第十六怪 猫又の料理店②

 目が醒めると同時に、吐き気がせり上がってきた。

 俺は慌てて、地底湖の方へと急いだが、

「ゲロロッロローー」

 途中で我慢できずに吐いてしまった。

 吐しゃ物を見ると、植物の種や皮があり、甘酸っぱい香りもしたので、おそらく昼間食べた林檎っぽい果物が消化しきれていなかったのだろう。生後数日の俺の食い物としてはまだ固形物は早かったのかもしれない。


「うわわっ、スズカ様! 大丈夫ですか!?」

 キエン君が血相を変えて駆け寄ってくる。

「・・・吐いたらちょっとスッキリした」

 ゲロ掃除しなきゃ・・・悲嘆の冥河使って地底湖に流しいれるか? これって環境汚染かな?


「はぁ、もう、スズカ様ってば、あんな風に魔力使い切って昏倒しながら就寝なんてしちゃダメですよ・・・。体壊すに決まってるじゃないですか。特に僕たちのような体力よりも魔力の方が高めの生物にとっては致命的な錯誤が起きかねないんですからね!」

「・・・心配かけたみたいで、ごめんよ」

「良いってことですよ。・・・そっちは燃やしちゃいますね!」

 キエン君が指をパチンと鳴らすと、俺の吐しゃ物に炎が燃え上がり、みるみる炭化させて煤煙へと変えていく。

 火魔法、便利そうでちょっと羨ましい。・・・そう言えば、キエン君の声って茂木君の声に似てるんだよなぁ。しゃべり方とか雰囲気とかも。それであんな悪夢を見たのかもしれない。


「そろそろ夜明けですから、みんな帰ってくる頃ですね」

 ぼけっーと煤煙を見つめていると、キエン君が気遣わし気に話を振ってきた。

「うん」

 キエン君、良い子だよなぁ。茂木君も基本的には良い人だった。俺はめっちゃ苦手だったけど。あれも茂木君がわざと俺の机にモノを入れておいたのかと思ったけど、実際は別の奴の悪戯で、茂木君はまじで何も知らんかったっぽいし・・・。

 いや、止そう。今更愚痴っても、詮無いことだ。


「そうそう、スズカ様。僕の父親は本当に酷い奴だったんですよ・・・」

 それからしばらく俺は、キエン君が父親による虐待話や母親の狂いそうになるほどの苦労話やらを世間話のノリで話すのをじっと聞いていた。俺は偶に相槌を打つだけで静かに耳を傾けるだけだったが、キエン君は気を悪くすることも無く、話を続けてくれた。


 そんな感じで、魔法の練習ひとつせず時間を潰していると、モッケ爺一行が帰ってきた。


「スズカさーん、もう起きてるっすかー? 朝食をお持ちしたっすよ!」

 シックルが大量の花束を抱えて戻ってくる。後ろから、とても不機嫌な顔のオサキと苦笑いするイズナも花束を抱えて戻ってきた。たぶん、無理矢理シックルに手伝わされたんだろう。

「ありがとう。シックル」

 甘く芳醇な蜜の香りが漂う。さっき嘔吐したばかりなのに、不思議と食欲が湧いてきた。

「スズカよ。食べながらで良いから、わしらの集めてきた情報を聞いてくれんかの」

「はい。もちろんですよ、モッケ爺」


 というわけで、俺は花の蜜をチューチューやりながら、モッケ爺の話を聞いたわけだが。まとめると次のような話だった。


 まず、マンティコア側について。

 エスプー族は元々ワルガーがボスとして君臨していたらしい。しかし、そこに最近ハクタが現れて、これに喧嘩を売ったワルガーが完敗。結果、マンティコアの掟に従い、ハクタが群れのボスになってしまったらしい。色違いのマンティコアは普通、通常のマンティコアより弱いらしいのだが、時折ハクタのような強力な特殊変異種が生まれるのだという。ワルガーは暴政を敷いていたので、最初はマンティコアの群れは聖王のようなハクタを歓迎した。しかし、ハクタはとにかく穏健主義で他種族との領域争いに消極的なのが、不満として群れの中に広がっているらしい。とくに以前から仲が悪かったグリフォンとの関係について、ハクタに同調する非戦派とワルガーを筆頭とする主戦派の対立は深刻なようだ。

 ちなみに、アオリーはワルガーがボスの時代からマンティコアの群れに通訳ガイドとして仕えていたようだ。マンティコアが他の種族と交渉などする時はアオリーが全て通訳しているらしい。


 そして、今回起きた事件について。

 マンティコアの集落の一番外れにある巣が襲撃され、マンティコアの子供たちだけがいる所を攫われたようだ。襲撃は夜中に行われ、極めて手際よくなされたらしい。直接の目撃者はおらず、下手人の決め手に欠ける。マンティコア達も東奔西走して情報を集めているが、襲撃者は巨体の魔獣であろうことしか分かっていないという。

 ワルガーは今回の事件解決について極めて情熱的に動き回っており、元群れのボスとして尽力したいと懇々と仲間たちに説いて回っている。なお、今の段階では未だ襲撃犯ミノタウロス説は出していないらしい。


 また、ミノタウロス側について。

 ミノタウロスの群れの周辺を探ってみたが、彼らも何かを調べて回っているようでここ数日不審な動きをしているという。暗殺された同胞達の仇を探しているという噂だったが、詳しい理由はよく分からなかった。


「・・・いくつか、質問して良いかな」

「なんじゃろうか?」

「マンティコア達はワルガーを怪しんではいないのかい?」

「内心でどう思っておるかは分からんが、少なくとも表に出しておるものはおらんようだ。なんせ、攫われた子供たちの中に、ワルガーの子供も一匹混じっておるらしいからの」

「ワルガーの子供も?」

 それは確かに相当の証拠でもなければ、黒幕として疑うのは表立っては難しい話になるだろう。というか、本当にワルガーは黒幕なのだろうか? 単純に起きた事件を好機と見なして活動しているだけなのでは・・・?


「じゃあ、襲撃事件の夜について、酒の匂いに関する話は無かったかな?」

「ふぅむ、そう言えば・・・年寄りのメタルラットが、『そんな事件があったのかい? 確かに物音がしていたが、酒盛りでもして景気の良いこったと思っていたんだがなぁ』とか分けの分からんことを言っておったな」

「なるほど」

「それと、これは当日の夜の話ではないが、英気を養ってもらうためとか言って、ワルガーが皆に酒をふるまっておったな」

「・・・その酒はどこから手に入れたものだったか分かりますか?」

「さて、そこまでは・・・」

 と、モッケ爺が首を傾げると、

「あれはテオテカの料理屋の酒だな。行ったことがあるから、あのくそセコイ黒ずんんだ樽には見覚えがある」

 シックルが口を挟んだ。


「ビンゴ!」

 俺は思わず叫んだ。もちろん、まだ何も分かっちゃいない。分かっちゃいないが、とにかくテオテカの料理屋に何かしらのヒントが埋まっていることは確かだった。


♦ ♢ ♦ ♢ ♦


 夜明けの森は昨日と同じで静寂に包まれているが、今日は雲が垂れこめどんよりとしている。なんだか気が重くなる空模様だ。


「そのテオテカの料理屋は遠いのかな? シックル?」

「道草喰いながらでも昼前には着くと思うっす」


 俺は、モッケ爺、シックル、キエン君と総勢四名でテオテカの料理屋へと向かっていた。鎌鼬姉妹はお留守番である。


「あそこは酷い店っすよ。出すのは全部低熟成の安酒でぼったくり。一月ほど前なんか、とうとう客に睡眠薬入りの酒を出したって噂で、閑古鳥が鳴いてるって話っす」

「睡眠薬!?」

「なんでも、キーチクだかパーチクだかいうフレイムラットのオスが店に通じて、メスのフレイムラットにその酒を飲ませるよう仕向けたとか何とか。偶然居合わせたミノタウロスが見咎めて事なきを得たって噂っす」

「・・・・・・」

 俺とモッケ爺は思わず、キエン君の方を振り返る。


「どうかしたんですか?」 

 キエン君は俺たちの視線を受けて首を傾げた。ムステリス語でしゃべっているシックルの言葉をキエン君は理解できなかったのだ。・・・知らないということは幸せである。

「いや、酷い店だという話なんだ。・・・うん、それだけのことさ」

 俺は誤魔化した。

 モッケ爺はため息をつく。

「やれやれ。その店、真っ黒ではないかの」

「スズカさんがミノタウロスの幽霊から聞いた話と併せて考えると、ワルガーと繋がっている奴がいるのは間違いないっすね!」

「どうだろうな? まあ、あくまで幽霊の話していた内容が正しければ・・・」

 幽霊・・・?


 俺は話している途中で、止まる。

 幽霊・・・。幽霊・・・。

「・・・あ、あー」

 進むのをやめた俺の方を全員が振り返った。

「どうかしたのかの?」

「スズカさん?」

 なぜ、気付かなかったのか。

 そうだ、常識に囚われていて、俺は自分が不可思議な力で満ちている世界に放り込まれたことを真に理解していないのだ。

 もっと、客観的に眺められるようになりたい。きっとこういうのは岡目八目で、存外当事者以外の方が直ぐに気付くのだろう。


「いや、ミノタウロスの集落に行って、事件の晩に殺されたミノタウロスの家族とかに【悲嘆の冥河】《アケローン》を使えば、一発で犯人分かるやんって、今気づいてさ・・・」

「「「・・・・・・」」」


 俺の異世界生首ライフに推理モノ要素が介入してくる余地など、端から無かったわけである。

 ミステリーと謎解き? ファンタジー世界にそんなもん成立しません!


♦ ♢ ♦ ♢ ♦


 というわけで、俺たちはテオテカの料理屋から、ミノタウロスの集落へと進行方向を急遽変更した。

 これで事件は一瞬で解決できるはずだ。

 問題は・・・。


「どうやって、ミノタウロス側と話をするかじゃのう」

「おいら、そのアークトゥルスとかいう奴を殺っちまってますからね」

「誠心誠意、彼らの為になることだと説得するしかないだろうな」

 ふっーっと、俺、モッケ爺、シックルは大きく息を吐く。

「まあ、とにかく、アークトゥルスとの約束を果たしに来たとでも言えば、ミノタウロスの族長と話すことは出来るはずだし、取りつく島もなく追い返されるということは無いはずだ」

「その後が、問題なんすけどね~」


 などと気の重い話をしていると、ふと前方に影が現れる。


「おや? スズカ殿にモッケ殿ですか?」

 白い鵺。ハクタだった。

 何やら黒い水晶のようなものをあっちにかざしたり、こっちに向けたりと色々やっている。


「あれ? 奇遇ですね、ハクタ殿。ここで何をされているんですか?」

「・・・別に大したことは。少々部族のことで調べることがありましてね。スズカ殿はどちらに?」

 ハクタはそう言うと、素早く水晶を後ろ手に隠してしまった。

「まあ、俺もちょっと調べることがありまして・・・もしかしたらハクタ殿の抱えてる悩みを解決できるかもしれませんよ!」

 ハクタは俺の言葉に目をパチクリさせる。

「それはいったいどういう?」

「まあまあ、それは確かなことが分かった後で」

 中途半端な情報を提供するのは、かえって良くないだろう。


 俺は笑顔でハクタに別れを告げ、ミノタウロスの集落を目指す。

 俺の含みを持たせた言葉が気になったのか、姿が見えなくなるまでハクタからじっと視線を受けてしまったが。


 それから程なくして、俺たちは石造りの古代遺跡のような場所へと来ていた。間違いない。ミノタウロスの集落である。

 集落入り口には、門番らしきミノタウロスが二匹立っていて、明らかにピリピリした空気を纏っていた。


 モッケ爺が進み出る。

「ブモッ、モーモー、モブ、モッモッブウ、アークトゥルス、モー、モブモブ」

 モッケ爺の口上に、門番の二匹は色めき立った。片方のミノタウロスが石斧で隣に吊り下がっている鐘を三度軽く叩く。グワワァーンとくぐもった音が響く。

 すると、奥からノッシノッシとちょっと偉そうな雰囲気を纏ったミノタウロスがやってきた。所々、灰色に変色した毛が長く垂れ下がり、老体であるように見受けられる。

 モッケ爺は、老ミノタウロスの方へひょこひょこ歩いていき、何やら両者の間で言葉が交わされているようだった。


 しばらくすると、モッケ爺が振り返って、手招きしてくる。

「族長の所まで、案内してくれることになったわい」

「信用して貰えたんですね」

「さて、どうじゃろうな・・・」

 不安だ。

 しかし、ついていく他に選択肢は無いので、俺たちは四人連れだって老ミノタウロスの案内に従って、集落の内部へと入っていった。


 遺跡内部は、古代に作られたであろう石造りの家や塔が立ち並び、ミノタウロス達はそれらを利用して生活しているらしい。もっとも、元の玄関口では小さ過ぎたのだろうか、大抵の家は入り口付近を破壊されていた。

 井戸が機能していたり、広場で物々交換による市場取引のようなことをしていたり、予想以上に文明的な暮らしをしている。


 俺達は、両脇をいつのまにやらやってきた8匹のミノタウロスにかためられ、そうした集落の中をゆっくりこっくり進んでいった。体の大きさが俺たちとミノタウロスではあまりに違うので、8匹の警護はちょっと大袈裟すぎやしないだろうかとも思うが・・・。それに随分とグネグネ曲がりくねった道を進んでいるのも気になる。

「わざとじゃな」

 モッケ爺が不満そうに小声でつぶやいた。

「時間稼ぎか、道を覚えられたくないか、ご苦労なこって」

 シックルの冷笑が漏れ聞こえる。

 シックルの言葉を聞いて、俺は千里通眼を発動させたくなったが堪えた。万一ミノタウロスにばれたら交渉どころの話ではなくなる。


 そのうち、集落の外れの大きな建物の前に連れてこられた。大きく丸みを帯びていて、他の建物とは雰囲気が違う。先導していた老ミノタウロスはその中へと入っていき、振り返ると手招きする。どうやら、この中に族長がいるのだろう。

 

 俺たちが中へと入っていくと、短い回廊を抜けて直ぐに視界が明けた。頭上から光さす外だった。いや、正確に言えば、青天井の円形空間にいた。

 周囲は段々状のすり鉢型になっていて、おそらくは、古代の劇場、いうならばコロッセオを想起させる。


 実際、まるで観客のように、周囲の客席には10体ほどの巨体のミノタウロスが座っていた。さらに、中央の一段と高くせり上がった客席には、それらのミノタウロスを遥かにしのぐ特大のミノタウロスが腕組みして待ち構えていた。

 おそらく、彼が族長であろう。

 さだめし、俺たちは彼らミノタウロスの有力者達から拍手喝采を得に来た劇場の役者というわけである。

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