第三十二怪 鵺の饗宴 

 キゾティー族の巣穴内部。奥の大部屋ではボスのサワラザールが上座にどっかりと腰を据えて寝そべり、その周囲を近衛や当地の巣の高官に、多数の饗応役が取り巻いて酒盛りをしていた。


 と、サワラザールの前に、一匹の華奢なマンティコアが小柄なメスのマンティコアを連れて進み出てくる。

「サワラザール様。お楽しみ頂けているでしょうか」

 当第六号営巣の代官を務めている筆頭文官のシラザールである。


「シラザールか・・・。いつも通りの退屈な宴会だな」

 サワラザールの歯に衣着せぬ物言いに、シラザールは一瞬顔面を引きつかせるが、しかし直ぐににこやかな笑みを取り戻してみせる。


「申し訳ございませぬ。次からは知恵と工夫を凝らした催しを行いますので、何卒ご容赦願いたく」

「無理するな。貴様らには何も期待しておらん」

 平伏して畏まるシラザールにサワラザールはにべもない。

 シラザールは脂汗を滲ませながらも、なお言い募る。

「はっはっは。臣らの凡愚は正におっしゃる通りでございますが、しかしそれもサワラザール様の御威光が盤石故に、世は太平逸楽を謳歌し、英傑ならざる臣らも悠々と生きていけると思えば、その御恩には凡愚なりに報いたいと願い奉る次第でありまして・・・」

「長い。機会をくれと一言だけで足りるだろうに」

 シラザールの装飾過多な口上をサワラザールはぴしゃりと切り伏せた。


 シラザールは目を白黒させるが、しかし尚も引き下がらなかった。文官にしては豪胆な奴だと、サワラザールは密かに感心する。

「これはこれは、サワラザール様の何と心の広いことか。臣は感涙しました。この凡臣に機会を望むことをお許し頂けるとは・・・」

 シラザールは大仰に腕で目を擦る。馬鹿げたパフォーマンスだ。

「それでは、お言葉に甘えまして、うちの娘のシランプリィーを紹介する機会を頂きたく・・・うちの娘は先日フレザール殿に一目惚れしたのですが、しかし元来の恥ずかしがり屋でございまして、何卒娘がフレザール殿と話をする機会を設けて頂けないかと、必死な親心にございまして・・・ほれ、シランプリィーや、サワラザール様にご挨拶申し上げなさい」

「・・・お初にお目にかかります。・・・シランプリィーと申します」

 シラザールの娘、シランプリィーは仏頂面で挨拶する。この場にいるのも渋々という雰囲気が駄々洩れだ。


「俺様はあのバカ息子の婚儀に口出しする気は無い。直接口説け」

 そう言い捨てると、サワラザールは酒瓶をひっつかむと煽るようにしてガブガブと飲む。

「それは・・・大変無理筋なお願いを致しましたこと、深くお詫び申し上げます」

 流石に、これ以上は機嫌を損ねてはまずいと思ったのか、シラザールはそう言って首を垂れると娘を連れて席に戻ろうとする。


「おい待て」

 だが、退散しようとしたシラザールをサワラザールは呼び止めた。

「ははあ。何でございましょうか!」

 シラザールは瞳を輝かせて、ぐいっとサワラザールの方へと向き直る。


「カガザールはどうした?」

「あ、カガザール殿ですか・・・。いやぁ、確か古い通路が陥没しそうなのが今朝になってから偶然見つかりまして。これは早急に修繕が必要と。防衛設備の管轄ということで守将軍としての務めを果たしております」

「ふんっ」

 サワラザールは鼻息だけでシラザールに返答する。おおかた、このシラザールの仕込みに違いない。と、サワラザールは見抜いていた。六号営巣では守将軍のカガザールと代官のシラザールが権力闘争をしているという話はサワラザールの耳にも入っていた。シラザールのような野心を持つ文官はとかく他者の足を引っ張ろうとする。


「つまらん」

 サワラザールはぼやいた。


「はーはっはっは。それではサワラザール様。私めが腹踊りでも致しましょうぞ!」

 大音声に二足立ちしてみせたのは、緋色のマントに黄金の兜を被った大柄なマンティコアだった。彼はキゾティー族の三近衛が一人、キカザール。通称を「剛体のキカザール」という。

「やらんで良い。かえって酒が不味くなる」

 が、このキカザールの申し出もサワラザールは却下してしまった。


「それでは、ワタクシの作った新作の団子をご賞味くださいな」

 鈴の音のような声でそう言ったマンティコアが、サワラザールの寝そべる上座へ、団子の入った器をしずしずと優美に捧げ持ってくる。

「・・・ニオーイか」

「はい。お兄様」

 ニオーイはサワラザールの腹違いの妹で、守将軍カガザールの妻である。ニオーイが平然と上座へ上がるのを、シラザールはいたく悔しそうに物欲しげに見つめる。実直以外に取り柄の無い様なカガザールが、未だシラザールに追い落とされていないのは、このニオーイが為であった。


「ふむ。美味い」

 団子を鷲掴みにして頬張ったサワラザールは、満足そうに口の周りを下でぺろりと舐める。

「ご満足いただけたようで何よりですわ」

「昔から、料理だけは上手いものだな。カガザールの奴は幸せだ」

 サワラザールはさらに団子を一つ口の中に放り込む。

「まあ! お兄様ったら。カガザール様は強くて誠実で、最高の旦那様ですわ。だから幸せなのはワタクシの方ですよ」

 と、のろけるニオーイ。

 が、

「はっはっは。ニオーイ殿。カガザールは誠実な奴だが、たいして強くないですぞ」

 と、近衛のキカザールが余計なことを言う。機嫌のよい奴には、ただ話を合わせておけば良い物を・・・。


「まあ、何ですって!」

 当然、自分の旦那を貶されたニオーイはすこぶる機嫌を損じた。

「怒るな。怒るな。キカザールから見ればの話だ。弱い奴が守将軍の座に留まっておられるものか。まあなんだ、三近衛が抜きんでているというだけのこと。カガザールは守将軍の中でも強い方だ、だから気にするな」

「ふーん。近衛ってそんなに強いのね・・・」

 サワラザールのフォローで、ニオーイは幾分か機嫌がよくなったようだ。

「ふふんっ」

 キカザールが筋肉を盛り上げてポーズを作る。

「いや、キカザールは大して強くはないな」

「なんとぉー!?」

 サワラザールにやり返されたキカザールは驚愕の表情を作るが、因果応報である。


「それじゃあ、三近衛で一番お強いのは、どなたなんですか?」

「そうだな。まあ、俺様が一番信頼しているのはイワザールだ。しかし実際に命のやり取りとなるとミザールは悪知恵が働くから、さてどちらに軍配があがるか、俺様にも分からんな」

 そう言って、サワラザールは宴席にいる二人の近衛を見やる。


「いやはや、私なんぞではイワザール殿には敵いませんよ。とてもとても」

 そう言って、首を振って謙遜するのは、頭からすっぽりと頭巾を被って目元を覆い隠しているマンティコアだ。しかし、そのねっとりした口調は、果たして本心でそう思っているのか、甚だ疑心を起こさせる。彼の名はミザール。三近衛が一人で、通称「三雷鎖のミザール」という。


「そうなのですか? イワザール様?」

 ニオーイは、ミザールの隣でただ静かに茹で豆をつまんでいるマンティコアに話を振る。彼こそは三近衛においてサワラザールから最も信頼を勝ち得ているオスだ。しかしその栄光に反して控えめで目立たない。華美なる衣裳の類は纏わず、ただ地味な革紐で三本もの大杖を背負っているだけである。その姿より、通称を「三杖流のイワザール」という。


 ニオーイに問いかけられたイワザールは何も答えなかった。ただ、ニオーイに向けて見せるように、掌に豆を二つ乗せたかと思うと、サワラザールの方を指してから、そのままベロンッと喰ってしまった。

「ハッハッハ」

 それを見てサワラザールが上機嫌に笑う。

「ええっと?」

 ニオーイは困惑してサワラザールの方を伺った。

「なあに。要するに俺様と比べれば、二人とも煮豆の背比べで、大差なしということだ。はっはっは。イワザールがおべんちゃらを言うのは珍しいぞ。今宵は槍の雨でも降るかもしれんなぁ」

「まあ、お兄様ったら、縁起でもない。お兄様がそういうことを言うと、たいてい本当に悪いことが起こるのだから、気を付けて下さいよ」

「下らんジンクスだ。・・・そうだ、お前のおかげで面白いものが見れたから、お返しに珍しい品を見せてやろう」

 サワラザールは不安がるニオーイを一笑に付し、やおら二足で立ち上がると、屏風の裏に押し込んでいた大きな革袋を2つ引きづり出す。革袋はどちらも何だかモゴモゴと中から動いているようだ。


「あら、何かしら? そう言えば、お兄様たちは遠出をして妖精市場にいってらしたと聞きましたけれど」

「ああ、そうだ。ほれ」

 サワラザールは2つの袋のうち、少し小さめの方を開けると腕を突っ込み、中に入っていたものを引き抜いて見せる。


「まあ、もしかして人間ですの? なかなかの珍味で南の方ではよく獲れると聞きますが・・・ワタクシ、本物は初めて見ましたわ」

 ニオーイは『それ』を見て目を丸くした。

 それは小柄でマンティコアの半分にも満たない大きさだ。ぼさぼさに伸びた銀灰色の髪、その隙間から僅かに垣間見える生気の無い死んだ魚のようなアッシュの瞳。

 ニオーイはごくりと唾を飲み込む。

「・・・お、お兄様。味見してみても宜しいかしら?」

「あー、いやだめだ。これは食用じゃなくてだな・・・薬用で買ったのだ」

 そう言いながら、サワラザールはそれの頭髪をひっつかんで掻き揚げる。すると、額の中央に大きな眼が現れた。

「こいつは人間の中でも珍しいトリノクルスとかいう奴でな。血肉を食うだけで怪我や病を治せるらしい。店主は歩くエリクサーだとか何とか言っていたが・・・どこまで本当かは知らん」

 そう言うと、サワラザールはその薬用動物を革袋に戻して袋の口を閉じる。


「見せびらかすだけ見せびらかして、終わりですのね・・・」

 折角の珍味を賞味できなかったニオーイが不満顔をする。それを見てサワラザールはガッハッハと笑うと、もう一つの大きめの革袋を取り出した。

「心配するな。ちゃんと食用も買ってある。本当はフレザールの4号営巣に行ってから料理させるつもりだったが、まあ良いだろう」

「まあ、お兄様ったら」

 取り出されたのは、先ほどの薬用動物よりは大きい人間だった。ハニーブロンドの髪が揺らめく。こちらは、口に猿轡をかまされ、手足を縄で厳重に縛られていた。


「サワラザール様! 臣が調理いたしましょう」

 ここぞとばかりに代官シラザールが出しゃばって来るが、

「いえ、シラザール殿はご息女と宴会をお楽しみください。サワラザール様。私が調理して参ります」

 と、三雷鎖のミザールがそれを制して進み出る。

「おう。ミザール、頼んだ」

 サワラザールは食用の人間をミザールに放り渡した。


「ミザール様はお料理がお好きなんですの?」

 人間を受け取ったミザールがウキウキと調理場へ行ってしまうのを見て、ニオーイは首を傾げる。キゾティー族では、通常、料理は女の仕事だ。

「・・・まあ、なんだ。肉料理だけな」

 サワラザールには珍しく、やや言い淀んで答える。声のボリュームも心なしか小さかった。

 不審に思って、さらに問いかけようとしたニオーイだったが。


 その時、突如、ゴウーン、ゴウーンと鐘の音が鳴り響く。

 宴会の場の面々が騒めく。敵襲の知らせだった。

「全く、こんな夜更けに攻めてくるとは、どこの魔獣だか」

 サワラザールは一切表情も態勢も変えず、寝そべったまま酒を飲む。


「ガハハハ。たまたま我らキゾティー族の最高戦力が揃っている時に攻めてきてしまうとは、運の無い連中もいたものだ。サワラザール様。このキカザールが愚かなる侵略者どもを全員血祭りにあげて参ります故、そのままごゆるりと宴会をお楽しみください」

 そう言い放つと、三近衛が一人、剛体のキカザールは勇んで緋色のマントを翻して部屋を出ていく。

 すると、続いて三杖流のイワザールも黙って立ち上がり、部屋を出ていった。これで近衛は全員部屋の外だ。


 それを見て取った代官シラザールが再びサワラザールの前にしゃしゃり出てくる。

「サワラザール様。ご安心下さいまし。臣は文官の身ながらも、武も研鑽しており、更には鉄壁の守護の術を心得ておりまする。例え、賊どもが近衛の方々の眼を盗んで忍び込んで来ようとも、必ずや臣が撃退してみせましょう」

「安心しろ。貴様が活躍する機会など無い」

 相変わらず、容赦のない物言いのサワラザールである。

「・・・は、ははは。それはもう、近衛の方々は皆頼もしい限りでございますからな。もちろん臣の出番などあろうはずがございません。しかし、万が一ということもありますれば・・・」

「要らん。アラザル、イキザル、忍び込んでくる奴が居たら、お前たちでやれ」

「はっ」

「かしこまりました」

 即座に返答したアラザルとイキザルはサワラザール付きの高位の武官である。新進気鋭にして英気漲る若武者のアラザルに、古強者の風格を漂わず老武者のイキザルはどちらも並々ならぬ武の雰囲気が立ち込めている。


「・・・どうやら、臣の出番は本当に無いようですな」

「そういうことだ」

 サワラザールは、口惜しそうなシラザールの顔を眺めながら、ぐびっと酒を飲む。

 美味い酒だった。

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