第三十怪 小鬼の秘宝③

 結論から言うと、エルガー君は同行させることになった。

 ワルガーは渋っていたが「もしここで同行を禁止して後からコッソリ付いて来るなんて暴挙をやらかされた方が、むしろ危険である」と言ってやると、それは道理だと一応は納得したようだった。


 やろうと思えば、ノクスに言ってエルガー君を地下牢に放り込んでおくというのも手ではある。きっとそれが一番安全で、ワルガーの言葉を借りれば、一番賢く確実な方法だ。だが、俺はエルガー君の意思を尊重したかった。俺はエルガー君のことを何も知らないから、もしかすると不要な甘やかしをやっているのかもしれない。これでエルガー君が大怪我するとか、それどころか命を落とすようなことになれば、きっとワルガーからは一生恨まれるだろう。


「エルガー君。この旅は危険な戦闘が予期されるけど、それは覚悟の上かい?」

 俺は腰を屈め、エルガー君と目線の高さを合わせて問う。

「はい! ボス!」

 エルガー君はこちらの眼をじっと見て、即答する。

「・・・君が死んだら、俺が君のお父さんに憎まれることになるから、活躍するよりもまずは生き延びることを優先して行動するんだよ? 連れて行く代わりに、それだけは約束して欲しい」

「イエッサー! 生存を優先すると誓います! ・・・でも俺が死んだ場合は親父の逆恨みを罰して下さい。そんなのは親父の我儘です」

「エルガー!?」

 エルガー君の言い回しに、泡を喰ったワルガーは狼狽する。

「そんなことにはならないように祈っておくよ」

 尊大に振る舞っていたくせに実は小心者のワルガーと違って、その息子は実に豪胆らしい。


「スズカ、お取込み中悪いが、もう直ぐ、呼んでおいた騎士が来る」

 スタルジアが、膝立ちになっていた俺の肩を叩く。

「騎士?」

 首を傾げると、近場からドコドコとこちらに駆け寄ってくる足音がする。

「トロツキの鵞鳥騎士じゃよ」

 モッケ爺の補足説明と共に、ガーガーと鳴き声をあげて巨大なガチョウが4羽森を抜けて来た。ガチョウ達は手綱と鞍に鐙を付けられており、その背に一匹ずつ赤鬼が乗っている。

 

 ガァーガー、ガァーガー。


「う、うるせえっすね」

 シックルが眉を顰める。

「ガチョウは密林内の悪路での走行性能が優れておる。特に飼育コストと比較してパフォーマンスが良いのが利点じゃが、最大の欠点が静寂性の無さでな。つまり隠密機動にはむかんのが難点なんじゃよ。逆に罠を張っての追い込み漁には使えるがの」

 モッケ爺の解説を聞く限りコスパの良い騎乗動物らしいが、暴走族の改造バイクなみに騒音を撒き散らしている。

「黙らすことは出来ねえのかよ?」

「穏やかな気分の時は、静かになるんじゃがな。物々しい雰囲気の中ではとても無理じゃよ」

 四匹のゴブリン達はもう慣れてしまったのか、平気な顔をしてひらりと騎手の後ろに乗り込む。モッケ爺もそのうちの一頭の頭の上に飛び乗った。


 と、いよいよ出発となった時に、

「まっ、待って。お待ちになって。キエン! キエン! 渡す物があります」

 と、エンカさんが何かを背負って砦からすっ飛んでくる。

「母さん!?」

 ガチョウに乗り込もうとしていたキエン君は慌ててエンカさんの方へと走り寄る。

「これを・・・。我が家にだいだい伝わる家宝です。もっと早く渡せれば良かったのですが、封が厳重で開けるのに時間がかかってしまいました」

 そう言って、エンカさんがキエン君に渡したのは、鮮やかな真紅の小槌のようなものだった。あれだ、米国ドラマとかでよく見る裁判官が判決出したり、議長が静粛に静粛にとか言ってる時に叩いて使うやつだ。

「母さん、このガベルっていつも言っていた、あの?」

「ええそうです。銘は炎罰獄刑。すなわち敵を処刑する裁きのガベルです」

 あの小槌って、カベルって言うんだ・・・知らなかった。


 なお、伝説のアイテムを手に入れたキエン君のことを、エルガー君はワルガーの陰から羨ましそうに見ていた。


♦ ♢ ♦ ♢ ♦


「スズカよ。お前さんはガチョウに乗らなくとも大丈夫なのかの?」

 モッケ爺が俺の方を振り向いて尋ねる。

「今のところ、問題ないよ。疲れたら遠慮せずに休憩の号令を掛けさせてもらうから心配ご無用」

 ガーガー鳴き喚きながら前方を走るガチョウ達の後ろについて、俺は自分の足で―――正確には、エイロフさんの脚を使って―――走っていた。ゾンビなので筋肉疲労とは無縁だ。・・・その代わり、耐久限界を超えたらいきなり足が千切れ飛んでしまうから、脚部への魔力供給を怠ってはいけない。というのがノクスの忠告である。

「ふむ。ならば良いが」

「そのゾンビ、なかなかやるっすね」

 俺とピッタリ並走して走るシックルがエイロフさんを誉める。【森歩き】と【疾走】の魔法の効力だ。魔力をゴリゴリ削られるが、森自体が走る手助けをしてくれる感覚があって、起伏の多い足場でも走り易い。

 ちなみに、キエン君とライゴはそれぞれモッケ爺とは別々のガチョウの頭に乗っている。

 で、問題は・・・。


「エルガー、お父さんの背に乗りなさい」

「ヒッ、フッ、要らない。フッ、ハッ、自分で、ハァ、走れる・・・」

 俺たちの後方、やや遅れてマンティコア親子が走っていた。

 ワルガーはガチョウ達の走行速度にギリギリついて来ているが、エルガー君にはかなり辛そうだ。スタルジアには余力を十分とって、気持ちゆっくり目に走るよう伝えてあるんだが。

 俺はわざと歩みを遅らせて、マンティコア親子の傍へ寄っていった。


「エルガー君。強がるのも良いけど、約束はちゃんと守ってね」

「・・・?」

 エルガー君は俺の言葉の意味が分かりかねたようで、怪訝な表情だ。

「へとへとになるまで自力で走ってぶっ倒れるのと、時々疲れた時だけでも父親の背に乗って体力を温存するのと、どっちが生存率を高めるかって話さ」

「そ、そうだ、エルガー。生存率だ。生存率。生存率だ」

 ワルガーは生存率という単語を連呼する。

「はぁ、はぁ、生存率の、はぁ、はぁ、ためなら・・・」

 エルガー君の反応を見たワルガーは、エルガー君を掴むとそのまま自分の背中に乗っける。

 やれやれ。流石はキエン君に憧れているだけのことはある。言語障壁のせいで二人が直接会話したことはないだろうが、きっと話ができるようになれば良い友達になれるだろう。

 前世の俺なんかとは比べようもないくらい、意志と情熱にあふれた気持ちの良い少年達なのだ。


♦ ♢ ♦ ♢ ♦


 俺たちは定期的に休憩を取りながら、東へと走った。

 休憩の度、マンティコア親子は地面に伸びて息を整えていた。ゴブリン達は甲斐甲斐しくガチョウの世話をし、シックルは「ちょっくら狩りに行ってきます」と言って疲れの色を見せずに鳥や小動物の魔獣を狩ってきた。


 俺はお弁当兼水筒として腰に下げてきた革袋から、花の蜜をグビグビと飲む。

「それじゃあ、ちょっと日向ぼっこするから、寝ちゃってたら起こしてね」

 と言い置き、俺はエイロフさんの体に首の根元を引っ付けたまま、ニョロニョロと首を5mの長さに伸ばして、地面に長々と横たわる。【魔光合成】のスキルで、森の中を疾走するのに使った魔力を補充する必要があった。

 最初、ゴブリン達がこの光景を見た時は、酷く薄気味悪い物を見たようにして遠巻きにされた。彼らはろくろ首を見たことも聞いたこともないのだから、詮無いことだ。

 しかしなぁ、こいつら道中ずっと俺のことを―――正確には、エイロフさんのたわわに実った胸部装甲を―――チラチラと見てたくせに掌返しが酷いんじゃなかろうか。・・・まあ、良いけど。


 と、まあそんな感じで、テオテカ砦を出発してから4時間ほど駆けただろうか。

 中天に陽が上った頃、先導していたゴブリンがガチョウの足を止める。


 ガァーガー、ガァーガー。ガチョウ達は相変わらず元気いっぱいだ。


 目の前には洞窟の入り口があった。ピッタリと石の扉が閉められている。

 まあ、それは良いのだが・・・。

「ふむ。見られておるの」

 モッケ爺が俺の肩の上に飛んでくる。

「【千里通眼】・・・見張りが2匹いるだけみたいですね。まあ、隠蔽を使っている奴がいなければですが」

 俺たちの方を少し離れた位置から2匹のマンティコアが観察していた。そのうちの一匹が口中から魔石のようなものを取り出し、何やらカチカチと叩き出した。おそらくどこかと連絡をとっているのだろう。

「これはやはり一戦爪を交えねばならんじゃろうな」


 俺とモッケ爺がそんなやり取りをしている内に、石の扉がゴロゴロと重い音を立てて開いていく。 

「ゴブ、ゴブブ、ゴリン」

 ゴブリン達は俺たちに手招きすると、ガチョウの手綱を引き洞窟の中へと素早く入っていく。

「そんじゃ、お邪魔しまーすっと」

「ぬっ、せ、狭い・・・」

 俺に続いて洞窟に入ってきたワルガーがとても窮屈そうにしていた。これは、敵対しているマンティコア達も包囲網を敷くだけで、直接攻め込むのは至難の業だろう。


 狭い入り口を抜けると、内部は直ぐに広くなった。

「ゴブブー、ゴブブー、ゴブゴブッ!」

 広場にはゴブリン達が集まっており、モッケ爺が彼らの前に降り立つと歓声が上がった。絶大な支持を得ているらしい。特に大柄のゴブリン達は両手を挙げて万歳しているので、迫力がある歓迎だ。


 岩肌を削って作った様な広場は壁にいくつもの松明が焚かれ、思っていたほど暗くはない。特に中央奥に聳える黄金の像は常に念入りに磨かれているのか、まるでそれ自体が輝いているかのような眩い光沢を周囲に放っている。


「なあ、スタルジア。あの像は何だい?」

「あれは、我らが大王様の像。亡くなった後も、皆、崇めてる」

「ああ、例のゴブリンロードか・・・」

 原寸大なのか誇張があるのかは分からないが、像の足元をうろちょろしているゴブリン達と比べると、4倍くらいデカい。ゴブリンロードの像は仁王立ちで右手に杖を持ち、左手に剣を構え、厳つい表情で周囲を睥睨している。剣の柄についている虎の牙を剥く顔や、杖に巻き付く蛇の薄ら笑いまで、実に精巧に細工されていた。

 きっとこの像は彼らにとっての大仏であり、マリア像なのだろう。なので、これを溶かしたらどれほどの金の延べ棒が作れるだろうかとか、想像してはいけない。


「ちなみに、君らは赤いのと青いのとがいるみたいだけど、どういう違いがあるのかな?」

 広場にいるゴブリンは、赤鬼だけでなく、青鬼も混ざっている。

「赤いのがオス。青いのがメス」

「なるほど」

 色の違いは性別の違いだったらしい。

「それより、総長に会って欲しい。案内する」

 スタルジアはそう言うと、スタスタと広場を横切り、洞穴の一つへと入っていくので、俺もそれに続いた。モッケ爺も喧騒を後にして再び俺の肩の上に乗る。

 後ろで、ワルガーを巡って俺たちと一緒に帰還したゴブリンとその他のゴブリン達がちょっと揉めているようだったが、まあ、追い出されることは無いだろうから放っておこう。スタルジアと一緒に来てた面々はワルガーが俺に絶対服従な姿を見ているしね。


♦ ♢ ♦ ♢ ♦


 というわけで、俺たち一行はスタルジアの案内の元、トロツキ族のリーダーと対面するに至ったわけだが。


「ゴブゴブ、ゴブッ、ゴリブリン・・・」

 ゴブリン達の総長は、他のゴブリンよりも倍くらい大きい赤鬼だった。もしかしたら、ホブゴブリンとか、ゴブリンジェネラルとか、ゴブリンの進化系みたいなやつかもしれない。体格の良さに加えて、顔もいかめしい。口から飛び出る牙に、尖った鼻と鋭利な眼つき。しかし、眼光の奥にちらりと理知的な光が宿っているのを感じた。


 俺は総長の挨拶を翻訳して欲しくて、モッケ爺に眼を向けた。・・・のだが、モッケ爺はいつになく興奮した様子で、俺のことなど眼中になく何かゴブリン語で総長に訴えかける。

 総長の方もちょっと面食らった様子だったが、脇に控えるゴブリンに何か言付けをしていた。

「えっと、モッケ爺?」

「ぬっ? おおぉ、すまぬ、すまぬ。どうも年を取ると我慢が足りなくて困るんじゃよ。ほっほっほ。どうしても、クラウンジュエルの現物を確認したくてな」

「よっぽど、御執心ってわけだね?」

「いやはや、恥ずかしい限りじゃのう」

「まあ良いけどさ。とにかく、俺は総長さんに挨拶したいんだよ・・・」

「う、うむ」

 モッケ爺にも困ったものだ。

 その後は正気に戻ったモッケ爺に通訳して貰い、俺たちは適当に挨拶を交わすと早々に互いの状況を説明し合うことになった。


 で、まあ色々と問題が出てきたわけだが。


 まず俺たちが期待していた戦力の増強について、総長は極めて難色を示した。

 彼曰く、トロツキがテオテカ砦に移るのは、俺たちがグリフォンとの戦に勝利した後にして欲しいとのことだった。それは俺たちからすると虫のいい話にも聞こえるのだが、一族の命運を預かる総長としては、致し方ない判断でもあった。なんせ客観的な戦力は劣勢で、負ければ砦を失い路頭に迷うことになるのだ。そんなリスクを犯してまで、今居住しているこの洞窟を放棄するなどもっての外である。それは例えモッケ爺という希代の指導者の望みであっても、賽を振るに振れない。

「うん。考えてみれば、当然の話だな」

 俺は総長の話に納得した。

「全く、わしの育て上げた獰猛なるトロツキも、あの敗戦のせいで腑抜けになりおったというわけか。・・・しかし、それはわしも他獣のことは言えんがのう」

 まあ、モッケ爺も俺と出会った時は死に場所を求めていたくらいだからね。


 さて、とは言えである。

 このまま、はいそうですかと手土産なしに空手で帰るわけにもいかない。

 俺たちは戦力不足に困っているし、モッケ爺はトロツキの秘宝が失われるのを何よりも恐れている。トロツキ族もマンティコアから秘宝は守りたいし、モッケ爺に自分たちの再起を手伝ってもらいたい。

 双方ともに破談は望んでいなかったし、お互いそれは理解していた。


「折り合いをつけるには、やっぱり少数でもそれなりに戦力の提供をしてもらう必要がありますよ。それに砦の獲得戦争に功績が有るか無いかで、あなた方が移ってきた時の待遇は雲泥の差になります。・・・いえ、俺が積極的にそうするというわけでは無くて、功労者達の意見を最優先することになるのは自然の理ですから」

 総長は俺の言葉に深く頷いた。


 俺がわざわざ言うまでもなく、彼もそれは重々承知しているのだ。しかし、トロツキが強力な兵士を提供すれば、その分この洞窟の守りが手薄になる。それが原因でこの地をマンティコアに墜とされてしまっては元も子も無い。モッケ爺だってそんなことは望んでいない。


「ふむ。となると、解決の道は一本しかないのう」

「と言うと?」

「こちらから殴り込みをかけて敵の戦力を削る。さすれば、防御に余裕が生まれ、トロツキもテオテカ砦に応援を出せる。上手くゆけば万々歳じゃ」

「・・・その殴り込みで、こちらに死傷者が出ないという条件付きでね」

「最高の正解というのは、常に細く険しい道なんじゃよ。ほっほっほ」

 意外とこの爺さん、賢者のふりして脳筋なんだよなぁ。

「外交で何とかならないものでしょうか?」

「ほっほっほ。何を冗談言うておるんじゃ、スズカよ。外交をするために、まず相手をボコボコに殴りつけるんじゃよ」

 俺にはモッケ爺の発言の方がよっぽど冗談に聞こえる。


「ゴブゴブー、ゴブゴッゴッゴ」

 と、物騒な解決策がモッケ爺の脳内で可決されたタイミングで、一匹のゴブリンが恭しく一抱えの箱を捧げ持ってくる。

 それを見たモッケ爺は興奮したように何やらゴブリン語で叫び、足踏みした。

 ゴブリンはモッケ爺の前まで持ってきた箱を丁寧に開く。と、おが屑がいっぱいに敷き詰められている中、丸い何かが入っている。全体は黄色い卵型で赤と青の斑模様をした気色悪い何かだった。しかも表面は僅かではあるが波打っていてブヨブヨしている様子。

 モッケ爺は目を輝かせて、そのブヨブヨした球体を矯めつ眇めつ眺める。

「これがトロツキの秘宝? いったいぜんたいどういうものなのか、さっぱり想像もつかないんだけど」

「うむうむ。良いヨい。冗長冗長。まさしくこれぞトロツキのクラウンジュエルであるぞ。しかし、マンティコアなんぞが手に入れたところで、まともに使いこなせるわけもなかろうに。やれやれ・・・」

「どうやって使うのかな?」

「まずは、孵化させんとな」

 孵化。ということは、これは何かの卵らしい。兵器に類する物が産まれてくるとなれば、ドラゴンの卵とかだろうか?

 まあ、何にせよ、。今すぐ使えないなら、現状の解決には関係ない。


「で、皆はモッケ爺の殴り込み戦略をどう思う?」

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