第十二怪 白鵺の夢②

「何じゃ・・・騒がしいのう」

 鎌鼬三兄妹が藁の中に潜り込んだのと代わって、モッケ爺が起き出してきた。

「あれ? モッケ爺。もしかして聞いてた?」

「わしは何も聞いとらんよ。うるさいから目が醒めてしもうただけじゃ」

「・・・そう」

 嘘か本当か。まあ、いいか。モッケ爺が聞かなかったことにすると決めたなら俺がとやかく言うことじゃない。


「ところでモッケ爺。俺、脱皮したみたいなんです。なんか変わってる所とかありますかね?」

「ふぅむ・・・」

 俺の言葉にモッケ爺はしばしば俺を眺めるが、

「表立って大きな変化はないようじゃ」

 と、首を傾げた。

 どうやら外見的には変化なしと。ならば、ステータスの方はどうか?


「自己観相!」


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 個体名称:スズカ・オオダケ

 種族名称:ろくろっ首 (妖精???)

 脱皮回数:1

 加護恩恵:【四天王の加護】 【光】1【雷】1【水】1

 授与魔法:【慈悲の聖球】2【雷帝の弓矢】2【悲嘆の冥河】2

 特殊能力:【広目天】4【増長天】4【多聞天】4【持国天】4

 恭順徒弟:【シックル】

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 1回脱皮しただけで、全体的に数値が向上している。

 一応個別に確認していこう。


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【慈悲の聖球】2 持続時間120秒

 遍く光に照らされる者の心身を癒し、体力を回復させる

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【雷帝の弓矢】2 有効射程10m

 雷撃の矢を1本放つ。命中対象に微弱な麻痺効果を与える

 追加の魔力を消費して追加の矢を装填する。装填間隔6秒 

 弓を同時に2張りまで展開できる

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 雷帝の弓矢は効果自体に変化はないが、2張り展開できるようになっていた。これは嬉しいパワーアップである。


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【悲嘆の冥河】2 効果範囲20m

 触れると己と関係の深い死者の嘆きを聞く

 放出した水の流れ(固体表面上)は操作可能。

 追加魔力を消費して水量を増加する

 水は塩分を含み、飲用には適さない

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 悲嘆の冥河は効果範囲が増えただけだ。


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 【広目天】4

 〔千里通眼〕4 

  自身を中心に半径4㎞内一切の万象を視覚する

 〔自己観相〕4 

  自身の状態や能力を把握する

 〔予見の夢〕1

  極稀に未来の事象に関する夢を見る

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 大きく変化していたのは、広目天の能力だった。


「あの目玉の夢、広目天の【予見の夢】の能力だったのか・・・」

 つまり、俺は何と言うことか、自分のことを今まで助けてくれていた広目天さんに対して「お前は邪神か?」とか失礼千万なことを聞いていたわけだ。そりゃ呆れた素振りをするわけだ。

「すまん。広目天さん・・・」


 しかし、だとすれば、あの夢はただの妄想とかではないことになる。だったらなんだという話ではあるのだが。何かしないといけない義務がある訳でも無し。

 でも・・・本当に俺に何の関係も無い夢を見せるだろうか? 見せる必要があったから広目天は俺にあの予知夢を見せたのではないのか? 例えば、もしも、あの鵺と戦うことになるとしたら・・・。


「モッケ爺。ちょっと聞きたいんですけど。頭が猿、体が虎、尻尾が蛇で、雷の魔法を使いこなす魔獣をご存知ですか?」

 俺はモッケ爺に鵺に関して聞いてみることにした。

「それは、マンティコアじゃのう。手強い魔獣じゃな」

 あの鵺たちはマンティコアと呼ばれているらしい。あれ? マンティコアって虎じゃなくてライオンのモンスターじゃなかったっけ? ・・・って、それは前世知識の話か。


「では、体色が黄色と黒の縞々ではなく、白と黒の縞々のマンティコアはご存知ですか?」

「いや、知らんのう。そいつがどうかしたのかの?」

「・・・まあ、なんと言いますか。予知夢的なものがあったというか、それで、もしかしたら戦うことになるかもしれませし、全然そうはならないかもしれません」

 俺のはっきりしない答えにモッケ爺は目をパチクリさせる。

「なんじゃ、それは。曖昧模糊な話じゃのう。とは言え・・・、とうに一つでもいくさの可能性があるならば、まずは情報を集めるべきじゃ。わしはこのあたりに伝手は無いが、マンティコアの白変種の特殊個体なんぞはきっと目立つであろう。それ故、適当にその辺の魔獣を捕らえて尋問していけば良い。自ずと正体が知れるであろう」

「いや、あまり乱暴なことは・・・。でもそうか。現地民に聞いて回るのは大事なことだよな」


 あの予見の夢を信じるならば、ことが起こるのは三日後。まだ時間はある。仮に準備が間に合わなかったとしても、その時は何もせず放っとけば良いだけのことだ。別に俺にはミノタウロス達を助ける義理など無いのだから。


 しかし、現地民か・・・。ふむ。


「モッケ爺。実はこの辺に住んでいて、少しばかり用事のある親子がいるんですよ。もう夜明けのようですから、俺はちょっと訪ねてこようと思います」

「ほっ。ならばわしも」

「いえいえ。モッケ爺は留守番してて下さい。今は鎌鼬の三兄妹が寝てますから。誰かが番をしておかないと」

「デスサイズが三匹もおるんじゃ、寝込みを襲われたところで何の問題も無いじゃろうて。そもそも、今のあやつらが物音や気配にも気づけんほどに熟睡できているとはとても思えんわい」

 やっぱり、モッケ爺、全部俺たちの会話聞いてたな?

「それにのう、出入り口にはちゃんと細工しておくから大丈夫じゃて」


 結局俺は、付いていくと言い張るモッケ爺に押し通され、二人で出かけることになった。洞窟を出るとモッケ爺は地に羽を広げてモゴモゴ呪文を唱える。すると、地面から茨が生えて、小動物が出入りできそうなくらいの空間だけ残して洞窟の入り口を覆い隠した。便利な魔法だ。


 さてと、フレムラットの母子に会いに行くこととしよう。


「増長天、首長伸縮!」


―――――――――――――――――――――――――――――――――

 【増長天】4

 〔首長伸縮〕4

  自身の首を4m伸び縮みできる

 〔降魔吸力〕4

  自身の首で絞めあげた相手の魔力を封じ、かつ是を吸収する

―――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 俺は思いっきり自分の首を4mに伸ばした。全長が長くなればなるほど蛇行運動がし易くなっている気がする。


 朝焼けの森は、所かしこから鳥の鳴き声が聞こえてくる以外は、静かなものだ。夜を生きる獣たちは巣穴へと退散済みで、昼に暴れる獣どもは未だ夢の中。実に気持ちの良い時間帯だ。


 俺は時折道端に生えている花を齧り取り、朝食として蜜を吸う。脱皮した直後だからだろうか、ひどく腹が減っていて俺はしきりに道草を食っていた―――まさに文字通りの意味でだ(笑)―――。


 そうやって、のらりくらりと進んでいると、

「うん? なんか良い匂いがする」

 俺は立ち止まって―――これが今の俺の肉体において正しい表現かどうかは、さておいて―――頭上を見上げると、木々に様々な果物が垂れ下がっている。


 この森は植生が豊かだ。花は咲き乱れ、果実や木の実などがそこかしこに実っている。そして俺はそういった果実や木の実になんとなく引き寄せられるものを感じた。

 おそらくだが、脱皮して成長したことで、俺は花の蜜だけでなく、ああいった果実や木の実が食べられるようになったんじゃなかろうか? 乳飲み子の赤ん坊妖精から離乳食の幼児妖精に成長した的な感じで。


 というわけで、物は試しと俺はちょっと果物を食べてみることにした。

 赤い林檎っぽい実がなっている低木があったので、これ幸いと、樹に巻き付きながら登る。

「スズカよ。お前さん、本当にラーミアの変異種ではないのかね?」

「違います~!」

 俺の登り方があまりに蛇っぽかったせいか、モッケ爺に茶化された。


「では、味見してみますかね」

 俺は果実を一齧り。口の中にじゅわりと甘味と酸味の混じった果汁が広がる。

 喉を潤す果汁は、確かにこれもまた俺の喰って良い物だと分からしめる。

 俺は夢中になって頬張り、ムシュムシャと一つ喰いつくすと、満腹を感じて樹から降りた。

「ふぃー、喰った喰った。さてと、こっからは寄り道せずに行きますかね」

「ふむ。そろそろ早起きの魔獣どもが狩りの支度を始める頃じゃからな」


♦ ♢ ♦ ♢ ♦


 それから一時間ほど、俺とモッケ爺が、ニョロニョロ、テクテクと進んでいくと、 赤黒い岩肌の切り立つ岩崖を滝が落ち、青柳が岸辺に生え揃う場所へと着いた。見れば水飛沫をあげる滝壺の近くに野イチゴの茨に覆われた茂みがある。


「たぶん、ここだね」

「で、最初はわしが呼びかければ良いのじゃな?」

「はい。お願いします」

 モッケ爺について来て貰って正解だった。うっかりしていたのだが、俺はフレイムラットの言葉をまだ知らないのである。なまじ【悲嘆の冥河】の魔法で死んだフレイムラットのキーチクと交霊をしてしまったせいで、勘違いしていたのだ。どうやら、降霊術というのは言語能力を超えて意思疎通出来てしまう代物らしい。

 なので俺一人だと意思疎通は出来ず、間違いなくやばい人面蛇が巣に強襲をかけてきたと勘違いされることだろう。


 モッケ爺は一度大きく息を吸うと、茨のある方向に向かってキィーキィーと鳴き声を上げ始めた。

 さて、果たしてフレイムラットの母子は信じてくれるだろうか。まあ、最悪、ここらにヒスイ豆を一つ置いて帰るというのもありだが。


 モッケ爺が鳴き終わるも、茨はシーンと静まり返っている。

「留守かな?」

「いや、ひどく気配を掴みにくいが、どうも意識反応があるのう。ただ一匹だけのようじゃが・・・母子二匹という話ではなかったかの?」

 もしかすると、子供の方が巣に留守番で隠れたまま、母親が餌を取りに行っているのかもしれない。子供だけでは俺たちにどう対処すべきか判断がつかないのだろう。


「一応確かめとこうかな? 千里通眼!」

 俺は巣穴の様子を覗こうとしたのだが。

 あれ?

 バチンッと何かに弾かれてしまい、千里通眼が茨の内部に通らない。

「スズカよ。どうも隠蔽系の結界があるようなんじゃ」

 つまり、シュトラやナバクの姿を見れなかった時と同じことらしい。

「じゃ、じゃあ順風通耳!」

 こっちもダメだった。

 俺の感覚系スキルはどちらも茨に張られている妨害結界に遮断されてしまう。

「なんか自信なくなってきた・・・」

「ふぅむ。フレイムラットがそれほど強力な隠蔽魔術を使えるというのは聞いたことが無いんじゃが?」

 モッケ爺も首を傾げる。


 参ったなと思っていたその時。

 俺の順風通耳のスキルが、こっちに向かってくる鳴き声と足音を感知する。慌ててその方向に千里通眼を飛ばせば、とても小さなフレイムラットとそれを追いかける頭が二つもある犬が映る。


 二頭犬の右の頭が吠えると、地面に氷の剣が咲き、フレイムラットはそれを懸命に避けて走る。かと思えば、今度は左の頭が吠えると、風の刃が襲い掛かるが、フレイムラットはそれを無視した。風の刃はフレイムラットの背中に命中するも傷つけることなく霧散する。左の頭が怒り狂ったように吠えまくる。対して右の頭は冷静で、直接氷の剣をぶつけようとはせず、的確にフレイムラットの進行方向に氷の剣を咲かせては、確実に両者の距離を詰めていた。


 このままではまずい。あのフレムラットが関係者である可能性がある以上、助けてやる必要がある。自然の摂理への介入云々は一先ず脇にどいてもらおう。

「【雷帝の弓矢】《トニトルアロー》」

 呪文の詠唱と共に俺の頭の上にバチバチと雷光を鳴らす雷の弓矢が現れる。

「ぬっ?」

「モッケ爺、出陣だ」

「ふむ。なるほど」

 モッケ爺は俺のその一言で早くも状況を理解したらしい。


「【雷帝の弓矢】《トニトルアロー》」

 俺はフレイムラットと二頭犬の方に必死で向かいながら雷帝の弓矢を追加して2張り展開する。あの二頭犬の強さは分らないが、モッケ爺が居てくれれば何とかなるだろう。・・・いや、なって欲しい。

 などと思っている内に現場へと到着した。蛇行での高速移動は本当に骨が折れる。


「なんじゃ。あれは、オルトロスじゃの」

 モッケ爺は敵を視認すると、軽く流すようにして言う。トーンからすると、どうやら強敵ではないらしい。それでも俺にとっては始めて戦う相手である以上油断するわけにはいかないが。


 見れば、フレイムラットはとうとうオルトロスに追いつかれてしまったらしい。周囲を氷の剣で囲まれ、逃げ場がない所に、オルトロスの両首が大口を開けて真上から風雪を吹き付けている。対するフレイムラットは懸命に体全身から炎を吹き散らし、風雪に対抗しながら、周囲の氷の剣を溶かそうと躍起になっている。

 周囲の氷の剣が徐々に溶けていく所を見ると、フレイムラットの方に分がありそうにも見える。しかし、同時にフレイムラットの炎はどんどん弱っていた。魔力が尽きて炎が消えれば、フレイムラットは死んでしまう。そして死ねばその毛皮には刃が通るようになる。その末路は、オルトロスの左の頭によって八つ当たりのように風の刃で切り刻まれることだろう。


「発射!」

 俺が準備していた雷帝の弓矢が2本同時にオルトロスに射出される。なんとか一本は刺さって欲しいが・・・。次の矢を装填するまでの時間は6秒かかる。それまでにオルトロスの反撃をなんとか躱す方法を考えなければならない。モッケ爺の防御魔法に頼るか・・・?


 と、俺がわずかの間も思考を巡らしていると、オルトロスは不意を突いた俺の攻撃にまるで反応が遅れてしまったらしい。

 2本の矢が両方とも刺さり、

「キャウーーーン」

 と両首が悲鳴を上げると、痙攣したあげくバッタリと地に倒れ伏した。


 あ、あれ?なんか見た目と違って弱い??

 と、ちょっと困惑しながらも俺は素早くオルトロスに飛び掛かって巻き付き、魔力を吸い出す。オルトロスはなかなか麻痺が抜けないのか、ジタバタするもののその力は弱弱しい。


 すると、モッケ爺がひょいと近づいてきて、

「スズカよ。ずっと抑えつけるのも疲れるじゃろう」

 と、言って何かを唱えながら地面を蹴ると、オルトロスの頭の下から茨が生えだしてくる。そして二つの頭に茨がグルグルと巻き付き地面に固定すると、モッケ爺が何か合図を出した次の瞬間、下から石の杭が飛び出してオルトロスの二つの頭を同時に貫いてしまった。

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