第四十九怪 妖刀の修練②

『それじゃあ、お父様。最後に必殺技いくよぉ』

「必殺技か。良いね」

 飛剣に乗っての空中機動に俺がだいぶ慣れたのを見て取ったのか、ムラサメは最終ステップに進むことにしたようだ。飛剣はグングンと飛行速度を上げていく。


 と、急に左足の裏側から、飛剣との接着感が失われる。

「あ、待て、ムラサメ。なんか事故ってるみたいだ」

『事故ってないよ。仕様だよ』

「えっ?」

 ふわりと宙に浮いたデュラルクの左足に魔力がグングンと集まっていく。今は右足一本で体勢を維持している状況だ。

『この技、体感の筋肉がしっかりしてないと使えないんだけど、お父様が今着ているゾンビは内部までガッチリしてるみたいだね?』

 デュラルクはノクスの圧縮実験体なので当然だ、しかし、逆に言うと他の腐肉の塊に過ぎないゾンビの体だと技に耐えられない可能性があるということでもある。サテュロスの体ならいけるのだろうか?


「なあ、ムラサ・・・」

『ストーップ!!!』

 ムラサメの掛け声とともに、突然俺の乗っている飛剣が急停止した。

「うぉお!」

 しかし、俺の体は慣性の法則に従って、今まで飛行していた速度で動き続けようとする。飛び出そうとする体を制御するための力は、その全てが左足を飛剣に叩つけるようにして踏ん張るために使われる。左足の裏と剣の表面の衝突は運動量を一瞬にしてエネルギーへと変換した。と、同時に左足の魔力が解放される。


 グゥワアァアアアンン・・・。と巨大な鐘が鳴るような音が、それも澄んだ音ではなく、荒れ狂う波のようなうねりを伴って響く。全周に響いているわけではなく、左足が蹴り出した方向へ放たれた魔力の波に引きずられているようだ。


『6代目の剣聖が付けた技名は、【荒浪震響】さ。音波探知の技を作ろうとして失敗したんだよね』

「失敗した技なのかよ・・・」

『探知技にはできなかったんだけど、その代わり敵に当たると三半規管を乱して平衡感覚を奪う技になったんだよ。地上の敵なら転ぶだけで済むけど、空中を飛んでる敵なら墜落するよ。・・・まあ、飛行に平衡感覚を利用してない奴には効果ないけど』

「それは凄いな」

 特にグリフォンとの開戦を控えている現状では頼もしい。

『でも、恩恵によるスキルじゃないから、ちゃんと練習してね』

「分かってる。今日のはあくまで達人の技を追体験しただけなんだろ」

 付け焼刃の小手先の技に終わらせないためにも、修練が必要だ。


 その後感覚を掴むために何度か【荒浪震響】を訓練した後、飛剣は地面に降りた。

 俺が飛剣から降りると、飛剣はすぅっと消えていく。


「で、まだ14番もあるんだよな?」

『そうだよ。14番は、ソードのキングだね』

「それじゃ、早速。ソードのキング!」

 今度は何が起こるかと、少しばかりワクワクしながら唱える。

 と、右手に靄がかかり、銀光を伴って、長剣が顕現した。


「・・・なんか、普通の剣だな」

『6番が変わり種だから、そう見えるだけだよ。ソードのキング。この魔剣は強力なノックバック効果を持っている。ノックバックの距離や衝撃は、込めた力の量や相手の質量にもよってくるけど、結構吹っ飛ぶよ!』

「・・・へぇー」

『なんか反応が薄い!』

「いや、ごめんごめん。キングなんて言うからもっと大層な能力を想像してたもんだからさ」

『王様に必要なのは、自身で敵を粉砕する力よりも、むしろ自分に敵を寄せ付けない力だからね』

「なるほど」


 まあ、まずは6番の時と同じで剣技の追体験だ。

 全身鎧を着た訓練用の標的人形を空に向かってカチ上げる修練である。

『できるだけ剣技の発動感覚を覚えてね。瞬発的な技巧だから、集中しないといけないよ』

「おう」

 体の力を抜くと、古の剣の達人がその身に宿るのを感じる。右手に握る剣に魔力が流れ込む。脆くはないが、決して固くはない、揺らめくようでいて、決して不規則ではない不思議な波動だ。そのうち、真っ直ぐのはずの剣がグニャリと曲がったように錯覚する。勿論、剣は歪んでいない。曲線の軌道を溜め込んでいるのは、魔力だ。そして、この魔剣は外側は平凡だが、内側に何重にも魔力の回転を捻じ込んでいくのに最適化されているのが分かる。

 

 すぃっと体が、前へ動く。まるで今から散歩にでも行くかのような自然体で歩いていた。そして、右手の長剣が軽く下から振り上げられる。


 パンッ


 軽やかな衝突音。

 だが、その反応は激烈だった。訓練用の全身鎧人形は次の瞬間、空高く舞い上がっていた。そのままグングンと高空へ昇っていく。

「めっちゃ、飛んでるな」

『そんなことよりも、お父様はインパクトの瞬間の技巧は理解できた?』

「いや、全然」

 気づいたら、技の発動が終わっていた。

『じゃあ、何度も反復するしかないね』

「そうだな」

 そんなことを話していると、鎧人形が空から落下してきた。

『じゃあ、落とさずに1000本ノック行くよ』

「えっ? 1000?」


 ・・・ほんとに1000回、鎧人形のカチ上げをやらされた。


♦ ♢ ♦ ♢ ♦


 午後の日差しの中、俺とモリアン君とエルガー君は、昼休憩を取った後に再び修練場にいた。

「それでは、午前中は応用の剣技を修練して貰ったので、午後からは基礎訓練をやろうと思います」

 ムラサメの言葉に俺たちは首をひねる。

「あの・・・ムラサメ先生。普通は、体力強化、基礎訓練、応用訓練の順番では?」

 モリアン君が遠慮がちに手を挙げる。

「なんか、あべこべだな」

 俺も思ったことを口にするが、

「僕は、無落の天才教官とも言われた初代剣聖の新兵育成方針をなぞってやってるだけだよ。文句があるなら彼に言って欲しいね」

 ムラサメはとっくの昔に無くなった古の人間に責任転嫁する。

「いや、なんで初代剣聖はそんな逆順で訓練したんだよ」

「・・・まあ、それは彼がいわゆる正しい訓練メニューから三度も脱落した人間だったからじゃないかな?」

「はい! はい! ムラサメ師匠。その話もっと詳しく聞きたいです!」

「ダメです。さっさと訓練を始めます」

 エルガー君の要望はすっぱり却下された。


 ムラサメの基礎訓練は多様だった。

 剣の基本的な型の素振り、足運びの訓練、体裁きの型の訓練あたりは、まあ普通な感じだったが、そこから魔剣に魔力を通すときの基礎的なパターンの反復、蹴り技の姿勢、片足立ちでの素振り、吹っ飛ばされた時の受け身の取り方、高い所から落下した時の衝撃の緩和の仕方、さらには気配を押し殺しての死んだふりの訓練まで多岐にわたった。というか、後半はもう剣技関係ない。ボロ負けした後生き足掻くための生存術になっている。

 因みに、これらの訓練は全て古代の達人によるトレースを追体験させた上で行われた。・・・もちろん、死んだふりもだ。ムラサメ曰く、10代目の剣聖は死んだふりのスペシャリストだったとか何とか。どうせ碌でもない性格の持ち主だったに違いない。


「いや、これ本当に基礎訓練なのかよ?」

「初代剣聖は剣術と同じくらい生存術を重視していたからね。大きな怪我をした時にできるだけ流血を防ぎながら移動する訓練を実践しようとした時は、流石に反対の声が多くて志願者だけの特別講義になっちゃったけど・・・」

「志願者いたのか」

「いたよぉー。いっぱい。剣聖が剣で新兵の胸をバッサリ切り裂いてから、教えた方法で歩かせるんだよ。勿論、ヒーラーがたくさん待機していて、少ししたら救命措置を施してたけど。上層部が問題視して、一カ月職務停止になったよぉ」

「お偉いさんが頭を抱えている様子が目に浮かぶよ」

 まあ、ちゃんと治療してもらえる保証があるなら、万一の時の為にその授業は受ける価値がある・・・気がしないでもない。しかし、いくら必要なことだからとその講義を実施してしまう初代剣聖はやっぱり普通じゃない。


 それにしても、基礎訓練と言うともっと退屈なイメージがあったんだが、全くそういう感じにはならなかった。後半の訓練メニューが突拍子も無かったというのもあるが、単なる素振りでも最初に歴代剣聖達の素振りを追体験してから行うので、自分の一振り一振りがいかにボンクラなものかが分かるのだ。だからこそ、向上の為の道が明確に見える。目的意識を以って振る剣は、言われるがままの闇雲な鍛錬とはまるで別物だった。


 と、まあ、そういう感じで一日目の修練は終了した。


♦ ♢ ♦ ♢ ♦


 翌朝。昨日と同じように修練場で、俺とモリアン君にエルガー君の三人はムラサメの前に整列していた。

 のだが・・・。


「あの、ボス、そのかっこうって・・・聞いても良いんですか?」

 エルガー君が遠慮がちに俺に尋ねる。

「エルガー君。世の中には大人の事情って奴があるのさ」

「・・・そうですか」

 遠い眼をして答えた俺にエルガー君は気まずそうにする。


 今日の俺が着ているのは、兎だった。


 そう、ウサギだ。

 しかもご丁寧に兎耳のカチューシャ付きである。

 別に問題あるまい。兎の格好をしてはならないという法律は無いし、どんな男にだってバニーちゃんのかっこうをする権利があるはずだ。

 

「く、くそっー、ノクスの馬鹿野郎ぉおおお」

 こんなの叫ばずにいられるものか!

「まあまあ、スズカ君。とっても可愛いですよ」

 モリアン君が慰めてくれる。モリアン君だけが俺の心のオアシスだ。

 それに比べてノクスの奴め、俺を玩具にするとはけしからん奴だ。


 今朝、俺が昨日のようにモリアン君に抱えられて衣裳部屋に行くと、ノクスから現在どのゾンビもメンテ中だからと言われて、小さな棺を渡されたのだ。その棺を開けてみると、ウサギのゾンビの体と、それにセットで兎耳カチューシャが入っていたのである。「量産可能なゾンビやから好きに使い潰してええよ」と、俺がぐしゃぐしゃにしてしまったエイロフさんの体が入った棺を指差しながら言われたら、断れるものか。俺は渋々ウサギを着た。

 言っておくが兎耳カチューシャの方はモリアン君に無理矢理つけられたのだ。自分で付けたのではない。そして、構造上なぜか自分では外せない仕様になっていた。


 羞恥プレイである。

 鏡で見たら、雑なクソコラみたいな姿だった。


 修練場に来るまでの間、モリアン君に抱えられたまま、ウサギ姿で死んだ魚の眼をした俺に、魔獣達は皆遠慮して誰も声をかけて来なかった。


「はいはい。皆、今日の修練を始めるよ! 今日は午前中に戦闘訓練をした後、午後からは又基礎訓練をするからね。というわけで、早速対戦相手の教官に来ていただきました」

 ムラサメがそう言うと、

「どうもっす~」

 と、シックルが脇から飛び出てくる。

「え? シックルと戦うの?」

「みたいっすね」

「いやいや、無理無理。一瞬で切り刻まれて終わりだってば。もうちょい難易度低めの相手からにしようよ」

「そんなことは無いと思うけど・・・。まあ、それにシックルさんにはそれぞれの生徒に合わせて適宜手加減してくれるように頼んでるからね」

「そうっすよ。ボスはおいらに一回勝ってるんすから、ビビることないっすよー」

 あの一勝は完全に偶然の産物である。


「それじゃあ、まずはエルガーからね」

「おっす」

 ムラサメに指名されたエルガー君は威勢よく返事をすると、前に出た。

 シックルも前に出てくる。開始距離が結構近い。近接戦闘の剣士に有利な間合いと言えるだろう。


「デスサイズか・・・なら、ソードのデュー」

 エルガー君の両手に細身の魔剣が現れる。大剣も出せるという話だが、超高速戦闘タイプのシックル相手に大振りの大剣は自殺行為だろうから、適確な判断だ。

「いつでも、どうぞ~。・・・殺すつもりで来て良いっすからね~」

 対するシックルは飛行鎌を指先でクルクル回しながら余裕の態度だ。


「なら、遠慮なく行くぜ」

 エルガー君は体勢を低くしながら片方だけの剣を前に突き出して、シックル目掛けて突貫する。

「こわい。こわい」

 シックルはそんなことを笑って言いながら、後ろに飛びずさる。が、その時には既に左右両手の飛行鎌が放たれていた。

 エルガー君は正面からやってきた一本目の鎌を前方に突き出していた剣で弾く。と時間差でやってきた二本目の鎌がその隙をついて懐に入ろうとするが、少し引いていたエルガー君のもう片方の剣が前方に突き出され、二本目の飛行鎌の軌道を阻害してみせた。

「おお」

 エルガー君が華麗にシックルの二段攻撃を躱してみせたので、俺は思わず感嘆の声を上げる。

 が、上手く行ったのはそこまでだった。

 目前のシックルに剣先を届かせんがために、なおもエルガー君が突進の歩みを続けようとすると、

「はい。そこまでー。やっぱり、エルガーはまだまだ僕が介入して補助しないと直ぐに死んじゃうね?」

 と、ムラサメが終了させてしまう。

「えっ? はっ? まだこれからだろ?」

 と、困惑するエルガー君だったが。

「エルガー、下を見てごらんよ」

 ムラサメに言われて下を見たエルガー君は、自分の足元に飛行鎌がクルクル回ってるのを見つけた。

「なっ、いつの間に・・・」

「エルガーが2本の鎌を弾いている時だね。横から見てた僕らには丸わかりだったけど、エルガー自身の腕の死角部分から3本目を差し込まれていたんだよ。さっきのエルガーの体勢からじゃ、回避不可能だと判断して終了しました」

「投擲コントロール系の相手と戦う時は、遠近感と死角の二つには要注意っすよ」

「ぐぬぬ・・・」

 エルガー君は悔しそうに唸る。

「まあ、注意しろと言われた所で、注意できるようにはならないんだけどね。エルガーは、基本走法6から8の型を通しでちゃんと訓練しておこうか」

「あー、あれって、そういうことか・・・」

 エルガー君はムラサメの言葉に納得したらしく、「そうか、そういうことか」と繰り返していた。


「じゃあ、次はお父様ね」

「えー、俺かよ・・・。瞬殺される未来しか見えない」

「瞬殺されても学べることがあれば、それで良いんだよ」

「分かった。けど、ちょっと待っててくれ・・・」


 今更だが、俺はまだ自分が着ている兎ゾンビについて何も調べていないことを思いだしたのだ。外見のショックが大きすぎて【自己観相】を使うのをすっかり忘れていたのである。もっとも、ノクス曰く量産型とのことだから、期待は薄いが。


―――――――――――――――――――――――――――――――――

 個体名称:ルナルナ3世

 種族名称:ゾンビ( 玉 兎 《ブレット・ラビット》)

 脱皮回数:8

 加護恩恵:【冥府の加護】【風】6【土】6【光】4【闇】4

 授与魔法:【逃走】9【幻身】8【土潜り】6

      【直線移動】3【砂嵐】2【石弾】2

 特殊能力:【腐肉結合】9【次元の通路】1

―――――――――――――――――――――――――――――――――


 今まで着てきたゾンビの中では一番弱そうだ。脱皮回数もたった8回だし。

 まずは、ざっと魔法を見ておこう。


・逃走:逃げる時に速度を大幅アップする。

・幻身:自分の幻影を創り出して囮にする。

・土潜り:瞬時に地面に穴を作って飛び込める。

・直線移動:直線軌道限定で高速で移動できるようになる。

・砂嵐:砂嵐を創り出す魔法。

・石弾:石の弾を打ち出す魔法。


 石弾以外は、ほぼほぼ逃げることに特化したラインナップだ。


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【次元の通路】1 再使用時間:1日

 「次元の入口」と「次元の出口」を設置できる。

 設置した次元の穴同士は空間を超えて繋がり、誰でも行き来できる。

 ただし、通路は1分間のみ維持され、延長も途中解除もできない。

 片方の穴のみが設置されている場合は、残存魔力の続く限り消失しない。

―――――――――――――――――――――――――――――――――


 まさかの空間移動の特殊能力である。


 しかし、これは一見すると便利なようで、敵から逃げる方法としては結構使い勝手が悪いように思える。


 さて、手持ちのカードは確認した。あとはシックルとどう戦うか・・・いや、どうあの飛行鎌から逃げるかだ!

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