第十九怪 魍魎の棺① The zombie coffins
「ワルガーのやつめは、行ったかの?」
モッケ爺がひょいっと隠蔽の水晶の魔法陣から出る。
「ったく、この爺は気が早いな。あんまり早く出ると気付かれるだろうが」
シックルも魔法陣から出ると小声でモッケ爺に悪態をつく。
「まあまあ、あまりゆっくりもしてられないからね」
俺も魔法陣から出ると、奥へと続く長い通路を見渡した。
「はぁ、戦力に不安がある」
最後にキエン君がため息を付きながら魔法陣から出てきた。
川岸に笹で隠された洞窟の中。
隠蔽の水晶を使って隠れていた俺たちは、ワルガーが石壁の扉を開けるのを傍で見ていたのだ。
「それじゃ、モッケ爺は手筈通りに連絡をお願いするよ」
「よしきた。ホッ」
モッケ爺はすぐさま洞窟の外へ出て、夜の闇へと飛び去る。
「それじゃ、俺たちは先へ進もうか」
俺はワルガーの後を追って、長い通路へと侵入する。その後をシックルと、キエン君がついてくる。キエン君の言う通り戦力に不安はあるが、キエン君の隠れ家から借りてきた隠蔽の水晶では、小柄な生き物でないと気配を完全に遮断するのは難しかったのだ。隠蔽の水晶も便利なようで、色々と制約があるらしい。
♦ ♢ ♦ ♢ ♦
俺たちが慎重にワルガーの後を追い、地下牢への階段に辿り着いた頃には、激しい戦いの音がしていた。
「ワルガーって奴、まだ生きてるみたいっすね。くたばるまで隠れておくっすか?」
「・・・まずは様子を見よう」
そっと覗いてみると、
「クッ。なん、なんなんだ。話が違うぞ!」
ワルガーは巨大ミノタウロスのゾンビ相手に苦戦し、悪態をついている。
「親父! 負けるな!」
「おじさん、頑張って!」
戦闘音に交じって、ワルガーを応援する子供たちの声が聞こえてきた。
しかし、子供たちの願いも虚しくワルガーはじりじりと壁際へと追い詰められていく。巨大ミノタウロスのゾンビは大斧を振りかざしてワルガーに切りかかる。対してワルガーは電撃を放ったり、蛇の尻尾から毒針を射出したりと応戦するも、まるで効き目はない。生きているミノタウロス相手なら有効な手段かもしれないが、相手はゾンビだ。電撃も毒も役には立たない。
控えめに言って相性は最悪である。
仕方ない。悪党とは言え、ここでみすみす見殺しにするのは寝覚めが良くない。
「おい、テッチョ! テッチョ! どうなってる!」
命の危機に瀕したワルガーは半狂乱で叫ぶ。子供たちの前だというのに、もはや見栄も何もあったものではない。
しかし、目に光の無いミノタウロスのゾンビは血も涙も無く、ついに片足でワルガーを踏みつけると、大斧を大振りに構えた。
「親父ーーー!」
ワルガーの息子の悲痛な叫びが地下牢に響く。
「【風旋刃】」
しかし、そこに一陣の旋風が吹き荒れる。
途端に、大斧はそれを掴むミノタウロスのゾンビの片腕ごと、スッパリと切断されて地に落ちた。
「はっ。やっぱ腐った死体は切り甲斐がないっすね。脆いっすよ」
シックルが片手で鎌をクルクル回しながら余裕の表情で笑う。
ミノタウロスのゾンビはシックルの方を振り向くが、しかし直ぐにワルガーの方へと向き直る。そして、今までのゆっくりした動きが嘘のように素早く斧を残った腕で拾い上げると、ワルガーに襲い掛かった。
「げっ、あいつこっちのが脅威なのに無視しやがった」
「なんとしても、ワルガーの口封じを優先することにしたんだろ。シックル、いつもの感覚で腕を狙ったんだろうけど、次は直接首を狙え!」
「あいあいさ~」
俺とシックルはワルガーの元へと駆け込む。
が、それよりも早く、
「【浄花炎】」
ワルガーに襲い掛かったミノタウロスのゾンビは突如、美しく咲き乱れる花のような炎に包まれる。
「う、うぐううぅぅ・・・」
ただの死体のはずのミノタウロスゾンビが呻き声をあげる。
「正直、僕の魔法は大したことないんですが、匂い消しに酒を浴びさせていたのが敗因ですよ」
キエン君がインテリ風にキメ顔を作る。眼鏡かけてたら、指でクィツと上げたりとかしてそうだ。
「あ、あち、あついっ」
ミノタウロスゾンビに踏んづけられているワルガーにも被弾していたが、まあ些細なことだ。
「うごぉぉぉ」
火だるまになったミノタウロスゾンビは万事休すと思われたが、一声叫ぶと、メリメリと体の肉が表面から削ぎ落ちてく。ボタボタと燃え盛り焼けただれた肉が滑落していき、あっという間に火がついている所は無くなってしまった。代償に随分と細マッチョのスリムボディになった。
が、その変身も無駄だった。
「いっちょ上がりっと」
シックルの尻尾の大鎌が、炎が消え去ったミノタウロスゾンビの首をスッパリと切断する。流石はゾンビだけあり、首を斬られても尚ワルガーを殺そうと再び斧を振り上げるが、
「持国天、奪体支配!」
ミノタウロスゾンビの首に、俺は自分の首を合わせる。
―――――――――――――――――――――――――――――――――
【持国天】4
〔奪体支配〕4
頭部の無い死体の首に神経を差し込み、体の操縦権を奪う
〔調伏明王〕4
帰順に同意した面従腹背の徒に首輪を嵌める。可能対象5体(1/4)
帰順徒弟が叛意を実行に移そうとすると懲罰が発動する
―――――――――――――――――――――――――――――――――
「よし! 奪えた!」
俺はミノタウロスゾンビの死体を支配することに成功した。俺はワルガーを足元から解放してやる。
しかし、何というか、かなり奇妙な感覚だ。だって、足が8本もあるし、背の高さとか体つきとか、前世の自分の体とは全く異なっているのだから。
「さてと、まずはワルガーさんや、状況はご理解していらっしゃるかな?」
「・・・・・・貴様らは何だ? 何がどうなっている?」
「話し出すと、色々長くなるんだけどね。たぶん、そんなに悠長にしてる時間は無いと思うから、要点だけ言うと、あんた黒幕に口封じで消される所だったんだよ」
「なぜだ・・・・・・」
ワルガーは茫然としている。
「親父ー!」
マンティコアの子供が泣き出さんばかりで声をあげた。
「シックル」
「へいへい。おら、ガキども助けてやんよ」
シックルの鎌は容易く牢屋の鉄格子を切り刻む。途端に解放されたマンティコアの子供たちはワルガーに飛び掛かるようにして抱き着いた。
「親父!」
「エルガー!」
「「ワルガーのおじさん!」」
「ツヴァイ! トリスタン!」
その時、パチパチと手を叩く音が地下牢に響く。
「「「わぁ、素敵な同胞愛のシーンやね。うち、そういうの好きよ~。ぶっ壊す悦楽が増えるさかい」」」
この、耳の中で声がずれるような感覚は・・・。
「「それにしても、ワルガーはん。あれだけ尾行されんように気を付けぇ言ったのに・・・、ほんに使えんケモノやね。これやから生きてる駒は信用ならへんのよ。やっぱり、死んでる駒が一番やね」」
テオテカの料理屋、看板娘のノクスが、まるで別人のような口調でしゃべりながら紫色の細い体をしならせ優雅に階段を下りてくる。
「ニャーニャー言うのはやめたんですか? ノクスさん」
俺の問いかけに、ノクスはクスリと笑う。
「あらやだ。あんなのただの接客サービスよ。いくら猫の魔獣だからって、語尾にニャーニャーつけてしゃべる小娘なんて実際いたらみっともないじゃない」
あれって、天然のしゃベリ方じゃなかったのか。ちょっとショックだ。
俺がどうでも良いことで絶望感に浸っていると、キエン君がずいと前に出る。
「ノクス。あなたは勘違いしています。僕らはワルガーを尾行したわけじゃありません。実際ワルガーは用心深くて尾行は出来なかったんですよ」
そう。ワルガーはずっと細心の注意を払っていた。
「あら、それはおかしいわ。だったらどうして、昼間のお客様方がこんな所にいらっしゃるのかしら? 今頃、ウチが教えたテッチョさんの巣穴で家探ししてるはずやないの?」
「あなたはおしゃべりが過ぎたんですよ。聞かれてもいないことまで含めて、あまりにもあなたの話は店長のグリフォンさんを犯人として指し示すことばかりだった。そこで違和感を抱いたんですよ。なにせこの事件の黒幕は、わざわざミノタウロスの死体を掘り起こしてマンティコアの子供たちを攫うなんて複雑な手順をとってでも、他者を犯人に偽造する意思が強かったので。だいたい、あなたは僕らが店に来た時どこで何をしていたんでしょうね。店員ならずっと厨房にいて客を待っているはずが、あなたは全然違う石塔の方から僕らを出迎えましたよね」
「・・・・・・」
ノクスの笑顔を張り付けたような顔の中、眉がピクリとわずかに揺れる。
「そう考えると、行くのに半日もかかるグリフォンの巣への誘導はあからさまに怪しい。そもそも犯人をミノタウロスに押し付けるなら、子供たちの監禁場所はミノタウロスの巣から近い距離じゃないと成立しない。ワルガーだって、そんな遠くまで受け取りに行くのは納得しないでしょう。となれば、監禁場所はミノタウロスの集落からも、マンティコアの巣からも近い場所です。さらに真犯人はわざわざ【封赦霊却】《ゴーストデリート》を使って死者の口を塞ぐ用心深い奴です。当然、感知系の能力を防げる場所を選ぶはず。・・・となれば、まず最初にこのテオテカ砦を疑うのは当然でしょう」
「あら。それならどうして、脱出口から侵入してきたのかしら? 正面から突破して来れば良かったのではなくて?」
口調の丁寧さとは裏腹に、ノクスの後ろの2本の尻尾が落ち着きなく、くねくねと動き回る。
「確証がない状態で正面突破するわけにはいかないでしょう。それに、何らかの外部通路があるのは想像出来ましたからね。万が一、マンティコアの子供たちを攫ってくる時にミノタウロスのゾンビが砦正面から入るのを誰かに目撃されていたら困りますから。くわえて『ミノタウロスが子供達を攫って監禁し、それをワルガーが助け出す』というストーリーラインのためにも子供達に監禁場所がテオテカの料理屋がある砦だったとは知られたくないはず。ならば、脱出口を使うのが筋。それが分かれば砦周辺を駆け回って、それらしい入り口を夜までに探し出すだけのことです」
キエン君が胸を張る。
まあ、その「脱出口を探し出すだけ」というのが結構大変だったんだけどな。他に正面からの突破をやめたのは、罠が張られている可能性や、子供達の監禁場所も分からない状態で元軍事施設に闇雲に突入しても迷ってしまう危険があったというのも理由である。それくらいなら、ワルガーに案内させた方が確実だ。
「というわけで、ノクス。無能なのはワルガーではなく、黒幕のあなたです!」
火鼠探偵キエン君のポーズがバチッと決まる! ヒューヒュー。
「・・・はぁ、ショックやわぁ。ワルガーはんよりウチが無能やて。ま、でもこうなってしもた以上、やることは変わらんのやけどね。この場にいる全員口封じせなしゃーないわ」
ノクスの眼光が怪しく光る。すると今まで黙っていたワルガーが緊張に耐えられなくなったのか、ノクスに対して怒鳴りつけた。
「ノクスぅー! き、きさま、何を勝手なことを! だいたいテッチョはどうしたのだ? あやつも裏切っていたのか?」
「え? ああ、テッチョさん? それなら、そこにいてはるよ」
ワルガーの怒声も蛙の面に水と何食わぬ顔のノクスは、パンッと手を打った。途端に、地下牢の牢屋の一部屋からガタガタと音がする。
見れば、牢屋の中には、大きな棺が置かれていて、それがガタガタと振動しているのだ。
「まさか・・・」
棺の蓋がバアァンと乱暴に開く。同時に中から魔獣が出てきた。いや、正確には魔獣のゾンビが出てきた。異様な風体だ。体は栗毛の獅子。顔は漆黒の烏。背の羽根は夜の闇のような黒。そんなのが二足歩行し、両手に三日月形の曲刀を握っていた。首にぶら下げている数珠のような首飾りが怪しく薄黄緑色に光っている。
これで、山伏の法衣を纏って、冠を被っていたら、完全に烏天狗だ。
「ばかな・・・じゃあ、俺様が今まで連絡を取り合っていたのは・・・」
ワルガーは魔獣のゾンビを見て、呆然としている。
「おいおい、まじかよ。グリフォンの変異種。しかもカラスタイプって・・・」
シックルが隣で愚痴る。
どうやら、この烏天狗はグリフォンの変異種だったらしい。俺の思ってたグリフォンとだいぶ違う。いや、でもこの烏の部分を鷲に変えて、四足歩行させたら想像通りのグリフォンか。そう考えると単なるタイプ違いということで納得できる気もする。
「やはり、テッチョさんはもう殺されてましたか。グリフォンの毛が挟まっていた樹の枝からも酒の匂いがしていておかしいと思ったんですよね。酒を身に浴びる必要があるのは腐敗臭を隠すため。つまり、ミノタウロスを襲撃したグリフォンは既にゾンビだった・・・」
いや、キエン君。もう推理ごっこは良いんやで。
「そして、四頭の墓守が瞬殺されていることから、手持ちのゾンビ兵は少なくともあと3体はいるはずです」
「ご明察!」
ノクスは嬉しそうに声をあげると、パンパンパンと手を3回叩く。
それと同時に、他の牢屋の部屋からもガタガタと音が鳴りだす。
「させるか。準備ができる前に斬る!」
シックルが鎌をノクスに向かって飛ばす。
が、テッチョのゾンビが素早くノクスの前に立ちはだかり、曲刀でシックルの鎌を弾き飛ばした。
「あはっ。テッチョさんって中々強いんよ」
しかし、今度はキエン君が態勢の崩れたテッチョのゾンビに火球を放つ。ノクスのゾンビは匂い対策で全て酒を被っているはずだから、当たれば火だるま確定だ。
が、その火球はテッチョに当たる前に横から棺桶の蓋を吹っ飛ばして現れた魔獣のゾンビにパクリと喰われてしまった。
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