第三十一怪 小鬼の秘宝④
魔獣というのは揃いも揃って血の気が多いらしい。モッケ爺のカチコミ戦略に反対する者は誰もいなかった。・・・まあ、ワルガーとエルガー君は予想通り、死んでも
行くだの、絶対行かせないだのと大喧嘩しているが。
トロツキ側もこのカチコミには人手を供出することになった。この作戦が失敗したら、結局一番困るのは彼ら自身なのだから当たり前の判断ではある。
指揮系統に関しては、トロツキの総長自ら出陣とあいなり、総大将を務めることになった。もちろん、モッケ爺が参謀役で、俺たち一行は独立遊撃部隊である。
出陣が決まり、総長が号令をかけると、洞窟内は一挙に物々しい雰囲気となり、ガチョウ達のガァーガー鳴く声がどこからともなく反響してくる。ゴブリン達はめいめい鎧やら兜やらを身につけ、携行する物資の入った革袋の仕分けなどを始めた。
「さて、スズカよ。敵の情報についてあらん限り聞き取ってきたのでな、さっそく共有するぞい」
ゴブリン達の間を飛び回っていたモッケ爺が俺のところに舞い降りる。
「じゃあ、まずはシックルを交えてね。あとでワルガーとエルガー君には俺の方から話すから、モッケ爺はキエン君とライゴを頼むよ」
「うむ。・・・しかし、同じことを何度も話さねばならんのは面倒じゃのう」
「言っても詮無いことさ」
全く、多様性なんてものはコミュニケーションコストが高くつくばかりで面倒なことこの上ない。
さて、敵のマンティコアはやはりワルガーの推測通りキゾティー族というらしく、群れ全体の傾向としてなかなかに乱暴な性質らしい。総数は120ほど。
群れの巣は複数に分かれているが、ここトロツキの洞窟から北西にジャガーの杖一万本くらいの距離―――つまり、およそ北西10kmほど―――に集中している。互いの巣はジャガーの杖数千本分離れており、普段は二、三十匹ずつ分かれて暮らしている。縄張り範囲はおよそ東西南北に40km四方らしいので、もちろんこの洞窟はがっつりやつらの勢力圏内に入ってしまっているわけだ。ただ実際の生活圏はやや北寄りで、元々はトロツキの洞窟近辺をうろつくことは少なかったという。
「地理関係は分かったっす。それで、具体的にはどういう作戦なんっすか? 相手の巣に直行して奇襲っすかね? その場合、戦略目標は何っすか?」
矢継ぎ早にシックルが質問する。
「無駄に相手を怒らせても本末転倒じゃからな。無駄に破壊や略奪行為をするのは避けて、敵側の兵力を削りつつ・・・理想は敵ボスの生け捕り後に即撤退じゃな」
「生け捕りは中々難しいと思うっすけどね」
「まあ、理想じゃよ。殺してしまっても構わんが、その場合代替わりで揉めてくれればよいが、逆に仇討ちで一心不乱になる場合もあるからのう」
「生け捕りかぁ・・・マンティコアって結構腕力あるから、俺が首を伸ばして巻き付いた場合、魔力を封じられた状態でも引き千切られるかもしれない」
「まあ、可能ならばという話じゃよ」
一応、俺が今着用しているエイロフさんの魔法にある【幻覚香】とか【寄生の種】とかを使うことも出来るが、確実な方法ではない。ちなみに【幻覚香】は相手に幻覚を見せる香りを放つ魔法で、【寄生の種】は相手の体内に入れると、相手の体力を奪い取って寄生植物が成長するという割とホラーな魔法だ。
「キゾティー族のボスの確実な位置は分っているんすか? 巣が複数あるなら空撃ちの可能性があるっすよ」
「それに関しては、ほぼ問題ない。随分と目立ちたがり屋らしくてのう。ボスが滞在している巣は旗を掲げた上、歓待のために獲物を取り集めるのが活発になるらしくてな。ここらの魔獣なら直ぐに悟って、その巣の周囲から遠ざかるという話じゃ」
「へぇー、そいつは己の生存を脅かす敵と邂逅したことが無いボンボンの生き様ってわけっすねぇ。その愚かさの代償をきっちり取り立てにいってやりたいっすね」
シックルがアイロニカルな笑みを浮かべて手鎌をベロリと舐めあげる。
「あまり準備に時間を掛けられんのでな。少々荒っぽい作戦じゃが、斥候が敵ボスの滞在場所を確認次第、撤退支援班を除いた兵力で目標に奇襲をかける速攻即撤退の作戦じゃ」
「そう上手く行くかな?」
モッケ爺が即席で組み上げた脳筋作戦に俺は一抹の不安を覚えた。こうもっとスマートで華麗な策略で、敵のボスを罠を張った地に誘い出してひっ捕らえるとか、狡知に溢れた作戦とかはないもんなのだろうか?
だが、俺のそんな考えはモッケ爺に一蹴される。
「上手く行くように工夫するんじゃよ。・・・スズカよ、あのミノタウロスの若造に毒されておらんか? 未知数が多い状態では、結局練り込んだオーソドックスな戦術が安定して有効なんじゃよ」
「・・・なるほど」
まあ、所詮戦の素人である俺が出しゃばってアレコレ言うべきではないのだろう。
とは言え、である。
「でも相手に、俺の千里通眼みたいな知覚系スキルを持っている奴が居たら、奇襲なんてこの洞窟を大勢で出た途端ばれるよね? それにこっちの様子を直接見張ってる奴らもいたわけだし。相手の虚をつくなんて本当に可能なんですか?」
「心配せずとも、そのへんのことも織り込み済みじゃ。そもそも、直接監視員を寄越さねばならんという時点で、広範囲遠距離の知覚系スキル持ちがいないか、頻繁に使用できるほど暇ではないということじゃよ。しかも監視員の方は、仕事熱心ではないようでな。日が暮れる頃には自分の巣に帰還してしまうらしい」
「え? それじゃ、トロツキ族は夜の間好きに行動できるわけ?」
「まあ、夜は食料収集効率が悪い上に、暗闇に特化した危険な魔獣も出るのでな。しかもやつら昼のうちに近辺の餌場を散々荒らしまわっていくらしい・・・」
つまり、夜間は包囲を解いても兵糧攻め効果は十分あるというわけだ。
「まあ、敵に感知系スキル持ちがいないなら良いよ」
「いや、話はそう単純ではない。マンティコアは魔術具を作るのに長けておる。キゾティー族は、探知波を打って周辺の魔獣の位置を確かめる魔道具を配備しておるのじゃよ」
「ダメじゃん!」
安心したのも束の間、話がひっくり返って俺は思わず叫んでしまう。
「話は最後まで聞くもんじゃよ。その魔道具は常時発動させるものではなく、巣の守衛など、係の者が定期的に使用する形で運用されておる。射程は使用者の込めた魔力によって変わってくるが、長くともジャガーの杖およそ5千本くらい。探知波は独特の魔力波で、当たれば分かる、という話じゃ」
言わば、キゾティー族は射程5kmのソナーを配備しているわけだ。
「で、その定期的な使用間隔ってのは、どのくらいの時間なんすっかね?」
「そこはランダムじゃな。しかし、平均的な時間で考えれば、探知波を打たれる前に射程の外から距離を詰めることは可能という計算結果になったから安心せい」
多少博打の要素もあるが、勝負に絶対はないのだ。完璧な作戦など求めても詮無いことだ。
「作戦はそれで良いんすけどね。敵の強さや能力とかで分かってることも教えておいて欲しいっすね」
「うむ。トロツキの話では、特に気を付けるべき強者は、ボス本人とそれを守る三匹の近衛に、各巣の統率を任されている将軍達じゃな。なお、トロツキの現総長は近衛の一人と何やら因縁があるとかで、そやつの足止めは任せてくれと言われておる。他の担当は、それぞれの相性などを考慮して役割をふることにした」
「他の巣の将軍どもが援軍に来ないうちに決着をつけたい所っすね」
「うむ。時間との勝負じゃよ。なので、ボス本人の捕獲戦はわしとスズカ、シックルで組んで当たり、残り二匹の近衛は、それぞれキエンとライゴの組と、ワルガーに任せようと思う。巣の守護将軍については情報が少ない故、対応力を優先してトロツキの精鋭チームに任せるつもりじゃ」
「その精鋭チームっていうのは?」
「マンティコア側に近衛だの将軍などがいるように、トロツキにも六鬼将というのがおるんじゃよ」
六鬼将などと名前は厳めしいが、モッケ爺の脳内計算では六匹まとめてマンティコアの実力者一匹と渡り合えるかどうか、という見積りらしい。
「ワルガーは一人で大丈夫かな?」
俺の中でワルガーはノクスの操るミノタウロスゾンビに為す術なくやられていた印象しかない。
「スズカよ。己の配下をそう過小評価するもんではないんじゃよ。あやつも、元はボス。しかもキゾティー族よりも群れの規模の大きいエスプー族のボスで、グリフォンともずっと戦っておった輩じゃ。本来の格から言えば、相手のボスを一人で相手するくらいでなければいかん」
「そうかもしれないけど。ただなぁ、エルガー君の件で気も
「杞憂じゃ」
「それで死んだら、その程度の奴だったってことっすよ」
・・・モッケ爺もシックルも冷たい。
♦ ♢ ♦ ♢ ♦
夜の密林は漆黒の帳に包まれ、天上の星明りを除いて灯りとなるのは、時折地面に打ち捨てられたジャガーの杖の魔石だけだ。
そんな暗闇の中をトロツキの奇襲部隊は滑るように素早く行軍していく。
ゴブリン達はどうやら夜目が良いらしい。俺は人間だった頃と違い、ろくろ首に生まれ落ちて夜目が効く。フクロウの魔獣のモッケ爺もイタチの魔獣のシックルも夜の森はむしろ彼らのホームグラウンドだ。
難儀しているのは、ワルガーとエルガー君のマンティコア親子と、キエン君だ。キエン君は鼠だから夜目は効きそうなものだが、フレイムラットは常に自分の炎の灯りが視界に入ってしまうために、瞳孔が大きくならない生態らしい。しかも今夜は夜襲作戦の都合上、炎を出来るだけ抑えて貰っているので、照明が不十分なのだろう。
で、重要なのはマンティコアだ。ワルガー曰く、夜でも行動できるがマンティコアは決して夜目が効く魔獣ではない。夜の森を疾走する場合は前方に常に放電を行って灯りを確保する必要があるとのことだ。
故に、奇襲をしかけるならば、それは必然的に夜襲一択だったのである。
夜の風が頬を撫でていく。
風切り音の中に、微細ながらパリパリと凍てつく氷の音やパキパキと氷が割れる音を混ぜながら、黒々とした密林の木々が飛ぶように後ろへ流れていく。
「スズカよ。わしがゴブリンどもを鍛えることにした時、何を重視して徹底的に鍛えたと思うかね?」
モッケ爺が胸毛をブワリと膨らませて問うてくる。これはモッケ爺が自慢したがっている時の癖だ。
「・・・思考力かな?」
俺はつい魔が差して、わざと外した答えをした。
「違うのう。もちろん、思考力もだいぶんと鍛えたがの。わしが最重要視したのは、機動力じゃよ。なんせゴブリンは数だけは揃えられるが一匹ずつは弱いからのう。個の強さを鍛えるには限界があってな。故にわしはこやつらの機動力を鍛え、劣勢の場合は速やかに撤退し損害を最小限に抑え、攻勢に出る時は局所的な数の優位を保ち続け敵の各個撃破を狙う戦略を採用したのじゃ」
「・・・なるほど」
まあ、そうだろうとは思ったけど。
俺はモッケ爺に頷いて見せると、周囲を見回す。
当たり前だが、いくら速度重視の作戦と言えど、例の静寂性に著しい問題があるガチョウ達は連れて来れなかった。しかし、短時間の高速行軍ならばわざわざガチョウに乗る必要などなかったらしい。
俺たちは密林の中、舟底に青銅の刃を取り付けたカヌーに乗っていた。いや、正しくは長身細身のソリというべきだろうか。
やや大きめの先頭の舟には、氷雪魔術が使えるゴブリン達が乗り込み地面に氷をせっせと張る。その舳先には、豪奢なマントを風になびかせた一匹のゴブリンが魔法で召喚した氷の鹿達に手綱を付けて走らせていた。
それに続く小舟は皆鎖で連結されていて、各舟からは長い櫂が伸びて進行方向やスピードの調整をしている。それぞれの小舟もただ牽引されているだけではなく、各々風の魔法やら、牽引動物の召喚やらをしているようだ。
確かに速い。この夜襲軍に参加しているゴブリンの数は80近くもいるのだ。その数を頬に風を感じる速度で移動させるというのは、奇襲部隊としては実に恐ろしい機動力だろう。
「けど、モッケ爺。これって、魔術師達の魔力を滅茶苦茶消費するよね?」
貴重な魔法戦力を行軍の機動力上昇に消費してしまうというのは、俺にはどうももったいない気がしてならない。一応、探知波の射程圏外5kmの地点まではエッサホイサとソリを担いで移動してきたが・・・。
「うむ。だからこの行軍方法を使うのは、今回のように短距離を短時間で一気に走破するのが有効に働く時に限る。ほれ、たわいないおしゃべりに興じておるうちに、もう到着じゃ」
モッケ爺が指し示す先には、闇の中、斥候部隊のゴブリン達がジャガーの杖を上下に振って合図している。
どうやら、探知波を打たれる前に5㎞の距離を詰め切ったようだ。
ゴブリン達はよく訓練されているらしく、闇の中で最低限の音だけをさせて船を降りると、撤退支援部隊と奇襲攻撃部隊に分かれて行動を開始した。見た感じ、両者はほぼ同数いるように思う。部隊の半数が戦闘要員ではなく、支援要員だというのが驚きだ。モッケ爺の戦術ドクトリンが垣間見える。
そのまま、斥候に案内された先には、長々と続く石壁と、固く閉じられた金属製の門の前に、篝火をたいた門番のマンティコアが一匹寝そべっている。小柄でまだ若い個体だろう。門の前方は森の木々が伐採されていて、数十mは視界が開けている。
門番のマンティコアは仕事をサボっている用に見えるが、実のところ彼の役割は単なる囮である。本命は門の上にせり出た箱状の構造物で、この監視室に正規の守衛が2匹詰めているのだ。
「モッケ爺、裏口とかは?」
「あるじゃろうが、キゾティーのボスの性格を考慮するに、ゴブリン相手に裏から逃げるタイプではなかろう。逆に逃げたいものは好きに逃がしてやると良い。やつらは魔術具での通信手段があるから、情報封鎖に意味もあるまいよ」
モッケ爺にしては寛容な作戦だ。・・・まあ、単に兵力を分散させたくないだけかもしれないが。
「そうだ、モッケ爺。俺の幻覚香をあの監視室の窓から流し込めば・・・」
「あー、無駄じゃ無駄じゃ。監視室の守衛は魔力の糸を口に咥えておって、気絶や死亡、状態異常などにより力が抜けて口が開くと、糸が解けて巣の内部にある鐘が鳴る仕組みになっておる。というわけで余計な小細工はせず、突貫が正解じゃ。ほれ」
モッケ爺が後ろを指さすと、ゴブリン達が金属製の巨大な杭を載せたソリを門の正面の射線に合わせて準備していた。氷雪魔術師達が杖を構えてスタンバイし、ソリの横と後方には体格の良いゴブリンが所狭しと整列している。
と、その時、妙にゾワゾワする魔力の振動のようなものが体の表面を駆け抜けた。
「ふん。探知波じゃな。今更遅いわ。ゴブゴブッーーー!」
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