第十八怪 猫又の料理店④
俺たちがどうしたものかとまごついていると、いきなり石塔の死角から、一匹の紫色の猫が飛び出してきた。
「「「「「これはこれは、お客様方、よくぞお越しくださいましたニャ~」」」」」
2本の尻尾を揺らし、愛想笑いを投げかけてくる。
猫叉だな。
しかし、そんなことよりもだ。こいつの声が、言葉が、耳の中で不自然にズレ動く感じがした。ちょっと気持ち悪い。
「な、なんだ、この感覚。っていうか、今この猫何語でしゃべってたんだ?」
俺の耳には、この猫叉の言葉はフェアリス語に聞こえたのだが、どうもこの場の全員がこの猫の言葉を理解している風に見えた。
「ふぅむ。これは、おそらく【宣託の巫女】《ハイプリエステス》の能力ではないかのう? 自分の発した言葉が強制的に言葉を聞いた相手の脳内で、相手の主要言語に変換されるという代物じゃよ。効用自体は、わしの【千語万鳴】《オールトーカー》と似たものだが、スキルの設計思想は正反対とも言える」
「まあ、慣れっすよ、スズカさん。最初はちょっと違和感あるんすけどね」
「「「「ご注文をどうぞですニャ~」」」」
こちらの会話はどこ吹く風と、猫叉はオーダーを要求する。
「果実酒とココア、半殻3つずつ」
シックルがいかにも手慣れた様子で注文する。
「「「果実酒はカカオ豆30粒、ココアはカカオ豆20粒になりますニャ」」」
「おいおい、高けえって。前来た時よりもぼったくり度が上がってるじゃねーか!」
「「そんニャこと言わないで欲しいニャ。うちはもう潰れかけで、お客様からぼったくらないと、上納金も払えないニャ」」
猫又はシックルの糾弾に一切悪びれることも無く、あけすけなことを言う。
「んなこと、おいら達の知った事かよ! 注文は無しだ」
「そんニャ、ご無体な。シクシク。・・・それならどっちも半殻でカカオ豆10粒で良いから飲んでいって欲しいニャ」
猫又は泣きまねをする。涙はまったく無い。
「・・・どうするっすか? スズカさん?」
シックルが俺に判断を委ねてくる。
いや、俺この世界の商品の相場とか全然分からんのよ。ただ、まあ、ぼったくられるのはこれが初めてでも無いし、そもそも俺たちが買いに来たのは「情報」だ。ある程度は必要経費だろう。
というわけで、ぼったくりは分った上で、注文を通した。
猫又はほくほく顔で調理場へ戻っていく。
「シックルの言った通り、確かに慣れればあの猫の声にも違和感が無くなったよ。それで・・・、あの猫がこの店の持ち主なのか?」
俺の問いにシックルはやや首を傾げる。
「あの娘は、魔獣バステトでノクスちゃんっていう看板娘兼接客係っすね。あの宣託スキルでどの種族ともコミュニケーションが取れるので、この店に必要不可欠な接客係なんすよ。まあ、逆に言うと、こうも店が暇な時はノクスちゃん以外いらないわけっすがね。・・・ただ、店のオーナーが誰なのかは、よく分からないんすっよ。俺が知ってる限りじゃ、最初はマンティコアが店長だって紹介されたし、つい最近はグリフォンだったはずっすね」
「やれやれ。それでは、他の従業員が逃げ出しても、あのバステトだけは辞めさせては貰えんのじゃろうな」
「まあ、可哀想だけど、あの娘から色々聞き出すしかないな」
「モーブモッブモッ!」
俺たちが身内で話し合っていると、老牛鬼が唸って床を打ち鳴らす。
「まったく、しょうがない奴じゃのう。勝手に自分でついてきておいて・・・」
モッケ爺は面倒くさそうに、老牛鬼の傍へ寄ってモーモーブーブーやりだした。
「スズカ様。スズカ様。僕にも話してください」
キエン君に首をつつかれる。そうだった。こちらも通訳が必要なのである。
どうやらこの世界は、どいつもこいつも同じ言葉をしゃべる定番の異世界ファンタジーと違って、バベルの塔が崩壊した世界線らしい。
というわけで、仲間内での情報共有ですら一苦労の身の上で、あーでもないこーでもないと議論していると、ノクスちゃんが盆にヤシの実のような大きな殻を半分に割った容器を6つ乗せて運んできた。中にはそれぞれ、白濁した液体が入ったものが三つ、真っ黒い液体が入ったものが三つある。
「まさかとは思うが、睡眠薬なんて入れてないだろうな?」
シックルが白濁液の入った殻をクルクル回しながら訝しげに問う。
「そんなこと言うニャんて酷いニャお客様。あれはただの事故だったんニャ。不眠症のアイアンラットさんに出すはずのお酒を店長が間違えてフレイムラットさんに出しちゃっただけニャ! あの件以来お店はずっと閑古鳥が鳴いてるニャ。お給料も出ニャいし、責任を感じた店長は『大金を手に入れる仕事がきた』とか訳の分からないことを言って、一週間以上前から店に顔も見せないニャ。うちはもうどうしたら良いか分からないニャ・・・」
わぁあーと声をあげて、ノクスちゃんは顔を両手で覆う。だが、相変わらず涙はまったく出ていない。
まあ、泣きまねが死ぬほど下手くそなのは置いておくとして、置かれている状況が不憫なのは間違いない。
「ノクスちゃん、ちなみにその店長と言うのは?」
「グリフォンのテッチョさんニャ。最近は死霊術の研究ばっかりやっていて、経営はそっちのけで困ってたのニャ」
俺たちは顔を見合わせた。
「そ、それでノクスちゃん! そのグリフォンの店長は今どこにいるかは、ご存知ですか?」
「今は、店長の巣穴に引き籠ってるはずニャ。でも『暫く近づくな、近づいたら八つ裂きにする』って脅されてるニャ。だからウチは案内したくないニャ」
「場所を教えることは?」
「それは出来るニャ。でもウチから聞いたとは言わないで欲しいニャ・・・」
ノクスちゃんが教えてくれた場所は、ここから半日はかかるほど遠かった。グリフォンの翼ならひとっ飛びらしいが・・・。結構遠い。
♦ ♢ ♦ ♢ ♦
「これはもう決まりっすよ! この店の店長で行方をくらませているグリフォンのテッチョが真犯人っすよ。それで共犯がマンティコアのワルガー。他には考えられないっすね」
「わしもそう思うがな・・・しかし証拠も無しに、グリフォンやらマンティコアやらを同時に敵に回すというわけにもいくまい」
「シックル、ノクスちゃんは証言に立ってくれるタイプだと思うかい?」
俺の問いに、シックルは渋い顔をした。
「無理っすね。法廷の場なんて、出る性質には見えないっすよ」
「そもそも、あのバステトの証言だけではどうともならんじゃろう」
モッケ爺も首を振る。
「なら、リスクはあるけどテッチョの巣穴に奇襲かけて、無理矢理証拠を押さえに行くしかないのでは?」
「うむ。そのテッチョとかいうグリフォンのネクロマンサーをひっ捕らえてスズカの首輪をつけてやれば、洗い浚い白状するじゃろう」
「ネクロマンサーか・・・欲しいな」
モッケ爺の言葉に俺は思わず本音を漏らしてしまった。
きっとネクロマンサーの仲間がいれば、オルトロスの死体を走らせただけでグシャリと潰してしまうこともないだろう。
「おっ、スズカさんも意外と野心あるっすね!」
「え? いや、今のはそういうんじゃなくて・・・」
と、俺が弁解しようとすると、
「ブモッーーー、モッッモー」
突然、老牛鬼がいきり立って、飲み物にも手を付けず、どこかへ行こうとする。モッケ爺が慌てて何やら言い聞かせて抑え込んだ。ほっといたら、今にもグリフォンの巣に殴り込みに行きそうだ。
「スズカ様。スズカ様はどう考えているんですか?」
キエン君が俺の首をつついて尋ねてくる。
「うーん、まあこういう感じじゃないかな? 功績をあげたいマンティコアのワルガーとカネが必要なグリフォンのテッチョが手を結ぶ。翻訳しての仲介役は、ラタトスクのアオリーで、作戦を練った。まずテッチョがテオテカの料理屋の店長としてミノタウロスの墓所へ行き酒を振る舞う。警備兵が酔って警戒心をなくした所でテッチョとワルガーで強襲。ミノタウロスの前族長の死体を掘り出し、テッチョの死霊術で死体を操って持ち出し、同時に殺した警備兵に対して【封赦霊却】《ゴーストデリート》を行う。次にワルガーの内通でテッチョがミノタウロスの前族長の死体を操り、マンティコアの巣に襲撃を仕掛けて、子供たちを攫う。攫った子供たちは殺さずにテッチョの巣穴に監禁して・・・」
「ちょっと待ってください。監禁されているというのは?」
「え? ああ、被害者にワルガーの子供もいるって話だろ。あと、この方がワルガーには都合が良いと思うんだ。パニック状態になったマンティコアの子供たちは襲ってきたミノタウロスが生きてるか死んでるかなんて判断できないだろうし・・・、腐敗臭に関しては果実酒をぶっかけておけば酒の匂いで誤魔化せるだろ。そうなれば、監禁した後ワルガーが子供達を救出して、ワルガーは一躍英雄になり、かつ子供たちの証言によりミノタウロスが犯人だと決めつけ易い。そして監禁役はミノタウロスの死体を操れるテッチョ。それでこの事件の発端の日から店にも顔を出せていない」
「・・・・・・」
「あとは、ワルガーがテッチョにたっぷり礼金を積んで、テッチョは大金を手に入れるというわけだ。あとはどうやって証拠を押さえて、ミノタウロスとマンティコア達を説得するかだな。順当に考えるとテッチョの巣穴に監禁されてるマンティコアの子供達をワルガーより前に回収するのが良いと思うけど」
俺は自信満々に謎解きを披露した。
しかし、
「・・・スズカ様。その推論、決めつけが酷すぎませんか?」
「そ、そうかな?」
キエン君に茂木君ボイスで『決めつけが酷い』なんて言われると、すごく複雑な心境になる。いや、キエン君はもちろん何も悪く無いんだけど・・・。
彼の言う通り、確かに決めつけ的部分は多々ある。しかし、しょうがないじゃないか。魔法だの加護だのという非論理的能力が存在する世界で、論理を積み重ねてみたところで何の意味が在る? 地球と違って、物理的に有り得ない状況を取り除いていく消去法で犯人を絞り込むなんて不可能なのである。なんなら、掻き集めた全ての証拠と証言が、真犯人の幻覚魔術やら何やらで作られたものでしたというオチも有り得てしまう世界だ。剣と魔法の異世界にミステリーなどというジャンルは元より成立し得ないのである。
「・・・どうも腑に落ちないんですよね。話が上手くいき過ぎているというか、何か致命的な穴があるように思います」
と、キエン君は納得していない様子。そりゃあね、仮定に仮定を重ねた推論の類だもの。
「あの、いくつか質問していいですか?」
「どうぞ」
「スズカ様の予知夢の中、襲撃の現場にワルガーはいましたか?」
「え? うーん、ハクタは間違いなくいたんだけど。・・・そう言えばワルガーはいなかったかな。片目の傷とか結構目立つ容姿だから、いたら覚えてるはず」
「・・・そうですか。では、シックルが殺したミノタウロスの調査員はグリフォンやテオテカの料理屋の店長に関して何か言っていましたか?」
「いや、言ってないな。テオテカの料理屋はグリフォンとマンティコアにみかじめ料を払ってるから簡単には手を出せないって言ってたから、それ以上調査できなかったんだと思う」
「・・・あと、スズカ様がハクタというマンティコアのボスに会った時、アオリーは既にハクタと二人きりで一緒にいたんですよね」
「そうだよ。・・・って、キエン君まさかハクタを疑ってるのかい!? 俺にはとてもそんな酷い魔獣には思えなかったよ」
俺は仰天して問いただすが、キエン君は肯定も否定もせず、
「・・・ちょっと、待っていてください」
と言って、モッケ爺に駆け寄り何やら通訳を頼むと老牛鬼と言葉を交わしだす。それからしばらくして俺の所へ戻ってきた。
「何の話を?」
「殺された警備役の数を聞いてきたんです。屈強な兵士が4頭も同時に殺されてました。それと、ミノタウロスはグリフォンに対しては強い魔獣として警戒するって話でした。ミノタウロスは基本的に体の小さな魔獣を侮る傾向があるらしいです」
それが何を示すのか、俺にはさっぱりわからない。まあ、ミノタウロスの性質については確かに洞窟でのシックルとアークトゥルスとの戦いを思い出せば納得のいく所だ。あの時、アークトゥルスはシックルを視認した途端、ちょっとなめてかかったように思う。ラタトスクのアオリーとかにも、きっと油断してかかるだろう。
「へぇー」
「・・・・・・」
俺の返答がまるで鈍い様子を見て、キエン君はボワボワと耳から炎を吹き出しつつ、肩を竦める。
「キエン君。答えが出たならサクッと教えてくれ給えよ」
「いえ。僕だって何も未だ確証が得られていませんから・・・」
そう言って、キエン君は口を閉ざした。
でも、これは何か分かっている風に見える。俺は正直、ミステリーとかサスペンスにはあんまり興味ないので、分かったならさっさとネタ晴らしして欲しい。自分で推理して事件を解決とかそういう欲求は露程も無いのだから。ぶっちゃけ、前世でも推理モノを読むときは、ネットで検索して犯人を知ってから読んでたくらいだし。
「スズカ様。どう転ぶか確証は無いですが、作戦があります」
「分かったよ。それ採用」
俺は碌に作戦内容も聞かず、キエン君に二つ返事でOKした。こうなったら、火鼠探偵キエン君に全て丸投げだ。後は野となれ山となれ。
♦ ♢ ♦ ♢ ♦
夜も更けてきた頃。
密林の中を駆け抜けていく一頭の獣がいる。マンティコアの前のボスだったワルガーだ。彼は用心深く、時折立ち止まっては魔法を使って周囲に探知を飛ばし、後をつけられていないか確認して進む。
「フンッ、人影は無し。要らぬ心配だったか?」
ワルガーは素早く身を翻して、急ぐ。川のせせらぎが聞こえてきた。目的地はすぐそこだ。
微かな星明りを頼りにワルガーは川の岸辺をウロウロする。
「ここか」
笹薮の中から微かに光が漏れる。目印のジャガーの杖が刺してあった。
生い茂る笹をかき分ければ、洞窟の入り口が現れた。
中に入ると、すぐに行き止まりになる。複雑な文様が描かれた石壁が堅くその先への侵入を拒んでいた。
「フフンっ、なるほど。これが古代の砦の脱出口か。あー、なんっだったか。あいつが言うには、確か猿の頭を押して、獅子の模様を右にひねって・・・、それから蛇の模様を引っ張ってから・・・、そうだ最後にグリフォンを叩く。だったな!」
ワルガーは石壁に向かって、規定の手順を行う。
すると、ゴリゴリと重低音を鳴らしながら壁が動いて、通路が現れた。
「フンッ。まったく面倒なことだ」
ワルガーは文句を垂れつつも上機嫌だ。
「あとは、地下牢に監禁されている子供たちの前で、動き回る牛野郎の死体を俺様が華麗に倒して見せれば良いだけだ。クックック」
ワルガーは走り出す。自らの栄光を勝ち獲る道に向かって。そのまま石材に覆われた通路を走りきると、開けた空間に出る。扉がたくさんあったが、ワルガーは迷わなかった。なんせ地面にデカデカと赤い矢印が記されていたからだ。
「この扉だな」
押し開けると下り階段があり、鉄格子が嵌まった牢屋が通路の左右に延々と続く地下牢へと繋がっていた。
「お前たち! お前たちいるかー! エルガー! ツヴァイ! トリスタン!」
「・・・っ! 親父ー!」
「えっ、ワルガーのおじさん!」
「ワルガーさーーーん!」
ワルガーの声に連れ去られた子供たちの声が答える。
「お前たち! 今助けてやるぞ!」
ワルガーはマンティコアの子供たちが捕らえられている牢屋にまで駆けて行った。
すると、大きな影がのっそりと動き出す。巨大なミノタウロスだ。体からは腐敗臭を隠すために酔いそうなほど濃い酒の香りがする。
「ワルガーさん、そいつです。僕らを捕まえたのは!」
「おじさん、やっつけて!」
「親父・・・」
「フンンッ! 見ていろお前たち! 今すぐこのワルガー様がこの不届きものをやっつけてやるさ!」
ワルガーは全く動揺することなく、巨大なミノタウロスに立ち向かう。実に余裕綽々だ。全て手筈通り。計算通り。
今のところは・・・。
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