⑦ 未熟

言い知れぬ熱を感じて、少し身構えた千暁ちあきだったが。


直後にマイページ、リラが顔を覆って身体をくの字に折った。


ふぉん、とパソコンの排気じみた音がする。


「リラ?!……あっつぅ!」


文字通り手が焼ける感覚がして、頰に触れた手を引く。


「あー……たぶん無理しすぎの熱暴走かな」


「リラ、むり?してるの?」


机に立ったつた様の手が、震えるリラの髪をよけた。うなじのあたりを見ている。


それからぴょん、と千暁ちあきの頭を飛び越えると、そっと目隠しされる。


   千暁ちあきさん、今のリラさんが、

   ほんとのリラさんだよ。忘れないでね。


「……? はい。」


わからぬまま頷く。


どうやら今の千暁ちあきに、リラにできることがそれぐらいしかないようなので。


  リラさん、いい子だから。無理したらやだ

  ずっと千暁ちあきさん見てたなら、ちゃんと

  待っててくれるのわかるよね?


「……いや、どうだかわかりませんよ。宿主は普通に酷いんで。見た目どうでもいいからこそ、で定着しかねないんですよ。つた神もこれだけ熱烈に信仰されても見た目、微塵も変化起こしてないじゃないですか」


   あ、あたしのことはいいの!


千暁ちあきの目を覆った手が、露骨にぎくりと動いたことに対して、つた様のフォローはなかった。どうして。


   それに、千暁ちあきさんなら、

   リラさんのことを妹みたいに……


「いもうとやだ。幸せ願って手放されちゃう。さいごまでいっしょにいるんです」


   もー!わがままさん!


ぐりぐりと押し当てられる、リラの額と思わしき部位。


独自権能ユニークスキル:そしらぬひばち】が働いたのか、少し熱っぽい程度になっていた。


それでも具合は悪いのか、先程までが虚勢だったのか。


剣呑だった声音がとろとろとふやけて、赤子がぐずっているようだ。


(なんだかリラは思ったより、元気じゃ、ないね?変に追い詰められてるというか。精神的な余裕、ないな)


骨の触れる背中を撫でて労わる。


隠した本音を取り繕えなくなるあたり、熱で泣きぐずる妹を思い出してかわいく感じたのは、決して口に出せない。


多分他人を引き合いに構うと拗ねるなとわかるのが、友人、ないし後輩を話に出した時の妹の反応を見てなので、なおさら。


   マイページなんだから、もう相棒でしょ


「やどぬし距離おくから信用ならない」


ぐりぐりとそこそこの重量の頭が、肩にすりつけられる。


(猫ちゃんかな……)


連中は急にこういう挙動をする。


紫の巻き毛がふわふわとくすぐったくて、危険なのだが。


「リラ。今まで一緒だったし、驚きの察しの悪さは一番わかるでしょ」


おどけたつもりが、即座に、力強く頷かれたのを頭を押し当てられている肩で感じた。はい。


内心釈然としていないと悟ったか、追加で何度かむにむにとするので、首筋がくすぐったい。


「……んん!してほしいこと、ちゃんと言えるかな?」


「姉としてではなく、もっと対等な間柄みたいに言ってください。できる範囲で、いいから」


急にすらすら話すと思ったが、胸倉を掴んだ手が震えるのを感じる。


正直、一方的に助けられているのは、千暁ちあきなのだけど。


「なんであれだけ助けてくれて、そんなに自信ないのかな……?」


単純に疑問だ。


マイページの役割的に、煩雑な手続きの多すぎるまほろの生活において、この上ないサポーターなのだと感じている。


苦しい場面も適切なサポートがあったから、瓦礫の下で千暁ちあきは我を失わずに済んだのだ。


まず認識を改めた上で、要望を述べてほしい。その上で検討したい。


「……ほんらいをいうなら、そもそもジブンが生まれた時点で、自我を残すかを選択できるんです。ジブン、それを伝えてなくて」


じゃあ後でリラを残す、と手続きが必要なのかな、とだけ思って千暁ちあきは話の続きを待つ。


「今も、いらない、っていつでもできます」


間違っても、そんな機能に触らないよう、セーフティがないかはヘルプページに詳細があるだろうか。落ち着いてから聞き出さないといけない。


「ずっと、アンタの考えを監視してるんですよ」


洗脳と強要がない限りは許容するスタンスだ。


「きもちわるくないんですか、ジブンが………ねぇ〜!ほんとさっしわるい!」


いつ本題に入るのかと、注意深く話を聞いていただけでキレた。


「……リラ、本題は?」


「ぅううぅう……」


獣じみた威嚇があった。


若い子ってほんとよくわかんないな、と2日ぶりにしみじみ噛み締める千暁ちあきだ。


「リラさん。そういうの、家族でも怠いでしょう。やって欲しいことあるなら、さぼらないで言語化しなさいね。かんしゃく起こすのは見苦しいよ」


   ねー、リラさん。

   そろそろ目隠しやめていい?いいよね?


「……じゃあ、これから見せるの、世を偲ぶ仮の姿と思ってください」


頷いた。


触れ合っていた身体が離れて、かちゃかちゃと金属の擦れ合う音が聞こえる。


「本来のジブンは、今の姿なの、忘れないでください」


「うん」


「やくそく、やぶったらやですから」


ずっしりとした鉄の重みが、徐々にさらに小さく、軽くなっていく。


最終的に、携帯電話ほどのサイズと重さになってからつた様の目隠しは外れた。


膝の上に、手のひらサイズの……人型ロボット?がいた。


ところどころワッペンのついた、緑色のスタジャンと、色褪せたジーンズ。


薄紫色のスケルトンな肌から、内部の機械の構造が透けて見えた。


ゆっくりと丸っこい顔を上げたロボットは、顔の部分に液晶があり、涙を落とす眼がひとつだけ映っている。



…………


ゲームボーイカラーのスケルトンパープル好きでしたね。

千暁ちあき氏の眼鏡が外れたり、つた様が腕以外の部位が増えることは決してありませんが、リラはこれから人型に近づける(神格を上げる)のが目標なのでかなり変化します。

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