第二十二怪 魍魎の棺④
「実戦だと、普段の何倍も視野が狭くなるって母さん言ってたけど、本当だなぁ」
キエンはシックルと選手交代して、グリフォンのゾンビに駆けながら呟く。
無防備に走り寄って来るキエンに対し、グリフォンゾンビは右手の曲刀を上から叩きつけるようにして攻撃してきた。キエンに斬撃が効かないと理解するや否や、即座に、斬撃から打撃に変えたのは正解だ。だが、刀は刀である。キエンが僅かに体を傾げば、ただそれだけで曲刀はスルリとキエンの毛皮の上を滑っていく。
そして、グリフォンゾンビが曲刀を引き戻した時には、その右の曲刀の先端にキエンが器用にバランスを取りながら片足で乗っていた。
「ゾンビにこんなこと言っても無駄かもしれませんが・・・、僕らフレイムラットが人間たちから何て呼ばれてるか知ってます?」
キエンのおしゃべりにグリフォンゾンビは興味を示さず、左腕の曲刀でキエンを薙ぎ払う。・・・いや、薙ぎ払ったはずが、今度はその左の曲刀半ばの所にキエンが立っている。
「僕らは【剣士殺し】と呼ばれてるそうですよ」
再度右の曲刀がキエンを襲う。しかし曲刀が通過した後、キエンはその右の曲刀の柄の当たりに立っていた。
キエンの目の前にはグリフォンゾンビの右手がある。グリフォンゾンビは曲刀を手放した。己の獲物を手放すなど言語道断、あるまじき行為。だが、この状況では最善策。・・・ただ、その判断は一瞬遅かったのだ。ゾンビになって尚残存していた己の武器への執着、いや魂に染みついた剣客としての矜持が生み出した執着が判断を遅らせたのかもしれない。
そう。曲刀が手放されるよりも、キエンが火球をグリフォンゾンビの右手に放つ方が速かった。火球はグリフォンゾンビの右手に着火した。酒気を帯びた腐肉は一気に燃え上がる。
グリフォンゾンビは残った左の曲刀で右腕を切り落とそうと振りかぶる。今直ぐ切り落とせば、全身に火が回らなくて済む。
だが、
「【浄花炎】」
曲刀と共に落下しながら、キエンが指をパチンと鳴らす。途端に、右手の炎が爆ぜた。まるで花が種を撒き散らすように、火花が舞い散る。そして火の粉を浴びたグリフォンゾンビの全身で、炎の花が咲き乱れた。
「ググッ・・・」
グリフォンゾンビは呻き声をあげながらも、尚動き続ける。左手の曲刀を曲芸のように駆使して、自身の肉の表面を削ぎ落とし始めた。
しかし、キエンはその対処法を既にミノタウロスゾンビの時に見ている。想定内だった。しかも、ミノタウロスゾンビの時と違って全身の皮が一気に剥がれ落ちる機能はなかったらしい。
結果、皮を剝ぎ、毛を毟り、黒翼を切り落としと、どんなに燃えた表面を削いでも、曲刀を持つ左手だけは消火出来ない。
「【浄花炎】」
パチンとキエンが指を鳴らせば、左手の炎が火の粉を噴き上げ、再び消火した全身に炎の花が咲く。
「グゥオォォ・・・」
グリフォンの全身の腐肉が炭化していく。削いでも削いでも、その度キエンが詠唱して火は消えず、ついには骨まで焼き尽くされ、消し炭となってグリフォンゾンビだったものがボロボロと崩れ落ちていった。
「やれやれ。とんだ雑魚でしたね。・・・あのデスサイズさん、こんな相手に苦戦していたなんて、ケルベロス相手に大丈夫でしょうか?」
シックルのことが心配になったキエンは、シックルとケルベロスが戦っているであろう方を振り返った。
♦ ♢ ♦ ♢ ♦
「これでトドメよ!」
ノクスの喜色を帯びた声と共に、首なし騎士の長剣が、俺の操る牛鬼のゾンビを袈裟切りにする。どうっと牛鬼のゾンビは倒れ、真っ二つになった。もはや、これでは戦えない。
「クッ・・・」
強化された首なし騎士は強かった。俺は牛鬼のゾンビに対する支配を解除する。
「さあ、これで大人しくウチのコレクションに加わる気にならはったやろ?」
「・・・随分と余裕そうだが、周りの状況は見えているのか?」
驕慢のノクスに俺は笑い返す。
ノクスはそこで初めて周囲を見渡した。
俺は戦闘には負けたが、こいつの注意を俺だけに引き付けていられたと考えれば、戦術的には勝ったといっても過言ではない・・・と主張したい!・・・ダメ?
マンティコアはワルガー含めて皆生きている。シックルもキエンも大丈夫だ。ちゃんと生きている。・・・なぜか、呆然としてお互いを見つめ合っているが、まあ詳しいことは後日聴こう。
ともかく、ノクス側の手勢は全滅。首なし騎士も片腕だ。
「さあ、これで大人しく俺に投降する気になっただろ?」
俺がノクスの言葉を真似して言えば、ノクスは予想に反して気持ち悪い笑みを浮かべる。
「分かってへんね~。浅いんよ。浅い。浅い。浅い!」
ノクスは狂ったように叫び、両手の肉球をパチンと合わせた。
途端に、ゴトゴトと何かがぶつかり軋み揺れる音がする。次の瞬間、聞き覚えのあるバァンッという衝撃音と共に棺の蓋が吹っ飛んだ。
「なにっ!?」
二足歩行するトカゲのようなゾンビが3体現れた。それぞれ三叉戟を引っ提げて鎧のような物まで身につけている。
「ふ、ふふ、あははっ。だぁーれっがゾンビはあれだけって言った? 操れる数に限度があるだけなんよ! 私のゾンンビコレクションはまだまだあるんや。それこそ腐るほどにや! ゾンビだけに」
ノクスが勝ち誇って大笑いする。
「・・・へぇ~。また今度ゆっくり見せてもらうよ」
「あらあら、薄い反応やね。もっと絶望した顔が観れると思っとったんやけど。やせ我慢がお上手なようで」
「まあ、時間稼ぎの役割は十分果たせたかなと思ってさ」
ノクスの眉間にしわが寄る。
ガツンガツンと地下牢の階段からいくつもの重い足音が鳴り出す。
ミノタウロス達だった。
昼間この砦に一緒についてきた古老のミノタウロスが先頭に立ち、その後ろに複数の屈強なミノタウロスの兵士が付き従う。
「モッモーブモ!」
古老のミノタウロスが何か叫ぶと、従士たちはめいめい石斧を振り回して、トカゲのゾンビに切りかかり、その
「ノクス。俺は君の絶望した顔を観れると期待しても良いのかな?」
「・・・・・・チッ」
ノクスは折角召喚したばかりのゾンビ達があっという間に処分されていく様を眺めながら舌打ちする。だが、俺の期待に沿うつもりは無いらしい。
ノクスは馬鹿にしたように鼻を鳴らす。
「まぁ、ええわ。今回はウチの負けやね。ほんに腹立たしいけど、戦の勝敗は兵家の常・・・。ほんじゃ、さいなら」
そう吐き捨てると、突如ノクスの体は力を失い、糸の切れた操り人形のように首なし騎士の鞍から地面に転がり落ちる。首なし騎士も身に纏っていた濃密な空気を失って、まるでただの置き物のようだ。
一体どういうことかと近づいてみれば、なんと地面に倒れ伏すノクスから酒の香りとそれに交じって僅かな腐敗臭がする。
これは、つまり・・・
「やられた。こいつは本体じゃなかったのか」
よくよく近くで見れば、継ぎ接ぎのような縫い針の跡がある。
今までノクス本人と思っていたものは、猫叉のゾンビで傀儡だったというわけだ。
・・・だが、それにしては自身への被害を嫌がっていたように思う。謎だ。
♦ ♢ ♦ ♢ ♦
俺が地下牢から、シックルとキエン君、及びマンティコアやミノタウロス達を引き連れて階段を登っていくと、ガヤガヤと騒ぐ音がする。
何事かと見れば、ハクタと数名のマンティコアが何かを取り囲んで騒いでいるようだ。
「こいつめ! わしらがそんな嘘に騙されると思うてか!」
この声はモッケ爺だ。
「どうしたんだ? モッケ爺」
俺が集団に近づくと、マンティコアの輪が割れる。中心にいたハクタの手元には、なんと紫色の美しい毛並みの猫叉が取り押さえられていた。
「おおぉ、スズカよ、無事であったか。結構。結構。・・・そして見よ! コッソリと逃げ出そうとしていたコヤツをハクタ殿が捕らえたぞ」
猫又はハクタの手の中で激しくもがく。
「やあ、ノクスの本体さん、さっきぶりですね?」
「・・・ち、違うんよ。ウチ・・・じゃなくて、わったくーしはノクスさんの妹ちゃんで、姉上に身代わりとしてここに縛られとったんを、ようよう逃げ出してきたばかりなんよ。ほんまよ。みなさん、早よう姉上を追いかけなきゃ、逃げられてまいますよ?」
狼狽ぶりが酷い。
「ふーん。あっそう。・・・じゃあ、ノクス本人はもう逃げっちゃっただろうから、見せしめにノクスの妹である君をここで処刑しようか。いや~、ノクス本人には聞きたいこともあったし、利用価値も色々あるから捕まえても生かしておこうと思ったんだけどさあ、ノクスの妹には生かしておく意味も無いし、ここは連座制ってことでいこうか。ね? シックル!」
「そうっすね。そういうことなら、おいらがサクッとこいつを三枚に卸して差し上げるっすよ」
シックルにウィンクしてみせると、シックルは合点承知とばかりに、わざと手鎌をナメナメしながらゆっくり猫又―――自称、ノクスの妹―――の方へと歩き出す。
「ちょ、ちょっと待った、待った」
「なにか?」
焦って制止をかける猫又に俺はとぼけてみせる。
「ウチ・・・わーたくっしも被害者なんよ。お姉ちゃんに無理矢理に監禁されてたんよ。それに姉貴はわたっくーしのことなんて何とも思ってないから、だから見せしめ効果何てあらへんから」
「あっそう。それはお可哀想に。でも一族の者を殺されたミノタウロス達の溜飲を少しは下げられるだろうから、ごめんね~」
「というわけだ。観念しな!」
シックルが鎌の刃を光らせて、猫叉の首元に近づける。
「わーーっ、ちょ、待って。分かった。分かったから。認めるさかい。ウチがノクス本人です! 殺さんといて! 命だけはお助け~」
ノクスはとうとう白状した。だいたいコイツの言動から察するに、妹を監禁なんかするくらいならサクッと殺してゾンビコレクションにしているだろう。っていうか、地下牢のノクスの依代ってまじもんの妹のゾンビなのでは・・・。人は嘘をつくとき、ある程度真実を織り交ぜてそれらしい話にするものだ。
「何を都合の良いことを・・・」
ノクスを取り押さえているハクタが侮蔑の眼差しをノクスに送る。
周囲に寄ってきたミノタウロス達もガツンッガツンッと8本の足を打ち鳴らし、苛立ちを示した。ワルガーはガチガチと牙を嚙み鳴らし怒りに顔を歪めている。これでは、今にもノクスは嬲り殺しにされそうだ。
「ノクス。俺に帰順を誓うならば、命だけは取らずにおくが、どうする?」
「・・・屈辱」
「あ、そう。じゃここに、ミノタウロスとマンティコアだけ残して帰るわ」
「ま、待って。誓わないとは言ってないやん」
「でも屈辱なんだろう? 俺は紳士だから、嫌がる奴に無理に帰順を強いたくはないからなぁ~」
「・・・そ、そんなことあらへんよ。堪忍してぇな、ご主人様ぁ。ウチ、心入れ替えてご主人様に帰順いたしますさかい」
嘘くさいが、言葉の上で面従することは示してきたのだ。これで術は使える。
「分かった。【調伏明王】!」
ノクスの首に金色の輪が生成される。
「ハクタ殿。もう手を放しても良いですよ」
ハクタは俺の言葉に一つ頷くと、ノクスを抑え込んでいた手を離した。
するとノクスは悪態をつきながら、ヨロヨロと立ち上がり、
「グェェエエェー」
と頸を抑えて転げまわる。
「グ、苦し、い、息があがあぁ・・・」
ノクスに嵌めた首輪が全力でノクスの頸を締め上げていた。
「ちょ、ノクス! お前、今何やらかそうとしたんだ!?」
いきなり、懲罰発動とか、どういうことだよ!
「ご、ごめんなひゃい~、らすけて、ごひゅじんしゃま~、か、階下のカルキノスのぉ、ゾンビぃに、ここのぉ、床を、ぶっ壊させてぇ、逃げようとぉ、したらけなんれしゅ、ああ、あ”あ”死にゅー、らぁめぇえぇー」
「はぁー」
俺は深くため息をついた。
「初回だ。許してやれ、持国天」
俺がそう言うと、首輪は元の太さに戻る。ノクスは、ぜぇぜぇと荒い息をあげて伸びてしまった。
シックルがすごく複雑な表情をして、自分の首輪をコツコツと叩く。
「今更だけど、シックルって結構賢いよね・・・」
「あれと比べないで欲しいっす」
「ああ、うん、ごめん」
「・・・いきなり首が切れて落ちるわけじゃないんすね?」
「みたいだね。いや、別に嘘ついてたわけじゃなくて、俺もどうなるか知らなかったんだよね。懲罰もどの段階で働くのか分からないし」
俺の言葉に、シックルは己の顎を一撫ですると、やおら自分の手の鎌を振り上げ、俺に向かって振り降ろし、途中でぴたりと止めた。
「えっと、何?」
俺は困惑してシックルを見つめる。
「んん~」
シックルは少し唸ると、今度はゆっくりと掌の肉球で俺のほっぺたをポフッポフッと叩いた。
「いや、さっきからどうしたんだよ?」
「・・・・・・」
シックルは返答せず、今度は拳を握って俺をコツンコツンとゆる~く殴り出す。
「あのー、シックルさ~ん? 何? なんか不満ごとでもあるの?」
が、シックルは結局俺の問いには答えず、殴るのをやめて、やれやれと首を振りため息をつく。そして、ぼそりと「分けわかんねぇ」と呟いて、どっかに行ってしまった。
いや、訳が分からないのは俺の方なんだが。
まあ、そんなこんなで一連の事件の黒幕である魔獣バステトのノクスは無事お縄についたのであった。
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