第四十五怪 半人半獣《サテュロス》の午後①

「え、スズカさん、また脱皮したんすか? おめでとうございます」

「はは、ありがとうシックル」


 朝からヒンナのやらかしの対処に追われた結果、余程疲れていたらしく、俺は調理場で蜜の瓶を飲み干した後、寝てしまっていたらしい。目が醒めると例の頭部全体が痒くなる現象が起き、脱皮していた。昼前から惰眠を貪ってしまって恥ずかしい限りだ。

 シックルは狩りから帰ってきて獲物の肉を厨房へ収めに来た所らしい。


「スズカさんって、脱皮回数は何回くらいなんですか?」

 隣の椅子に座っているモリアン君が尋ねてくる。どうやら俺が寝ている間もずっと傍にいたようだ。

「今回で3回目のはずだけど」

「えっ? まだ3回なんですか?」

 モリアン君が目を丸くする。ボサボサの前髪の間からもハッキリ分かるくらいに。

「まあ、俺はまだ生まれてから間もない赤ん坊妖精だからね。・・・モリアン君は何回?」

「ボクは・・・16回です」

「へぇー」

 俺には16回が多いのか少ないのか分からないが、モリアン君の微妙な反応からすると、モリアン君の年齢では標準より少ないのかもしれない。まあ、俺のお気に入りの体であるリンデア君は50回超えてるしね。・・・あれは外れ値かもしれないが。


 年齢と言えば、

「そう言えば、まだ聞いてなかったけど、モリアン君って何歳?」

 雰囲気的に12か13くらいかなと、勝手に思っていたが。


「・・・18歳です」


「ぶっ。 18!? あ、ごめん。ちょっと、意外と言うかなんというか」

「ええっと、トリノクルスはヒュムフより成長が遅いので、それでイメージとズレがあるんじゃないかと」

「な、なるほど」

 しかし、18ってことはモリアン君は、俺とほとんど同い年じゃないか。めっちゃ年下だと思って接して来たのに。

「じゃあ、モリアン君は今日からは俺のことをスズカ君と呼ぶように」

「え? なんで?」

「それが正しい世界の仕組みって奴だからさ」

 モリアン君がとても困惑しているが、まあ直ぐに慣れるだろう。


「そうだ。ステータス確認しておかないと。【自己観相】」

 贅沢な話だが、他人のステータスを観れないのがちょっと残念に思う。だって、鑑定眼って異世界転生者あるあるのチート能力なわけだし。


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 個体名称:スズカ・オオダケ

 種族名称:ろくろっ首 (妖精???)

 脱皮回数:3

 加護恩恵:【四天王の加護】 【光】2【雷】2【水】2

 授与魔法:【慈悲の聖球】5【雷帝の弓矢】4【悲嘆の冥河】4

 特殊能力:【広目天】6【増長天】6【多聞天】6【持国天】6

 恭順徒弟:【シックル】【ノクス】【ワルガー】

 着用肉体:【ウルハイス】

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 全体的に数字が上がっている。さらに個別の項目も確認してみよう。

 まずは魔法だ。


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【慈悲の聖球】5 持続時間300秒

 遍く光に照らされる者の心身を癒し、体力を回復させる

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【雷帝の弓矢】4 有効射程10m

 雷撃の矢を1本放つ。命中対象に微弱な麻痺効果を与える

 追加の魔力を消費して追加の矢を装填する。装填間隔6秒 

 弓を同時に4張りまで展開できる

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【悲嘆の冥河】4 効果範囲40m

 触れると己と関係の深い死者の嘆きを聞く

 放出した水の流れ(固体表面上)は操作可能。

 追加魔力を消費して水量を増加する

 水は塩分を含み、飲用には適さない

―――――――――――――――――――――――――――――――――


 うん。あんまり変化はない。


「スズカさ・・・スズカ君は、もしかして自分の能力を見れるんですか?」

 君呼びしても、敬語は消えないモリアン君である。

「まあね。人間の世界ではどうやって確認してるんだ?」

 確か、最初に出逢った妖精の二人組ナバクとシュトラの話では、妖精は何とかの泉に魔力を通すことで、能力の閲覧ができるということだったが。

「鑑定鏡というのがあって、それで調べることが出来ます。・・・利用料を取られるので、頻繁には出来ないですけど」

「ほほー、そういうアイテムがあるんだね」

 やはり、この世界、ステータスオープン的魔法は一般的じゃないらしい。


 さてさて、お次に特殊能力だが、広目天、増長天、持国天は魔法と同じく数字が上がっている以外は、特に変化はなかった。


 問題は、多聞天である。


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 【多聞天】6


 〔順風通耳〕6

  自身を中心に半径6㎞内一切の音声を聴覚する


 〔言語獲得〕6

  対象の言語脳をハッキングして、使用言語をコピー習得する

  従って、獲得能力は指定対象の言語習熟度に依存する(5/6)

 〔フェアリス語〕〔ムステリス語〕〔ゲッシー語〕〔ハヌ語〕

 〔コアトル語〕


 〔言語転写〕1 回数制限(0/60)

  自身の使用可能な言語を他者に転写して習得させる

  相手の獲得能力は自身の言語習熟度に依存する

―――――――――――――――――――――――――――――――――


「ほほ~【言語転写】とな・・・」

 多種族連合軍における言語の多様性問題を解決できうるスキルだ。共通語を強制的に設定できるので、上手くやれれば会議を開くたびにノクスに借りを作らずに済む。回数制限があるので、考えなしにポンポン使うことは控えたいが、少なくともこの砦の面子だけなら十分カバーできる。

 ・・・となると、問題はどの言語を共通語化するかだが。やはり特定の魔獣の言語を共通語化すると、なんだか贔屓の様になるようで良くない気がする。いっそのことコアトル語にするか? ちなみに、コアトル語というのはモリアン君の使っている人間語だ。将来人間と交流しようと思った時、便利なはずだ。

 でもなあ、そういうことすると、このロークビ高原が人間側の文化に征服されることになるんだよなぁ。モリアン君やヒンナの話を断片的に聞いただけだが、そもそもコアトル語はロークビ帝国を滅ぼした側の言語なのだ。それは、すなわちロークビ高原が二度征服されることを意味する。

 共通語を強制する以上、それは文化的変容を強制する行為だ。それは避けては通れないので致し方ないが、その対象にコアトル語を選ぶのは古代ロークビ帝国の遺児とも言える魔獣達への裏切りに思えてしまう。


 ・・・であるならば、むしろ。


「なあ、シックル」

「なんすか?」

「ちょっと、失礼」

 俺はシックルの額に指を当てた。

「【言語転写:日本語】」

 俺の指先がパァッと光る。

「えっ、うわ、おーおおおっ?」

 シックルが目を白黒させた。

「どうだ?」

 日本語で問うてみる。

「な、なんすか、この言語」

 シックルが日本語で返答した。

「異世界の言語だよ。これをこの砦の共通語にしようかと思ったんだけど、どう思う? 別のにした方が良いかな?」

「そうっすねぇ・・・特定の魔獣の言語より、争いが無くて良いっすね。さすが、スズカさんっす!」

 シックルがおべんちゃらを言う。まあでも、不都合だと思えばちゃんとハッキリ言う奴だから、支障は無いのだろう。

 というわけで、俺はついでにモリアン君にも【言語転写:日本語】をかける。


 と、そこへ。


「お父様。お取込み中、悪いんだけど、一緒に地下倉庫に来て欲しいんだ」

 ムラサメがピョンピョン飛び跳ねながら、厨に入って来る。

「分かった。けど、その前に【言語転写:日本語】っと」


♦ ♢ ♦ ♢ ♦


 俺はモリアン君といっしょにムラサメの後に続いて、地下倉庫へと向かった。石造りの倉庫は地上よりも温度が低く、ノクスが料理屋をやっている時は食材の保管庫として使っていたようだ。今も、片側の壁には木箱や樽が積まれている。

 ちなみに、シックルはもう一狩りしてくると言って、外へ駆け出して行ってしまった。働き者だ。


 そんな所に、ワルガーとエルガー君の親子がいた。ワルガーは落ち着きなくウロウロしている。エルガー君は姿鏡でしげしげと自分の姿を観察していた。昨日、砦に帰ってきてからずっとこんな調子だ。事情を知らないものが見たら重度のナルシストと勘違いするだろう。


 とりあえず、俺はワルガーとエルガー君に言語転写を行った。


「それで、ムラサメ。用って言うのは、あの黒い繭かな?」

「そうだよ」

 地下倉庫の片隅に、黒い繭が2つ置かれている。エルガー君から聞いた話では、一つはキゾティー族三近衛が一人「三雷鎖のミザール」らしいが、もう一つは人間の女性らしい。


「そうだ、お父様。さっきの言語転写ってやつ、この二人にもお願い」

「えっ、うーん、まあ良いか」

 回数制限があるからほいほい使いたくないが、ムラサメたっての願いとあっては「お父様」として断れないな。俺は、黒繭二つにも言語転写を行った。


 それを見届けると、ムラサメはまず大きい方の繭の側に行き、ひょいと跳び上がって、その剣先で繭を引き裂いた。

「起きろ、ミザール」

 ムラサメが命じると途端、モワモワと黒い煙が漏れ出たかと思うと、中からゆっくりと何かが出てくる。

 頭部から生えた雄山羊の角。背中の蝙蝠羽。人間の上半身に虎の下半身。そして尻尾の蛇が2匹生えている。つまりは、今のエルガー君と似通った姿だ。顔立ちはエルガー君が15歳くらいの少年に見えるのに対して、こいつは俺よりも少し年上のように見える。・・・まあ、頭からすっぽりと目覆い付きの頭巾を被っているから、正確な所はあの頭巾を引っぺがしてみないことには分からないが。


「ここは・・・」

 ムラサメがミザールと呼んだサテュロス―――俺は、もうこの新種の生物をこう呼ぶことにした―――は周りを茫洋と見渡す。

「よぉ、ミザール。俺のこと分かるか?」

 エルガー君が偉そうに腰に手を当てて、ミザールに顔を近づける。

「・・・あなたは、この私を打ち破ったスパイですね。つまり・・・ここはトロツキの洞窟というわけですか」

「違ぇーよ。ここはテオテカ砦だ。うちのボスの本拠地だよ」

「・・・さっぱり状況が分かりませんねぇ」

 そりゃそうだろう。こいつの視点では、トロツキ族に囚われていると想定する方が自然なのだから。

「よぉし! 俺がかいつまんで教えてやるよ!」

 エルガー君がなぜか張り切って、ミザールに状況説明を始める。なんでそんなに面倒見が良いのかは謎だ。この相手はエルガー君をもう少しで絶命させていた敵だというのに。


「なあ、ムラサメ。こいつは縛ったりしてないが、大丈夫なのか?」

 俺はふと心配になって、ムラサメに尋ねた。

「大丈夫だよ。エルガーもそうだけど、こいつの命は既に僕の物だから、いつでも殺してその命を接収できるんだよね。まあ、そもそも脳内に僕の分身体が刺さって思考制御してるから、反抗自体無理だけど」

「お前の能力、えげつないな・・・」

 俺の首輪の能力が、だいぶ慎ましく思えてくる。


「さてと、こっちも開けちゃおっと」

 ムラサメは、エルガー君がミザールへの説明を終わらぬ内に、もう一つの繭に向かう。そして、先ほどと同じように繭を切り裂いた。

「起きなさい。タングーサ」

 ムラサメが命じると、ミザールの時と同様に黒い靄が漏れ出すと同時に繭の中から人影が現れる。

 と、ムラサメは靄が晴れぬ間に素早く繭の端を細長く切り取ると、その黒布を器用に中の存在に巻き付ける。・・・なぜそんなことをしたかは、靄が晴れて見れば直ぐに分かった。そう言えば、エルガー君は人間の女性が全裸でまな板の上に居たって言ってたもんな。黒布は彼女の豊かな双丘をしっかりと包み込んでいたのだ。

 黒繭の中から出てきたのは、ハニーブロンドの美しい髪を垂らしたサテュロスだった。頭部から生える山羊の角は、エルガー君やミザールと比べて小ぶりだ。人間の上半身に、山羊の下半身。ここも素材がマンティコアの二人とは異なるらしい。背中の蝙蝠羽は同じだが、尻尾は普通の山羊の尻尾だ。


「タン・・・グーサ?」

 なぜか、横にいるモリアン君が新生サテュロスの顔を観て驚愕の表情をしていた。

「・・・モリアンちゃん? えっ、モリアンちゃんよね?」

 起き抜けで茫洋とした眼つきをしていた女サテュロスはモリアン君を視認した途端、こちらも一気に眠気が吹っ飛んだ様子だ。

 そのまま二人はどちらからともなく駆け寄り、抱きしめ合った。モリアン君なんて松葉杖を放り出すようにして、最後は片足でジャンプしていた。

「タングーサさん。生きてたんだ。良かった。本当に良かったよぉ」

「モリアンちゃんこそ。生きててくれて嬉しいです。本当に」

 お互い涙を流して再会を喜んでいる。


「あー、モリアン君。どういう知り合いなのかな?」

 予想だにしていなかった光景を見せつけられて、俺は困惑しながら質問した。いや俺だって、感動の再会に水を差したくはないんだけどね。


「あ、すみません。スズカさ・・・スズカ君。その、前に話してたボクの戦業士パーティー【銀の鋼】の唯一生き残った仲間です」

「ああ、例の・・・」

 俺は合点がいって頷く。モリアン君のパーティーは全滅したが、モリアン君ともう一人は殺されずに捕らえられ、妖精市場で生きたまま売られたという話だった。つまり、どちらもサワラザールによって購入されていたわけだ。袋詰めにされていたモリアン君はタングーサも同じところに売られたことを知らなかったのだろう。


「・・・ええっと~、モリアンちゃん、悪いのだけど私にも今がどういう状況なのか説明して貰えないかしら。・・・なんか、私の体、変なことになってるし」

 感動の爆発が過ぎ去ってタングーサは冷静さを取り戻したのか、自身の体の異変にも気づき、徐々に困惑の表情を強めていく。

 モリアン君は助けを求めるように、俺を見た。まあ、モリアン君にも何が起こっているかは説明不可能だから詮無いことである。


「タングーサ。僕との契約は覚えているかい?」

 そこへ、ムラサメが割って入って、タングーサの目の前でピョンピョン飛び跳ねる。

「あなたは・・・あの時の・・・夢じゃなかったの?」

「夢じゃないよ。でも、ちゃんと覚えているようで安心したよ。それなら、今の状況もちゃんと理解できるはずだよ」

 ムラサメにそう言われたタングーサはしばし目を閉じ・・・。


「そう。じゃあ私、もう人間じゃないのね・・・」

 悟ったように、彼女はそう呟いた。

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