第四十三怪 人形神の贄②

 ムラサメが扉横に描かれた魔法陣のいくつかの円をコツン、コツン、コツンと叩くと、目の前の重そうな扉がゴロゴロギシギシと車輪の回転音と共に開いていく。それとともに、自動的に部屋の内部に光が灯っていく。光の感じ的に、おそらく炎ではなく、光魔石による魔術光であろう。

 明るく照らされた内部は白亜の壁と柱に、黄金の装飾が一面に施されていた。まさに豪華絢爛だ。


「な、何、この部屋・・・すごい」

 モリアン君が驚いて口をぽかんと開けている。うん、その気持ちは分かる。


「ここは?」

 辺りを見回しながらムラサメに問う。

「祭礼の間だよ。小規模だけど神殿。だから砦内部であっても、ここは管轄的には軍務省では無く神殿省の敷地で、テオテカ砦に勤める軍人も許可なしには立ち入り禁止なんだよね。まあ、城主と剣聖は基本的に司祭資格も持っているから、自由に出入りできるんだけど・・・古代帝国時代の話だよ」

「お、おう」

 ムラサメの話は急に情報量が過多になることがあるので困る。


 部屋の中央には、金と銀の造花によって飾られた社のようなものが設置されている。その社は真紅に塗られており、部屋全体の色調からはやや浮いている。それが酷く不気味だ。

 そしてその中に、社の天井から綱で何かが吊るされていた。

 俺が知っている物で一番似ているのはテルテル坊主だが・・・もっと異様で異質な気配がある。


「あれは?」

「彼が僕と同じテオテカ砦の三祭具が一つ、ニエニエ人形オーディンだよ! ねえ、お父様。僕はオーディンと話ができるのがとても楽しみなんだ」

「えーっと、あれに魔精ジンを入れろと?」

「・・・他の三祭具にも魔精ジンを入れたいって言いだしたのは、お父様じゃなかったっけ?」

「いや、そうだけど」


 ニエニエ人形とやらは、テルテル坊主から手足に見立てた様な綱が四本垂れていて、背中に木槌のようなものを背負っていた。そして心臓に当たる部分がほんのりと赤く発光している。


「・・・これ、直接触れても大丈夫?」

「綱の部分なら大丈夫だよ!」

 それはつまり、本体に触れるのはヤバイということなのか?

「くっ、虎穴に入らずんば虎子を得ず。いざっ」

 俺は覚悟を決めて、そろぅりと、ニエニエ人形に近づくとそっと右手に相当するであろう綱だけを慎重に掴んで握る。これは握手だ。友好関係の表明だ。


「【魔精創造】《ジン・クリエイト》」


 猛烈な勢いで魔力が吸いだされていく。俺はとんでもない奴を目覚めさせようとしているのではないか? と、不安がよぎるが、始めてしまったものを途中でやめるわけにもいかず。

 魔力の供給が終わった頃には、俺の魔力は残り1割あるかどうかくらいだった。


 俺はゆっくりと綱から手を離し様子を伺う。ムラサメも俺の真横まで跳ねてきてじっと見守っている。モリアン君は一歩引いたところからこちらを伺っているようだ。


 と、無貌のニエニエ人形の貌部分に突如、目がギョロリと開いた。

 俺はゴクリと唾を飲み込む。


「・・・ふむ。余はニエニエ人形オーディン。いや、違う。それはあくまで器の名前か。余は・・・そうか、余の目の前にいるのが創造主か」

 ニエニエ人形はムラサメの時と違って、目が醒めた途端、フェアリス語で流暢に話し出す。重々しい口調は理知的だが、危うさがあった。

「おはよう。俺はスズカだ。よろしく。こっちはムラサメ。あー、契約魔剣バフォメットって言った方が分かり易いかな」

「ふむ」

「おはよう。はじめまして。僕はムラサメ。三祭具同士で話ができる日が来るなんて嬉しいよ」

「うむ。こちらこそ欣喜雀躍であるぞ。しかし、汝は霊名を持っておるのか・・・」

 ニエニエ人形の瞳がギョロリと俺の方を向く。これはまあ、催促されているということか。

 うーん、テルテル坊主に似てるから、テルテルとか、テルちゃんとか・・・。そう考えた瞬間、一瞬背中にぞくりと冷気が走る。い、いや、やめとこう。ここは、むしろ方向性を変えて・・・。

「じゃあ、君の名前はヒンナでどうかな?」

 人形繋がりで雛人形から。名は言霊となって本質をも変容させることがある。こいつに相応の奇怪な名を与えるのは、とても危険な気がしたので、どうしてもカワイイ路線の名前を採用したかったのだ。


「ふむ。ヒンナ。ヒンナか。良きかな。・・・ふふふふふふ」

 ニエニエ人形オーディン改め、ヒンナは不気味に笑いだす。ヒンナの感情のうねりに合わせて奇怪なオーラがざわざわと蠢き、空気が重くなる。名前に満足してくれたのは嬉しいが、どうも俺の希望したカワイイ路線への変化は起こらなかったらしい。


「700年ぶりの再会かぁ・・・感動も一入だなぁ」

 上機嫌に笑うヒンナから一瞬目を離して、感極まっているムラサメの方を見ると、次に視線を戻した時にはヒンナの姿が消えていた。

「あれ?」

「創主よ。余はここである」

 声に振り替えれば、ヒンナは俺の後ろにいた。・・・めっちゃびっくりした。軽くホラーだわ。

 ヒンナは社から出て、神殿の天井から綱を垂らしてブラブラと吊られている。

「えっと、自由に動けるのかな?」

「どうやら、余は天井が続いている限り、移動可能らしい」

 だとすれば、砦内部は自由に動けるが、外には出られないということか。


「他にも何ができるのか、聞いておきたいんだけど」

 ムラサメの時の様に事後報告で、お預かりした子供を別の姿に変身させちゃいましたとか、もう勘弁である。

「ふむ。・・・まだ目覚めたばかりである故、余自身にも全て把握できているとは思えぬが、まあ・・・まずは・・・」

 ふいっとヒンナが手足の綱を振るう。

 と、

「うわぁあああ」

 モリアン君が叫び声をあげる。天井から射出された綱に巻き取られて吊り下げられてしまっていた。

「何してるんだよ!? 早く降ろせ」

「ふむ。子供はこうやって高~い高~いとあやすのが良いのではないのか?」

「違います」

 俺が否定すると、ヒンナは素直にモリアン君を地面に降ろした。

「えっと、大丈夫?」

「・・・すみません、この程度のことで悲鳴上げちゃって。戦業士失格ですよね。分かってるんです。どうせボクなんてただの弱虫だし、その癖調子に乗ってバカやるし、皆、ボクを見ていたら虐めたくなるんです・・・」

 なんか、すごいネガティブスイッチ入ったな。

 というか、そうやってウジウジするから、虐められてしまうのでは・・・と思わなくもないが。

「モリアン君。今のはヒンナの善意だったんだ。悪く受け取らないであげて欲しい」

「・・・そういうことにしておきます」

 これはとても信じて貰えそうにない。


「創主よ。他には、試練を与えたり、呪いを与えたりできるようだ」

 ヒンナの方はマイペースである。

「呪い!?」

 まあ、見た目からしてそういう系統だから意外ではないが。

「うむ。触れた相手の意識を奪って魂の監獄の虜囚となし、謎を解いて9日のうちに逃れることが出来なければ死ぬ、という呪いだ」

「解呪法がちゃんと用意してあるタイプの呪いか」

「うむ。呪術というものの本質として、解呪法をきちんと用意することは、その呪法の能力を高める。与えた謎が容易ければ容易いほど、他の方法での解呪へ耐性を持つことになろうな」

「へぇー」

 どうやらこの世界の呪術は、見立てと代償という前世の東洋オカルトの本流に近いものがあるらしい。昨今のファンタジーでの呪術は、呪術という名前をつけられただけの魔法みたいな扱いが多くて、俺みたいな東洋オカルトガチ勢からすると・・・いや、よそう。オタクの長話は嫌われる。


「それで試練っていうのは?」

「余に試練用の綱により、その肉体は9日間逆さ吊りにされ、精神は魂の監獄に収監される。それだけで、召喚術の奥義を会得できるという破格の能力だ。実にお得であろう・・・途中で死にさえしなければ」

「あー、それは・・・お得な気がする?」

「なぜ、疑問形なのだ・・・」

 そりゃ、お前が最後に有り難いご忠告を付け加えたからだよ。

 まあ、とにもかくにもヒンナが癖の強い能力を持っていることは理解した。


「ところで、後ろに背負っている木槌は?」

 俺は、ヒンナが背負っている木槌が、火鼠探偵キエン君の持っていた炎罰獄刑というガベルに似ているように見えて尋ねた。

「うむ。これは、炎罰獄刑という銘のガベルでな」

「え!? それも?」

「それも、とは妙なことを言う。炎罰獄刑は正真正銘これ一本きりだ。時の天才名匠ワンド・バンドマン・・・の一番の馬鹿弟子が寝ぼけながら創り出した最高傑作にして、その後本人も含めて誰にも同じものが作れなかった唯一無二の神器である」

「いや、でも、俺の仲間のフレイムラットが確かに同じ物を・・・」

「それは、おそらくレプリカであろう。ワンド・バンドマンが何とか同じものを作ろうと苦心して、10本ほどレプリカを作成したと伝え聞く。が・・・創主の仲間とやらが持っていたガベルは、水の魔法を使った時だけ反応する代物ではないかね?」

「ああ、キエン君からはそう聞いてるけど」

 キゾティー族を襲撃した帰り道に、キエン君から色々と活躍を聞かされたので、俺はキエン君の持っているガベルの能力は知っている。

「余の持つこのオリジナルの炎罰獄刑は、木、土、金、水の四属性を禁忌と為して獄炎による懲罰を下すことが出来る。なぜ風は入っていないのか、などチグハグな所もあるが、創作された経緯を知れば、深く考えることでは無かろう」

「・・・その話が本当なら、そっちが本物ってことになるのか。でも、レプリカの方も十分チート武器だと思ったけど」

「それはそうであろうな。時の天才名匠が作ったものであるから」

「そうか。それじゃあ、レプリカだろうと由緒正しい名匠に作られたことは間違いないってことか。・・・キエン君の家が代々家宝にしてきた物がただのレプリカだったなんて知ったらと思ったけど、十分家宝として誇れる代物だよな」

 エンカさんが発狂するかもしれないから、今の話はもみ消してしまおうかとも思ったが、必要なさそうだ。レプリカとて貴重な秘宝であることに変わりはない。


「ふむ。家宝か。ワンド・バンドマンは己の作ったレプリカを司法省トップの10人の大法官に贈ったという話であるから、その創主の仲間とやらは、もしかすると古代帝国の大法官の子孫かも知れぬな。大法官の職は半数以上が一部の家系による独占であった故」

 ヒンナが変なことを言う。

「ええっと、さっき言わなかったっけ? 持ってるのは俺の仲間のフレイムラットなんだよ。だから、まあ大法官の家で飼ってたペットの子孫とかって可能性はあるかもしれないけど・・・」

 それか、エンカさんの先祖が帝国崩壊の混乱に乗じて、大法官の家からちょろまかしてきたか。鼠だし、普通にこっちの方があり得そうである。

 と、俺は思ったのだが。

「何を言うておるのだ、創主よ・・・」

 ヒンナは呆れ切った声を出した。

「ロークビ高原原産のロークビ固有種の魔獣は、全て邪神討滅のおり、その余波で帝国本国の住民が変化して生まれた姿であろうが。フレイムラットも当然、元を辿ればその先祖はロークビ帝国民。即ち人間であるのだが?」


「・・・は?」

 えっ? ヒンナは今、何と言ったのだ?


「余が推察するに、フレイムラットはゲッシー語をしゃべり、火に適性がある故、おそらくゲッシート王国のホノ族が変じたのであろうと思う。帝国大法官常連のエンジョード家はホノ族であったから、おそらく創主の仲間のそのフレイムラットは、エンジョード家が先祖で、レプリカを受け継ぐ正統後継者であろう」

 混乱する俺をよそに、マイペースなヒンナは己の推測を滔々と語る。


「ちょ、ちょっと、待ってくれ。ロークビ高原の魔獣が人間ってどういうことなんだ?」

「ふむ。創主はご存知無かったのか。この地の魔獣は先祖が人間であるということを」

「知らない。誰からも聞いたことがない。魔獣達もそんなことは一言も言わなかった! 信じられない」

「700年の歳月の間に、己らが何者であるか忘れ去ったのであろうな。あるいは望んでそうしたのやも知れぬが・・・。人の意識のまま、獣の生を生きるのは辛かろうとも」

 ロークビ高原の魔獣が人間? いや、あくまで先祖が人間というだけだが。でも。


「ムラサメ。お前はどうだ。知ってたのか?」

「え? うん。知ってたけど?」

「・・・・・・」

 俺はガックリと地に膝をつく。

 そりゃあね、確かに俺は一度もムラサメに対して「もしかして、ロークビ高原の魔獣って元人間なのか?」なんて聞かなかったよ。思ったことすらなかったわけだし。だからムラサメに怒るのは筋違いなのだが・・・。なんだろう、この徒労感は。


「そうだ。モリアン君。モリアン君は、ロークビ高原の魔獣が元帝国民の、人間の子孫だって知ってた?」

 俺はモリアン君に顔を近づけて尋ねる。

 人間側の歴史においては、どう記述されているのか知っておきたい。

「えっと・・・」

 モリアン君は自信無さげに頬を掻く。

「戦業士ギルドの酒場では、実験動物逃亡説と帝国国民変化説を戦わせて議論してるのをちらっと耳に挟みましたけど。・・・帝国民説の方はギルドではあんまり人気が無かったです」

「それはまあ、魔獣と戦う職業としては、嫌な仮説だろうから分かるけど。学術的にはどうなってるのかな?」

「・・・わかんないです」

「そっか」

 しかし、人間側でも一応は帝国民変化説がそれなりに有力な仮説として存在していることは分かった。となると、ヒンナの言っていることは真実味を帯びてくる。


「これって、魔獣達に教えて良いことなのかな? それとも出来るだけ秘匿しておくべきか? 悩ましい」

「別に教えても構わんのではないか? 当時の現役世代が生きていた頃ならば、まだしも、700年も昔の話ならば、存外ただの雑学ネタ程度の扱いで済むのではないかと余は思うのだが?」

「僕も別に気にする奴はいないと思うけど?」

 一人悩む俺に、ヒンナとムラサメはその杞憂さを指摘する。


「そ、そうだよな。700年も前のことだし」

 前世で言えば、君のご先祖様は鎌倉時代に妖怪が人間に変化して、そのまま人間として暮らしたのが始まりらしいよ、と言われるようなもんか。・・・いや、普通にビックリするわ。というより、そもそも信じないだろう。

 魔獣達も、そんな話は信じないか、信じたとしても、へぇーそんな説があるんだぁー、くらいのもんだろうか。


 まあ、秘匿する必要も無いが、あえて言い触らす必要も無い。そういうことにしておこう。

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