるのか謎だが。


 さて、属性精霊の加護が付いたのは良いが、俺は魔法の使い方については全く分からない。ここはやはり先達に御教授願うしかないだろう。


 ということで、

「ナバクさん、ナバクさん。魔法の使い方を教えて欲しいんですが」

「えっ? 私?」

「あら、スズカちゃん、私が教えてあげるのに」

 俺に指名されたナバクが驚き、シュトラが割って入ってくる。


「シュトラさんに教えて貰ったら、授業料でヒスイ豆を根こそぎもっていかれそうですから」

「あら、あんた良く分かってるじゃない」

「もう、スズカちゃんったら、ひとの事を守銭奴みたいに言っちゃうなんて~」

 いや、シュトラは事実、守銭奴だと思います。


「えっへん。では特別にこの私が直々に無料で教えてあげるわ。シュトラがだいぶぼったくったみたいだから、そのお詫びも兼ねてね!」

 ナバク様は聖人か!?


「まずは使いたい魔法の属性精霊に祈りを捧げて念じるのよ」

「なるほど。それから?」

「そしたら、なんか唱えるべき呪文が心に浮かび上がってくるから、それを唱えながら魔力を放出するのよ。そしたらドカンッよ」

 はい、感覚的な説明きましたー。不安だ。


「はぁ。えっと、魔力を練り上げるとかイメージを強く持つとかは?」

「そんなもの無いわ。まあ、正直な話、使いたいーって念じてれば、だいたい何とかなるわよ?」

「ええ・・・」

 なんだそりゃ。


「ぶっちゃけ、魔法の使い方なんて教わった覚えないんだよね。普通、教わらなくても感覚でできるようになるし、結局自己鍛錬が全ての分野だから」

「そう言えば昔よくあったわよね~。学友相手に魔法が使えるようになる秘石だとか、強力な魔法の呪文が浮かびやすくなるパワーストーンとか言って、ただの石ころ売りさばくとかって美味しい商売」

「それ、シュトラがやってたやつよね? で、先生に見つかって逆さ吊りにされて」

「ふっ。あの頃の私は未だ青かったのよ・・・」

「・・・・・・」

 まじでシュトラに教わらなくて正解だったわ!


「あっそうそう。大事なことを言い忘れてたわ。魔法って9つまでしか覚えられないから」

 ナバクが情報を追加する。


「えっ? 10個以上は使えないんですか?」

「ええっと、何とかにおける何とかの最充填率限界っていうのがあって・・・」

「霊魂結合における魔素霊子の最充填率限界よ。大昔の大魔法使いヤッマダ・タロゥーって人が計算式で証明したの。それ以前は、錬魔術とか言って10個目の魔法を習得する研究に没頭する魔法使いが大勢いたそうよ。とんだリソースの無駄遣いよね」

「魔法理論の先生が言ってたわよね。ヤッマダ・タロゥーの功績は最充填率限界の証明ではなく、それを証明したことにより多くの魔法使いを無意味な徒労から解放したことである!・・・って」

「へぇー」

 魔法理論なんてものは俺にはチンプンカンプンでよく分からないが、しかし、ヤッマダ・タロゥーさんね・・・。


「ま、まあ、とにかくそういう魔法理論とかは体系立てて教わる必要があるけど、実際に魔法を習得する分には念じるだけで良いってことよ」

「なるほど」

 

 ふーむ。念じるだけか。魔法の呪文よ、来い。来い。来い。いや、まて先に精霊に祈祷しなきゃいけないのか。精霊様~、精霊様~。


「あら、もうこんな時間だわ」

 ふと、シュトラの声に俺の祈祷の念は中断される。

「それじゃあ、スズカちゃん。私達そろそろ赤の女王様のお茶会に行かないといけないから、お別れしなきゃ」

 天を見れば、陽は傾き出し、そろそろと夕刻が迫っていた。


「南の方に蜜の多い花が多かったわ。もしここから旅立つなら、南に行くのがお勧めよ!」

「そっか・・・、二人とも、なんだかんだあったけど、ありがとう。会えて良かったよ」

 カモられたけど、結局のところ俺の窮状からしてみれば与えて貰ったものの方が遥かに多いのだから。


「さようなら~。運命の道が交差すれば、またどこかで会いましょう」

「さようなら~。この出会いが運命の導きならば、再び会うでしょう」

「さようなら。ありがとう」

 最後まで妖精たちの姿を見ることは出来ず、空中にフワフワと舞うフレイムラットの毛皮を眺めながら、俺は首を振った。・・・手があったら、手を振りたかった。


 フレイムラットの毛皮が天空に消えると同時に、ザワザワと草をなびかせ風が吹く。俺は首をぶるりと震わせた。

「ちょっと肌寒くなってきたな」


 なんだか、急に心細くなってきた。ひしひしとさっきまで感じていなかった不安感と焦燥感が湧き上がってくる。


 さしあたっての問題は今夜をどうするかだ。幸い、食事の方は蜜の花がまだこんもりあるから問題ない。喉も乾いた感じがしないので水問題も差し当たっては大丈夫だろう。となれば、寝床である。

 昼間フレイムラットに襲われたばかりであるから、この祭祀場はお世辞にも治安の良い場所とも思えない。しかし、このまま何が潜んでいるかも分からない森に突っ込んでいく方が余程無謀だろう。

 というか、そもそもの話として、ろくろっ首に睡眠は必要なのだろうか? だいたい妖怪の身で夜を怖がる俺は実に情けないようにも思う。


「まあ、眠くなったら、この壺の中に入ってトグロ巻いて寝ればいいか」

 奉納品の壺の中で横倒しになっていて、大きさや形状なども具合の良さそうなのがあったので、一夜の宿に定める。

 俺はとりあえず壺の中に5粒のヒスイ豆と余った花を全て放り込む。


「とりあえず、魔法の習得をしなきゃな」

 やっぱり迫りくる夜の闇が怖いので、光魔法からやってみよう。それにやっぱり、光とか闇って特別感あるからね! 最初に使ってみたい。

 使いたいと強く念じれば呪文が頭に浮かぶらしいから、とりあえず念じてみる。


 光精霊さん、いや光の精霊様! 魔法使いたいです。めっちゃ使いたいです。呪文教えてください! 呪文よ! 呪文よ来い! 呪文あれ! 呪文!


 5分くらい粘って念じ続けていたら、精霊の方が根負けしたのか、頭に言葉が浮かんできた。


「光よ暗き世界を見通す灯よ、即ち汝は光放つ聖者の慈悲なり、ヒーリングボール」


 詠唱が終わると同時に、淡く優しい光の球が空中に浮かぶ。照らされているだけでとても落ち着く。心細さが減退し、暖かいものが流れ込んでくる。単なる照明にとどまらず、照らされた者の心を癒してくれる効果もあるらしい。あと、たぶん名前的に体力回復にも使えそう。


「さて、次はどっちを使ってみようか・・・」

 確か妖精たちの話によると水精霊が俺に加護を与えたのは、火精霊の煽り目的とかいう不純な動機だったという話だ。つまり純粋に俺を気に入って加護を与えたわけでは無いということなのだ。

 決まりだ。


 俺は光精霊にやったのと同じく雷精霊に対しても念じてみることにした。

「よし! いくぞ!」

 俺は勇気凛々気合を入れて念じ始める。


 雷精霊様! 魔法使いたいです! どうか俺に・・・。


 あれ?

 ・・・もう、呪文が頭に浮かんできた。光精霊の時とは大違いだ。


「雷よ立ち塞がる者に告げよ、即ち汝は雷撃つ皇帝の弓矢なり、トニトルアロー」


 魔力がグンッと減る感覚と共に、空中にバチバチと放電音を鳴らして発光する弓と矢が現れる。

「撃て!」と命じれば、雷光を纏った矢が一本だけ宙を駆け、射線上に鎮座していた素焼きの人型の陶器をバリバリッと身を竦ませる様な音と共に粉々に破壊した。

 正直、どれほどの威力があるのかよく分からん。なんせあの陶器は剣で突いて倒すだけで、割れて砕け散る代物だ。

 

「よし、次だ次。水魔法も使ってみよう」


 水精霊様! 魔法使いたいです。めっちゃ使いたいです。呪文教えてください! 呪文カモーン! 呪文生えろ! 呪文下さい! 呪文よ来い来い!


 うんともすんとも言わない。

 やっぱり、雷だけサービス精神が異常に良かったということらしい。


 呪文!呪文!呪文!呪文!呪文!呪文!呪文!呪文!・・・・・・。


 光魔法の時と同じように、根気よく念じ続けること1時間ほど。相変わらず、反応が無く、俺は一時中断した。やはり煽り目的で付けた加護。早々容易く魔法を使わせる気はないと見える。

 ・・・だったら加護つけるなよ。あ、嘘です。ごめんなさい。


 結局、夜の帳が下りるまで、俺は水精霊にそっぽを向かれ続けたのだった。


「仕方ない。また明日頑張ろう」

 祭祀場の巨石群に囲まれ、星が瞬き出した夜天を仰ぎ見る。

 ここは、元の世界と同じように昼と夜があり、太陽もあれば、星もあるというわけだ。

「で、あれは月・・・と呼んで良いのか?」

 俺には、夜天に浮かぶ大きくて丸い天体は月と呼ぶ以外他にない。例え、それが色違いで二つあってもだ。一つは緑色で大きく、もう一つは紅色で少し小さめだ。両者は並んでいるが、重なってはいなかった。周回速度によっては今後重なることもあるだろうし、あるいは離れていく可能性も在るだろう。


「異世界だなぁ」

 俺はひどく当たり前の感想を思わず呟いた。まあ、改めてヒシヒシと自分の置かれた心細い環境を思い返してしまったのである。


 俺は壺の中に頭を突っ込んでねじ込むと、伸ばした首をグルグルと巻いて壺の入り口を塞ぐ。

 一つ分かったことがある。ろくろっ首も疲れるし、眠くなる。ただ夜目は利くようなので、たぶん元来は夜行性なのだろう。


「おやすみなさい」

 自分に言い聞かせるように呟くと、俺は真っ暗闇の壺の中で目を閉じた。

 意識はゆっくりと深く無意識の海の底へと沈んでいく・・・。


♦ ♢ ♦ ♢ ♦


「お土産には、こちらのお守りもお勧めですよ! ご利益があるかもしれませんよ!」


 土産物屋の女性店員さん―――たぶん、大学生のアルバイト―――は、白い歯を露わにニッコリと微笑んで販促してくる。


「ははは。それは良いですね。じゃあ、買おうかな」


 おおかた、俺の顔に張り付いている「最近の俺、マジついてないです。疲れてます。なんか良いことないですか?」という雰囲気を素早く読み取ったのだろう。

 なんせ、こちとら、家族のことや仕事のことであまりにも色々と上手くいかないので休日に霊験のありそうな寺院にお参りしてしまったダメリーマンである。しかも社会人一年目、たった3カ月で早くも音を上げているダメっぷりだ。養護施設の担当者からは「少なくとも三年は頑張って勤めてごらん。努力と根性よ」という有り難いアドバイスを頂いた・・・。

 まったく涙がちょちょぎれるね!


「大学生ですか?」

「ははは」

 いえ、18歳の高卒ワーカーです。来月19歳です。俺は店員の質問を笑って誤魔化した。


「どれが一番効き目在りますかね?」

 こんな質問されても困るだろうなと思いつつも、話題を変えるために問う。


「どういうご利益が良いですか? 例えば、この毘沙門天は一番人気ですよ。財運、家庭運、なんでもありです。目がお疲れなら、こっちの広目天はどうですか? 恋愛運なら愛染明王がお勧めですよ。こっちには四天王全員欲張りセットもありますよ」

 根拠も、由来も滅茶苦茶な販促文句が並ぶ。しかし、今は迷信にでも縋りたい気持ちなのだ。でも、さすがに覚醒剤の使用で五度目の刑務所行きになった母親を更生させてくれるお守りは売ってないよなぁ・・・。


「じゃあ、欲張りセットで」

 モクドナルドのメニューかよと内心突っ込みながら、四天王セットのお守りを買う。数は力だ! の発想である。


 首から紐で下げるタイプだったので、早速首にかけた。外出するときはいつもかけておこうかな。

「あ、折角だから、マントラも覚えておきませんか?」

「マントラ?」

「はい。真 マントラです。祈願の呪文みたいなものです」

「はぁ」

「四天王総呪のマントラは、オン・ア・ウン・ラ・ケン・ソワカ、です!」

「オン・ア・・・何でしたっけ?」

「オン・ア・ウン・ラ・ケン・ソワカ、ですよ。ちゃんと覚えなきゃダメですよ」

「オン・ア・ウン・ラ・ケン・ソワカ。オン・ア・ウン・ラ・ケン・ソワカ。・・・メモしときます」


 ああ、そう言えば、そんなこともあった。

 俺が死ぬ一カ月くらい前にお守り買って、必死でマントラとかいうの覚えたわ。


♦ ♢ ♦ ♢ ♦


 過去の記憶に揺蕩う《たゆた》夢の微睡み《まどろみ》の中から俺の意識が急に浮上する。


「カツンッ、カツンッ」


 硬いものがぶつかる音。


 寝入ってからどのくらい時間が経った頃だろうか。まだ、夜中のはずだが、どうやら、物音に気付いて目が醒めてしまったらしい。

 元来、前世においても眠りは浅い方だった俺だ。フカフカのベッドで寝てすらそうだったのに、いわんや、こんなどことも知れぬ廃墟に転がっている壺の中で熟睡できるはずも無く。


 気になる。不安だ。危険を回避するためにも、これはどうにか確かめておきたい。


「千里通眼」


 視界が壺の外側へと広がり、夜の祭祀場をはっきりと映し出す。


 やはりまだ夜だ。

 星明りの下、祭祀場に動く生き物の姿があった。


 見た目は灰色の煤けたようなフクロウ。しかし、頭の上に輝く黄金の王冠のようなものを被っており・・・いや被っているというよりは生えているという方が正しいのだろうか? さらに、その王冠の中央からは一本の赤い羽根毛がぴょこんと生えて、後方にたわんでいる。また、足は鶴もかくやと思わんばかりの長さと太さで、一般的なフクロウとは体と足の比率がおかしい。


 そんな奇怪な輩が何をしているのかと思えば、どうやら昼間俺が殺めてシュトラが解体したまま放置していたフレイムラットの肉片を喰っているらしかった。右足一本で突っ立ったまま、左足で肉片を掴んでは、口の所へ持ってきてはムシャムシャと

啄んでいる。先ほど聞いた硬質な物音は、この魔獣の嘴がフレイムラットの骨に当たる時に発生していたようだ。

 一般的な鳥の餌の食べ方、つまり足の下に抑えた獲物に首を突っ込む方法と比べると、なんとなく上品なマナーで食べているようにも見える。・・・あくまで人間的な価値観で判断すればだが。


 とにもかくにも、こいつは肉食の猛禽類だ。下手に関わり合いになると危険であるし、こちらに気づいていないならそれに越したことは無い。ひっそり息をつめて、やり過ごそう。


 と、思ったら、

「ホッ?」

 一声鳴くと同時に、グルルンッとフクロウの首が回り、俺の千里通眼の視点と正面から目がカチ合う。


 えっ、いやいや偶然だよな。偶然であってくれ。


「ポ・・・・ポ・・・・ホッ」

 しかし俺の願いは虚しく、フクロウは右足で掴んでいたフレイムラットの骨を投げ捨てると、ガバリッと翼を膨らませながら、長い両足を使ってノッシノッシと歩いてくる。俺の寝ている壺の方へと真っ直ぐに!


 そんな嘘だろ。


 安全確認をしようと千里通眼を使ったせいで、逆にこの魔獣に存在を気付かれてしまうなんて。・・・思い返せば、俺は昔からこんなことばっかりだ。何かと行動が裏目にでる。って、今はそんな回想をしている場合ではない。


「ポ・・ポ・・ポ・・ポ・・ホホゥッ」

 魔獣はズンズンと近づいてくる。

 ど、どうすれば良いんだ? 果たして覚えたての雷魔法だけで勝てるのか? こいつは昼間の鼠野郎とはわけが違う。元になっている動物が、夜の森最強のハンターであるフクロウだ。


 もはや、判断の猶予はない。

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