第十五怪 猫又の料理店① The cat girl restaurant

「何やら、くだらん陰謀の匂いがするのう」

「何となく、仕掛けが垣間見えた気がします」

 俺とモッケ爺は、ワルガー達がすっかり見えなくなってから結界の外に出た。


「どうするかの?」

「まずは人手を集めて、情報取集ですかね。俺たちの唯一の武器は、おそらく犯人に仕立て上げられるのがミノタウロスであることが分かっている、という点だけです」

 それがどれだけ役に立つかは不明だが。

 ともかく、いったん洞窟に戻ってシックルにも協力を求める必要がある。


♦ ♢ ♦ ♢ ♦


「ええっ? ハクタ様が罠にかけられたかもしれないですって!?」

 まず、火鼠母子の住処に戻った俺たちは、ハクタ様と無事会えたことを報告しつつ、事の顛末について掻い摘んで話して聞かせた。ちなみに、エンカさんを驚かせないよう、オルトロスの体は外してある。


 エンカさんは、大変驚いた後、しばし案じてから、

「キエン。ハクタ様は大恩ある方です。さらに、ハクタ様の為に行動をしよとしているスズカ様もまたお前にとって大恩ある方。ここで恩返しを出来なければ、何を以って今後毛皮を張って生きていけましょうか」

 とキエン君に真剣に説く。

「はい。母さん。僕は例えあのとんでもないオスの血を引いていても、母さんの子です。あなたの息子が恥知らずでないことを証明してみせますとも!」

 と、キエン君もノリノリで息まく。


「ということで、お供させて下さい。スズカさん!」

「良いのかい? まあ、俺としては人手が増えるのは願ったり叶ったりだけど」


 というわけで、フレイムラットのキエン君をお供に加えて、俺たちは元の洞窟へ帰還することになった。

 外で首無しオルトロスの死体を装着すると、キエン君から不気味がられたが・・・まあ、今更だ。


 ニョロニョロとはいずり回っていた行きしとは違い、オルトロスの足で走り、道草も食わずに急いだから、洞窟には夕方前に戻ることが出来た。・・・のは良かったのだが。


「俺の使い方が荒っぽかったのかな?」


 洞窟前まで来た途端、オルトロスの四肢が崩壊した。もうそれは盛大にグシャリと潰れてしまった。


「ううっ、ごめんよ。オルトロス」

「なぁに、気にすることは無いんじゃよ、スズカ。オルトロスは走るのが好きな生き物じゃ。最期まで走っていられて奴も本望じゃろうて」

 そう言って、モッケ爺は俺を慰めつつ、オルトロスの体を土に埋めてくれた。

 最初にオルトロスを殺した時は死体に見向きもしなかったのに、俺が体として利用した途端丁重に扱うあたり、モッケ爺の謎なところだ。


「ネクロマンサーの仲間がおれば、もっと強度のある死体を作って貰えるじゃろうがなぁ」


♦ ♢ ♦ ♢ ♦


「あっ、スズカさん。・・・おかえりなさいっす」

「・・・うん。ただいま」

「・・・・・・」

「・・・・・・」

 き、気まずい・・・。俺とシックルはあんな形で朝別れたから、互いにどうしても遠慮の空気が生まれてしまう。


「なんじゃ、お主ら。初恋の番でもあるまいに。時は待ってくれんぞ」

「な、なに言ってやがる! この耄碌じじいが!」

 モッケ爺のあえて空気を読まない発言に、シックルが激高し、俺はちょっと笑いそうになって気が楽になった。


「なに? もう帰ってきたの?」

「あら? 新入りもいらっしゃるのかしら?」

 鎌鼬姉妹のオサキとイズナも出迎える。イズナがキエン君に気付いて首を傾げる。


「ああ、こちらは、フレイムラットのキエン君だ。わけあって助力して貰うことになった。皆にも協力して欲しいことがある。あまり時間が無いんだ」

 俺に紹介されたキエン君は前にずいっと出ると、ぼわっと耳の炎を噴き上げる。

「どうも。よろしく」

 なんとなく態度が大きいように感じる。

「フレイムラットかよ・・・」

 一方鎌鼬三兄妹はやや苦い顔をする。

「まあ、相性の問題じゃな」

 困惑する俺にモッケ爺がこそっと耳打ちした。ちょっと気になる話だが・・・今は後回しだ。


♦ ♢ ♦ ♢ ♦


「・・・というわけで、かくかくしかじかこうこうでな。スズカはハクタ陣営に協力をして恩を売りこもうという作戦なんじゃ。上手く行けば、この森のパワーバランスを左右できるやも知れん」

 別に、そんな作戦じゃないです。


 モッケ爺が皆に説明してくれている間、俺は時折心の中でツッコミを入れながら計画を練っていた。分かっていることが少ない段階であれこれ考えても仕方ないとは思うが、それならそれで他に準備できることもある。


「んで、つまりおいら達は、まずは森の中を駆け回って情報を集めれば良いというわけっすか」

「そうじゃ。どんな些細な噂話でも良い。手段は問わぬ」

「・・・賄賂が必要な場合は、軍資金として俺のヒスイ豆を使って良いからね」

 金で解決できる場合は、できるだけ穏便にやって欲しい。


「それって、私達もやらなきゃダメ?」

「オサキ姉ちゃん。私達居候の身なんだから。少しは労働しなきゃ」

「・・・まあ、それもそうね」

 オサキとイズナも協力してくれるらしい。どこまで真面目にやるかは不明だが。


 ひとまず、やることは決まったので、まずは鎌鼬三兄妹とモッケ爺が外へ情報収集へと出かけることになった。キエン君は一旦俺と留守番である。

「スズカ様は何をするんですか?」

「俺はひたすら魔法の訓練。それから寝る!」

「・・・えーっと、じゃあ僕も訓練でもしようかな?」

 キエン君はちょっとがっかりしたような声音だった。まあ、何か壮大な陰謀と戦うために勢い込んで出陣したら、訓練と就寝が待っていたのだから肩透かしを食うのも仕方ない。

 とは言え、俺の場合は結構重要なことだ。


 さあ、豊富に余っている魔力で脳筋訓練だ!

 俺は、慈悲の聖球、雷帝の弓矢、悲嘆の冥河を無鉄砲に発動しまくる。

 魔法の発光で洞窟の中は真昼間以上に明るい。フワフワ、バチバチ、ザアザアと洞窟内は、しっちゃかめっちゃかだ。言っておくが、もちろん流れ弾がキエン君にぶつからないように細心の注意を払っている。キエン君の方へ飛ばしているのは慈悲の聖球だけだ。

「スズカ様! 有り難いんですけど、僕の訓練の為にそんなに気を使って癒しの魔法撃ち廻らなくても良いんですが・・・もったいないですよ!?」

「えつ? いや、俺の訓練の為にやってるだけだから、気にしなくて良いよ」

 どうやら常時回復状態で体力全開のまま訓練し続けることが出来るので、キエン君の訓練にもプラスになっているらしい。しかし、魔力は回復しないからそこだけは注意点だ。


 とまあ、そんな感じで調子よくやっていたのだが、ザアザアザブザブと目から垂れ流していた悲嘆の冥河の水位が思ったより上がっていて、知らぬ間に首が水に触れてしまっていたらしい。

 気づけば、半透明の巨大な影が立ち昇り、俺を見降ろしていた。


 この洞窟の元の主である牛鬼の幽霊だった。

「汝が、この洞窟の新しい主であるか?」

「・・・まあ、そうなりますね」

 俺は苦いものを感じて、目を反らす。


「良い。良い餌場、良い住処を求めて戦となるは世の常。世の理。大自然の定めたる掟じゃ。今更、何を恥ずかしげも無く文句を垂れようか。多少の罠は張られていたとは言え、我はあのデスサイズと堂々一騎打ちをして負けたのじゃ。・・・むしろ惜しむらくは、我の最後の醜態よ。不格好な敗走こそ不名誉であると汝も思ったことであろうな」

「まさか。最後まで活路を信じて行動することが、どうして貶されるべきでしょう」

 俺は牛鬼の自嘲に対して首を振る。


「・・・。一つ弁明させて頂けるならば、我はどうしてもやらなければならぬことがあったのだ。しばし長の命に服して単独に調査すること久しく、ようやっと辿り着いた不気味なる策謀の一端を掴み、これを報告せねばならぬと必死であった。ああ、今頃我の集落は何も知らず、太平の逸楽の中にいるに違いない」

「ちょっと、待ってくれ。その話を詳しく聞かせてくれ! その不気味な策謀とは何だ!? もしも俺たちがあんたを殺したことで、難を逃れ得たかもしれないミノタウロス達が窮地に追い込まれるとなれば、俺たちにはあんたの代わりを務めて、それを伝える責務がある」

 俺は俄然前のめりになって尋ねた。まさか、今丁度解決すべき問題の核心がこんな近くに転がってくるとは。こんなことなら、罪悪感で向き合うのを恐れたりせず、さっさとこの牛鬼と話をしておけばよかった。


「汝らにそのような責務など無いと思うがな。我が落命したのは、それが摂理であったに過ぎぬゆえ。しかし、大恩大慈を垂れたまうならば、我の話をどうか活かして頂きたい・・・」


♦ ♢ ♦ ♢ ♦


 牛鬼の語った所によれば。


 つい5日ほど前のことである。牛鬼たちの群れの長がマンティコアとの戦いで負った傷から病を患い、病死したらしい。すぐに、その長の弟で長と同じくらいの剛の者が新たな長に立ち、葬式を取り計らった。ところが、何者かがその長を埋めた墓を暴き、その死体を持ち去ったのだと言う。墓番をしていた者たちは皆血祭りにされていて、余程の手練れの集団が何らかの良からぬ奸計で墓荒らしをしたに違いないということになった。


 そこで、ミノタウロス達は犯人を追うため奔走したが、同時に新しい長はこの牛鬼には群れの外に出て密かに調査をするように依頼したのである。その長曰く、墓守たちがあまりにも手際よくやられており、他の墓を物色した形跡も無いことから、内部に何らかの裏切り者の類がいる可能性も在ると思ったそうな。なお、この牛鬼がその役に選ばれたのは彼の最愛の一人息子が殺された墓番の一人だったからである。


 そして、この牛鬼はそれこそ必死に己の仇を探して調べて回ったらしい。そしていくつかの情報を掴んだ。

 まず一つ目、当日の夜、墓場の方から甘ったるい果実酒の香りがしていた。

 二つ目、当日の夜、酒の香りを放つ巨大な影が歩いているのを見た者がいる。

 三つ目、あれは死体操作の魔術だったと主張していた者がいたと聞いて尋ねに行ったら、既に殺されていた。

 四つ目、ここ最近、テオテカの料理屋というのがミノタウロスの集落にやってきては果実酒や食い物を売り歩いていた。

 五つ目、前族長はその料理屋で何かトラブルに巻き込まれたという噂がある。


 かくして、この牛鬼は一旦集落に戻り、このテオテカの料理屋に有力な容疑者が関係しているという推測を報告するつもりだったらしい。


「とは言え、簡単な問題ではない。このテオテカの料理屋はマンティコアとグリフォンの二つの種族にみかじめ料を払っていたのだ。我らが強制的に立ち入り検査などしようものなら、マンティコアとグリフォンの連合軍相手に全面戦争になっても文句は言えぬ」

「それで、捜査はそこから先へは進めず、手詰まり感があったわけだね?」

「であるな」

 牛鬼は俺の問いに素直に頷く。


「ありがとう。おかげでだいぶ真相が分かってきたよ。時間との勝負だけど、邪な奸計を巡らせている奴を叩き潰してやろう」

「汝の大慈に期待して、我は逝くとしよう・・・」

「行く前に名前を教えてくれないか?」

「我はアークトゥルス。では、さらばじゃ」

 牛鬼はそう言い残すと、かき消えていく。

「さようなら、アークトゥルス」


「あの、スズカさん。いったいどうしたんですか?」

 アークトゥルスの話を頭の中で逡巡させていた俺を、キエン君が心配して見に来る。まあ、さっきまで狂ったように魔法を連打していたやつが急に黙りこくってエアフレンドと会話し出したら困るわな・・・。


「いや。予想外な所から、必然的に手掛かりを得たってだけ。また全員集まってからにするよ」

 それまでは必死に魔法の訓練あるのみである。

 ついでに、加護のスキルも伸ばそうと、千里通眼に順風通耳を使い、無駄に首の伸び縮みを繰り返しながら、宙に向かって多数の雷矢を放ち、舞い戻ってきて雨の如く地に降り注ぐそれらを避ける訓練を行う。

 脳筋修行だ。


♦ ♢ ♦ ♢ ♦


「スズカ君さぁ、施設育ちでお小遣い無いのは分かるけどさぁ、人の物盗っちゃダメだよね~」と、ニヤついた笑みで同級生が俺を詰る。


 高校の教室。他のクラスメイトが皆こちらを見てざわついている。

 ああ、酷い記憶だ。


「違う。俺じゃない。俺は盗ってない!」と、俺は焦って叫ぶが・・・。

 実に馬鹿だ。どうせ信じて貰えないんだから、必死になるほど、滑稽だ。


「いやいやいや、流石にそれは無いわぁー。だって君の机の中から出てきたんじゃん。素直に認めなよぉ、僕だってさあ、別に? どうしても欲しいから下さいって言ってくれれば喜んで君にあげたのに。ま、いいよ今回は。でも次からはちゃんと言ってからにしてくれよな!」

 その同級生は俺の背中をバンバンと叩いてから、こそっとクラスの反応を伺う。


「茂木やっさしぃー」

「さすが茂木ちゃんじゃーん」

「やめろよ、照れんだろ」

 茂木の頭を掻く仕草で、教室中がわっはっはと笑い声に包まれる。

 ・・・なんで? なんで皆笑ってるの? 何が可笑しいの?


「ちが、ちがう。俺は本当に・・・」

 やめろ。馬鹿。もう否定するな。お道化ろ。やめろ。言うな。

「・・・本当に盗ってない」


「うわ、大嶽のやっつ、まだ認めねえよ」

「折角、皆で許してやろうってな空気作ってやったのに」

「生活苦しいのは分かるけどさあ、同情できねえ・・・」

「まじでアホだろ」


「はーい。ストップ、ストップ」

 茂木がパンパンと手を叩く。

「お前らなあ、スズカ君は悪く無いから! 悪いのは社会なんだよ。社会。犯罪者の子供が生きていくのが難しい社会。そういう社会が悪いんだって。スズカ君だって好きで人殺しの子供に生まれてきたわけじゃないんだからさ! でもそのせいで、生活が大変で、盗みしか知らないんだよ。つまり悪いのは社会であって、僕たち一人一人が向き合っていかなきゃならない問題なんだって」

 茂木の演説におおおっーと教室がどよめく。

「だよなー、それそれ。社会。社会。」

「いや、お前分かって、頷いてんのかよ?」

「茂木ちゃん、さっすがー」

「・・・いや、流石に良い子ちゃん過ぎて、ドン引きなんですけど」

「おまわりさん、へそ曲がりはこいつです」


「と、に、か、く。僕はスズカ君を許そうと思うんだ。皆も責めないであげてね?」

 クラス中の視線がこちらに集る。

「ね? スズカ君?」

 茂木が俺の後ろに立って、両肩に手をポンっと置く。


「・・・・・・」俺は喉がカラカラに乾いて、うまく言葉が出てこない。

 言え。さっさと言ってしまえ。そうすれば楽になるぞ。ほら、見ろ、クラスメイト達の視線を。お前が今求められている役回りは何だ?


「・・・あ、ありがとう。茂木君」俺のかすれ切った声に、

「良いってことさ!」と、茂木は軽やかに返事する。

 教室は拍手に包まれた。

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