第三十八怪 三眼鬼の祝福① Three-eyed boy's blessing

 俺とモッケ爺とシックルは、三杖流のイワザールをキエン君達に任せて、ボス部屋へと突入する。

 そこには大勢のマンティコアがいた。雰囲気から察するに宴会でもしていたんだろう。悲鳴が上がり、騒然とし始める。


「み、皆さま方、奥の部屋へ! ・・・ええっい無礼者ども。この私、代官シラザールが成敗してくれる!」


 奥の席から一匹の痩身のマンティコアが飛び出てきて罵声を浴びせて来た。同時に末席の方にいた武官らしきマンティコアが左右から一匹ずつ俺たちに襲い掛かる。

 が、右から来た鵺の若武者はシックルの放った飛行鎌に鎧袖一触で首を落とされ、かと思えば、左から来た年季の入った古皮鎧を纏うマンティコアはモッケ爺が地面から生やした蔦の罠に足を取られて動けなくなったところ、両眼をモッケ爺に石弾で撃ち抜かれ、どっと地面に倒れてピクリとも動かない。あれは脳天まで貫通しているに違いない。


「なっ!? ふふふ、流石はここまで来る猛者ということですか。しかし、私は同じようにはいきませんよ」

「【風の矢】」

 俺は弓を構えると、饒舌にしゃべるシラザールとかいう瘦せ身のマンティコアに魔法で出した風の矢を放つ。


「ふふふ。無駄無駄。【問答門番】《スフィンクス》! 99かける99は?」

 なぜいきなり計算問題なんて言い出したんだ、こいつは? と思っていると、俺が放った矢はシラザールの直前で不可視の障壁に阻まれ、消失してしまった。

「ふははは。我が【問答門番】《スフィンクス》は無敵の能力であるぞ。恐れ入ったか?」

 ・・・ふーん。スフィンクスね。

「スズカよ、おそらくアヤツの能力は・・・」

「【風の矢】」

 モッケ爺が何か言いかけたが、俺は最後まで聞かずにさっさと再び矢を放つ。

「馬鹿め! 何度やろうと貴様らのような学の無い者には・・・」

「9801」

 俺が計算の答えを言うと、今度こそ風の矢は何者にも遮られることなくシラザールの脳天に直撃した。

「ぐへっ」

 シラザールは潰された蛙のような声をあげて、ばたりと後ろに倒れる。ぴくぴくと痙攣してるから死にはしなかったらしい。案外、頭が固くて丈夫だったのかもしれない。

「・・・ああいう特殊な能力は制約が多いんじゃよな。おそらく出せる問題の難易度は使用者本人の知力に比例し、かつ問いは普遍性が必要であるんじゃろう。まあ、倒した後でこんな分析をしても詮無いことじゃが」

 モッケ爺とかが持っていたら、かなり手強い能力だったに違いない。馬鹿が所持してしまったせいで瞬殺されたのは、少々哀れである。・・・しかし、よりにもよって99かける99って。もっと中途半端な数にしとけば、もうちょい時間稼ぎができたものを。


 俺たちが3匹のマンティコアを瞬殺したのを見て、その場にいたマンティコア達はより一層大きな悲鳴を上げながら、奥の方にある部屋へと逃げていく。

 が、その阿鼻叫喚の喧騒の中、一匹だけ余裕綽々に悠然と寝そべり果実酒を飲んでいる奴がいた。部屋の一番端。少し段を付けて立派な調度品で誂えた上座。他のマンンティコア達より一回りデカい。厳つい猿顔の口からは牙が生えていて、実に恐ろし気な怪獣の類である。身に付けている装身具は、両手の薄緑色の腕輪くらいのものだ。


「まったく。これだから口だけの文官は嫌いだ。平時はともかく、いざという時、全く当てにならん」

 そう言って、延びているシラザールを白い眼で見ながら、団子のようなものを頬張ってグチャグチャと音を鳴らして喰らう。


「こんばんは。突然の訪問失礼いたします。私はゴブリン種トロツキ族の名代としてキゾティー族の族長様に用があって参りました。あなた様が族長のサワラザール様でいらっしゃいますか?」

 俺はスマイルを意識しながら、丁寧かつ和やかな口調で問う。

「あああぁん? トロツキだぁ? ちっ、あのゴブリンどもが傭兵でも雇ったか。馬鹿な奴らだ。・・・ああ、そうだ、俺様がサワラザール様だ」

 俺の問いにぶっきらぼうながらも、サワラザールは答える。

「影武者・・・ということは無さそうじゃな」

「まあ本人でしょう」

 小声のモッケ爺に俺も小声で同意した。


「お前ら、イワザールはどうした?」

 サワラザールが片眉を吊り上げながら、問うてくる。

「ご心配なく。仲間が足止めをしているだけで、倒してきたわけではありませんので」

「・・・ふんっ。なるほど。その足止めをしている連中も、なかなかの腕利きなのだろう。随分とまあ戦力を掻き集めてきたものだな。・・・それで? 俺様に何用があって来たのだ?」

「キゾティーがトロツキへの干渉を止め、相互の安全に配慮する協定を結びたく」

「トロツキの秘宝とやらをこちらに渡せば、あるいは考えてやってもいいぞ。もっとも今日の無礼の分はきっちり支払って貰った上でだ」

「ははは。それは無理な相談です。完全無料でお願いいたします」

 俺の言葉にサワラザールの眼が尖る。

「・・・その条件を俺様が飲むとでも?」

「飲ませに来たんですよ」

 俺がそう言うと、サワラザールはきょとんとした後、カラカラと快活に笑った。

「だったら、回りくどい言い回しなんぞせずに、初めからそう言え。暴力で解決しに来たとな!」

「そこはまあ、様式美ということで、ご容赦を」

「ふんっ。まあ良い。暫く退屈していた所だ。お前たちで遊んでやろう」

 そう言うと、サワラザールは果実酒をぐびっと飲み干し、器を放り投げ、

「来たれ。【巨風霊召喚】」

 と呪語を唱えると、寝そべったまま立ち上がることもせず、かったるそうに片手を持ち上げ、突きを繰り出すジェスチャーをする。

 と、思った瞬間。

「いかん、避け・・・」

「うわっ!」

「ぐぬっ!?」

 突然、俺たちは見えない何かに全身を強打され、壁まで吹っ飛んでいた。

「な、何が起きたんだ?」

「い、今のは風の魔力っすね」

「馬鹿な。風霊にここまでの物理的破壊力はないはずじゃ」

 混乱する俺たちを見てサワラザールは愉快そうに笑う。

「はっはっは。無様だな。・・・そうだ。貴様らが俺様に指一本でも触れることができたなら、さっきの交渉について少しは前向きに検討してやってもいいぞ。もっともここ十年以上、俺様は敵から一撃も喰らったことが無いがな! ふははは」

 ・・・これはどうやら、想定以上の強敵だ。


♦ ♢ ♦ ♢ ♦


 時は遡り、トロツキの洞窟。


「キゾティー族のボス、サワラザールについては能力がよく分かっておらん」

 モッケ爺は作戦会議において不愉快そうにそう言った。

「だが、なにがしかのヒントはあんだろ? じじい」

 シックルが首を傾げて問う。

「話を聞くに、相手は皆サワラザールに触れることもできずに、為すすべなくボコボコに殴り殺されて敗北するらしいんじゃ」

「いやいや、触れることも出来ずって、殴られてるなら触れてるじゃねーか」

「そうではない。本当に近寄ることも出来ず一方的に殴られるという話じゃ。故に何某かの遠距離魔術攻撃もしくは不可視体の召喚獣による攻撃であるという推測は付くがの」

「へぇー」

「不可視か・・・。なら、風魔法か、あるいは光か闇を使っての偽装っすね」

「あるいはその複合か。しかし風はなかろう。切り刻むならともかく、殴るというのは風系統の魔法や召喚獣では不可能じゃ」

「とすれば、物理攻撃性の高い召喚獣を光魔法で不可視状態にしてるか、闇魔法で認知外に置かれてるか。って所っすね」

「闇魔法で認知外にしているだけならば、わしの意識察知の能力で容易く看破できるんじゃがな。なんならスズカに光球の魔法をいくつか打ち上げて貰うだけでも敵の術を弱めることができるじゃろう」

「へぇー」

「光魔法で不可視状態にしているだけなら、おいらの【乱数波】のスキルで無効化可能っすね」

「なんじゃ、貴様はそんな能力を隠し持っておったのか。しかし、ならばどちらのパターンでも敵を無力化できるというわけじゃな」

「へぇー」

 二人の議論が専門的過ぎて俺はただただ相槌を打ちしかない。


♦ ♢ ♦ ♢ ♦


 実戦では想定外のことが起こるのは当たり前とは言え。


「おい、クソ爺。なにが、風は無かろう、だ。てめえのせいで何の対策も立ててねーぞ」

「言うとる場合か。こうなった以上、今から必死に考えるより他あるまい」

「二人とも、仲間割れだけはやめてくれよ!」

 やはり、混乱と焦りは感情を高ぶらせてしまう。

 俺は落ち着くために、ふっーと深呼吸をした。

 風の召喚獣が見えないのは、その体を構成しているのが空気だからだ。だが、魔法で生み出されたものである以上、魔力体であることに変わりはない。


「【千里通眼】」

 隠蔽スキル持ちの妖精や、空気以上に実態を持たない精霊の輪郭を見ることが出来たのだ。魔法生命体の輪郭を見ることくらいわけはない。

 俺の物理世界の視野に、風の召喚獣の魔力体の境界面が浮かび上がる。

 そいつは巨大だった。上半身だけの猿のような輪郭だ。サワラザールを腹の中にすっぽり収めて守り、巨大な二本の腕が拳を握りしめている。


「さあ、お前たちは何発耐えられるだろうな?」

 余裕綽々のサワラザールが腕を下に振る。

 と、巨風霊も右の拳を俺たちに打ち下ろしてきた。


「真上からだ!」

「ぬっ!?」

「みたいっすね!」

 俺は戸惑うモッケ爺を抱えて転がるようにして巨風霊の拳を避ける。シックルも同様に回避できていた。

「シックルにも見えてるのかい?」

「おいら、風とメタルの魔力には敏感なんで、風の召喚獣と知れれば、見えなくても凡そのことは分かるっす」

「モッケ爺は見えない感じ?」

 モッケ爺はやれやれと首を振りながら、俺の腕から脱け出て肩に飛び乗る。

「殺気で攻撃が来るタイミングは分かるが、方向がよく分からんの」

 どうやら、モッケ爺にはこのまま俺の肩の上にいて貰う方が良いようだ。


「ふははは。なんだ避けたのか。なら、少し本気でいくか」

 相変わらず寝そべったままのサワラザールからは、まるで本気なんてものは感じられない。

 が、巨風霊の方はヤル気満々になったらしい。サワラザールの合図とともに、俺たちへと正面から、真上から、側面からと高速で両手の拳を乱打してきた。

「くそっ」

「うわっ」

 俺とシックルはひたすら地を転がり、這いまわり、何とか避けていたが、それでも乱打の飽和攻撃を避け切れずに再び壁に叩きつけられていた。


「逃げておるだけではどうにもならん。攻勢に転じるんじゃ」

「ちっ、言われなくとも、そのつもりっすよ」

 シックルが両手足の鎌を4つ同時に射出する。が、それらの鎌は巨風霊の体を傷つけることも無く、そのまま通り抜けてしまった。まあ、そらそうだ。相手は空気の塊である。斬撃には何の意味もなかった。

 巨風霊はシックルの鎌を無視して俺たちに拳打の嵐を降らせてくる。

「くっ、貫通時に摩擦で魔力を削ることは出来てる見たいっすけど、こっちのが消耗が激しいようっすね・・・ならば!」

 シックルの放った鎌は、直接サワラザールへと向かう。召喚獣がどうにもならないなら、術者本人を斬れば良い。当然の理屈だったが、そんなことは誰でも考え付く話だ。・・・つまり、対策が無いはずがない。


「ふははは、相性が悪かったなあぁあイタチ野郎! 【風化】【高速酸化】」

 サワラザールが腕を一振りすると、彼の周囲の空気が黒ずむ。シックルの鎌はその空気に突入した瞬間、急速に錆び付きだしボロボロとその身を崩しだす。ついにはサワラザールの元へと辿り着く前に、風塵と化して果てた。


「お、おいらの鎌が・・・」

 一瞬で武器を喪失したシックルはショックで呆然としている。


 ・・・まずい。

 モッケ爺は巨風霊が見えず、シックルの攻撃は塵と消えた。そして俺は戦闘のド素人ときている。ノリでここまで来てしまった自分が急にとんでもない馬鹿に思えてきた。


「撤退しよう。勝ち目ないし。どう考えても絶望的」

「馬鹿を言うんでないわ。まだ戦い始めたところじゃ。何がしかの弱点がきっとあるはずじゃ・・・なくても工夫して創り出すんじゃよ!」

「そんな無茶な」

「無茶でも、今更退けんわい」

「・・・・・・」

 なんか、モッケ爺がゴブリン戦役で全部失ってしまった理由の一端が見えた気がする。まあ、ともかく圧倒的劣勢である以上、なんとか隙をついて逃げ出すべきだ。

 というわけで、俺はとりあえず勝つことは無視して、撤退するための方策を練ることにした。なんとか注意を引き付けるか、行動を制限するかが必要だ。


「なんだ、貴様ら、もうおしまいか? ならばミンチにしてやろう。俺様の巣で好き勝手やったんだ。決して逃がさんぞぉ~ふはっはっは」

 サワラザールは愉悦の交じった傲慢な口調で俺たちを嘲笑う。

 なんとか、逃がしてもらいたいものだ。


 うーむ。俺は改めてエイロフさんの魔法を確認する。

 【息吹き】9【草木の声】9【疾風の矢】9【森歩き】9【疾走】9【惑わしの森】9【幻覚香】4【寄生の種】4【嵐の矢】1

 相手が風の防壁を張っている以上、幻覚香は無意味だろう。正面からやり合うなら俺の風の矢と相手の風の結界での削り合いをするしか手がなさそうだ。

 だが、俺は勿論真正面からのガチンコ勝負をする気など無い。


「なあ、シックルは普段使わないけど、一応風系統の大技あるって言ってたよな?」

「・・・まあ、あるっすね。おいら、ための長い技は嫌いなんっすけどね」

「でも」

「分かってるっすよ。現状、おいら完全に戦力外になっちまってるんで。時間を頂ければ一発ぶちかませるっす。・・・その代わりその一発で魔力は空になるっすよ」

「分かった。それでも頼む」

「了解っす」

 シックルはそう言うと、パッと跳び上がって、俺の胸元に着地すると、そのまま胸の谷間に潜り込んだ―――まあ、確かにそこが現状で一番安全な場所だろうとは思うが―――。そして、目を閉じて集中し始める。ここまで集中を要するなら、俺に首輪を嵌められるまで一人きりで戦ってきたシックルが、大技を使うのに躊躇いがあるのも頷ける。

「それと、モッケ爺にも頼みがあるんだけど・・・」

「遠慮せず、さっさと言うが良い」

 と言われたので、俺はモッケ爺に作戦を伝えた後、機を伺いながら巨風霊の拳を避けることに集中した。

 しかし、シックルが俺の胸に、正しくはエイロフさんの胸に潜りん込んだことで、巨風霊の拳を回避することは余計困難になっていた。なんせ、今まで二手に分かれていた俺たちが一つに固まったのだ。巨風霊からすれば、惑わされること無く的を一つに絞れる状態である。エイロフの所持魔法に【疾走】がなければ、今頃ぺちゃんこだったろう。

 幸いなことに、俺はどうにかこうにか見えざる風の拳から必死に逃げ回ることができていた。もしかするとサワラザールが獲物を甚振る快感に酔いしれて、あえて手加減しているのかもしれないが・・・。

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