第八怪 牛鬼の洞窟① Minotaur's Cave

 内に思うことはそれぞれあるにせよ、まずは堅固な拠点が必要であるということで俺たちは一致した。


 ただ、モッケ爺のこの遺跡を拠点とする案に、シックルが異議を唱えた。すなわち、この祭祀場の遺跡は全面が開けっ広げで要塞化にはだいぶんと工事が必要であり、とても人手が足りない。よって、まずは洞窟や洞穴など天然の要害を利用できるところを拠点とし、配下が充分増えたところで改めて開けた地に立派な城砦を築造すべきとの進言である。

 もっともな意見なのでモッケ爺からも反論はなく、さらに俺が「とにかく今夜は魔獣の類の襲撃無しにゆっくり寝たい」と言ったことがダメ押しとなり、シックル案による修正が可決した。


「むう、もう日が昇るようじゃ」

 そんなこんなで議論する内に、朝が来た。モッケ爺は祭祀場に差し込む朝日に眼を細めて疲れた声を出す。

「モッケ爺は夜行性ですよね? もう寝ます?」

「大丈夫じゃ。ストラスは一週間くらいなら徹夜しても問題ない体質でな」

 羨ましい体質だ。全国のブラック企業から諸手を挙げて大歓迎されるだろう。


「ふぁー、おいらはちょっと眠いっす」

 シックルは欠伸をする。日の光に照らされて、栗色の背中の毛が淡く金色に輝く。所々に生え揃う翡翠色の毛が虹色の発色をして美しい。昨夜はただただ恐ろしかった尾っぽの大鎌も今はテカテカと光を反射し、その金属光沢がシックルの体毛の発色にマッチしていて芸術的にすら思える。


 ブッー。

 シックルが屁をこいだ。・・・滅茶苦茶臭かった。

 

「それで、どの方角の洞窟を探すのじゃ? 今から探すか、また夜になってから探すか、わしはどっちでも構わんよ」

 モッケ爺は眉をひそめてシックルを睨みながら、俺に尋ねる。


 モッケ爺とシックルはどちらも夜の方が活動し安いのかもしれない。しかし、俺はろくろっ首などという妖怪変化になっても、前世の人間としての感覚があるので夜の森を彷徨うには抵抗がある。二人に合わせて夜行性になるのもありだとは思うが、それもやはり、まずは安全安心に寝られる場所を確保してからの話だ。


「二人には悪いけど、今から出立しよう。方角は・・・南だね」

 シックルのお勧めは西だったが、ナバクの話だと俺の食用になる蜜を出す花は南に群生しているようだから、食糧確保を考えて南進政策を採ることにした。


「しかし、どうしたもんか? 置いていくのはもったいないが、俺には腕が無いし」

 出立を決めたはいいが、俺は壺の中にまだ大量に残っている花を眺めて、惜しく思う。5粒のヒスイ豆の方は口に含んで飲み込まないように気を付ければ何とかなるだろうが、花束は腕が無いから抱えて持って行けず、鞄も無いし、あったところで背負えない。

 俺が頭を悩ませていると、シックルが寄ってきた。

「スズカさん、それならおいらに考えがあるっすよ」


♦ ♢ ♦ ♢ ♦


「さてと、それじゃ行きますかね」

 俺は長々と伸ばした首を蛇のようにくねらせて、祭祀場から這い出る。首を蛇行させるのにも随分と慣れてきた。そこそこ俊敏に動くことも可能になった気がする。


 俺は祭祀場の巨石の柱が落とす影を横切り、日の当たる草地へと降りる。


 首が草に擦れたら、痛むのではないかという懸念があったのだが、杞憂だった。草の感触はあるが、別に痛むとか、痒いとか、うっとおしいとかいう感じはない。スキルで伸ばして作っている首だからか、刺激への感覚が鈍いのかもしれない。よく考えると、昨夜の戦闘でもシックルに尾っぽの大鎌でグサグサ刺されて切られたが、「痛え!」と唸るだけで済んでたわけだし。冷静に考えると、普通首を刃物でグッサリやられたら思考が飛ぶほど悶絶するんじゃないだろうか? それとも案外痛みは少ないものなのか? わからん。


「おっと、昼だからと言って安全とは限らないよな。【千里通眼】あと、【順風通耳】っと」

 俺は片目を閉じて、周囲の警戒をしながら、南へと進む。


「のう、スズカよ。お前さん、それで良いのかの?」

 俺の横をストラス特有の長い足で歩くモッケ爺は、遠慮がちに俺を眺めて問う。

「それで、とは?」

 逆に尋ねると、モッケ爺の視線はまず俺の頭に向かった。


 今俺の頭は、シックルによって髪を結われ、飾り立てるようにして花々を結いこまれていた。ヒスイ豆も中に結いこんで貰っている。手も足も無く、食糧を持ち歩けないと嘆く俺に対して、シックルが出してくれた解決策がこれである。あるいは、これは生首となった身に唯一許されたファッションかもしれない。

 モッケ爺は何か言おうとして、首を振り振り、結局止めた。


 次にモッケ爺の視線が向かった先は俺の背中―――いや、正しくは首の一部なのだが―――である。そこでは、シックルが四肢をだらりと伸ばしてスピーッスピーッと心地よさげに寝息を立てていた。


「配下が主君の背に寝そべって惰眠を貪るなど、天地逆転も甚だしい。早う放り出してしまわぬか」

 モッケ爺はひどく苛立たしい眼でシックルを睨む。

「まあまあ。眠いというのを無理に起こしてもね。そもそも朝から出発という俺の意志に無理矢理付き合わせてしまっているんだから」

 俺はなるべくシックルに大きな振動を与えないように気を付けながら這う。

「配下は多少無理をしても堪えて、主君のために行動すべきじゃろうに。最近の若いもんの振る舞いは信じ難いんじゃよ」

 俺はモッケ爺のセリフを聴いて吹き出しそうになってしまった。あれだ。エジプトの古代の粘土板にも最近の若者に対しての愚痴が書かれていたとかいうのを思い出したからだ。しかし、モッケ爺は若い頃意外と体育会系だったのかもしれない。


「まあ、考えてみれば可哀想なもんだしさ。成り行きでこんな生まれたての分けの分からない赤ん坊妖精のお守り役になってしまってさ。実質的に、断る選択肢も無い中でだよ。一生誰かに隷属して生きていかなきゃいけないなんて! どの口がって話だけどさ、不憫なもんだよ。だからまあ、このくらいはしてあげたいわけさ」

 誤解を恐れず言えば、今のシックルは俺の奴隷のような境遇なのだ。俺なんかの奴隷になってしまうなんて、いくら敗者と言えど気の毒に思う。


「やれやれ。だからと言ってそんな風に甘やかしているようでは、先が思いやられるのう。そもそも、そやつは我らを殺して喰おうとしておったのじゃ、情けで助けられたのだから、『ざまあ』と笑ってこき使ってやれば良い」

「それが魔獣の理屈ですか?」 

「そうじゃ」

「・・・なるほど」

 実に獣らしいことだ。


 そんな話をしているうちに、いつしか俺たちは草地を抜け、うっそうと茂る森へと足を踏み入れた。・・・俺には足なんて無いがな!


 昨夜見た時は黒々として恐ろしかった森も、朝の光が差し込むおかげか、あるいはモッケ爺という同伴者が居るおかげか、森林散策に出かけるような気分で入れた。

 少し前を歩くモッケ爺の頭上で赤い羽根毛がぴょこぴょこ揺れるのも、なんだか見ていて楽しい気分になる。漫画的表現で言えば、いわゆるアホ毛の様式だが、モッケ爺の場合は威厳があるので、そういう呼び方は相応しくなかろう。


 ふと後ろを振り返ると、今まで居た遺跡の巨石群が森や草地の緑の中で白く無機質で不気味な存在感を放っているのが目についた。

 つい今朝まではこの森の方が不気味に思えていたが、よくよく考えてみると逆であることに気付く。俺がこの世界に現れた場所があの祭祀場だったから、なんとなくホームグラウンド的に見ていただけなのだ。実際には深い森の中になぜか存在する異様な遺跡だ。


 そう言えば、この遺跡は一体どういうものだったのだろうか? 転生直後にあの遺跡で目覚めたということは、あの遺跡と俺の転生が全くの無関係というのは考えにくいように思う。


「モッケ爺。あの遺跡は一体何だったのか知っていますか?」

 俺はダメもとでモッケ爺に尋ねてみた。ここは亀の甲より年の功だ。

「ふぅむ? あれかの? わしが聞いた話では、邪神テスカトリポカを崇めていた古代ロークビ帝国の儀式祭壇の一つじゃな」

 モッケ爺は答えながらも遺跡を振り返ること無く、落ち葉を踏み鳴らしながら暗い森の中へ分け入っていく。俺は急いで後を追い駆けた。

「その話、詳しく聞かせてくれませんか?」

 きっと、どこかに俺の転生にまつわるヒントがあるはずだ。


「これは、わしの爺さんからまた聴きした話じゃから、どこまで正確かは分からんがの・・・、邪神テスカトリポカは血に飢えた恐るべき魔神で、自身の信奉者達に生贄を要求し、その代わりに強大な加護を与えていたと言われる。故に国家をあげてこの邪神を崇拝していた古代ロークビ帝国も、毎年たくさんの人間の心臓を捧げ、その代わりに力を授けられていたという」

「・・・じゃあ、あの祭壇って」

「うむ、おそらくは生贄の心臓を捧げるための儀式祭壇の一つじゃろうな。ただそれにしては簡素にも感じる故、あるいは心臓を捧げる儀式を行った後の、邪魔な体を置いておく霊安祭壇かもしれん」

 いずれにしても、かつて心臓を抜き取られた死体がたくさん横たえられてきたということである。生首だけの妖精が生まれるには十分曰く付きのホラースポットな場所ということだ。


「きっと霊安所的な方ですよ。生贄の祭壇なら、生け贄が逃亡しないように繋ぐ鎖の一つでも残っているでしょうから」

「さて、それはどうかの? 生贄は捧げられる前に酒で酩酊させられていたという話じゃし、そもそも邪神崇拝による生贄の儀式は帝国発展の礎であったため、生け贄の主賓に選ばれるのは名誉なことだったらしいからの。勲章も授与されたとか」

 嫌な名誉だ。勲章なんか貰たって死んでしまってはどうしようもない。殉職により2等級特進したと言われても、喜べる遺族はいまいよ。


「主賓に選ばれるのは、健康的な青年で、容姿や知能なども優れているものが吟味されたらしい」

「へぇー」

 そういうのは、てっきり処女が生贄に捧げられるものだと思っていたが。文武両道のイケメンが生贄にされたということか。もしかすると、古代ロークビ帝国の非リア充陰キャ達は「お前みたいな文武両道の完璧イケメンリア充は、生贄に選ばれれば良いんだ!」とか毒づいていたかもしれない。


「なんでも生贄の主賓に選ばれた青年は、一年の間、8人の従者がつきっきりで世話を焼き、特別な宮殿で王侯貴族のような豪勢な暮らしをさせて貰えたらしい。毎日、山海の珍味の宴会が催され、カーバンクルの毛皮で作った衣服に身を包まれ、宮殿には一日中熱い湯が張られた巨大浴場が備わり、ふかふかの絹のベッドで寝て、四人のとびきりの美女達を妻として酒池肉林の享楽に耽る。そして、一年間の享楽の果てに最大級の名誉と共に死ぬわけじゃな。それで、生け贄の主賓の志願者は毎年大勢いたから、選考は大変時間がかかり、選ばれた者も逃げ出すものはいなかったという話じゃよ」

「へ、へぇーー」

 それは何というか、羨ましい話というか。いやでも、一年したら死なないといけないとか、やっぱ嫌だわ。でも、将来に希望が持てなかったり、もうどうなってもいいやという気持ちでいる時だったら、迷わず応募してしまいそうな気もする。少なくとも古代ロークビ帝国では、そういう若者は多かったのだろう。


「もっとも、それは主賓に限ってのことじゃがな。副菜の生贄はぞんざいな扱いで食肉加工のような具合に捌かれて、心臓を捧げられていたという。副菜の生贄は質ではなく、ただ数のみが重視され、邪神から強力な加護を得るために容赦なく人間の屍を積み上げたそうじゃ。しかし自国民を生贄に捧げては国力が衰えてしまうので、生贄の儀式により高めた軍事力でもって周辺諸国を制圧し、戦争捕虜や征服した属国の人間の心臓を生贄として邪神に捧げ、また力を得て、他国を征服して、という邪悪なる巡りを以って、古代ロークビ帝国は興隆を極めたのじゃよ」

 モッケ爺は、大した感傷も示さず淡々と語った。


「・・・おぞましい話ですね」

 あまりにも邪悪すぎる自転車操業に頭がクラクラする。

「でも、今はもう滅びたんですよね?」

「うむ。わしは滅びた経緯は詳しく知らん。しかし、人間の世界では邪神大戦とかいって歌になるほどよく知られているらしいがのう。わしの爺さんがこの話を聞かせてくれたのは、人間という生き物の底知れない恐ろしさを伝えるためだと言っておったから、人間どもの勇気凛々邪悪な敵に立ち向かう的な話をする必要性は感じなかったんじゃろうて」

「・・・・・・」


 妖怪が生まれるには十分残酷な背景ストーリーだ。だが、いったいなぜ俺は首だけで転生することになったのだろうか。俺の首より下の体はどうなったのだろう? 俺の心臓はどこに行ったのか?


 なにかとても大事なことを忘れている気がする。


 生贄を求める邪神。捧げられるのは心臓。事故の日にも首から下げていた四天王のお守り。転生していたらなぜかついていた四天王の加護。首から下を失い、首から上だけで転生した俺。邪魔な死体を置くために使っていた霊安祭壇。


 グルグルと思考が回転する。

 気持ち悪い。

 俺の体は、いったい、どこへ消えた?

 オレのカラダは・・・イッタイ・・・・・・ダレガ、タベタ?


「のう、スズカよ。聞いておるのかの?」

「えっ?」

 気づくと、モッケ爺が俺の目の前で、首をほとんど逆さまになるほどひっくり返して俺を見つめている。

「この先には川もあるし、このあたりの岩石は軟質ときておる」

 言われてみれば、サラサラと川の流れるような音がする。


 モッケ爺は傍に突き出ている岩を足先でコツコツと叩いて見せた。

「じゃから、これは洞窟の生成に適した地勢である故、良い塩梅の洞窟は見つかりそうかと、聞きたかったんじゃが・・・お前さん、完全にぼうっとしておったな?」

「うっ。ごめん、モッケ爺。ちょっと待って」

 俺は慌てていつの間にか切れてしまっていた千里通眼と順風通耳を発動し直した。


 スキルの発動と共に森の中へと俺の感覚が広がっていく。

 確かにモッケ爺の言う通りだった。

 今俺たちがいるあたりから、一キロもいかない所に小川が流れており、さらに南側でもっと太い川へと合流する様子だ。そして、あちらこちらに小さな洞穴がある。さらに、もう少し南西には花の群生地があった。反対に東側では、何やら大きな角を生やした熊みたいな生き物が、狂ったように巨大な蜂の群れを滅多打ちにしているのが見えた。


「洞穴はいくつかありますが、あまり使えそうなのは無いので、もう少し進みましょう。あと、進路は少し西寄りに行きます」

 出来れば、食糧地帯が近くにある洞窟で寝たい。というか、東側怖いわ・・・。

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