第三十九怪 三眼鬼の祝福②
「スズカさん、準備できたっす」
シックルが胸の谷間の中から待望のゴーサインを出してくれた。
「よっし、【疾風の矢】」
俺は弓に魔法の矢を番えて、サワラザールへ向けて放つ。
「ああ? 今更、何の冗談だ?」
俺の放った矢はサワラザールの風の結界に巻き取られるようにして掻き消え、まるで届かなかった。
「ふんっ、愚かな」
矢を放つために回避に全力を注げなかった俺は、空気の拳に吹き飛ばされた。実にサワラザールから見れば、愚かに見えたことだろう。
俺は地面を跳ね回った後、すぐさま立ち上がり胸元にシックルだけがいるのを確認すると、そのまま風の矢を放ちながらサワラザールの方へと突進する。
「接近戦に勝ち目を見出すのは、結構なことだがよぉ、その判断はもっと早く出来なかったもんかね?」
サワラザールは俺が距離を詰めようとするのを見ても、慌てることなく寝そべっている。こんな事態はいつものことと言いたげだ。
その態度に偽りは無く、慣れた手つきで巨風霊は俺の直進方向を拳で塞ぐようにしつつ、乱打を繰り出す。拳を回避するうち、気付けば俺はサワラザールから距離を取らされていた。おそらく、どういう方向で打ち込めば外側へ誘導できるか、幾多の戦闘経験がサワラザールには蓄積されているのだろう。
が、別に問題ない。
俺は自分の立ち位置を確認すると、
「シックル!」
と叫ぶ。
「あいよ。【風鈴化斬】」
途端。
空中に人間の大人一抱えもありそうな青銅の錫鐘が浮かぶ。
「【斬撃よ、音と化せ】」
そこへ、シックルが俺の胸元から飛び出て、自分の尻尾の大鎌を叩きつけた。すると、鐘は甲高い澄んだ音を響き渡らせる。その音は、風の結界に守られているはずのサワラザールにも聞こえた。口頭で会話が出来ていたのだ。どういう原理かは分からないが、音が通るのは当然である。
「ああ? 珍妙な魔法だな」
サワラザールは初めて見る魔法を警戒したのか、初めて寝転んだ姿勢から起き上がろうとするが。
「【音よ、斬撃と化せ】」
それより前に、シックルの詠唱が終わっていた。
と、同時に、
「ガァアッァアアアアアアアアアァアア」
サワラザールが苦悶の声をあげて絶叫する。
見れば、サワラザールの耳元を中心に無数の見えざる斬撃がサワラザールの体中を切り刻み、流血させていた。
「スズカよ! 今じゃ。たたみかけるんじゃ!」
モッケ爺が地面からぼこっと出てきて、地に開いた穴を指し示しながら、俺に発破をかける。どうやら、モッケ爺は作戦通り、俺が巨風霊にぶちのめされて地面を転がっている時に、土の中に潜り込んで任務を遂行していたらしい。
「【寄生の種】【幻覚香】【疾風の矢】」
俺はモッケ爺を信じて、地面の穴に向けて魔法を立て続けに放つ。
俺やシックルがサワラザールの注意を引いている間に、モッケ爺の掘った穴は巨風霊の結界を地中から迂回して、サワラザールを直接狙える地下通路を形成していた。
結果。
シックルの大技で全身を切り刻まれ、実に十年越しの痛みに混乱するサワラザールへと、俺の魔法が届く。寄生の種がサワラザールの体内へと撃ち込まれ、サワラザールの魔力を吸いながら急速に枝葉を伸ばしていき、続いて幻覚香が風の結界内に充満する。外からの攻撃を防ぐ楯は、今や毒ガスから逃れられぬ檻と化していた。
が、サワラザールとて歴戦の猛者。咄嗟に自分の頭だけを覆う風の結界を創り出して、幻覚香を吸わないように対処してみせる。だが、それではいずれ酸欠だ。あるいは、無数の傷口から幻覚香が血中に溶け込んでいくのが先か。
回避するための手段は一つしかない。
サワラザールは巨風霊の召喚を解いた。
幻覚香が空中へと解放され、たちまち薄くなっていく。
「よしっ。今のうちに逃げよう」
「何、馬鹿なことを言うておる」
「スズカさん、あとはしこたまあいつの頭を殴って気絶させれば良いだけっすよ」
モッケ爺とシックルが満身創痍のサワラザールの元へと駆け寄る。
「シックルよ。暴れられても困るからの。邪魔な手足は全て切り落としてしまえ」
「了解っす」
流石に、四肢切断で肉ダルマにして連れて帰るというのは、あまりにも野蛮ではないだろうか。そう思って、俺が二人を止めようとした時。
「ガアアアア!」
サワラザールが一喝。大声で吠えると、なけなしの魔力で作り出した竜巻をシックルとモッケ爺に放ち、二人の接近を邪魔する。
「なんじゃ、そんなものが何の時間稼ぎになるというんじゃ」
嘲笑うモッケ爺だったが。
サワラザールは、揶揄するモッケ爺を無視して隅に立ててあった屏風を弾き飛ばした。すると、そこには大きな革袋が一つあり、サワラザールは引き裂くようにして袋を開ける。
中から出てきたのは人間だった。まだ子供だ。ボロボロの貫頭衣を着せられ、髪もボサボサに伸びきっている。だらりと手足が垂れ下がり、生きているのか死んでいるのかも分からない。
「なんで、人間が・・・」
あまりに突然の予想だにしなかった出来事に俺は一瞬、思考が停止した。
サワラザールは、そのまま人間の子供をむんずと掴むと、がぶりと左足に噛みつきそのまま食い千切った。子供は悲鳴をあげる。
「はっ?」
何が起こっているのか分からず、俺はますます混乱する。ただ一つ分かったのはサワラザールが、子供の足を喰った途端、傷口が癒え、流血が収まり、覇気を取り戻したことだった。
「ふ、はっ、はっ、は。やはり、念のための備えは、しておく、ものだな・・・ちっ、こいつは取れんのか」
サワラザールは完全回復とまではいかないものの、魔力もある程度取り戻しているらしい。しかし、【寄生の種】は相手の魔力を吸って育つ魔法植物だ。斬撃や幻覚香の後遺症と違い回復系の技では対処できないどころか、悪化させることすらある。
「むっ、いかん。もう一度巨風霊を呼ばれる前に始末するんじゃ!」
「おうよ」
モッケ爺は石弾を放ち、シックルは尻尾の大鎌を振り上げサワラザールに襲い掛かる。サワラザールは巨風霊を呼び出すだけの集中力を得られないのか、はたまた魔力が足りないのか、風の刃を爪に纏って、両者を迎撃する。
俺はその隙をついて、サワラザールに片足を食い千切られて呻いている子供の元へと疾走した。
ようやく。ようやく、この世界で人間と出会えた。
「【多聞天】【言語把握】」
俺の脳内に、この子の脳内言語情報が流れ込む。
「大丈夫か?」
俺は少年を抱きかかえる。
「うっ・・・あなたは・・・助けに、来てくれたんですか?」
「いや、たまたまだ。でも助ける」
「あ、ありがとう。お姉さん」
・・・いや、俺はお姉さんじゃなくて、お兄さんなんだが。しかし、格好が格好なので、致し方ない誤解だ。
「俺はスズカ。君の名は?」
「ボクはモリアン。モリアン・バロル」
ボクとか言ってるし、ハスキーボイスに少年っぽいさが感じられるので、たぶん男の子だろう。それに胸がぺったんこだからな。
「分かった。モリアン君。もう少しだけ我慢していてくれよ」
俺がそうやってモリアンを元気づけていたら、
「スズカさん!」
シックルの焦り声が耳に入る。振り返れば、サワラザールが猛然とこちらに向かって襲い掛かってきていた。寄生の種はだいぶ成長してサワラザールの手足にも巻き付いているが、まだまだ動きを拘束できるほどではないらしい。
「俺様のエリクサーは渡さんぞー」
どういうわけか、この少年はサワラザールの回復アイテムとして機能するらしい。ならば、それこそ渡すわけにはいかない。
「【寄生の種】【疾風の矢】」
俺は至近距離からもう一発寄生の種を撃ち込んでやろうと魔法の矢を放った。この距離から回避は無理だろう。俺も逃げられないので一発喰らうだろうが、差し引きすればこちらの方が部が良い。
が、
「【風の支配者】ぁあああ!」
サワラザールの隠し玉が発動した。俺の放った風の矢はあろうことか向きを変えてサワラザールではなく、俺を襲い、寄生の種ごと俺の胸元に深々と突き刺さった。俺の胸元から魔法植物が芽を出し、葉をつけて伸び始める。
これはまずい。
と、思うのも束の間、サワラザールの拳が俺の腹を撃ち抜く。まあ、しょせんゾンビの体だから別に痛くも無いし、平気だが。
しかし、
「【風削撃】ぃいいいい!」
そこからサワラザールの追撃の魔法が炸裂した。その魔法は文字通りエイロフの
腹に大きな風穴を貫通させたのだった。ゾンビとは言え、背骨や背筋を中心に腐肉を支えて維持していることに変わりはない。骨格を真っ直ぐ維持できなくなった俺は、その場に崩れ落ちる。
「ふははははははは! まずは一匹! 貴様らぁああ、絶対許さん。そこの二匹も今すぐぶっ殺してやるわぁあ」
サワラザールは俺を放置して、シックルとモッケ爺の方へと襲い掛かる。
まあ、サワラザールが勘違いするのも無理はない。普通腹に風穴を開けられたら死ぬだろう。仮に生き永らえていたところで、まともに戦闘は出来まい。彼にとっては残念なことだが、あくまでも俺の本体は首から上なので、俺からしたらこの状況は戦車を壊された歩兵という状況に過ぎないんだが。・・・いや、それはそれで致命的な状況だな!?
「うっ、そ、そんな。スズカさん。ボクのせいで・・・ボクなんかを助けようとしたから、こんな・・・」
モリアン君が泣き顔でワナワナと震えながら、俺を抱きしめる。なんか、さっきと態勢が逆になっている。
「えっと、大丈夫だよ、モリアン君。俺は平気だし。これは俺の戦闘センスの無さが招いたことだからね」
首から上が無事な限り、俺は全く平気である。
さて、ここからどうするか。やはり、死んだと見せかけて背後から奇襲をかけるのが上策だと思うが。
と、俺が逡巡していると、モリアン君は泣きはらしながらも、覚悟を決めたような顔をした。
「うっ、ぐすっ。スズカさん、ボク、ごめんなさい、気遣ってくれて。そんな平気だなんて嘘ついて・・・。だから、失礼します」
「いや、本当に平気で・・・っ!」
モリアン君の顔が接近する。髪が垂れ下がり、額が見えた。いや、正確には額に開く三つ目の眼が俺を見降ろしているのが見えた。
俺が三つ目の眼に驚いていると、
「【結ばれる愛】《ラバーズ》」
モリアン君が詠唱と共に、唇を重ねてきた。
途端、俺の体内に熱い魔力が迸り、体中に生気が蘇る。それに、無秩序に俺の魔力を吸いながら伸びていた寄生の種が俺の制御下に入った感覚があった。どうやら、モリアン君は回復系というより、強力なバフ系能力の持ち主だったらしい。
・・・しかし、困ったことになった。きっと、モリアン君は俺が女、それも爆乳のお姉さんだと勘違いした結果、接吻をブチかますことを決断したんだろう。でも実は男でした・・・なんて知ったらショックでトラウマになるんじゃなかろうか。そう考えると可哀想というか、随分罪深いことをしてしまった気がする。いや、俺がされた方なんだけどさ。幼気な少年の心を弄んでしまったようで心苦しい。
「ど、どうして」
モリアン君が風穴が空いたままの俺の腹を見て狼狽える。どうやら、今の能力を使えば、どてっぱらに穴が空いていても塞がるはずだったらしい。まあ、ゾンビの体だからね。
「問題ないよ」
俺は、寄生植物をあえて体内に潜らせ、腹の穴を枝葉で埋める。要は背骨を連結して腐肉を支える事さえ出来れば、何でも良いのだ。
俺は体内に魔法植物を巡らせ、腐肉の体を補強すると、その場で立ち上がる。
「よしっ。それじゃ、ちゃっちゃと終わらせますかね」
なぜか、全く負ける気がしなかった。
「おい、サワラザール。こっちだ」
俺は、モッケ爺とシックルを闇雲に追いかけ回しているサワラザールに声をかける。サワラザールは俺の方を向くと、一瞬ギョッとした顔を作り、直ぐに怒りに顔を歪めた。
「貴様ぁああ、俺様のエリクサーを勝手につまみ食いしたなぁあ」
「ただの味見をしただけだ・・・いや、させられたって方が正しいのか?」
「許さん! 【巨風霊】!」
サワラザールが再び、例の見えざる召喚獣を呼び出した。
が、
「なんか、小さいな?」
最初の巨風霊はまさに巨大でゆうにサワラザールの2、30倍はあったのだが、こいつはサワラザールの2、3倍くらいの大きさしかない。ただの風の鎧のようにすら見える。
「黙れ。貴様らにはこれで十分だ」
「いや、足りないな」
この大きさなら、たぶんシックルの飛行鎌も錆び付く前に、サワラザールの手足を切り落とせていたろう。
「ぬかせ!」
サワラザールが巨風霊の拳に自分の拳を合わせ、主獣一体となって俺に襲い掛かってくる。普段の俺なら、まずは逃げ惑って距離を取る所だが。
「おらぁああ」
真正面から撃ち合った。
拳が交わると、猛烈な風圧が俺の拳を跳ね飛ばそうとする。それを見てサワラザールがニヤリと笑う。
が、俺の拳の中から腐肉を突き破って魔法植物が風圧をも押しのけて、サワラザールの拳へと突き刺さる。
「ぬぅ!?」
サワラザールは驚き、俺から距離を取ろうと後ろへ飛び退くが、その拳に突き刺さった寄生植物は外れることなく長々と伸びるだけだ。そのままサワラザールの体にグルグルと巻き付き、あるいはブチブチと表皮を破って体内に侵入していく。
「く、くそぉ、こんなもの」
サワラザールは当然、それを引き千切ろうとする。
が、魔法植物の蔓を掴もうとした反対の腕は、シックルの尻尾の大鎌がキラリと光るとともに、だらりと垂れ下がった。
「させねぇっての」
「はっ、馬鹿め。俺にはこいつがいるんだよ」
だいぶ小さくなってしまった巨風霊の拳がサワラザールを拘束する蔦を引き千切ろうと掴む。しかし、巨風霊が掴んだ部分はよりいっそう葉が生い茂って植物は成長し、逆に巨風霊は薄くなっていく。それでもこの健気な召喚獣は頑張って主人の拘束を解こうとするが、俺の魔法植物の頑丈さがその努力を上回っていた。
「終わりだよ。サワラザール」
「こんな、馬鹿なことが・・・俺様は無敗の、不可触の王だぞぉおおお」
「知らんがな」
寄生の種から生まれた魔法植物はさらに勢いを増してサワラザールと巨風霊の魔力を吸いだし、ついに巨風霊は掻き消え、サワラザールが身動きを取れないほどにまで雁字搦めに巻き付いて拘束してしまった。
「よしっ! 撤退だ。撤退しよう。コイツを引きずっていって早く逃げ出そう」
「運ぶのが一苦労じゃな。シックル、やはりコヤツの手足を斬って軽量化を・・・」
「そういうのナシで! 俺が頑張って運ぶから止めたげて」
まあ、とにもかくにも無事任務完了である。
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