第五十怪 妖刀の修練③
「それじゃあ、お父様とシックルさんの模擬戦開始!」
ムラサメが宣言すると同時に、俺は6番の魔剣、ソードのシップを発動する。そして、ひらりと乗り込むと、
「【逃走】【直線移動】」
ルナルナ3世の魔法を発動しながら、魔剣を空中へと全速力で急発進させた。賭けだ。ルナルナ3世の魔法でアップさせた俺の魔剣の瞬発速度が、シックルの飛行鎌の飛行速度に勝るかどうか。
そう。俺が最初に選択したのは、逃げの一手である。
え? 真面目に戦う気があるのかって? もちろん、あるとも。俺は至って大真面目なのだ。これはエルガー君の敗因でもあるが、そもそも、シックル相手に初手から接近戦を挑むこと自体無謀なのである。一見すると、これは理屈に合わないように感じるだろう。なんせシックルは中距離投擲攻撃型で、本体の防御力は皆無。剣士が戦うなら、間合いを詰めてクロスレンジでの戦闘を行うべきだ。少なくともエルガー君は、そういう常識通りの判断をしたに違いない。
だが、俺は知っている。シックルはその戦闘スタイルに反して接近戦に異常に強いのだ。洞窟で鉢合わせたミノタウルスのアークトゥルスは肉片に変えられ、キゾティー族の巣でもシックルに近づいたマンティコアは一瞬で切り刻まれていた。対してシックルが苦戦した相手は、斬られても平気なゾンビのグリフォンや召喚獣の中にまるっと入って戦っていたサワラザールなど、癖の強い特殊な相手だ。
まあ、とにかく、シックル相手に真正面から近接戦闘を仕掛けても勝ちは拾えないというわけである。
「【千里通眼】」
俺は全速力で飛行しながら、背後を、いや全方位を確認する。
後ろからは、シックルの飛行鎌が一本だけ俺の後を追いかけていたが、飛行速度は俺の魔剣の方が上のようだった。・・・もっとも、俺を油断させるために、わざと飛行速度を落としている可能性も在るが。
シックルは他に2本の飛行鎌を放っていたようだ。一本はまっすぐ上へと向かい、もう一本は地を這うようにして俺の後を追っている。
「【ソードのキング】」
俺はもう一つの魔剣も顕現させながら、ここからどうしたもんか、と悩む。
方針としては、シックルの飛行鎌をシックルの本体から出来るだけ遠くに引き離してから、守りの薄くなったところに攻め込みたい所だが。シックルの機動力を考えると雷の矢や石弾などの遠距離攻撃を適当に放った所で魔力の無駄遣いになるだけで当たりはしないだろう。したがって、最後の一手は奇襲的な近接攻撃を選ぶしかない。重要なのは、それが成立するための、過程と罠をどうやって張り巡らせるかだ。
などと、思案していたせいか、魔剣の飛行速度が落ちていたようだ。急にシックルの飛行鎌が速度を上げて、追いすがって来る。
だが、問題ない。
「とりゃぁ」
14番の魔剣をシックルの飛行鎌めがけて打ち払うと、ノックバックの効果で飛行鎌は下方へと吹き飛んだ。そのまま地面に激突したのか、もうもうと土埃をあげる。
「これは使えるな」
シックルの飛行鎌をノックバックすれば、一時的にシックルの制御とは関係なく好きな方向へ吹っ飛ばせるのだ。仮に、シックルの飛行鎌を全てホームランボールのようにかっ飛ばすことが出来れば、その間シックルは完全無防備になる。
俺は逃げるのを止め、高空をすいすいと飛び回りながら、注意深くシックルと空中の飛行鎌の様子を観察した。
シックルは何か思案している様子だ。他の2本の飛行鎌は無理に俺を追いすがろうとはせず、俺から距離を取って空中待機している。さっきのノックバックの様子を見て警戒しているのだろう。俺はわざと、一本の飛行鎌に自分から近づいてみたが、すっと離れてしまう。しかも、俺とシックルの間に入るような位置取りだ。つまり、俺が空中の飛行鎌を置き去りにして、シックルの元へ突貫する可能性も考慮しているのだろう。
お調子者面して意外と慎重派なんだよな、あいつ・・・。
しかし、これではお互い打つ手なしだ。睨み合いで終わってしまう。シックルの思慮の外から奇襲するのに使えそうなのは、やはり次元の通路だが、使えるのは実質一度きりだ。効果的に使うための策を講じる必要がある。
とは言え、そうそう良い作戦などぽんぽん思いつくはずも無く・・・。
俺が頭をひねっていると、シックルの方が先に動いた。見れば、集中するポーズを取って魔力を練り上げているように見える。普通なら大技の発動準備と見て隙を突きに行くか、こちらも大技を繰り出す時間に充てるかの選択だが・・・。ことシックルに関しては、ブラフの可能性が高い。本当に大技を使ったのは、サワラザール戦の時だけだ。今のような一対一の戦いではまず使用しない。・・・はずなのだが。
「でも、あいつ。俺がそれを知っていることは知っているはずだよな」
ということは、ブラフではなくそう見せかけて実は本当に大技を使う気なんじゃ。いや、そういう心理作戦で、その裏の裏をかいて・・・。わ、分からん。
俺は判断に迷い、空中でまごつく。取り敢えず、牽制と様子見を兼ねて雷帝の弓矢を放ってみるが、飛行鎌に弾かれただけだった。それもガッツリ対衝突するというよりは、軽く触れて軌道を逸らされるという形だ。最初にシックルと戦った時は、雷の矢を防御した飛行鎌は一時的に墜落していたので、密かに俺の魔法への対策を練っていたらしい。やはりシックルは油断ならない奴だ。
などと、感心していると、シックルの上空に釣鐘が現れた。例のサワラザール戦での鐘である。
「え・・・ブラフじゃなかったのかぁああ」
シックルの奴、俺が躊躇するのを見越して、大技ぶっこんできやがった!
あれは不味い。攻撃が音の速度で飛んでくる。流石にソードのシップの航行速度も音速よりは遅い。つまり逃げることは不可能だ。
いや、待てよ。音か・・・。
「ええい。イチかバチか!」
俺はソードのシップを地上のシックル目掛けて突貫させた。進路を妨害してくる飛行鎌はソードのキングで打ち払う。シックルが尾の大鎌を鐘に叩きつけている。
「【荒浪震響】」
俺はソードのシップを急停止させて、兎の片足を魔剣に叩きつけながら、これでもかと魔力を放出する。
シックルの放った音の斬撃と俺の放った衝撃波が空中で激突する。結果、両者の魔法は互いに相殺し合った。
だが、俺の状況は非常に不味かった。この技を使うことの最大の難点は、完全に空中で停止しなけれなばならないことだ。俺の後方から3本の飛行鎌がシュルシュルと風を纏って飛んでくる。さらに前方のシックルが4本目の飛行鎌をここぞとばかりに放ってきた。
逃げられない。最初に逃走した時と違って、位置取りが悪過ぎるのだ。
では、もう前に進むしかない。良い方に考えれば、俺とシックルの間には飛行鎌が一本しかないのだ。逆に言えば、その一本さえ掻い潜れば、王手である。
ここは攻めあるのみ!
「【幻身】」
ぶっつけ本番で兎の魔法を使ってみる。すると、俺にそっくりな分身体が周囲に8体現れた。皆俺と同じ姿勢で、シックルめがけて突貫する。
よし、これならいける。シックルの飛行鎌は4本しかないのだから。と、分身体の中に紛れ込みながら、俺は勝利を確信していたのだが。
「いやいや、スズカさん。おいらには光属性の幻覚系は意味無いって言ったじゃないっすか」
シックルがそう言いながら指をパチンと鳴らすと、そこを中心に魔力の振動が起こる。途端、俺の分身体がその姿を掻き消されていく。
あ、やばい。そうだった、忘れてた。サワラザール戦前にシックルがそんなこと言ってたわ。
「チェックメイトっすよ。【旋風斬】」
シックルが風の斬撃魔法を放つ。前方からはシックルの飛行鎌に風の刃。後方からはシックルの飛行鎌3本。俺の分身は全て消失。うーむ、絶体絶命。
「いやまだだ。【砂嵐】・・・ついでに【土潜り】っと」
地上スレスレまで降りてきていたことが幸いした。砂嵐で地面の土を巻き上げてシックルの視界を遮り、俺は土の中に飛び込む。直前に砂嵐の中に飛び込んできた飛行鎌によって、俺の兎耳カチューシャの片耳が切り落とされてしまったが、まあ大したことでは無い。
流石は逃亡に特化した玉兎の能力だ。あの絶望的状況からも逃げることが出来るなんて。
とは言え。
このまま、土の中で息を潜めていても直ぐに見つかってしまうだろう。それに加えて土の中は空気が薄いのでちょっと息苦しい。あまり長時間居られるものでは無さそうだ。俺はとにかく移動しなければと、土の中をゴソゴソと掻いて進む。
さてさて、ここからどうしたものか。
♦ ♢ ♦ ♢ ♦
地上の砂嵐が止んだ時、シックルは眉を顰めた。
スズカの姿はどこにもなく、ただ地面に兎の耳が片方だけ落ちている。
「あれ? スズカ君は?」
「ボスがいない・・・」
近くで模擬戦を見物しているモリアンとエルガーがキョロキョロとあたりを見回している。ムラサメは何も言わず、ポーカーフェイスだ。まあ、そもそもシックルには魔剣の表情なんて分からないが。
「【乱数波】・・・光魔法で透明になっているとかってわけじゃないみたいっすね」
シックルが最初にやったのは、スズカの幻身スキルを打ち破った時と同じように指を鳴らして光魔法を無効化することだった。
だが、それが不発と見るや否や、シックルはパッと跳び上がると、2本の飛行鎌の上に飛び乗り空中に退避する。
スズカが空中にもおらず、透明にもなっていないのなら、あの状況から逃げおおせて姿が見えないのは、もう地面の下に逃げ込んだとしか考えられなかった。となれば、地面の下からの急襲が考えられる。地に足を付けておくのは不味い。
「しっかし、こうしてずっと空中に退避したままじゃ、勝てないんすよね~」
シックルは様子見がてら、一本の飛行鎌を兎の耳が落ちいていた当たりに放つ。飛行鎌はけたたましい金属音を鳴らして土埃を巻きあげながら、地面を削っていく。
「・・・手ごたえがないっすねぇ」
シックルはポリポリと頭をかく。
このまま手あたり次第に地面を削っていっても、土の中で移動されたら意味がない。なんとかして兎を巣穴から叩き出す必要がある。だが、シックルの切り札の一つである音の斬撃は、地中の敵に対してはあまり効果が期待できない。あれはあくまでも風属性と金属性の複合技なので、他の性質の物体を振動する距離が長いほど威力が激減していってしまう。
「けどね、スズカさん。おいらだって地中に潜り込む敵との戦闘経験はあるんすよ」
シックルは一旦全ての鎌を回収すると、改めて一本の鎌を地面に投下する。グサリと鎌が地に突き刺さる。
少しばかり反応を確認してから、シックルは出来るだけ音をたてないようにそろりと地面に降りた。少々危険な行為だが、相手が地中に引き籠っている以上やむを得ない。そして、地面に耳を押し当てると、2本目の鎌を先に地面に突き刺さしておいた鎌に打ち付ける。
カァアアアアンと金属音の涼やかな響きが魔力を伴って広がっていく。
シックルは目を瞑り、意識を集中させる。音は媒体によって、伝達速度が異なる。地層の性質、断層、岩石、鉱脈、そういった諸々に影響されるが、生物体が存在するときの音の断絶度は、それらの比ではない。地中の生物を音の振動で見つけるのは、水中ソナーで魚を見つけるよりは遥かに難易度が高いが、シックルが隠しているスキルにはそれを可能にするものがあった。
「【魔響定位】・・・いた」
兎の耳が落ちていた場所から、水平方向にジャガーの杖5本分、垂直方向にジャガーの杖1本分の深さに、魔力を帯びた大きな有機体がある。
いや、大きい等と言うものでは無い。凄く大きい。どでかい球体状の塊をシックルは感知した。
「どうなって・・・いや、この感じは・・・水か?」
どうやらスズカは、デカい生物を召喚したとかいうわけではなく、魔力を帯びた水を周囲の土に吸収させているらしい。おそらくは例の【悲嘆の冥河】とかいうやつだろう。おかげでスズカ本人の正確な位置が分かり辛いが、どうやら真ん中あたりに水を含んだ土とは密度の異なる存在があるようだ。
「スズカさんもなんか企んでるみたいっすけど、先手取らせて貰うっすよ」
シックルは4本の飛行鎌のうち、一本は用心して手元に残すと、残り3本をスズカがいるであろう位置の地上に投げる。3本の鎌は等間隔に並ぶと甲高い旋回音をあげながら自転して地面を削ると同時に、グルグルと円を描くようにして公転する。スズカを周辺の土ごと掘り起こす計画である。異変を察知して、さらに地下深くまで逃げられると対応できなくなるが、シックルはそれは無いと見た。そこまで深く潜れるなら、今潜っている深さが浅すぎる。それに感知した塊は完全な球体では無く、所々、地上に向けてパイプのようなものが伸びていた。あれが空気孔を作るための仕掛けなのだとしたら、地中への潜行には限界があると推測するべきだ。
あとは掘り起こしながら、スズカが破れかぶれで突貫してきた場合に備えておく必要がある。
シックルは注意深く掘削の様子を伺い、立つ場所も頻繁に変え、途中作業を止めて何度か【魔響定位】を行うなど、実に慎重にスズカを追い込んでいく。水分を含ませた土が粘土状になって飛行鎌に絡みついてくるのがやっかいだが、掘削の速度が落ちる以外に大きな支障はない。
「さあって、どうするっすか?」
いよいよ、スズカの居るあたりまで地面が掘り返される。このままスズカが何も反撃せず、素直に掘り起こされて切り刻まれるはずがなかった。
シックルは、念のために再び立ち位置を変更して、飛行鎌を一本手元に呼び戻そうとする。
が。
それと同時に、スズカが潜んでいる土塊を中心に砂嵐が巻き起こった。しかも、水分を含んだ土をベースにして魔法を行使したせいか、大量の泥を周囲にべちゃべちゃと撒き散らしながらの砂嵐は、こちらの攻める気を大いに削ぐ。シックルは慌てて撒き散らされる泥を回避する。
「ちっ。目晦ましで上空に逃げるつもりっすか?」
泥攻撃にイラッと来たシックルは掘削作業をしていた3本の飛行鎌のうち2本を砂嵐の中に飛び込ませて乱舞させる。
「ちょっと痛い目、見て貰うっすよ」
さっきのシックルの意表をついて土の中に逃げたパターンと違い、土に埋もれた状態から空中に逃げるなら、飛行鎌の斬撃の乱舞から逃げるのは不可能だ。
が、シックルは慎重だ。3本のうち1本は手元に回収していた。なぜなら、この砂嵐は必ずしも上空に逃げるための物とは限らない。
・・・おいらなら、そう思わせて相手が慌てて戦力を砂嵐の中に投入するのを見越してから、砂嵐の中から敵本体に向けて突貫するっすね。
そうして、シックルは砂嵐の方を注意深く見ながら、べちゃべちゃと汚い音を立てながら飛んでくる泥を回避するため、しっかりと距離を取った。
視界に頼れない砂嵐の中に突入させた2本の飛行鎌の操作、いつ砂嵐の中からスズカが突貫してくるかという警戒、そしてベチャベチャと汚い音を立てて飛散する泥。
シックルは油断していたつもりはない。いや、むしろ、その高い警戒心がかえって彼の注意力を限定させていた。
「【雷帝の弓矢】【石弾】」
「なにっ!?」
シックルが気付いた時には、背後から4本の雷の矢と2個の石弾が彼の真後ろにまで飛来していた。しかも、砂嵐の中にいるはずのスズカが魔剣に乗り、猛スピードでシックルの直ぐ傍まで迫っている。どういう絡繰りか分からないが、少なくとも幻影の類で無いことは、直感的に分かった。
「くっ」
シックルは巧みな技で雷の矢を2本の飛行鎌で何とか弾き、石弾は尾の大鎌で叩き切る。シックルも日々成長していた。スズカやモッケ爺と会った時のシックルなら、この超至近距離からの魔法の飽和攻撃に沈んでいただろう。
しかし、これはまだ主攻ではない。シックルは急いで砂嵐の中の飛行鎌も呼び戻しているが、泥を回避するため砂嵐から距離を取ってしまったせいで、スズカとの剣劇には到底間に合いそうになかった。
「おりゃぁあ」
スズカの持つ魔剣がシックルの飛行鎌を一本弾き飛ばす。魔剣の能力により、シックルの制御も効かず、砂嵐の方へと吹き飛ばされた。だが、まだ一本ある。
シックルは後ろに飛びずさりながら、最後に残った飛行鎌をスズカへと放つ。スズカは剣技の修練をして未だ一日。シックルの鎌はスズカの魔剣を搔い潜ってスズカの眉間へと迫る。一瞬、シックルは、こんな致命的な攻撃をしたら懲罰で首輪が絞まるのではないかと思ったが、しかし何も起こらなかった。・・・いや、シックルは何となく、それを分かっていた。
「【首長伸縮】」
「なっ!?」
兎の体にくっ付いているスズカの首がびよ~んと伸びる。スズカの眉間に刺さるはずだったシックルの飛行鎌はスズカの伸びた首をスパンッと切り飛ばした。そのまま頭を失った兎のゾンビは慣性の法則に従って、シックルの正面に吹っ飛んでくる。それを慌てて避けたら。
「チェックメイト」
兎の体を捨ててサテュロスの体を顕現させたスズカが、魔剣をシックルの首筋に沿わせていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます