第四十八怪 妖刀の修練①

 翌朝。


「えっー、それで結局お父様はモリアンに手を出さなかったのぉ?」

 ムラサメが疑わしそうに言う。

「ふふんっ、当然だろう。実に単純な解決法があったからな!」

 生首状態の俺はドヤ顔してみせた。


 簡単な話だ。【首長伸縮】で首を縮めれば良かっただけである。俺のサテュロス体は魔術定義上は「首」なので、スキルで首を縮めれば、サテュロスの体は消失するのだ。体が消えれば、肉体から脳へとやって来る感覚や感情のフィードバックも当然消失する。そうなれば衝動的な肉体的本能に悩まされることも無くなるので、俺は実に安らかにぐっすりと眠ることが出来た。


「・・・モリアン。どうやら、お父様を誘惑するのは、お父様がサテュロスの体を出している時じゃないと難しいようだよ」

「なるほど、勉強になります。ムラサメ先生!」

 ムラサメがモリアン君に余計なことを吹き込んでいる。モリアン君もムラサメのことを先生とか呼んじゃってるし。というか、俺の目の前でするべき会話じゃないだろう、そういうのは。

 ・・・サテュロスの体はあまり出さないようにしよう。


 と、思ったは良いものの、サテュロス体を使わないためには、ゾンビの体を着る必要がある。つまりは、衣裳部屋に行く必要があるわけだ。


「・・・モリアン君。悪いんだけど、俺を衣裳部屋まで運んでくれないかな?」

 と、ベッドの上にシャツ一枚で女の子座りしているモリアン君に対して、俺が遠慮がちにそう頼むと、

「サテュロスの体を出したら良いじゃないですか」

 モリアン君が良い笑顔で恐ろしいことを言う。

 くっ、仕方ない。

 俺は頭だけで衣裳部屋まで転がっていくことにした。なんとか頭を振って勢いをつけ、そのままベッドから転がり落ちる。

「い、痛っぇ」

 やばい、たん瘤できたかも。

「わ、うわわ、ダメだよ、スズカ君」

 モリアン君が慌てて駆け寄ってくると、俺の頭を拾い上げる。

「もう、ボクが連れてってあげるから、無茶しないでね」

 モリアン君はやっぱり優しい。


♦ ♢ ♦ ♢ ♦


「あら、お嫁さんにベッドから衣裳部屋まで抱いて運んでもらうやなんて、さすがはご主人様、良いご身分やねぇ」

 モリアン君の腕の中にいる生首の俺を見て、ノクスが冷やかすように言う。

「お、お嫁さん・・・」

 モリアン君が動揺している。

「ほら、皮肉言ってないで、今日着れるゾンビはどれか教えてくれよ」

 確か、エイロフさんはボロボロ。ウルハイス君は昨日着たばかり。リンデア君も一昨日だから、たぶんまだメンテ中だろう。


「今日着れるんは、そこの剣の箱に入っているデュラルクちゃんよ」

 ノクスが指さしたのは、剣の絵が描かれた漆黒の大きな棺だった。

「デュラルクって、魔改造中とか言ってなかったか?」

「ふふんっ、ついに完成したんよ」

 ノクスがふんぞり返る。随分と自信があるようだ。

 俺は早速、モリアン君に頼んで棺まで運んでもらい、おでこを棺の魔法陣に押し当てる。

 途端に棺の蓋が開き、冷気の白い靄が立ち込める。

 モリアン君の腕に抱かれながら棺の中を覗き込むと、鎧を着たゾンビがいた。まあそれは良い。だが・・・。


「なあ、ノクス。デュラルクってもっとデカくなかった?」

 俺は困惑してノクスに問うた。今棺の中にいるのは、リンデア君くらいの大きさの騎士だった。棺の大きさと全く合ってない。確か、このテオテカ砦の地下で始めて会った時はもっと大きかったはずだ。

「ええ、ええ、そうなんよ。実はウチな、今ゾンビの耐久性を上げる研究をしとってな。とりあえず、ゾンビの体をぎゅうぎゅう凝縮して小さくして見たらどないやろって思てな。それで一番体がゴツいデュラルクちゃんを、ご主人様好みの体の大きさまで圧縮してみたんや。やらい大変やったんよ・・・」

「・・・へ、へぇ」

 まあ、身体感覚のズレが減るのは嬉しいことだが。しかし、俺はノクスの実験の被験者ということなのだろうか。奴隷の分際で自分のご主人様を実験動物扱いするなんて、流石はノクス様である。


「圧縮方法は企業秘密やさかい、例えご主人様であろうと教えへんからな!」

「うん。別に、聞いても仕方ないから、好きにしろ」

 ゾンビの圧縮法なんて、どうせ碌でもない魔術のオンパレードに違いない。


 俺はモリアン君によって、デュラルクの首に引っ付けてもらった。着用感覚は確かにリンデア君のようにフィット感がある。ただ、体が若干重く、固く感じる。サイズは合っているはずなのに、窮屈に感じる買ったばかりの靴のような感じだ。圧縮なんて聞いたから先入観があるのかもしれないが、やっぱり着心地の良さはリンデア君が圧勝だ。

 さて、まあとにかく、まずはこの新しい体について調べなくては。


―――――――――――――――――――――――――――――――――

 個体名称:デュラルク・ナイトソード

 種族名称:ゾンビ(ヒュムフ)

 脱皮回数:48

 加護恩恵:【冥府の加護】【金】9【火】8【土】7

 授与魔法:【鋼の守護】9【烈火の撃】9【岩兵の耐久】9

      【武具製造】9【武具補修】9【火兵の腕力】9

      【鋼の意思】5【投石器】4【炸裂岩炎弾】3

 特殊能力:【腐肉結合】9【希望の星】《ホープスター》1

―――――――――――――――――――――――――――――――――


「ええ・・・何この人。魔法の構成が鍛冶屋か兵士になるためだけに生まれてきたみたいな奴だな」

 

 デュラルクの魔法をざっくり説明すると。


・鋼の守護:防御力の上昇

・烈火の撃:ダメージの上昇

・岩兵の耐久:耐久力の上昇

・武具製造:金属製の武具を作れる

・武具補修:作った武器の修繕

・火兵の腕力:筋力の上昇

・鋼の意思:精神系攻撃への耐性

・投石器:投石装置を召喚できる

・炸裂岩炎弾:衝撃を受けると石と炎の榴弾が炸裂する岩塊を生成する


 投石器と炸裂岩炎弾の組み合わせが凶悪すぎる。ってか、ノクスは何でこいつを地下空間なんかで使ってしまったのか・・・。


「で、特殊能力の方はどうかな?」


―――――――――――――――――――――――――――――――――

【希望の星】《ホープスター》1 リキャストタイム:17日間

 発動すると、状況を好転させるかもしれない何かが起こる

 大事なのは、絶望に屈さないことだ

―――――――――――――――――――――――――――――――――


 なんだ、このあやふやな能力。「好転させる何か」ではなく「好転させるかもしれない何か」というあたりスキル説明の防衛線が酷い。

 絶望を希望に変える力と言えばカッコイイが、デュラルクは結局ノクスのゾンビにされてしまっているわけだから、正直期待薄である。それとも、リキャストタイムの期間中にノクスに出くわしてしまったのだろうか? 17日間も再使用できないとか流石に長い。事故るには十分な時間だろう。


♦ ♢ ♦ ♢ ♦


「さて、それでは今から皆さんには剣の修練をして貰います」

 テオテカ砦には練兵場がある。今、その練兵場に俺、モリアン君、エルガー君の三人が揃って、ムラサメの前に並んでいた。後方では、三雷鎖のミザールとワルガーが模擬戦をしており、隅の方では元人間のタングーサが自主訓練している。


「なんで俺たちだけなんだよ、ムラサメ師匠。親父は?」

「ワルガーにしろ、ミザールにしろ、彼らはもう戦闘スタイルみたいなのが固まっているからね。今更剣士にはなれないし、なる必要も無い。彼らに必要なのは新しい肉体の形態に順応することだから、剣の修練なんて邪魔なだけだよ」

 ミザールとワルガーの模擬戦を遠くに眺めながら、ムラサメが説明する。結構互角な戦いをしているようだ。


「対して、君たちは戦闘に関してはド素人だ。つまり剣の修練をする価値があるということだ。しかもボクには、君たちと融合して大昔の剣聖達の技や体の動かし方をそのまま追体験させる能力があるんだよ。もうこれは剣の修練をするっきゃないね」

「強くなれんなら、何でもいいぜ」

「うんうん。強さに貪欲なのは良いことだよ、エルガー。さて、それじゃあ早速魔剣の扱いと剣技を教えていくよ」

 と言うムラサメに対して、モリアン君が手を挙げて質問する。

「ムラサメ先生、そういうのってまずは体力作りからやるって聞きましたが、いきなり技を教えて貰えるんですか?」

「そう言えば、こういうのってまずは走り込みとか素振りとかで筋力を鍛える所から始めるのが定番ってイメージがあるな」

 それでマンガの主人公とかが師匠に対して早く技を教えろよとか不満をぶつけるのが定番のやりとりだ。


「そりゃ、新兵の訓練とかはそうだよ。精神力の鍛錬にもなるからね。でも・・・」

 ムラサメは剣身をメトロノームのように左右に振る。

「それは実践投入されるまで長期間の訓練期間を見込めるからで、下手をしたら明日にもグリフォンと開戦する状況でやることじゃないよ。むしろ戦いの前に疲労を溜め込むだけで馬鹿だね。それくらいなら、付け焼刃の小手先の技の方がずっと役に立つってもんさ・・・まあ、教官職の連中は口が裂けても絶対に言わないことだけどね」

「えーっと、じゃあ、それはムラサメ先生の独自理論なんですか?」

 モリアン君が疑わしそうに尋ねるが、

「いや? 僕の初代持ち主の剣聖が、新兵だけの部隊で3倍の敵軍を破った後に宴席で漏らしてた言葉だよ」

「な、なるほど」

 モリアン君は納得したようだ。


「だいたいね。そもそも君達のその肉体は、見た目が細く見えるだけで素で結構強いからね。そこから更に筋肉を盛り上げても、動きを阻害して剣技の邪魔になる可能性まであるから、やるなら外側の筋肉より内側深くの筋肉を鍛える方を優先して欲しいかな」

「ふむふむ」

「・・・というか、思ったんだけど、お父様はゾンビの体だから筋トレとか一切無駄だよね?」

「そう言えばそうだな」

 考えてみれば、俺の種族って一応妖精だし、妖精と筋トレって一番遠い概念な気がする。


「それじゃあ、納得して貰えたところで、始めるよ。・・・と、その前に【分身剣】」

 ムラサメの刀身から、小さな黒剣がピョン、ピョン、ピョンと3体飛び出す。かと思うと、そのミニ・ムラサメ達はピュンと空を切って跳び上がり、俺とモリアン君にエルガー君の胸に飛び込んできて突き刺さる。

「おい、いきなりだとビックリするだろ。心臓に悪いじゃないか」

「お父様がそれを言うと、ジョークにしか聞こえないよぉ」

 抗議した俺に対して、ムラサメは笑いを堪えながらそんなことを言う。まあ俺が着ている肉体はゾンビだから、端から心臓は止まってるけどさ。


 という感じで、俺たちはムラサメから基礎訓練無しで、いきなり剣技の修練の授業をうけることになった。


♦ ♢ ♦ ♢ ♦


『それじゃあ、お父様。まずは魔剣の創成召喚について説明するね』

 脳内にムラサメの声が響く。

『僕は契約獣形態を得た相手に1番から14番までの魔剣の創成召喚権を授与できるんだ。エルガーには1番と2番をあげたんだけど、お父様には6番と14番をあげることにしたよ!』

「あー、それは、ありがとう?」

『なんか反応が薄い・・・』

「いや、ごめんごめん。ただ番号を言われても凄さが分からないからさ」

『それもそうか・・・じゃあ、まずは6番からいくね。ソードのシップって唱えたら魔剣が顕現するよ』


 まあ、よく分からんが、取り敢えずムラサメの言う通りにやってみるしかない。

「・・・ソードのシップ」

 俺が一言そう唱えた途端、魔力が波打つ感覚が襲うと同時に、俺の足元にサーフボードくらいの幅広の黒剣がブウンッと僅かな振動音を伴って顕現した。

 なぜ、手元じゃなく足元なのかと困惑していると、

『じゃあ、それに乗ってみてね、お父様!』

 と、ムラサメが分けの分からないことを言う。

「お、おう」

 俺は言われた通り、足元の剣におそるおそる両足を乗せた。足を乗せると不可思議な吸着力を感じる。足の裏がピッタリ剣に張り付いているようだ。

 ・・・って、待てよ。これってもしかして。

『それじゃあ、出航!』

 ムラサメの掛け声とともに、大剣はブゥオゥンと無機質な音を響かせながら宙に浮く。

「うわぁ、ちょ、待てよ。またいきなり、お前という奴は・・・」

 俺は文句を言いながら、腕をわたわたさせてバランスを取ろうとする。足裏は大剣にピッタリ張り付いているようなので、後は普通にまっすぐ立つだけで良いはずなのだが、空中で揺らぐ物体の上に乗っているという意識が体の制御を難しくさせてしまうらしい。


『お父様ぁ、まずは深呼吸しようか・・・。それで体の力を抜いてね。今から僕が6代目剣聖の技をお父様の体でトレースするから、その技の感覚をしっかり覚えて欲しいんだ』

「この状況で、体の力を抜けと?」

『・・・怖いなら、いっそ目を瞑っちゃえば?』

「余計怖いわ。いやでも、そうか地面の方を見るから悪いのかもしれない」

 車の運転でも近くを見てしまう人より、遠くを見通しながら運転する人の方が運転が上手いって聞くし。まあ、俺は免許取る前に死んだから、ついぞ車を運転する機会には恵まれなかったわけだが。

 俺は深呼吸をすると、恐怖を頭の片隅に追いやり、遠くの景色を眺めた。テオテカ砦の城壁と尖塔を超えた先には広大な緑の密林が広がっている。しかし、決して平坦な土地では無いらしく、むしろ所々に大地が隆起して丘や岩山を形成している。密林の果ては茫洋として、青い空との境界は霞がたなびき定かではない。

 そうやって、大自然の景色を眺めている内に段々と心が落ち着いてくる。心さえ落ち着けば、体の力を抜くのは容易い。なんせ、俺の体はそもそもゾンビだ。緊張して心臓が早鐘を撃つことも、筋肉が無駄に収縮して体が堅くなることも無い。全ては俺の統制力次第である。


「もういけそうだぞ」

『みたいだね』

 ムラサメがそう言った途端、すぅっと肉体の統制感覚が薄れるのが分かった。マリオネットになった気分だ。体の統制権に介入されているのだ。

 そして、宙に浮く剣がすいっっと動く。初めはゆっくりと真っ直ぐに、だが徐々に早く曲線的になっていく。それに合わせて体勢も微調整を行う。

 なんか、こういうシーン見たことあるな。中国の修仙のドラマとかで仙人が剣に乗って飛行するとかあった気がする。


『それじゃあ、いっくよー。トルネードスピン』

 飛剣の軌道が急激な曲線を描きながらグルグルと回転し、螺旋を描きながら上空へと舞う。

「うぉおおお」

 恐怖と爽快感で叫ばずにはいられない。ジャエットコースターだ。

『お次は大車輪』

 今度は大きな円を描いて、空中で逆さまになる。

「うひゃぁああ」

 足が剣に張り付いていると分かってはいるが、怖いものは怖い。

 その後も俺はムラサメによって様々な空中機動を体験させられた。


 しかし、これ最初はちょっと怖かったけど、慣れるとなんか楽しくなってきたな。

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