第五十一怪 鎌鼬の首輪
「チェックメイト」
俺は荒い息をしながら、シックルの首筋にソードのキングの魔剣を添える。
シックルは俺の方を振り返りながら、両手を上げて降参ポーズを取った。
「おいらの負けっすね」
「俺が兎じゃなくて、ろくろ首だってことを忘れちゃいけなかったな」
俺は魔剣を解除して消した。
「お父様の勝利!」
ムラサメが高らかに俺の勝利を宣言した。
「つ、疲れた・・・もう魔力もほとんど空っぽだし」
俺はフラフラと歩きながらも、ぶっ飛ばされていった兎のゾンビを回収する。そしてサテュロス体をしまい込んで再び兎の体に戻った。えっ? なんでわざわざそんなことって? まあ、その・・・紳士諸氏ならお判りいただけるだろうが、戦闘後の高揚感と軽い疲労感がある所に肉体的な欲求がフィードバックされてきたら、淑女の皆様方にはあまりお見せ出来ない現象が起きるのだ。・・・まあ、分からないなら、あまり深く考えないで欲しい。気にするほどのことじゃないさ。
俺は兎の体に戻ると、ドサッと地面に仰向けに倒れ込む。
すると、ムラサメがピョンピョンと傍まで跳ね跳んできた。
「お父様の勝利だけど、正直、勝ち方がちょっと卑怯な気もするんだよねぇ。模擬戦としては、あんまり僕好みじゃなかったかも」
「いや、好みとか言われてもな。俺は俺の出来る範囲で精一杯頑張っただけなんですがね?」
まあ、剣技の講習という本旨を鑑みれば、ムラサメの言う所も一理あるだろう。
仰向けに寝そべる俺の横にシックルもやって来る。
「ところで、スズカさん。種明かしをして欲しいっす」
「ああ、えっとだな。この兎には【次元の通路】っていう空間移動の能力があるんだよ。それで、土の中に潜った後、まず最初に【次元の出口】を地表スレスレの所に設置してから、離れた場所に移動する。そこで【悲嘆の冥河】を使って周囲の土に思いっきり水分を含ませて泥状にしながら、水を操ることで地上との間に空気孔を形成する。あとは、そうやって泥を量産しながら、シックルが俺を発見するのを待つ」
「おいらに発見されることが前提なんすね」
「まあ、シックルなら、たぶん出来るだろうっていう信頼感的な? 発見されなかったら、それはそれで時間いっぱいで引き分けってことで良いじゃんみたいな」
「・・・剣技の修練にならないよぉ」
俺の消極的態度にムラサメが不平を漏らす。全く以ってその通りだ。
「で、あとはシックルが俺を掘り出している最中に、俺の設置した【次元の出口】に近い方向に位置取りする瞬間を待つだけ。その瞬間に砂嵐を起こして泥を飛散させれば、シックルは泥を避けるために自分から後ろに下がっていって【次元の出口】の方に近寄ってくれるわけさ。そっちに背を向けながらね」
「おいらは、動かされていたわけっすね」
「そしたら【次元の入口】を作って、飛び込むだけさ。泥が飛散して作られる不規則な音の合唱に紛れて、奇襲をかけたんだよ」
「はぁーーーー」
シックルは俺の種明かしを聞くと、大きく息を吐いて俺の隣に俺と同じようにバッタリと仰向けになって寝転んだ。
「おいら、スズカさんに正々堂々の一対一で負けたっすね」
シックルがポツリと呟く。
「え、いや、シックルは俺の兎の体の時の能力は一切知らなかったんだし、正々堂々なんかじゃないって。俺はシックルの能力や戦闘スタイルを熟知してたし・・・」
情報量という観点では俺の方が圧倒的に有利だったはずだ。
「知ってることが必ずしも常にプラスに働くとは限らないっすよ。実際スズカさんはおいらが大技を使おうとした時、躊躇してたじゃないっすか」
「それはまあ」
「それにスズカさんだって、おいらの能力の全てを熟知してるわけじゃないっすよね? おいら、未だスズカさんに言ってないスキルもあるっすよ。・・・ついでに言うと、おいら、ブレット・ラビットは何度も狩ったことがあるんで、全然未知の相手じゃなかったんっすよねー。だから、実際にはスズカさんが思ってるほど、情報量に格差は無かったんすよ」
「う、う~ん?」
シックルはそう言うが、俺は今一納得できなかった。ブレット・ラビットと戦った経験がいくらあろうと、ブレット・ラビットの体を操作するろくろ首との戦闘は話が違うのではなかろうか。
「まあ、とにかく、お互い相手の使える能力は凡そ知っていて、かつ少数の隠しカードとして未知の能力を伏せていた状態だったってことっすよ。だから・・・、少なくともこの勝敗は運の多寡じゃないってことっす」
百歩譲って情報量の格差が公平だったとしても、伏せカードの相性によっても勝敗は変わってくるだろうから、運の要素が多大にあると思うのだが。しかし、シックル的には、あるいはロークビ高原で日々闘争を生きている魔獣にとっては、その程度のことは当然あって然るべき波乱なのかもしれない。相手が自分の苦手な能力を隠し持っているからと勝利を諦めていては、とても生き残れないのだろう。
「でも、シックル。たぶん、次、もう一回やったら俺が負けると思う」
「クシシシッ」
謙遜では無く、俺の本音だったのだが、シックルは愉快気な笑い声を立てる。
「スズカさん、その感想、おいらと初めて戦った時も思ったんじゃないっすか?」
「・・・思ったな」
少なくとも一対一で戦って勝つなんて絶対不可能だと思った。
「スズカさん、普通はそうそう『次』は貰えないんすよ。そして奇跡的に貰った『次』でおいらはまた負けたっす。ならこれは・・・武運なんてちゃちなものの結果じゃないんすよ。運命という名の必然っす」
シックルは己の敗北を分析しているにも拘らず、至って穏やかな声のトーンだった。寝そべりながら首をひねってシックルの方を見ると、なんだかとても晴れやかな笑顔をしている様にさえ見える。まあ、俺にはイタチの表情を正確に理解することなんてできないが。ただ、シックルがこの結果に納得感を得ているというならば、幸いだ。・・・あるいは、こいつは意外と印象に反してロマンチストなのだろうか?
「まあ、なにはともあれ、良い戦いが出来て良かったよ」
俺は上体を起こして、シックルに兎の手を伸ばした。
「おいらも何かスッキリして満足っすよ」
シックルも手を伸ばして、俺の兎の手に拳をポフッと合わせてくれた。
と、次の瞬間。
「ん、んん?」
シックルが変な声を上げて、自分の首に嵌まった黄金の首輪をさする。
「あっ!?」
俺も驚いて声を上げた。
首輪が金の鱗粉のような光の粉を放ちながら、端から空中へと溶けるように消えていく。
「首輪が・・・・・・」
シックルもそれに気付いて、眼を見張り、呆然と首輪が光となって散っていく様を見つめる。
「・・・バカナ。儚キ無形ノ信頼ヲモッテ、有形ノ契約ヲ放棄スルダト?」
傍にいたムラサメが普段のお茶らけた雰囲気とはまるで異なった抑揚のない暗く深い声で呟く。ムラサメのやつ、驚きすぎて素が出たのかも知れない。
って、そんなことよりもだ。
「シックルーーーーーーー!」
俺は歓喜を以ってシックルに抱き着いた。兎の体だとシックルと背丈が近くて、抱きしめやすい。
だが、当の本人は喜びよりも困惑の方が勝っているようだった。
「ス、スズカさん、おいら、その、別に忠誠心とか、ハッキリ言って無いっすよ。おいら、そういう
「忠誠心なんか要らないよ」
「え、でも、首輪が・・・」
困惑するシックルに、俺は抱きしめていた体を少し離すとシックルの肩に手を置きつつ、しっかりと目を合わせる。
「シックル。君はこれで自由の身だ。俺の支配からは完全に解放された。だからどこへでも好きな所へ行けるし、俺を攻撃するのも君の自由だ。君は自由だ」
「・・・そうっすね」
「さあ、シックル。君はどうしたい?」
「・・・どうって」
シックルは目線を左右にキョロキョロさせながら、頭をポリポリ掻く。
俺は一呼吸、深く息を吸い込む。血の通わないはずのゾンビの体の中で、グルグルと熱い血潮が巡っているような気がする。
「・・・友よ。・・・俺には、君が、必要だ」
俺はゆっくりと、シックルにそう語り掛けた。
シックルは俺の言葉を聞いて眼をパチクリさせたかと思うと、しかして、その目を潤ませ、今度はシックルの方からバッと俺に抱き着いた。
「ったく、スズカさん、それは卑怯っすよ。ほんと、悪い妖精っすよ」
「はは、ごめんね」
俺はこの世界に転生してきて、この日初めて本当の友達を手に入れた。
♦ ♢ ♦ ♢ ♦
「えー、剣技の講習の最中ですが、先生は気持ち悪い茶番劇を見せられて気分が悪くなったので、今日はこれで終わりとします。では、また明日~」
ムラサメは一同を整列させてから、不貞腐れた口調でそう言い捨てるとピョンピョン跳ねて砦の中へと消えていってしまった。
「スズカさん、正直言っておいらあの魔剣嫌いっす」
「まあ、その、ムラサメは未だ誕生して日が浅いから・・・」
顔をしかめるシックルに対して、俺はフォローになっているようななっていないようなことを言ってお茶を濁した。
「僕だけ模擬戦まだなんだけど・・・」
モリアン君が困り顔をする。
そうは言っても、教師役のムラサメが臍を曲げてしまった以上詮無いことだ。
「そう言えば、モリアン君の魔剣スキルってどんな感じ?」
昨日は自分の剣技の習得に集中していたから、モリアン君がどんな修行をしていたのかも、俺は知らないのである。
「えっと、まずは・・・8番の魔剣【ソードのバインド】」
モリアン君が詠唱すると、その右手の中に妙な魔剣が現れる。柄から8叉に別れた剣が長々と伸びていて、重力に従ってしな垂れている柔らかそうな形状は、インドの古武術カラリパヤットで使われる武器ウルミに似ている。分類で言えば、間違いなくフレキシブルソードとかスプリングソードの類だろう。日本人のオタクには蛇腹剣と言った方が伝わりやすいかもしれない。
「正直、まだあんまり上手く使いこなせてないんだけど・・・。えいっ」
モリアン君が魔剣を振ると、8叉の柔剣が波打ち、それぞれの剣先がのたうつ大蛇のようにしなりながら、地面の土を抉って巻き上げ盛大な土煙を起こす。
「これはまた、結構凶悪な魔剣に感じるけど・・・。シックル的にはどう思う?」
ウルミは凶悪な殺傷能力を持つ変形剣だ。点や線での防御は曲線軌道で攻撃が掻い潜って来るので、接近戦で撃ち合いになった場合は基本的に面での防御、楯や鎧かあるいは同じ面制圧の武器での相殺が必要になるだろう。
「おいら、接近戦は別に苦手意識ないんすけど、あれは間合いを取らないとやばいっすね。・・・ただタイミングさえあえば内側に入り込んでの超接近戦を挑むのもありっすかね。ああいう武器は基本小回りが効かないんで」
「なるほど」
「なーんか、見た目が派手なだけって感じがするけど」
エルガー君が頭の後ろで腕を組みながら、そんな感想を漏らす。
「ま、ああいう特殊武器は下手くそが扱うと、見掛け倒しで終わるっすね」
俺としてはただただモリアン君の剣技上達を祈るばかりである。
「それで、もう一つあって・・・13番の魔剣【ソードのクイーン】」
モリアン君が新たな詠唱をすると、モリアン君の周囲に12個の短剣が現れ、モリアン君を中心に回転しながら浮遊する。短剣はどれも刀身の短さのわりに、とても幅広の身だ。これは、何というか、剣というより・・・。
「盾っすね」
シックルが俺が思ったのと同じことを言う。
「うん。その認識であってるよ。守りのための魔剣らしいから」
モリアン君も俺たちの見解に同意した。
どうやら、モリアン君はムラサメから、かなり特殊な魔剣ばかり貰ったようだ。まあ、俺の6番のソードのシップも相当の変わり種だが。
「おい、モリアン。俺と模擬戦しようぜ。お前だけ実戦稽古無しじゃ不公平だしな!」
エルガー君がそう言って魔剣を構える。
「え? いや、そのぉ・・・」
いきなり試合を申し込まれたモリアン君は及び腰だ。
「ストップ。ストップ。きちんと評価と分析ができる監督役のムラサメがいないんじゃ、意味無いし、危ないからダメだ」
俺は二人の間に割って入る。モリアン君がヤル気満々なら止めなかったかもしれないが、事故って大怪我をするリスクなんかも考えるとね・・・。
「えぇー」
エルガー君が不満気な声を上げた。どういうわけかモリアン君の特殊武器がエルガー君の戦闘意欲を掻き立てたらしい。
と、先生役の不在で混乱し始めた俺達の所へ、突然上空からモッケ爺が音も無く舞い降りた。
「スズカ! 早急に身支度をするんじゃ」
モッケ爺が焦った様子でそう言う。
「いったいどうしたんですか?」
「ついに来たんじゃよ」
モッケ爺のその言葉で、俺の中に緊張が走る。
「来た・・・ってことは、もしかして?」
「ああ、グリフォンじゃ」
モッケ爺は重々しく頷いた。
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生首だけで異世界転生 ~首から下は邪神に食べられました~ 井太刀西兎 @westrabbit777
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