第五怪 鎌鼬の夜① The night of Death Scythe

 フクロウの魔獣は、俺が入っている壺の直ぐ傍まで歩いてきた。


 夜の廃墟に浮かび上がるその姿は恐ろしい猛禽類のそれだ。闇の中にも関わらずランランと光る大きな目玉は、とても獲物を逃がしてくれそうにはない。


 このまま壺の中に籠城しながら戦うか、あるいは油断を誘い壺の入り口を覗こうとした時に飛び出して不意打ちを浴びせるか、あるいは今からでも雷魔法を脳筋乱打するか。


 いや、正面からの魔法戦闘は危険だ。フクロウの魔獣なんて、魔法が得意そうなイメージしか無い。もしも魔法の打ち合いになったら、火力負けは必至だろう。

 結局、フレイムラット戦でやったように、奇襲で相手の体に巻き付く戦法が一番確実だ。・・・もっとも回避されたら終わりの博打要素てんこ盛りだが。


 魔獣は壺の直ぐ横までやってきた。

 さあ、壺の入り口を覗きに来い。負けんぞ! 俺は負けんぞ!!


 コンッコンッ。


 魔獣は器用に右足の爪を使って、壺を叩く。まるでノックしているような叩き方だ。俺の反応を伺っているのだろう。

 俺はじっと息を潜め、いつでも壺の入り口から飛び出せるように待機する。


「もし、お若いの。少しよろしいかのうぅ?」

 しわがれた声。

 俺の高まりきった緊張感とは正反対ののんびりした雰囲気で、俺をひどく混乱させる。しかも、昼間、多聞天の言語把握で習得したシュトラとナバクが使っていた妖精語だ。


 いやいや、これは罠だ。油断してはならん。


「ひょっとすると、あそこに置いてあった肉は、お前さんの朝食用だったのかの? ならば、悪いことをしてしまったと思ってのう」

「・・・・・・」

 あれ、これ本当に敵意とか無い感じ? え? 普通に人のいいお爺さん魔獣?


「ふぬ? 言葉は通じておるはずじゃが? お前さん、言葉は解しても話せぬタイプかの?」

 話せますが、色々逡巡している最中なんですよ。お爺さん。

 しかし、このまま黙り込んで相手をかえって怒らせることになってはかなわない。一先ず友好的に接してみよう。


「・・・すみません、言葉は分かります。少々警戒していただけです」

 どこまで信用できるか分からないので、壺の中に籠ったまま俺は正直に話した。


「おや、そうかい。それは怖がらせてしまったようで、あい済まんことをしたのう。こんな老いぼれが怖がられるとは思っておらなんだでな」

 爺さんフクロウは申し訳なさそうに話す。

 なんだか、こちらの方が悪いことをしてしまった気になる。


「ところで、言葉が通じるということはお爺さんは妖精なのですか? お爺さんは今妖精語を喋っていますよね?」

「ふむ。わしは妖精ではないよ。わしはストラスという種類のしがない魔獣じゃて。ただ、わしは【千語万鳴】《オール・トーカー》という特殊能力を持っておってな。音を媒介に会話する相手となら、誰とでも相手の理解している言語を用いて会話できるのじゃよ」

 便利な能力だ。


「ストラスのお爺さん、そこにある肉は俺は食べませんので、お好きになさって下さい」

「それは良かった。あと、わしの名前はモッケじゃ。モッケ爺とでも呼んでおくれ」

「分かりました、モッケお爺さん。俺はスズカです」

 自己紹介までしたものの、俺は相変わらず壺の外へ顔を見せる気にはなれなかった。どんなに優しげであっても、このモッケ爺なる者が肉食の魔獣であることに相違はないのだから。


「では、スズカよ。わしは食事に戻るでな」

 そう言うと、モッケ爺はヒョコヒョコとフレイムラットの肉がある所へ戻って食事を再開する。

 同時にザワザワと木々をなびかせ、夜の森を南から風が抜けてくる。壺の内側にまで夜の冷たい風が吹き込んできて、俺は身震い―――首震い、が正確だが―――した。モッケ爺は羽毛に覆われているから寒くないのだろう。羨ましい。


 夜風も気にせず食事を楽しむモッケ爺。

 それに比べて、俺はというと、寝るに寝られない。

 未だ信用しきれぬ魔獣が横でカツンッカツンッと時折音を鳴らしながら肉を喰ってるのだ。いや、99%大丈夫だろうとは思っているのだ。モッケ爺は俺を襲ったりはしないだろうと。だから、千里通眼ももう解除している。

 だが、俺の神経質な性質がとても安眠など許してくれそうにない。


 仕方ない、どうせ眠れないならステータスの確認でもしておこう。それに水精霊への祈りとか、魔法の鍛錬とか、壺の中でも出来ることはある。


―――――――――――――――――――――――――――――――――

 個体名称:スズカ・オオダケ

 種族名称:ろくろっ首 (妖精???)

 脱皮回数:0

 加護恩恵:【四天王の加護】 【光】1【雷】1【水】1

 授与魔法:【慈悲の聖球】1【雷帝の弓矢】1

 特殊能力:【広目天】3【増長天】2【多聞天】2【持国天】1

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 さて、スキルも一通り確認しておこう。まあ、持国天は変化していないので見る必要はない。


 ――――――――――――――――――――――――――――――――

 【広目天】3

 〔千里通眼〕3

  自身を中心に半径3㎞内一切の万象を視覚する

 〔自己観相〕3

  自身の状態や能力を把握する


 【増長天】2

 〔首長伸縮〕2

  自身の首を2m伸び縮みできる

 〔降魔吸力〕2

  自身の首で絞めあげた相手の魔力を封じ、かつ是を吸収する


 【多聞天】2

 〔順風通耳〕2

  自身を中心に半径2㎞内一切の音声を聴覚する

 〔言語把握〕2

  対象の言語脳をハッキングして、使用言語をコピー習得する

  従って、獲得能力は指定対象の言語習熟度に依存する(1/2)

  〔フェアリス語〕

 ――――――――――――――――――――――――――――――――


 シュトラとナバクが使っていた言語は、フェアリス語とかいうらしい。


 さて、最後に魔法についても確認しておこう。


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【慈悲の聖球】1 持続時間30秒

 遍く光に照らされる者の心身を癒し、体力を回復させる

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【雷帝の弓矢】1 有効射程10m

 雷撃の矢を1本放つ。命中対象に微弱な麻痺効果を与える

 追加の魔力を消費して追加の矢を装填する。装填間隔6秒 

 弓を同時に1張りまで展開できる

―――――――――――――――――――――――――――――――――


 雷帝の弓矢は一発使いきりの能力じゃなかった。連射するのが基本仕様らしい。有効射程距離が若干短いのが気掛かりだが。

 

「ふーむ・・・」


 俺は自分のステータスを眺めていて、ふと夢の内容を思い出した。まあ正確には過去の記憶だが。モッケ爺との遭遇ですっかり頭から吹っ飛んでいた。

 前世の記憶と、謎の四天王の加護が付いていることから察するに、初日に自分のステータスを観られるようになったのは、やはり、あの四天王総呪の真言がキーワードだったように思う。


「オン・ア・ウン・ラ・ケン・ソワカ」


 俺は確かに脳裏に刻み込まれていた真言をぽつりと唱えた。


 途端に、何かがこんこんと湧き上がってくる心地がする。そして、ピチャンンッと透明感のある水音が俺の内に響き渡り、気付けば俺の脳裏に一つの呪文が浮かんでいた。これは、間違いなく水魔法の詠唱呪文だ。


 なんで、いきなり?


 なぜ水魔法を水精霊への祈願ではなく四天王の真言で習得できてしまったのか、全くの謎だ。ま、まあ結果オーライということで。・・・良いのだろうか??

 とにかく新しい呪文を使ってみよう。


「水よ嘆きて溢れる死者の声、即ち汝は涙流す渡し守の大河なり、アケローン」


 呪文を唱えると同時に、俺の眼から一滴の涙が零れ落ち、枕代わりにしていた俺の長々と伸びた首に降り落ちる。

 そして、キーンッと耳鳴りがしたかと思えば、目の前に半透明のアイツ―――今朝その命を俺が奪ってしまった火鼠、もといフレイムラット―――がゆらゆらと希薄な煙のようにして現れた。

 胸がチクリと痛む。


 そして、当の火鼠の幽霊は、

「うらめしや~、だぜ! ぎゃっはっはっはー!」

 と、その朧げな空気感とは相容れない態度で高笑いした。

 酷いハイテンションな怨霊だ。俺は顔をしかめた。


「全く、このキーチク様を殺してくれちゃって、酷いもんだぜ!」

「何が酷いんだ。先に襲ってきたのはお前だろ。俺は仕方なく・・・」

 そう、あれは仕方なかったんだ。


「おいおい、ベイビー。俺様はてめえを殺すつもりなんか無かったんだぜ」

「は? 嘘つくなよ!」

「嘘じゃねえ。俺様の好物は昆虫だ。ゆえに他の生き物は喰わねえし、殺さねえ」

「じゃ、じゃあなんで襲ってきたんだよ!」

 ま、まさか俺は勘違いでこいつを殺してしまったのか・・・?


「ふっ。俺様は弱い者いじめが大好きだ! 三度の飯より大好きだ! もはや愛していると言っても良い! 俺様の素晴らしい能力【低級感知】《ウィーカーセンス》により探し出した雑魚を甚振っていじめるのが大好きだ。それこそが俺様の生き甲斐なのだ! 特に俺様より図体がデカい奴が火傷で泣き苦しむさまを眺めるのが何よりもの悦楽! もちろん、小さい奴は小さい奴で直接ボコボコに殴れるところが最高だ。だーがー、しか~し、殺してしまっては苦痛に歪む顔も、脅える鳴き声も聞けやしない。ゆえに俺は無駄な殺しはしないのだ! はーはっはっはー。自分の聖人っぷりが怖くなるくらいだぜ」

「・・・・・・」


 フレイムラットは大威張りに胸を反らす。

「どうしたどうした? 黙り込んじまってよ~。今更誤解で俺を殺したことを後悔してんのかぁ? ふははは、だが許さん。謝っても許してやらねえぜ。なんせ今日までイジメてきた数、しめて999匹。お前が記念の千匹目だったのに、それをおじゃんにしたんだからな!」


 火鼠の得意げな饒舌に対して、はぁーーー、と俺は長く息を吐き出す。


「いや、別に許しとか要らないわ、もう。むしろ、罪悪感全部吹っ飛ばしてくれてありがとうございます、くらいのもんだわ。これはもう、俺がお前を殺したのは、間違いなく天の神の采配としか思えねえんだわ」

「な、なんだと・・・!?」

「いや、なんで驚く?」

「俺様はただ弱い者いじめをしようとしただけなのに、なんでその罰が死刑なのだ! 不公平だ。法の理に反しているではないか。酷い。あんまりだ」

「・・・・・・」

 まあ、言ってる事には一理あるかもしれない。


 このクズ鼠には全く同情できないし、情状酌量の余地があるとも思えないが、確かに前世においてはイジメ加害者が死刑になった話など聞いたことは無い。どれほどイジメ被害者が無惨な最後を遂げたりしても、大抵は泣き寝入りで、加害者側が負う罰など高が知れている。もしもこのクソ鼠が現代日本の法廷に引き吊り出されていたら、傷害罪で数年の禁固刑が関の山だろうか。あるいは学校内のことだから、とか言って起訴すらされないだろう。


「よぉーし、というわけで、てめえは俺様に借りがあるというわけだ。それは理解したな?」

「そんなものは全くないと思うが、一理の分は譲ってやるよ」

「ふんっ、いいか、俺様にはガキがいてだな・・・」

「お前、子供がいたのか・・・」

 そうか、このクソ鼠にも慕ってくれる親子兄弟友人がいたに違いない。俺はその子から父親を奪ってしまったのか・・・。それは酷いことをしてしまった。


「おうよ、まぶいメスがいてよ。誘っても拒絶されたから巣穴まで押しかけて行って無理矢理したら、ガキができちまってよぉ。そんのガキが酷いんだな、これが。俺がそのメスの所に行くたびに、『お母さんを虐めるな!』とか言って石投げてくるとかまじ有り得ねえ。だからつい昨日もボコボコに殴って躾けてやったぜ」

「ああ、神様仏様。俺にこのクソ野郎を殺す栄誉を頂けたこと、感謝いたします」

「なんで、そうなる!?」

 俺の反応に驚くこいつの感性に驚きだわ。


「ま、まあ、良い。とにかくだ。俺様が死んだことをそのメスとガキに伝えて欲しいわけだ。あと未払いの養育費としてヒスイ豆一粒の支払いを肩代わりしといてくれや。適当に人間の冒険者でも襲って手に入れるつもりだったのが、てめえのせいで出来なくなったんだからよ。いいな?」

 こいつ、最低すぎる。

「お前のような奴の頼みなんか聞く義理はないけど、残された子供と母親が哀れだから、特別にお前の望みを叶えてやるよ」

 俺はこの火鼠の願いを叶えてやることにした。クソ鼠は特に感謝を示すこともなく母子の住処を俺に伝えた後、汚い言葉を撒き散らしながら消えていった。


「・・・とんだ降霊術の水魔法だったな」

 なんだか、どっと疲れた。感覚的に消費した魔力は大したことないと思うのだが、精神的なものがゴリゴリ削れたように思う。というか最初に覚える水魔法って普通、水球とか水壁とかそういうのじゃないのか? やっぱり四天王の真言のせいで何かがバグったとしか考えられない。


「一応、内容を確認しておきますかね。自己観相っと」


―――――――――――――――――――――――――――――――――

【悲嘆の冥河】1 効果範囲10m

 触れると己と関係の深い死者の嘆きを聞く

 放出した水の流れ(固体表面上のみ)は操作可能。

 追加魔力を消費して水量を増加する

 水は塩分を含み、飲用には適さない

―――――――――――――――――――――――――――――――――


「この魔法、ちょっとピーキー過ぎないか?」

 俺が新魔法の使い勝手の悪さに頭を痛めていると、


 コンッコンッコンッコンッコンッコンッ


 と、突然激しく壺の横っ腹をノックする音が聞こえた。


 慌てて、千里通眼を発動する。

 見れば、モッケ爺が壺の直ぐ傍にいる。さらに、ヒョイッと長い足で壺を跨ぐと、まるで何かから隠れるように壺の陰に入る。一瞬、とうとうモッケ爺が本性を現して襲いに来たのかとも思ったが、どうもそういう様子ではない。


「どうも、まずいことになったのう」

「どうしたんですか? モッケ爺?」

「うむ。北から殺気が来るようじゃ。これは強者ぞ」

 モッケ爺の声に僅かながら緊張の色がみえた。

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