第四十怪 鵺の交渉①

 キゾティー族のボス、サワラザールを俺たちが拘束することに成功した後は、トロツキの撤退支援班による速やかな行動により、俺たちは何とか他のキゾティー族の巣から援軍が駆けつけてくる前に帰路につくことができた。


 帰路の舟の中では皆クタクタでほとんどの者は押し黙っているか、痛みに呻くかしていた。もっとも、なかには若いゴブリン達が興奮冷めやらぬ様子でペチャクチャしゃべっている様子だったり、その横で静かに仲間の死を嘆じている者、船の間をひょいひょい飛び回って怪我人の治療をして回る者などもいる。

 モッケ爺はゴブリンの高官と一緒に被害状況や戦功などの知らせを受けて状況の分析をしているようだった。

 シックルは「おいら、ちょっと眠るっす」と言って俺の胸の谷間に潜り込んで寝入っている。モリアン君がシックルを複雑な表情で見ていた。お年頃かね。

 なお、モリアン君は、俺がゴブリン達を仲間だと言った時は信じられないものを見る目だったし、船の中でも周りを不安そうに伺っている。まあ、詮無い話だ。ようやく人間の冒険者に助けられて人間の世界に帰れると思ったら、相手が魔獣たちの仲間だったとなれば、安心できる要素などどこにあろうか。


 キエン君は興奮冷めやらぬ若者の一人だったらしく、俺に戦いの様子を詳しく聞かせてくれた。たまに鉄鼠のライゴとかいうのが横から訂正したり、抗議したりしていたが・・・。


 で、問題は・・・。


「主殿ぉぉぉぉぉ」

 ワルガーが青白い顔をして俺を睨みつけている。恨めしやぁ~とか言って化けて出てきそうな貌だ。

「えっと、ワルガー、お手柄だったね! 聞いたよ、キカザールを見事撃破して、そのまま広場の敵勢力も一掃したって」

 俺は頬を引き攣らせながら、よいしょしてみるが。

「小生のことなど、どうでも良いのですよぉおおおお! エルガーが、エルガーがぁあああああ。わあああぁああ」

 ワルガーは泣き伏してしまう。

「ちっ、うっせーな。生きてたんだからピーピー泣いてんじゃねーよ馬鹿親父」

 エルガー君、と思わしき存在が耳に指を突っ込みながら、苦言を呈する。


 俺は改めてエルガー君をまじまじと見つめた。

 上半身は人間の少年。頭に山羊の角、背に蝙蝠羽、下半身は虎で、蛇の尻尾。俺の知っているファンタジー生物だと、一番近いのはサテュロスだろうか。

「いやぁ、それにしても凄い変身ぶりだね」

「俺はまだ自分の姿、ちゃんと見れてない・・・んです。だから、自分では何ともって感じ・・・なんです」

「テオテカ砦には鏡がいっぱいあるから、それでよく見ると良いよ」

「はい。そのつもりです」

 エルガー君、俺と話すときはめっちゃ態度固いんだよなぁ。ちょっと寂しい。


「うわぁああん、すまない、キャサリン。俺様はお前と約束したのに。エルガーがこんなことになってしまうなんて・・・主殿のせいだぁあああ。主殿の口車に乗せられた俺様が馬鹿だったんだぁあああ」

 ワルガーは俺に恨み言を言いながら泣き続ける。

「・・・・・・」

 返す言葉もない。俺のせいなのは間違いないわけだし。

 が、エルガー君はそうは思ていない様子で。

「はぁ!? なに、ボスのせいにしてんだよ。自己責任だっつってんだろ。ついて行きたいって言ったのは俺だし、安全地帯から抜け出したのも俺だし、ムラサメ師匠の忠告無視したのも俺だし、全部俺のせいじゃん。むしろボスがムラサメ師匠を俺につけてくれてたおかげで、一命取り留めた上、敵将を討って、ゴブリンのボスも救助出来たんじゃねぇか。ちっとは、自分の息子が初陣で大将首上げたことを祝えっての」

 エルガー君に諭され、ワルガーは一時泣き止み、顔を上げるが、その目が再びエルガー君の貌を捕らえると、またもやわっと泣き出した。

 それを見て、エルガー君はだんだんイライラ声のボルテージが上がっていく。

「なんだよ。姿形が変わったら中身が一緒でも、もう俺は親父の息子じゃねぇええってか?」

「い、いや、そんなことは言っておらん」

「じゃあ泣くなよ。化他糞悪い。折角、今回の戦を超えて、親父のことが尊敬できるようになったっていうのに・・・損した気分だぜ」

「え!? エルガー、今何んと?」

「損した気分だぜ!」

「その前!」

「前も後もあるか! 損した。まじで損した。あー損した。損した」

「エルガー・・・・・・そんなことを言わずに!」

「知らねえ。一々自分が言ったことなんて覚えてねえよ!」

 何だかんだ言って、良い親子で羨ましい。


 まあ、この親子には当分優しくしようと思う。俺は人間の感性をしているから、しわくちゃの猿の顔のマンティコアから人間の顔のサテュロスへの変化なんてむしろ歓迎くらいのもんだ。

 しかし、ワルガーから見れば、逆。想像してみて欲しい。ある日あなたの一人息子が冒険にいって帰ってきたら猿の貌になっているのだ。しかも死を免れる代償に永遠に元には戻らないという。そりゃあ、泣くだろう。生きて帰ってきた奇跡を喜ぶよりも、その顔の変貌という不幸をより強く感じる事だろう。中にはその奇跡を神に感謝できる者もいるかもしれないが、そんな者は極少数の聖人だけだ。


 で、まあ、ワルガーとエルガーの親子についてはそれで良いとして。隣に置いてある真っ黒い繭のような塊二つも、まあ良い。よくは無いが、取り敢えず放っておいても良い。


「さて・・・ムラサメ。きちんと説明してくれよ」

 俺はそう言いながら、じっと黙っているムラサメの方を振り返る。

「・・・説明と言われてもね。全部エルガーが説明した通りだし、僕から付け加えて言うべきことなんてあるのかなぁ?」

 と、ムラサメは惚けたことを言う。

「いや、あるだろ。俺はお前のことを何も聞かされていなかったんだぞ」

「・・・いやぁー、てっきり全部知ってたからこそ、僕をエルガーに万が一の保険としてお供させていたのかと。こうなることを予想して僕をエルガーと一緒に行かせたのか! さすがは叡智聡明なるスズカ、僕のお父様は素晴らしい先見の明の持ち主だね! って思ってたんだけど。違ったの?」

 と、ムラサメは俺をよいしょしまくる。

「はっはっは、実はその通り、全部俺の計算通りなのさ! ・・・って俺が都合の良い波に乗っかるとでも思ったか? そんなわけあるか、俺は何も知らんわ。っていうか、今のが本心だったとしてもそういう過大評価はいつか致命的な意思伝達のミスを犯すからやめてくれよ?」

「ちっ。流石はお父様。おだてても木には登らないか」

 俺は豚じゃねぇ。ろくろ首だ。


「別に隠し事してたわけじゃないよ。僕は未だ生まれたばかりで思考力も言語能力も未発達だったから。何が伝えるべき情報かも判別できなかったし。それに本体の剣に詰まった膨大な量の記憶を処理するのだって未だに半分も済んでないんだよ?」

「今は滅茶苦茶流暢にしゃべってるじゃないか」

「それはエルガーと契約したから。一気に覚醒した感じ」

「・・・なるほど」

 まあ、話の筋は通っている。

「お父様。僕のこと疑ってるの?」

 ムラサメの口調は急に不安げな幼子のそれになっていた。

「疑っているというより、予想外のことが起きて混乱しているだけだよ。ムラサメは良い子だよ。それはちゃんと分かってるから。・・・そう言えば、言うのが遅れてごめん。どういう形であれ、エルガーを無事に連れて帰ってくれてありがとう」

「へへへ」

「・・・・・・」

 エルガー君から聴取した話によると、ムラサメは自分の依代の剣を、テオテカ砦の三祭具が1つ契約魔剣バフォメット、と言ったそうだ。三祭具。つまり、まだあと二つ何かが、ロークビ帝国の不可思議な遺産があるというわけだ。帰ったら、探す必要があるだろう。


♦ ♢ ♦ ♢ ♦


 トロツキの洞窟に帰還した俺たちは、警備の者を除いて爆睡した。幸い、キゾティー族はボスを誘拐された上、近衛を散々に撃破されて混乱しているのか、直ちに報復戦を仕掛けてくる様子は無かった。

 しかし、そんななかでもモッケ爺だけは一人忙しなくあれこれと指示を出していたらしい。俺やシックルが起きた時には、テオテカ砦に帰還するためのガチョウやら、それらに引かせる荷車などすっかり用意が出来ていた。

 なお、モリアン君はゴブリンがひしめく洞窟ではとても眠れたものでは無かったようで、ずっと起きたまま俺の体を掴んでピッタリくっついていたようだ。


「スズカよ。あの魔法植物はどれくらいもつんじゃ?」

 モッケ爺が、蔦でグルグル巻きにされて気絶しているサワラザールを指して、俺に尋ねる。

「寄生対象が死んだりしない限りは大丈夫だと思う」

 もし寄生対象が死ねば魔力を吸えなくなって、枯れてしまうのだ。

獣質けものじちとして使う以上、生かしておかねばな」

「手足を切り落としたりは無しだよ」

「・・・伝えておく」

 モッケ爺は渋々という様子で俺の言葉に頷いた。まあ、これは俺の我儘だ。獣質を管理する側からすれば、手足を切り落とした方がリスクは低くて安全だろう。

「ただし腕輪は没収じゃ」

「腕輪?」

「サワラザールがしておった両手の腕輪じゃ。どうやら風の属性の親和度を引き上げる強力な魔道具であったらしい。通りで、あの召喚獣が法外な強さだったわけじゃ」

「なるほど・・・種も仕掛けもあったというわけか」


 と、そんな話をしている所へ、伝令のゴブリンが駆け込んできて、モッケ爺に耳打ちする。

「ふむ。どうやら、キゾティー族側から使者が来たようだ」

「思ったより対応が早いな。こっちとしては有り難いけど」

「こんなに早く来るというのは、とても全権大使とは思えんのう。権力闘争の匂いがするんじゃよ」

 

 とにもかくにも、その大使とやらは洞窟内に通され、全身包帯でグルグル巻きのトロツキの総長とその側近連中に加えて、モッケ爺、それに俺とシックルやキエン君が簀巻き状態のサワラザールを引き出してその上に腰かけて応対することになった。

 獣質に対する扱いがぞんざいに過ぎないかと思ったが、モッケ爺曰く、敵将を捕らえた場合の慣わしであるらしい。まあ、それが慣習だというなら、大人しく従うまでだ。


 使者としてきたマンティコアは、顔に無数の傷を負った厳つい奴だった。毛並みもゴワゴワと固そうで、黄色の縞模様さえ黒ずんで見える。単身交渉に乗り込んできたのだ。豪胆な吾人であることは疑いようもない。


「拙者は、タベザール。キゾティー族第1号営巣の守将軍である。この度、我らが王が囚われの身となった聞き及び、解放の交渉に参った次第である! 王はまだ生きておられるか?」

 臆することなく、タベザールは堂々と口上を述べる。モッケ爺が総長とタベザールの間を通訳してやり取りするようだ。

「おほん。タベザール殿。敵地に単身でよくぞ参られた。汝らが王はそこにおる。まだ生きておるし、条件次第では即時の解放も考えよう」

 タベザールはちらりと俺たちの尻の下にいるサワラザールを見る。気絶してはいるが、生命反応があることは分かったのだろう。タベザールは・・・なぜか、ちょっとガッカリした顔をした・・・ように見えた。いや、気のせいかもしれないが。


「条件とは盗人猛々しいことを言う。貴様ら、勝手気ままに我らの家に押し入り、王を拉致していったのだ。行いを反省し心を改めて、即時に王を解放するならば、この度の侵略行為は特別に不問に付しても良い」

 タベザールは威嚇するような口調で捲くし立てた。

 それを聞いてモッケ爺はカラカラと笑う。

「四六時中よそ様の家を監視し、狩猟採集の妨害に、はぐれて行動していた仲間を殺害し、あまつさえ家宝を寄越せと傍若無人なる振る舞い。その報復を受けておいて、盗人猛々しいとは、それこそ面の皮が厚い奴の言い分であるぞ。汝らこそ行いを反省し心を改めて、即時に詫びの品として生贄を50体差し出すならば、寛大なる心で許してつかわそう」

 50体と聞いて、俺は眩暈がした。最初にドカンと大きく要求するのはモッケ爺のいつものやり口ではあるものの、キゾティー族は総数百と数十という話だ。群れの実に半分近くを肉塊にしろとはあまりにも酷い。

 流石にタベザールも予想を超える要求だったのか、しばし絶句する。そこへ、モッケ爺がさらに言葉を重ねる。

「もっとも、今の提案は今後も汝らがトロツキと敵対するならばという話じゃよ」

「・・・・・・」

「タベザール殿。我らはとても誠実だ。我らはキゾティー族と友好的な関係を結びたいんじゃよ。襲った巣では、無用に女子供を殺したりはしなかったであろう? キカザール殿や、イワザール殿はどうしておられる? トドメは刺さなかったと報告を受けておるのじゃが?」

 モッケ爺が畳みかける。対してタベザールは苦い顔をしながら頷いた。

「左様。両名とも生きておりまする。キカザールは全身骨折で療養中。イワザールは全身火傷の上、王を守れなかったとして自ら牢屋に入ってしまって出てこようとせぬ次第。死傷者はほとんど戦士であった」

「良き良き」

「・・・では、友好条約を結べば、王を返して頂けるのか?」

「我らとしてはそうしたい所じゃが、しかしてそちらの誠実さを信用する担保がないんじゃよなぁ。この王を返せば、明日にでも約束を反故にして攻めてくるに違いあるまい? どう思うかね? タベザール殿」

 モッケ爺の首がグリンッと180度引っくり返る。ちょっと怖い。

「・・・王はそのような方ではござらん。負けは負けと潔く認めて、約束事はきちんと守る方である」

「ほぅほぅほぅ。それは素晴らしい吾人ですなぁ。・・・では本人にそれが本当かどうか聞いてみるとしようかの?」

 モッケ爺が俺たちに目配せした。


 俺は寄生植物の蔓に指を絡める。寄生の種の魔法を何度も使って使い慣れてきたおかげか、魔力吸収の勢いなどを自由にコントロールできるようになった。サワラザールからの吸引を止め、ただし枯れないように俺自身の魔力を代わりに与えてやる。

「おい。起きろ猿」

 シックルが乱暴にサワラザールの貌を叩く。

「ん、んぐぅう」

 唸り声は出すが、まだ意識は戻らないらしい。すると、キエン君が炎を吐き出して小石を炙ると、それをサワラザールの尻に押し付けた。

「んぎぃいいいい」

 どうやらお目覚めのようである。


「こ、ここは・・・なんだ、これは?」

「おはようございます。サワラザール殿」

 俺はサワラザールの上に腰かけたまま、挨拶する。

「貴様はっ! ・・・そうか、俺様はあのまま敗北して捕らわれたの身になったか」

「理解が早くて助かります。今現在、あなたの解放交渉中なんですよ」

 サワラザールは、首だけ動かして部屋を見渡して、だいたいの状況を把握できたらしい。そして、使者として来ていたタベザールと目が合った。

「ふっ、ふっはっはっは。残念だったなぁあ、タベザール。幸か不幸か、俺様は生きているぞ。貴様に後釜は譲ってやらんわ!」

 サワラザールの煽り文句にタベザールは歯をむき出しにして怒る。

「何という戯けたことを! 確かに拙者は王位を狙っておるし、貴様が死んでいれば良いと思わなかったと言えば噓になるが、今はそのようなことを言っておる状況では無いわ! 貴様とミザールが囚われ、他二近衛も半死半生。シラザール代官は記憶喪失、守将軍カガザール殿は引責自決。あろうことか、2号営巣の守将軍カツザル殿と3号営巣の守将軍ヒデザル殿がそれぞれ貴様の次男坊と三男坊を担いで権力を握ろうと不審な動きを始めておるというに」

「・・・フレザールはどうした?」

「長男坊は昨夜どこぞに遊びに行っていたらしく、まだお帰りになりません」

「あのバカ息子はとんと武運に恵まれん奴だなぁ」

 囚われの身だというのに、サワラザールは実に暢気な雰囲気でタベザールと会話する。


「おほんっ。今は交渉の席じゃ。身内のゴタゴタ話は後でやってくれんかの?」

「はっはっは。すまん。すまん。それでいったいどういう交渉になっているのか教えてくれんか?」

 サワラザールは自分の身の安全がかかっているというのに、お気楽な様子を崩さない。良くも悪くも、こいつは大物だ。

 タベザールはイライラしながら自分の顔を爪でガシガシ引っ掻く。

「友誼を結ぶための信用問題の話をしておるのだ。うちの王は約束は守るタイプだと言っても信じて貰えず困っておる」

「あー、そりゃあどうしようもねぇわな。口約束じゃあどうにもならねぇ。・・・生贄は何匹寄越せと言われた?」

「50」

「50!?」

「・・・友誼を結べないならば、という話じゃよ。我らの安全を確保するためにはそれくらいの戦力削減をして頂かねばならんじゃろう?」

 素っ頓狂な声を上げるサワラザールにモッケ爺が補足説明を入れる。


「・・・ふんっ。つまり、肉が欲しいといより、まずは安全保障が第一に欲しいというわけか。しかし、俺様に三近衛までもを倒し、まともに使える戦力は各営巣の守将軍くらいのもの。それだけの戦力を持っているにも関わらず安全保障を求める必要がどこにあると・・・いや、なるほど」

 サワラザールは俺たちの方を仰ぎ見て、ニヤリと笑う。

「ははーん、給金の限界か何か、どういう理由かは分からんが、お前ら雇われの用心棒どもは長居出来んのだな?」


 ・・・あれ、これはマズイ所を見抜かれてしまったか!?

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