第四十一怪 鵺の交渉②

 サワラザールはニヤニヤと笑い続ける。

「おい、タベザール。どうやら、この交渉はダラダラやる方が有利のようだぞ」

 その発言を聞いても、モッケ爺もトロツキの総長も顔色を変えることなく、泰然自若としている。俺は思わず苦い顔をしそうになって、そっぽを向いた。ポーカーフェイスは苦手だ。


 が、大仰に反応したのはタベザールであった。

「何をおっしゃるか!? 仮にそうであっても、我らとて交渉が長引くほど族内の混乱は制御を超えまする。今頃、カツザルもヒデザルも王は殺されたと吹聴しておるに決まっている」

 それを聞いて、サワラザールは冷たい眼をタベザールに向けた。

「馬鹿め。なぜ、それを言ってしまうのだ・・・。これだから武官は。なぜ、文官を交渉役に出さなかったのだ?」

「・・・文官は誰も、恐ろしがって行くと言いませんでした故」

「やれやれ。野心家のシラザールならば、喜んで虎口に飛び込んだであろうに。無欲な文官ほど使えん者もないな」


 どうやら、サワラザールもこの交渉をさっさとまとめ上げたいのが本音だったらしい。なかなかの狸ぶりだ。


「サワラザール殿。お互い時は貴重というわけじゃ。さてさて、貴殿が信頼に足る友誼の担保を用意できぬ場合は、貴殿の解放はお仲間50匹と引き換えということになるが、何か知恵は働きましたかな?」

 モッケ爺が意地悪く問いかける。

「・・・まあ、そうせっつくな。気の短い年寄りめ。はっはっは」 

 サワラザールは大口開けて笑うが、うっすらと額に汗が垂れている。余裕ぶっているが、実際は死中に活を求めて脳みそを振り絞っているに違いない。


「・・・タベザール。一つ、問おう」

 サワラザールは慎重に口を開いた。

「何でありましょうか」

「もしも、俺様がこ奴らに殺されたら、何が起こるかね?」

「その場合は、獣質がいなくなるわけですから、仇討ちと称して総員一丸となってここを攻めるでしょうな。後の主導権を握るのは、間違いなくもっとも仇討ちの手柄を立てた者となるでしょうから、カツザルもヒデザルも全力で挙兵するでしょう」

「そうだ。だから、こやつらは出来れば俺様を殺したくはない。・・・だろう?」

 サワラザールがモッケ爺を伺い見る。

「獣質とは、もとよりそういうものじゃ」

 モッケ爺も否定はしない。が、せせら笑って言葉を続ける。

「で、それがなんじゃ? だから己が身は安全だから、取引には応じぬと?」

「いや。ただの前提の確認だ。そちらとて交渉が頓挫しても極端なことはできないというわけだ。・・・なので、まずは50匹という法外な要求を現実的な所まで下げて貰いたいのだが?」

「貴殿は、その引き下げのための交渉材料をお持ちなのかな?」

 モッケ爺はただでは条件を下げるつもりはないらしい。


「・・・再度確認するが、お前たちの根本的望みは安全保障なのだろう? 故に取引材料となるはずだ。未だ健在の各営巣の守将軍の全能力と性格、及び弱点を開示してやろう」

「なっ! 王よ。それは群れを売り飛ばす行為ではないか!?」

 サワラザールの発言に、タベザールが仰天する。

「心底見損なったわ! そんなにも玉座にしがみついていたいと言うのか? これはもう、むしろ殺されてしまった方が群れの為だ。解放交渉などするものか。やめだやめだ」

 いきり立ち、タベザールはその場を去ろうとする。

 が、モッケ爺が素早く合図すると同時に、武装したゴブリン達が一斉に武器を掲げて通路という通路を塞いでしまった。

「なっ!?」

「ふ、ふはははは。残念だったな。タベザール。こやつらは、どうやら俺の話に興味があるらしいぞ。はっはっは。まあ、落ち着け。貴様が逃げ帰った所で、状況は好転すまい。飲むにせよ、拒絶するにせよ、交渉の結末まで見ておく分には損はあるまいよ」

 そう諭されて、タベザールは渋々座り直した。


「で、俺様の話に興味があるということで良いのかな?」

「考慮に値する・・・と言っておこう」

 モッケ爺の返答は婉曲的だったが、今までの反応と比べれば態度の違いは明らかだった。

「ふっふっふ。では、あとは値付けだが。一守将軍の情報につき、10匹分の生贄と引き換えで買ってくれんかね?」

「それは高い。せいぜい5匹じゃよ」

「おいおい。ふざけたことを抜かすな。我がキゾティー族の守将軍は皆一騎当千の強者なるぞ。他の構成員10匹分の強さがある」

「ほほぅ? その話が本当ならば、生き残っている守将軍全員を生贄として差し出せという条件でも構わぬが?」

 サワラザールはしばし閉口した。

 モッケ爺が今天秤に載せているのは、50匹分の戦力の削減要求である。単に情報だけでは釣り合わないのは当然だった。

「仕方ない。8匹にまけてやろう」

「5匹じゃ」

「おい、ふざけるな。貴様も歩み寄れ」

「歩み寄る動機が無いんじゃよ。5匹じゃ。受け入れるが良い、敗者よ」

 モッケ爺が胸毛を膨らませて威嚇しながら言うが。

「馬鹿を言え。5匹では、どのみち俺様の活路はなくなる。交渉は終わりだ! 用心棒の立ち去った後で貴様らは、統率を失ったキゾティー族と終わりのないダラダラとした報復合戦を楽しむが良い」

 サワラザールも負けじと覇気をこめて言い返す。

「・・・まあ、6匹でも良かろう」

「7匹だ」

「・・・良かろう。7匹分で貴殿の情報を買おう」

 意外にも、モッケ爺はサワラザールの最後の一押しにあっさりと引き下がる。


「よし。俺様が売るのは、そこにいる1号営巣守将軍タベザール、2号営巣守将軍カツザル、3号営巣守将軍ヒデザル、5号営巣守将軍ミツザルの四人分だ。そこの馬鹿が、自決したなどと口を滑らせなかったら、6号営巣の守将軍カガザールの分も取引に使えたのだがな」

 と、サワラザールがタベザールを当てこすると、タベザールが激昂した。

「黙って聞いて居れば言いたい放題、言いおってからに。交渉が不利に働くのは拙者のせいとおっしゃるか!? だいたい4号営巣守将軍フレザール殿はなぜリストにはいっておらんのだ?」 

「別に、全員売る必要は無かろう」

「貴様、自分の息子だけ特別扱いしおって。フレザール殿の情報も売るが良い」

「嫌じゃ」

「がぁああああ! ならば、拙者が売る! フレザール殿に関して拙者が知っていることを洗いざらい吐き散らかしてやるわ! これで35人分の差し引きをして、生贄15匹と王を引き換えということで宜しかろうな?」

 さっきまで、あれほど仲間の情報を売ろうとしたサワラザールを散々罵っておきながら、なんとも不思議なことに、この不義理な交渉の結末はなぜかタベザールがまとめてしまっていた。

 サワラザールはタベザールから顔を背けて、陰でこっそり舌を出している。上に乗っかっている俺からはバッチリ見えていたのだが・・・。やはり、こいつは狸だ。それもとんでもない大狸だ。


「ふむ。そういうことになるじゃろうな。しかし、条件を付けようかのう」

「今更、まだ混ぜっ返すというのか?」

 モッケ爺の言葉に、未だ興奮冷めやらぬタベザールが食って掛かる。

「なあに、難しいことでは無い。本当は6匹分で買う所を、早々に7匹に折れてやったんじゃ、少々の追加条件は良かろう」

「・・・あんの爺め」

 サワラザールが小声で悪態をついた。


「15匹の生贄は、子供に限定する」

「なんだと!? 悪趣味な冷血漢め!」

 モッケ爺の追加注文に、タベザールが血管が千切れるのではないかと思うくらい憤る。最初見た時は落ち着いた感じの武人に思えたのだが、さっきから怒りのボルテージが上がりっぱなしだ。


「まあまあ、そうカッカッとなさいますな。使者殿よ。なにも愛する家族がいる子らを無理に引き剥がして喰おうというわけではないんじゃよ。むしろ、その逆。これは我らが友誼の確認がため。友誼の約定が守られている限り、10日経つごとに一人ずつ解放して、そちらに無事お返ししましょうぞ」

 モッケ爺が、それはそれは優しげな口調でタベザールに語りかける。

「なんと!?」

 タベザールはモッケ爺の提案に驚き目を丸くするが、逆にサワラザールはそれを聞いて目を尖らせ、

「馬鹿言え。受け取ったら、さっさと喰ってしまえ」

 と暴言を吐く。

「貴様はぁああああ。何を言うておるのかぁああ。これ以上群れの者を誰一人失わずに済む提案ではないか。それを言うに事欠いて、食ってしまえだと? 15人の子供の親たちの前でも、それを平然と言えるのか?」

 当然のようにタベザールはサワラザールに怒る。

 が、それに対してサワラザールが何か言おうとした。しかし、それより早く俺はモッケ爺の合図を受けて、魔法植物を操り、サワラザールの口を閉ざして抑え込む。

「ン、ンンン、ンムムム」

 何か言おうとしているが、言葉にはならない。


「申し訳ありませんな。タベザール殿。少々聞くに堪えない暴言でしたので、口を封じさせて頂いた次第でしてな」

「ふんっ。同感ですぞ」

 モッケ爺の言い訳を、タベザールは素直に信じたらしく、首肯した。サワラザールが極寒の冷たい眼でタベザールを見ているが、もはや何もできない。


「それでは、タベザール殿。どうか我らが提案を持ち帰り、とく議論して頂きたいものですな。我らは出来うれば今日中に取引を終えてしまいたいんじゃよ。・・・もし取引が明日以降にもつれ込むようならば、15人の子らはステーキにせよということになるやもしれませぬぞ」

「むっ。了解した。取り急ぎ帰って皆を説得してこよう」

「いやぁ、これは話が分かる頭の良い吾人で幸いでした。ほれ、皆の衆、使者殿がお帰りであるぞ。さあさ、土産も用意しておりますので、どうぞどうぞ」

「うむ。これはかたじけない」

 モッケ爺は最初とは打って変わって腰の低い対応で、果実やら宝石やら酒瓶やらの贈り物をタベザールにこれでもかというほどに持たせる。

 そうやって、タベザールは盛大に見送られた。


♦ ♢ ♦ ♢ ♦


 結局、その日の夕方。キゾティー族は15人の子供を彼らのボスとの交換で差し出した。ゴブリン達は彼ら15人を丁重に受け取ると・・・何匹かに分けて檻に放り込んだ。


「モッケ爺。キゾティーは大人しく子供たちの解放を待つかな?」

「待つであろうよ。サワラザールは一旦敵の虜囚となった身。権威の失墜は免れんじゃろう。となれば、一応の解決をしている外事より、一族内の権力闘争が優先課題となろう。もしもトロツキへの主戦論者がいれば、獣質の親族達からは支持を失うであろうから、多数派工作に精を出す者ほど非戦論者となるはずじゃ」

「なるほど」

「さて、こちらは片付いたんじゃ。早々にテオテカ砦へ帰還せねばなるまい」

「だね」


 俺たちは仮眠を取ったら、深夜に出発して、明朝にテオテカ砦へ到着する予定を組んだ。丸二日も留守にしたのだ。大丈夫だとは思うが、やはり気掛かりである。


「スズカさん、スズカさん」

 呼びかけられて、誰かと思えば、荷車に積まれた荷物の陰からモリアン君に手招きされていた。

「あれ? モリアン君そんな所にいたんだ。どうしたのさ」

「だって・・・周りは魔獣だらけですし」

 トロツキの洞窟はモリアン君にとって神経の休まる場所では無いのだ。しかしそれはテオテカ砦に帰還した所で同じだろう。

「ごめんね、モリアン君。今色々立て込んでてさ。君を直ぐに人間の世界に返してあげれれば良かったんだけど、まだ当分は魔獣達と暮らして貰うことになりそうだ」

 少なくとも、グリフォンとの戦が終わるまでは、俺はあまり自由にテオテカ砦を離れるわけにはいかない。そして、モリアン君を人間の世界に送り届ける役を他の魔獣達に任せるのは非常に不安があった。途中でお腹が空いたから食べちゃいましたとか事後報告受けても俺にはどうしようもない。

「い、いえ、スズカさんにはとても感謝しているので、スズカさんの都合を優先して下さい」

「そうかい? なら、諸々片付くまでは我慢してもらうよ。悪いね」

「いえいえ、全然気にしないで下さい」

 まあ、本心はともかく、モリアン君の立場では我儘を言うわけにもいかないのだろう。

「そうだ。足の方はどう?」

「痛みはもう無いです」

 俺はモリアン君の欠けた左足を見る。サワラザールに食い千切られた部分は応急手当をした後、俺の【慈悲の聖球】《ヒーリングボール》で癒してみたが、流石に足一本丸々生やすほどの力はなかった。トロツキの癒し手たちは仲間のゴブリンの治療を優先して魔力を使い果たしていたから、俺の我儘で、に余分に力を振り絞って貰うわけにはいかなかったのだ。


「そう言えばさ、サワラザール・・・、モリアン君を飼っていたマンティコアのボスの名前なんだけど、あいつはモリアン君の体を回復薬代わりにしていたよね。あれって、どうなってんの? 目が三つあるのと関係ある?」

「いえ。三眼人族トリノクルスの体質では無く、ボク個人の特殊体質です。たぶんボクの能力、【結ばれる愛】《ラバーズ》のせいだと思います。ボク自身の意思で、段階に応じて相手に相応のバフと回復効果を与えることが出来るんですが、ボク自身の血肉は意志に関係なく摂取した相手に力を与えてしまうみたいで。得られる効果自体は低いんですけど」

「それは・・・厄介事を呼び寄せそうな能力だ」

 俺は色々とあり得そうな事態を想像してしまった。

 モリアン君は苦笑いする。

「はい。おかげで随分と人間不信になっちゃっいました。上手くやれそうだなと思った人達とは、いっしょにロークビ密林のクエストに出た結果、浅層だったのにロークビ・ミノタウルスに出くわして・・・今の有様です」

「それは災難だったね」

 これは、このまま人間の世界に返した所で上手くやっていけるのか、疑問だ。本人が心に負っている傷の深さも心配であるし、何より足が片方かけていては満足に生計を立てられないだろう。しまいには、悪い奴らに捕まって解体されたあげく、血肉を細切れにして売られそうだ。


 いっそのこと、魔獣達との暮らしも悪くないよと説得して、この地に留めおいた方が良いかもしれない。

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