4章 テオテカ
第四十二怪 人形神《ひんながみ》の贄①
霞たなびく、明け方。
俺たちはテオテカ砦の目前まで来ていた。
ロークビ密林をガーガーと喚くガチョウに引っ張られ、四台の荷車が疾走する。できるだけ平坦な道を選び、かつトロツキの魔導師たちが適時車輪の下に平らな土の道を魔法で補助的に作ってくれてはいる。しかし、それでも酷く揺れるし、時折攻撃的な魔獣が出てくる度に夜戦を強いられるわで、非常に疲れた。
「ほぅ、見えてきおったぞ」
モッケ爺の言葉に、俺も荷車の上で立ち上がると、ぼうぅと朝焼けの中にテオテカ砦の白い尖塔が聳えるのが見えた。
二日間留守にしていただけだが、随分と久しぶりに感じる。
俺が感慨に浸っていると、突然テオテカ砦の方から爆音とともに黒い煙がボワボワと立ち昇った。
「ちょっ!? まさか、攻撃されてる!?」
「馬鹿な! わしの計算ではまだ余裕があったはずじゃ・・・」
どう考えてもグリフォンによる強襲だ。俺たちの想像以上に早く事態に気付いて、瞬時に軍事行動に移ったらしい。
「ごめん、俺先に砦に行くわ」
俺は荷車から飛び出して、疾走する。短距離なら疾走スキルを使って自分の足で走った方が早い。
「わしも行くぞい」
「おいらも行くっすよ」
モッケ爺とシックルも飛び出してくる。俺はモッケ爺を肩に乗せ、シックルと並走しながら必死に砦へと向かった。
♦ ♢ ♦ ♢ ♦
「皆、無事か!?」
俺たちが気を動転させながらも、砦に駆け込むと・・・。
「ふざけるんやないで! あんたの下らない計略とやらに労働力を割かんといてくれへんか!」
俺の首輪付き配下にしてネクロマンサーの魔獣バステト、ノクスが背後に猫叉のゾンビ軍団を従えながら、怒声を出している。
「下らないですって? 僕のスーパーナイスなトラップを勝手に発動させておいて謝るのが先じゃないんですか?」
対するは、ミノタウロスの族長の息子にしてなんちゃって軍師のシャベリキで、不快感丸出しでノクスを詰る。なぜかゲッシー語でしゃべっているが、後ろにいる母火鼠のエンカさんと小玉鼠のボムンが聞いているのが理由かもしれない。
「あぁあん? あんたが周知もせぇへんで、作業スペースに勝手に変な仕掛け作るんが、悪いんやないか! おかげでうちのゾンビが怪我したんや。この落とし前どないしてくれるんや?」
「はぁ? 実験中って見れば分かるのに、迂回もせず真っ直ぐ突っ切っていくあなたの欠陥脳無しゾンビが悪いんですよ!」
「実験なら外でやりゃいいでしょうが! 遊んでるあんたと違って、皆忙しく働き回ってんだから、せめて足引っ張らないように配慮せんかい!」
「砦内部で上手く起動できるかの実験を外でやっても意味無いんですよ! っていうか、遊んでるってどういうことですか? 誰が遊んでるですって?」
呆気に取られていた俺はモッケ爺やシックルと互いに顔を見合わせる。
どうやら、さっきの爆発はグリフォンによる攻撃では無かったらしい。話を聞く限り、おそらくシャベリキの作ったトラップをノクスの労働ゾンビが誤って踏むか何かして爆発が起こったのだろう。その結果、早朝から内輪もめの喧嘩をしているというわけだ。
早合点は良くないとは言え、城内で安全確認もせずに危険な実験をやらかしてたシャベリキが一方的に悪い気がするが・・・。そういうトラップの動作確認は、周囲への配慮を厳重にしろよ。
一方、ノクスもシャベリキも視野狭窄で俺たちの帰還には気づいてもいない。
「おほんっ!」
さらにヒートアップしそうな両者の注意を引くべく、俺は咳払いをした。
「あらま、ご主人様やん。いつの間に帰っとったんよ」
ノクスが気付いて目を丸くする。
「スズカ殿! お帰りなさい。早速で悪いんですが、この協調性の無い猫にお灸をすえてやってください!」
シャベリキは俺に気付くと、ノクスを指差しながら憤りを顕わにする。
「ええいっ、貴様らは何をやっておるか! たった二日城主が留守にしただけでこの様とは、呆れるわい。先が思いやられるわ!」
モッケ爺が鼻息荒く、両者を叱る。
だが・・・。
「煩いわね。クソ爺。この口先だけの牛が城主の代理面して、闊歩してるのを見とったら神経に触るんよ!」
「モッケ爺殿は分かってないんですよ。この性悪猫の高慢ちきぶりを!」
ノクスもシャベリキも不満が収まらないようだ。
「ふぅ」
俺は一呼吸ついた。
「みんな、ただいま! 挨拶が遅れて済まない。ちょっとタイミングが良くなかったみたいだね」
俺はその場の面子に合わせて、ゲッシー語でできるだけ明るく挨拶しながら微笑んでみるが・・・残念ながら、つられて笑ってくれる者はいなかった。
「ノクス、シャベリキ君。まずは、二人ともありがとう。俺たちがテオテカ砦を離れている間、留守を守ってくれたことを感謝したい。二人が居なかったら、俺は安心してトロツキへの援軍には行けなかった」
二人をヨイショしながら、俺は両者を交互に見る。
「ふんっ、調子ええこと言ってからに」
ノクスは憎まれ口を叩きながらも満更でもない雰囲気だ。
「えっへん。もっと頼ってくれて良いんですよ」
シャベリキは分かり易いな。
「君らのおかげで俺たちは無事任務を達成できたよ。敵のキゾティー族と戦って、その後交渉をまとめてきた。戦いは熾烈だった。敵のボスは見えざる巨大な召喚獣で俺たちを圧倒した。俺は何度も堅い地面や壁に叩きつけられた。その都度、逃げ帰りたいと思ったほどだ。味方にもたくさん死傷者が出た。勝利の凱旋だったけど、まるで敗残兵の行進のような帰還だった。帰りの船の中で聞こえたのは、慟哭と疲労による沈黙だけだ。それくらい厳しい戦闘だった。でも、本当に大変だったのは、あとの交渉の方だったんだよ」
俺はノクスとシャベリキが俺の話に真剣に耳を傾けているのを見ながら、話しを続ける。
「戦闘なんて簡単だ。ただ敵を殴り倒せば良い。相手を殴るだけなら馬鹿でもできることだ。そうだろう? だが、交渉は違う。相手と妥協点をすり合わせて合意に至らないといけない。しかも、さっきまで殺しあいをしていた、気性の荒いマンティコアとだ。トロツキ族は生存を脅かされ続けた積年の恨みを抱き、キゾティー族は己の大切な家を荒らされ怒り狂っている。そんな関係で妥協し合うんだ。とても難しい。味方のはずの仲間同士ですら、妥協し、仲良くするのは難しいんだから。二人なら、もちろん、それはよく理解できるだろう?」
俺の問いかけに、ノクスとシャベリキはお互いを横目に睨みながら、首肯する。
「ああ、そうなんだよ。とても大変だ。しかも今回は出来るだけ短時間で纏めないといけなかったから至難の業さ。でも、モッケ爺はやり遂げてくれた。キゾティー族のボスと使者の心理を慮り、お互いが満足できる形でだ。キゾティー族の使者は笑顔で交渉を終えて帰っていたよ。互いが賢ければ、敵同士ですら、そうやって満足いく合意ができるんだよ」
モッケ爺がふふんっと自慢げに胸毛を張る。
「少なくとも、モッケ爺にはそれが出来た」
俺が言葉を区切ると、ノクスとシャベリキは居心地悪そうにする。
「いや、二人とも誤解しないで欲しい。責めてるわけじゃないんだよ」
俺はゆるゆると首を振る。
「でもさ、二人とも。俺たちは仲間だ。お互い色々思うことはあるだろうけど、難局に向かい合うために協力しなきゃいけない。別に嫌いな相手を好きになれとか、そんなことを言うつもりは無いんだ。ただ、大きな目的を遂行するためには、結束力がいる。だから、揉め事が起きたら、ほんの少しの時間でも良いんだ。相手の立場になって、相手の視点で、事態を見つめてみる時間を持って欲しい。そうすれば自ずと妥協案が出てくるはずだ。違うかな?」
俺は必死に笑顔を作りながら、二人の様子を伺う。内心冷や汗ダラダラだ。前世で適当に買ったスピーチ事例集にあったのを、うろ覚えながらに真似てみただけだ。こっちの世界の魔獣には全く響かないかもしれない。
だが、幸いなことに、ノクスとシャベリキは冷静さを取り戻してくれた。
「まあ、うちもちょっとキツー言い過ぎたわ。あんたがあんたなりに貢献しようと一生懸命なのは理解しとるよ。けど、周りにもっと配慮して欲しいんよ」
「・・・そうですね。僕も自分のことしか考えていなかったのは、要反省かなと。今度からは、ゾンビの安全にも配慮することにします」
二人が一応納得して和解してくれたのを見て、俺はほっと安堵した。まあ、俺に長々とお説教された手前、形だけでも妥協しておかないといけなかっただけかもしれないが・・・。
「やれやれ、世話の焼ける事じゃ」
モッケ爺が羽で頭をポフポフ叩きながらぼやく。
「いよっ、流石はスズカさん」
「ははは・・・いや、シックルは俺の話してた内容分かってないよね?」
おまえ、ゲッシー語できないだろうが。
「チッチッチッ。舐めて貰っちゃ困りますねぇー。おいらはスズカさんの一番目の配下っすよ。だいたいのことは雰囲気で分かるんで」
「そうかい・・・」
まあ、どうせシックルのことだから、また適当におべんちゃらを言ってるだけなんだろう。
その後、血相を変えて慌ただしくやってきた後続組に、俺は謝りながら事の次第を話して場を収めた。
いっしょにきたゴブリン達は応援の戦力として、グリフォンとの戦が終わるまではテオテカ砦に滞在する予定である。しかし、彼らにいきなり仲間割れの騒動を見られてしまったのは、恥ずかしい限りだ。俺の事情説明を聞いたゴブリン達からは「こいつら大丈夫かよ?」という雰囲気が漏れ出ていたが、詮無いことである。
♦ ♢ ♦ ♢ ♦
「ちょっと、ご主人様。これはどういうことなんよ! どういう使い方したら、こんなことになるんや・・・」
「ゴメンナサイ」
俺は衣裳部屋で、生首モードのままノクスに詰られていた。
おかしい。さっきまで俺がお説教する側だったのに。というか、最近はずっとゾンビの体を着ていたから、久しぶりに生首だけになると、なんか全裸土下座してるみたいでちょっと恥ずかしい。
「ちょっと、聞いとんの? 誰がこれ修繕すると思てるんや? こんなわいくたにして。一から新しいゾンビ作り直した方が早いくらいやわ」
「スミマセン」
棺に納められたエイロフさんの体は、ボロボロだった。過酷な戦闘で寄生植物を体内に生やすという無茶をしたあげく、最後の砦への疾走がトドメとなったらしい。外面はそこまで大きく損傷していないように見えるが、内側は崩壊寸前だったのだ。
「悪いと思とるんやったら、今度暇な時に妖精市場で人間を買ってきて頂戴。良いわよね?」
「ハイ」
流れでとんでもない約束をしてしまった気がするが、これも詮無いことさ。
俺は一通りノクスの愚痴を聞き終えると、部屋にある六つの棺の内、妖精の箱に入っているリンデア君の体を着る。
うむ。この首筋のフィット感が素晴らしい。やはり一番しっくりくる。
俺が感嘆に浸っていると、ノクスがジトっとした目で見てくる。
「それじゃあ、失礼しまーす・・・」
俺はノクスの機嫌を伺いながら、そっと部屋の外に脱け出た。
♦ ♢ ♦ ♢ ♦
部屋の外にはムラサメが待っていた。
「お待たせ。ちょっと時間くっちゃって悪いね。それじゃあ、他の三祭具の場所まで案内してくれるかい?」
「うん。・・・どっちからにしようかなぁ」
ムラサメが悩んで剣先をメトロノームのように左右に振る。
と、その時俺はじぃーと俺を見る視線に気づいた。モリアン君だ。倉庫から引っ張り出してきた古代の雑用係の服を着て、簡易的に作った松葉杖をついている。銀灰色の髪は相変わらずボサボサで額の眼は隠れていた。
「スズカさん・・・本体が生首で、体の方は自由に着替えられるって本当だったんですね・・・」
「ああ、帰り道で説明した通りさ」
「・・・でも、生首ってことは性別は無いってことですよね?」
「いや、ごめん。そう言えなくも無いんだけどさ、やっぱ一応俺は男だから。この格好の方がしっくりきてるだろ?」
モリアン君は首を傾げる。
「いえ、前の格好もボーイッシュなお姉さんって感じで、別に違和感なかったんでなんとも」
「そ、そう・・・」
いやぁー、その見方はモリアン君の願望という偏向眼鏡を通しているんじゃないかなぁ。自分がキスをブチかました相手が女、あるいはせめて性別不詳であって欲しいという。
まあ、でもそういう偏見を信じることで己の心を守れるというなら、俺からとやかくは言うまい。無理矢理青少年にトラウマを刷り込む必要など無いのだから。
「決めた! やっぱり、オーディンからだよね」
ムラサメは宣言するとともに、石畳の廊下をピョコピョコ飛び跳ねていく。
「モリアン君も行く?」
「えっと、お邪魔になるかと・・・」
モリアン君はちらっと松葉杖に視線を落とす。
「気にしなくて良いよ。ムラサメも足遅いし。ゆっくり行こう」
魔獣だらけのこの砦でモリアン君を一人にしておくのはやはり不安がある。事情を知らない奴に出逢ったら、その場で殴り殺されてムシャムシャ食べられても不思議ではない。
「そう言えば、ムラサメって自由に空中飛び回ったりできないの? 自立型の魔剣って空中飛び回って襲ってくるイメージがあるんだけど」
「無茶言わないでよ。お父様。僕の依代は祭礼用の儀式剣なんだからね。そんなガチな戦闘スキルは芽生えたりしないって。だから、滞空できるのはジャンプしている間だけだよ」
「でも、エルガーの話じゃ、自律的に戦っていて、普通に強かったって」
「それはエルガーがクソ雑魚だから、そう見えただけだよ。・・・まあ、剣技自体は歴代の最高の使い手たちの記憶が染みついてるんだけど」
「儀式剣なのに?」
「儀式剣であってもさ」
どうも、ムラサメの話は変だ。嘘をついているようでもないが、何となく筋の通らなさというものを感じることが多い。
「ところで、モリアン君」
ムラサメと話していると煙に巻かれている気分になるため、俺は話の矛先をモリアン君の方に向けた。
「なんですか?」
「人間のことを色々と教えて欲しいんだよね。人種とか、国家とか、言語、文化、文明、宗教、地理、歴史・・・」
「ちょ、無理です無理です。ボクは学者じゃないですからー」
「え?・・・いや、別にそんな専門的な話が聞きたいわけじゃなくて、ざっとした基本的知識で良いんだよ。俺はこう見えて生まれたばかりの妖精だから、本当に無知蒙昧なんだ」
「えっと、本当にボクは大して知識無いですよ」
「それでも俺よりはあるはずさ」
と、まあ自信なさげなモリアン君をなんとかなだめすかして話を聞いた。
まず人類種について尋ねてみると、獣人っぽいのもいるらしかった。ただし、モリアン君がいうには、狼人種のウェアウルフと猫人種のケットシルフしか見たこと無いし聞いたことも無いらしい。兎耳とか狐耳はいないのか尋ねたが、あいにくと首を傾げられた。残念。まあ、2種類だけとは言え獣耳人間がいることが分かって俺はほっとしている。獣耳人間のいない異世界なんて転生する価値は無いからな! (偏見)
もっとも数が多いのはヒュムフで、まあ、これぞ我々がよく知るザ・人間というやつだ。万能型だが器用貧乏と評されることも。
他はまあファンタジー定番のエルフにドワーフ。あとデザートエルフとかいうのもいるらしい。・・・お菓子なエルフではなく、砂漠のエルフの方だ。
そして数がとても少ないのが、竜人種のドラグルフとモリアン君のトリノクルスである。
「そのトリノクルスっていうのは、個別の独立した種族なのかい? それともヒュムフの特殊変異体なのかい? どうも他の種族とは分類に違和感があるんだけど」
「・・・?」
モリアン君は本人の申告通り、学識があるわけでは無いので、あくまで彼が育ってきた環境で周りから聞かされた話をしてくれているだけなのだ。
「いや、ごめん。いいよ気にしなくて。じゃあ、次は・・・」
そんな風におしゃべりしながら、ムラサメに連れられて、あっちこっちのややこしい路順を進み、時には隠し通路を抜けながら、俺たちは漸く豪奢な扉の部屋に辿り着いたのだった。
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