⑦ 焼鉢



病院で検査待ちの間に調べた情報として、炭抱き神 焼鉢様とは、料理と芸術の神である。


個人として正しく周囲の信仰を集めて、自然に死を迎えて神として祀られた。


何故か信者である千暁ちあき向けに情報が黒塗りされていたから、生前の詳細は全くつかめなかったが。


「……お世話になっております、高橋です……?」


なんだ、何を言えれば無礼に当たらないんだ。


これまで神など一切見えなかったから、抱かなかった悩みである。


【こちらも気が急いていて、不躾にも押しかけてしまいましたから。まあ、蕎麦屋の爺さんが話しかけてきた、と思っていただければ】


無茶を言う。


そんな内心が滲みでる千暁ちあきのくしゃっとした顔に、一枚絵が笑うように小刻みに上下に揺れる。


それで緊張が解けて、かびたくあんの炎から守っていただいたことの礼と、蕎麦の旨さをなんとか伝えられた千暁ちあきである。


焼鉢やきばち様はうんうん、と紙を折りたたむように頷いている。


【しかし、こんな神とも見えぬなりで困惑されたでしょう】


「そもそも、神様を見たことがあまりないので……」


結べば芳しく柚子が香ったお呪いは、目の前の一枚絵イラストが正しく神と教えてくる。


呪いの化け物ならそこそこみたが、あからさまに人の手が入れられた造形はどうしたんだろう。


【ああ、元信者の仕業ですよ。神に成った頃はじじいにそのような無体な真似をする者もなく、油断して拒否設定を忘れていました】


設定。


    お知らせ

    まほろポイントと信者の祈りで

    神の造形を変えることができます。


かびたくあんが、千暁ちあきのポイントでやろうとした美容整形か。


こんな有り様になるなら、やはりかびたくあんに救いなどなかったようである。


【私の料理を楽しんでくださっていた方々は皆さん、既に死んでおりますので。この世ではかつて私が認めた味、なんて売り文句も、通用しなくなったんですよ。それで教祖がどこぞのご意見番から、そも老人の見目が悪い、と言われて、唆された……】


朝起きたら身体を無くし、ろくに手先の利かない女神の絵図に成り果てたという。


それから絵柄をころころ変えられながら、20年経っているらしい。


添木そえきさんは、変えられた姿に激昂したのは、ほんのつい最近、って言っていたはずだけど)


【ああ、それは安易な美化に失敗してやめると思いきや、まさかの成功をしてしまいまして……】


ぽん、と軽い音を立てて出現したのは、赤い髪の女神が衣装を変えた肖像が当てられたグッズの数々のイメージだ。


千暁ちあきは知らないが、映画のDVDに調味料まで出しているならそこそこ利益は出ているんだろう。


わからない世界だ。


【だが、何年も絵筆も握れず、ころころ肖像を変えられるのにも嫌気がさしたのでね。死人の名がなきゃ売れない料理屋の他に、なんの関係もない信者を作るつもりでしたが、結局は妨害を受けて断念していました……】


深いため息。くしゃりと肩を丸めるように、絵図イラストがたわむ。


【しかし、こんな唐突に、まさか私が作ってもないおでんで、素晴らしい同士が釣れるとは】


それから心底おかしそうに笑い声が響く。


よほど鬱憤が溜まっているらしい。


千暁ちあきにはその来歴もよくわからないので、どの程度の軋轢が生じての現在か、踏み込んで聞く気もないのだが。


(元が人だから、お叱りに人の視点が多分に入ってたのか……)


神ならば千暁ちあきの感謝を、適当にそのまま受けていても良かったろうに。


律儀なかただ。


(しかし、このひとはどうかな)


どうも、神と言うより、商売人と話している感覚が消えない。


千暁ちあきには鬼門のタイプだ。


「その、手紙を出したと……」


【まずはお詫びを。いくら元の身体を取り戻そうと、やりくりに奔走していたとはいえ、貴方のポイント遣いの荒さに苛立って、タニンごしに叱りつけるなど礼を失しておりました。申し訳ありません】


「いえ、私もわからぬまま軽率な行動をしてしまって、お恥ずかしい限りです……嗜めていただきまして、ありがとうございました」


【礼を言うべきはこちらの方です。ありがとうございました。おかげさまで頼んでもない借金を返して、模索も楽しめない馬鹿弟子どもを全員破門できた】


「ああ……えっ!?たったの5,000ポイントで?!全員破門に!?」


    お知らせ

    まほろポイントは!

    世界貢献度が大いに反映されますが!

    20歳代の年間平均獲得ポイントが!

    15ポイントほどとなります!

    一柱が一年間の存在に足るポイントは!

    10ポイントです!


一文ごとに、黒地に白字の毛筆で、視界にでかでかと書かれた。


その内容に千暁ちあきは、ほけ、と口を開けた。


「……え?」


だとすれば、千暁ちあきの保有まほろポイントは、相当な額なのでは。


【おでんの熱さだけで5,000など、豪儀な振る舞いをなされるとは思ったが……やはりわかっておられなかったか。貴方にとっては端金だが、生涯でそれほど稼ぐ方が稀ですよ】


話を聞いた添木そえきなんかは大体の人は、年間100ポイントはまあまあ楽にいく、とか言っていたはずだが。


    お知らせ

    現在の保有まほろポイントを

    確認しましょう。

    社会生活の維持に必須な職業は

    過酷な環境で社会に貢献するほど

    獲得ポイントが跳ね上がります。

    【例】防人さきもり、警察官

       消防士、探索者シーカー

       迷宮清掃員ダンジョン ジャニターなど


迷宮清掃員ダンジョン ジャニターのとこだけ、赤ライン引かれた……)


つまり常識を聞いた人間が、そもそも高ポイントを得やすい職種らしい。


千暁ちあきも今、初めて世間一般の平均値を聞いた。


様々な人間から話を聞け、と言われた理由はこれか。


慌ててまほろポイントを確認して、そっと画面を閉じた。


「…………はい!」


見なかったことにしたい。


(今日何にもしてないのにまた増えてる……!)


昼に初めて見た時は、どこぞの神からの慰謝料含めて、210,000ポイント。


焼鉢やきばち様の分としては 【汎用権能はんようスキル:温熱操作】の2日分のレンタルで2ポイントに足して、5,000ポイントの奉納。


そのあと【汎用権能はんようスキル:取り寄せ】が1年レンタルで1ポイント。


残りのポイント204,997ポイントのはずだが、桁が一つ増えている。


    お知らせ

    これまで奪われていた分ですから、

    何もしてない訳じゃありません。

    功績を騙られて表彰されず、

    反映されていなかった

    まほろポイントが表示されています。

    確認しましょう。


これ以上面倒な情報から目をつぶりたい千暁ちあきの瞼の裏に、丁寧に数字の位をひらがなで書かれたポイントが浮かぶ。


(いち、じゅう、ひゃく、せん、まん、じゅうまん、ひゃくまん……にひゃくまん……!)


    お知らせ

    合計2,204,997ポイントとなります。

    本来数十人ほどでこなすべき迷宮清掃を

    貴方1人ワンオペで終了するので、ポイントは、

    全て貴方のものになっています。



     

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