第四十六怪 半人半獣の午後②

「良いかい。二人とも。君たちは既にその命を僕に捧げているんだ。故に、今後は僕に誠心誠意仕えて貰うよ。そういう契約だからね」

 ムラサメが新生サテュロスである元キゾティー族三近衛のミザールと、元戦業士パーティー銀の鋼のメンバーだったタングーサの二人に臣従を促すと、二人ともその場で膝まづいて畏まり、

「はい。ムラサメ様」

 と、まるで反抗する様子もなく、首を垂れる。

 おそらくは、例の脳内に刺さったムラサメの分身が思考を制御しているのだろう。


「なんか、ごめんね。モリアン君」

 元パーティーメンバーが分けの分からない魔剣を主君と仰いで臣従する様子を見せられているのだ。決して良い気分ではないだろう。

「・・・でも、仕方ないですよ。ムラサメさんと契約しなかったら、今頃タングーサさんは死んでるでしょうし、夢と思っていたとは言え、結局契約するかどうか決めたのはタングーサさん本人ですから」

 モリアン君は割り切っているようだ。いや、割り切るよりほかにどうしようもないから、自分自身にそう言い聞かせているのかもしれない。


「おい、ムラサメ。生殺与奪の権を握っているからと言って、臣下を虐めたり、不当な扱いをしたり、そういうのは禁止だからな」

 お父さんはお前をそんな子に育てた覚えはありませんよ!・・・なんつって。

「・・・分かってるよぉ」

 ムラサメがちょっと不貞腐れた声を出す。


「なぁなぁ、ムラサメ師匠。俺はそういう儀式的なのやらなくて良いのか?」

 エルガー君が鼻をほじりながら尋ねる。・・・いや、一応擁護しておくと、地下倉庫って結構埃溜まってるんだよね。

「・・・いいよ、もう。エルガーは何かそう言うのじゃないし」

 ムラサメはすこぶるやる気のない返答をした。それにしてもエルガー君は他の二人とムラサメに対する態度がえらく違う。おそらくだが、エルガー君の脳内にはムラサメの分身体が入っていないんじゃないだろうか?


「主殿ぉおぉおぉ」

 と、俺の横にいつの間にやらワルガーがいた。そう言えば、こいつもいたんだった。大人しかったから忘れていた。

「あー、ワルガー、どうしたんだい?」

 ワルガーはキリッと覚悟を決めたような顔をする。


「主殿! 小生は思ったのです。小生は息子エルガーのために誠意を尽くすと幽霊となった妻と約束いたしました。しかして、エルガーは落命を免れたとはいえ、邪悪なる魔剣にその生殺与奪の権を握られた上、姿形を珍妙なものに変えられてしまいました。しかして、それをいくら嘆こうとも、もはやどうにもなりませぬ。このままエルガーの姿は永遠にあの珍妙なる姿であり、親子の姿形が死ぬまで異なるかと思うと小生はとても耐えかねます」


「それは、申し訳ないと思うが、しかし姿形がどうであれ親子の絆と情愛があれば、そんなものは乗り越えることが出来る・・・場合も多々ある・・・と思う」

 切々訴えるワルガーに俺はたじたじとなる。この件に関しては俺が全面的に悪いので致し方ない。


「初めから異なっていたならば、あるいはそういうこともあるでしょうとも。しかし卑小なる小生にはとても耐えかねるのです。ですから・・・エルガーが元に戻れぬと言うならば・・・小生を、小生をあのサテュロスとかいう姿にして頂きたい!」


「本気かい?」

 俺は驚いて、思わず問い返してしまった。むろん、ワルガーの真剣な様子を見れば、実に思い悩んで出した結論であろうことは分かったが。

「本気です。主殿。小生をサテュロスにして下さいませ」

「・・・って言ってるだけど、ムラサメ。やろうと思えば可能なんだよな?」

「できるよ」

 さて、どうしたものか。ワルガーの意思は固く、ムラサメも別に嫌ではないようだ。なんとなれば、ワルガーは俺を通さずに直接ムラサメと取引することだってできたはずだ。しかし、そこは流石元エスプー族のボスだけあって話を通しておく必要性を考えたのだろう。あのニエニエ人形ヒンナと首吊りゴブリンとは違って。

 こうも筋を通してきたワルガーの希望を退けるのは気が引ける。そもそも俺には別に反対しなければならない強固な理由もない。ただ。ただほんの少し罪悪感があって、他者の人生を不可逆的に変えてしまうことへの一抹の不安があるというだけのことである。


「なあ、ムラサメ。ワルガーは気の毒な奴だ。だから脳内に分身を刺すのは勘弁してやってくれないか?」

 俺は皆に聞こえないよう、小声でムラサメにそうお願いする。

「うん。良いよ。エルガーにも悪いからね」

 ムラサメから快諾が得られたので、ワルガーのサテュロス化要望を受諾することにした。


 すると、早速とばかりに気の早いムラサメは、ワルガーの胸に飛び込んでいき、剣先からぶっ刺さる。

「う、うわぁ、痛そう・・・」

 モリアン君が俺の服の袖を掴んで、ワルガー達の様子をハラハラと見守っている。

「えっ、親父!?」

 ワルガーから何も聞かされていなかったのか、エルガー君がその様子を見て素っ頓狂な声を上げた。


 ムラサメはワルガーの胸に刺さると、そのままズブズブと内側へ沈んでいく。俺はてっきりそこから繭を作るのかと思っていたのだが、そうはならずワルガーが眩いほどに発光したかと思えば、まるでアニメの変身魔法少女のように光の中で変身していくではないか。

 そうして、光が収まった時には、もう変身が完了していた。

 エルガー君やミザールと同じ虎タイプのサテュロスだ。人間化した顔は俺が思っていたよりも意外と若く感じられた。30代後半くらいに見える。しかもちょっと堀の深い、濃い目の精悍なスポーツマン的な感じで、イケオジだ。しかもマンティコアの頃にあった片目の傷も綺麗さっぱり無くなっていた。なんというか、こう、ワルガーって感じじゃない。


 変身したワルガーは早速鏡を見に行き、自分がエルガーと同様の姿になっていることを確認すると、

「エルガー! これで俺様もお前と同じだぞぉおお。親子二人、この艱難辛苦を分かち合っていこうなぁあ」

 と、むせび泣いてエルガーに抱き着く。

「・・・まじかー。親父もかよ。ちっ」

 反抗期のエルガー君はワルガーに抱き着かれながら舌打ちした。でも、無理に暴れたり解こうとしない当たり、この二人の親子関係は改善していると思いたい。


 俺がそんな風にマンティコアの親子を、いやもう違うな、サテュロスの親子を微笑ましく眺めていると、

「お父様。お父様。ちょっと思ったんだけど、お父様も試しにサテュロス化してみない?」

 などとムラサメが軽いノリでとんでもないことを言い出す。

「え? いやいや、試しにとか、そんなノリで出来る変身じゃないんだろ? 一生元に戻らないって話じゃないか。そもそも、俺には胸も心臓も無いからな?」

 俺はウルハイス君の体をポンポン叩く。このゾンビの体は俺にとっては服や装備品みたいなものであって、ムラサメが突き刺さった所で元より捧げるべき命も持っていないのだ。

「そこなんだよね。試してみたいって言うのは。お父様のあの首を長くするスキルを使ってみて欲しいんだ。伸びた首と融合したらどうなるのか試してみたくて。お父様の命を食べるようなマネは絶対しないから。・・・ダメ?」

 そんな可愛くおねだりされてもね・・・。

 まあ、サテュロス化自体は別に悪い話じゃ無い。どうせ元から俺は人間じゃない。ただのろくろ首だ。首だけの妖精だ。だから、自前の体が生えるというのはむしろ嬉しい。わざわざノクスに説教されてまでゾンビの体を着替える生活を送ることもないのだ。

 とは言え、そうなるとかえって不便なこともある。自前の体が生えてゾンビの体を着れなくなると、リンデア君の体を使用して魔精創造ジン・クリエイトが出来なくなる可能性があるのだ。

「う~ん・・・」

 現状、大きな不都合がない以上、無駄にリスクを取るべきではない。

 だが。

「う~~ん・・・」

 自分自身の体だ。借り物の服ではないのだ。冷たい死体のまがい物でない肉体。鼓動が鳴り響き、他者の体温を感じ取れる肉体。転生してきてこのかた胸の内にぽっかりと空いている何か。あえて精力的に動き回ることで紛らわしてきた虚無感を、真に充足させてくれる何かが得られる・・・気がする。・・・いや、どうだろう?


「ええいっ、案ずるより産むが易し。俺は賭けに乗るぞ、ムラサメ。さあ、どんと来い! 【首長伸縮】」


―――――――――――――――――――――――――――――――――

 【増長天】6

 〔首長伸縮〕6

  自身の首を6m伸び縮みできる

 〔降魔吸力〕6

  自身の首で絞めあげた相手の魔力を封じ、かつ是を吸収する

 〔魔光合成〕2

  首の表面に太陽光を当てることで魔力を合成する

―――――――――――――――――――――――――――――――――


 俺は一旦ウルハイス君の体を切り離すと、レベル6になった増長天の能力で、首を6メートルの長さに伸ばす。久しぶりの人面蛇スタイルだ。

「それじゃあ、行っきまーす」

 相変わらずの軽いノリでムラサメが俺の首に突き刺さると同時に、内部へと侵入していく。ちょっと痛い。っていうか、契約とか色々すっ飛ばしてる気がするんだが。

「どうだ、ムラサメ。いけそうか?」

 俺が首の方に向かって声かけすると、

『うーん・・・なんか変なことになりそうだけど。まあ、いいや』

 と、頭の中にムラサメの声が響く。内容がすこぶる剣呑だ。

「おい、こら。良くないぞ」

 と、俺は制止するが。


 俺の首から下がワルガーの時と同様に発光する。だが、首から上、つまり俺の本体である頭部に発光する様子は見られない。あれだ、変身ヒロインが首から下だけが謎の光に包まれて変身する感じだ。

 光の中で俺の首が変形していく。手が生え、足が生え、蹄が生え、蝙蝠翼が生え、山羊の尻尾が生える。気付けば光は収まり、上半身は人間、下半身は山羊というタングーサと同じ山羊タイプのサテュロスになっていた。タングーサと違う点があるとすれば、頭部に変化が無く、山羊の角が生えていない点だろうか。


「おおぉ。体だ。俺の体だ」

 俺は感動しながら、鏡に全身を映してしげしげと見つめる。最初のエルガー君のように。すごい。胸が呼吸している。空気がすごくおいしい。心臓の鼓動を感じる。血の通った手足が自在に動く。冷たく腐った体を服のように身につけるのとは違う。空気の温度、流れ、手足に受ける感覚が新鮮だ。

 俺が自分の体に見惚れていると―――変な意味ではないことは、わざわざ説明する必要は無いと思うが―――胸の位置からムラサメがニョキニョキと出てくる。

「上手く行ったじゃないか、ムラサメ」

 ムラサメのやつ、変なことになりそうとか、脅かしてくれちゃって。

「いやぁー、なんていうか、僕の能力を一方的に喰われた感じ・・・というか、取り込まれた? 半分融合?」

 ムラサメはよく分からない独り言をブツブツ呟く。


「モリアン君。モリアン君。ちょっと良いかな」

「なんですか?」

 俺が手招きすると、モリアン君がコツコツと松葉杖を突いて傍に来る。・・・なんか動作が可愛い。

 俺は両手でモリアン君の頬を包み込む。暖かい。柔らかい。ゾンビの体では決して感じられなかった温もりだ。その温もりと柔らかさは手の平を伝わり、神経が快感として俺の脳へと幸福感を運んでくる。

「あのっ、えっと・・・」

 モリアン君は困惑しながらも嫌がらず抵抗もしなかった。むしろ、ちょっと頬を紅潮させて・・・吐息が漏れている。


 ドクンッ。

 俺の心臓がひときわ大きく鳴った。

 あれ? なんだ、この感じ。・・・心臓を取り戻したことで、本来あるべき諸々の感情が俺の中で急速に回復している。眠っていた本能が、動物的な直感が覚醒する。


「あのさ、モリアン君って、もしかして・・・」

「は、はい」

「もしかして、男の子じゃなくて・・・」

 が、俺がその先の言葉を言う前に、背後からムラサメの声がした。


「よし! 実験してみよっと」


 そして、次の瞬間。


「えっ?」


 刹那の間に見えたのはムラサメの剣線による残光。

 さっきまで感じていた呼吸や心拍の感覚が突如失われ、俺の頭部が宙に放り出される。宙を廻りながら見れば、俺の首を切ったムラサメが血糊を払い、俺のサテュロスの体は切断された首から血を吹き出していた。

「嫌ぁあああああああ」

 モリアン君が絶叫する。


 俺の生首はそのまま地面に激突して、たん瘤を作った後、そのまま勢いよくゴロゴロと転がってから、止まった。

 え? なにこれ? ムラサメに断頭された? どういうこと? 俺死ぬの?

 混乱する俺の元にムラサメがピョンピョン跳んでくる。

「お父様。どんな感じ? 痛みとかはある? それとも魔力だけ消耗してる感じなのかな?」

「ど、どういうことだよ、ムラサメ! お前に殺されなきゃいけない理由なんて知らないぞ!」

「殺す?・・・お父様、ぴんぴんしてるよ? 普通に生きてるじゃん」

 俺はそう言われて冷静になる。

 うん。そうだわ、普通首を跳ね飛ばされたら即死だわ。多少は思考する時間とかもあるかもしれないが、こんな風に暢気に誰かと会話するなんて不可能だ。生首生活が長かったせいで、そんなことも忘れていたらしい。


「お父様。お父様。もっかい、さっきの首を伸ばすスキル使ってみてよ」

 ムラサメは全く悪びれた風もなく、そんなおねだりを言う。俺の首を切り落としておいて、よくまあ平然としていられるものだ。

「・・・【首長伸縮】」

 俺の首元から、首がニョロニョロと生えて・・・いや、ただ首が生えるだけじゃなかった。手足も生えている。というか、さっきのサテュロスの肉体がそっくりそのまま再現されていた。

「ええぇー・・・」

 俺は自分自身にドン引きしてしまった。首を伸ばすスキル使ったら、体が頭から生えてくるってどういうことだよ・・・。おそらく、これがさっきムラサメの言ってた「変なことになりそう」の正体だったのだろうが。


 と、異常現象に呆気に取られていたら、

「うわぁああ、スズカ君んんんん~」

 モリアン君が泣きながら、俺のサテュロスの体に飛びついてきた。

「あー、よしよし。大丈夫、大丈夫。俺は無事だから」

 そりゃあ、目の前でしゃべってた奴がいきなり首を跳ね飛ばされたらショックだろう。俺はモリアン君をあやすように抱きしめながら、ムラサメを睨んだ。

「お前なあ、何かする前に一言相談しろよ」

「えへ、ごめんなさい」

 全く反省しているように見えない。

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