⑧ 要請

【ちなみにダンジョンで手からビームを飛ばせる【権能スキル】で1年100,000ポイントですよ】


    焼鉢やきばちさん、そんなの勧めないでよ

    そんなの出してどうするの?


【巨大ロボをダンジョン限定で呼べる【権能スキル】なら1日で500,000ポイント】


    焼鉢やきばちさんて、千暁ちあきさんをどうしたいの?


【望む者は多かれ、未だかつて使用者のない高レートすぎるお遊び【権能スキル】。実際に用いたらどうなるか……爺の好奇心ですよ】


焼鉢やきばち様は人の預貯金を確認した後だからって、浪費はやめろ、と言った口でなんか馬鹿みたいなことを言っている。


でもちょっとだけ気持ちはわかる。


ただ、千暁ちあきは課税があるかもわからない、なんか便利なポイントが200万もある、ということにはしゃげる年頃ではない。


そんなことより。


(……迷宮清掃が本来複数人で当たる業務だったとか、すっかり忘れてたさね!!)


慰謝料か?と鼻白んでいたが、単純に過剰に過酷な現場で働いた故とはつゆほど思わなかった。


就職初期にはもちろん何人か連れ立っての作業だったのを、加護なしノースキルと侮られて全て押し付けられ、挙句報酬を盗られたのがワンオペのきっかけであった。


それから社長に教わりながらも、死なないで依頼を完遂する方法を考えて、それでも何度か死にかけて今に至る。


(まあ、確かに誰も手伝ってくれないから、掃除をひとりでこなしました!なんてね。小学生だとしても自慢にならない。事情がどうあれ、単純に周囲と協力して作業できない典型なんだよね)


   危険だからあたしは辞めさせたいんだよ?


千暁ちあきのお膝から立ち上がったつた様に、耳元でひどくしっとりと呟かれたが、気楽に聞き流している千暁ちあきである。


つた様はかわいいが、流石に自身の進退を神に委ねるつもりはない。


辞めるにしても、軽い案件を何件かこなしていくばくかの貯金くらいは作りたい。


……もちゃもちゃと、ちいちゃい手に頬を揉まれているが、委ねるつもりはない。決して。


(でも、ここ数年で迷宮清掃員ダンジョン ジャニター自体が【権能スキル】使用前提のワンオペが基本になりつつあるのは、私の思い違いのせいじゃないはず。いつからなんだろ)


たかが雪かきだって安全のために、もし事故にあって倒れても通報できるよう、複数人での対応が理想とされる。


その他の例に挙げられた職種だって、組織だってチームを組んでの行動が容易に想像できる。


いわんや、清掃道具を負って死地に挑む迷宮清掃員ダンジョン ジャニターである。


いくら命がけの作業だからって、一人死んだら次を送るより、最初から数十人がかりが本来だろう。


(就職希望者がいない、いてもすぐに辞めるって点を除けばね。成り手不足が響いてるのかな……)


そりゃ数年前に口を滑らせた、単独完全手作業も本と化すはずだ。


本来そこそこの人件費がかかる、【権能スキル】では清掃できないヨゴレを、たった一人の作業員で完結できるなら、飛びつかない企業はないだろう。


千暁ちあきと同じ手法で、とたまにテレビで特集されていても、何だか見覚えある案件を騙られてる最中のことが多かった。


(でも逆に考えると、あんな作業を複数人での対応だと、打ち合わせで拘束時間も延びて、料金も頭割りで安く……?借金あるうちにワンオペできてよかった!!)


そうでもなければ呪いで死ぬ前に、借金を苦に母の首をくくりに行っていたかもしれない。


流石にそこまで行くと、手を汚さない自信がない。


(でも、ワンオペ以前に、あの業者のリストの中に、騙りじゃなく手作業での清掃ができる人、いるのかな……いつもの病院の、私以外に頼めない、って言うのがお世辞じゃなくて、本当に技術的に可能な人がいない、って意味だったら?)


千暁ちあきの来歴の画面には、英雄的(バカの隠語でないと思いたい)行動として、困難な状況下での単独清掃達成、の文字が並ぶ。


そして、その後の文字にそれを騙る人間の名前も載っているけれど。


(どんなちいさな案件にも、逃さずいるな……同じ会社のやつは社長に怒られては辞めてったけど、同業他社がほとんどか)


警察の思惑がなんなのかはわからないけど。


おそらく直接片づけた経験のない連中ばかりだ。


そんな連中を寄せ集めてどうするんだか。

 

(……仕方ないな)


そっとつた様を、膝からベッドに下ろした。


    千暁ちあきさん!

    もう夜の8時だよ?


「……まぁ、ほんとには呼ばれないとは思いますが、準備だけはね」


嘘だ。今日中に呼ばれると確信している。


それがわかってか、憤懣やる方なし、といった調子で腕を組んでから、見えない足も使って千暁ちあきの背中に登ってきた。


後ろから、小さな腕が首に回り、ふくれたようなほっぺたが、首筋に当たる。


そのままぷにぷにとすりつけられて、こそばゆさに悶絶した。


    おっきかったら、無理にでも

    止められたのにぃい……!


軽い身体だ。


これで妨害してるつもりだったのか。


止めようとしたつた様に、なんとも言えない気持ちになる。


こそばゆい。


「……いります?ポイント」


    いりません!

    貴方は目に見える形で精算したが

    最後ですからね!

    わかってるんですからねー!


千暁ちあきはよくわからないが、納得はしてくれたらしい。


    笑って誤魔化すのやだ!


つた様はかろやかに跳躍してベッドに飛び込んでいる。小さな子の形でシーツが沈んだ。


「ごめんなさい。あれがまだ残ってるか思うと、よく眠れないので……」


他の血縁ならどうでもいいが、まだ母の胎を同じくした妹がいる。


間違っても彼女への脅威にする前に、後始末を済ませたかった。


先程こっそり用意したつなぎの作業着に着替え、パジャマを丁寧に畳み、購入したばかりのワックスでふわふわする髪を固めた。


社長はろくに服をよこさなかったが、普段の仕事道具だけは揃っていた。


検査待ちの間に、売店で仕入れたメモ帳とボールペンで、浪費した防衛用の【紋】も大量に描き足してある。


霰盥あられだらいの性能を再度確認し、手持ちのダンジョン素材を混ぜて、先程評価した汚れに合う洗剤を調合して瓶詰めすれば作業はとりあえず終わりだ。


千暁ちあきは神官などではないので、調合するのは死者の心を慰めるような大層なものではなく、単に清掃によい洗剤でしかない。


(……こんな準備きっと無駄になる。私の心配なんて、必要ない、と思いたいけど。)


痕跡を何一つ残さず、綺麗に拭い取って消し去るまでが、迷宮清掃員ダンジョン ジャニターの仕事なのだから。


本来、犯罪者の身内が現場に呼ばれる訳ないけれど。


    呼ばれないと思うなら、

    ちゃんと眠って……!


とたん、初期設定のままの着信音が鳴り響く。


    もー!やだー!


園原だ。


『夜分遅くに申し訳ありません……高橋さん、今お時間よろしいでしょうか?』


出れば珍しくしょぼくれた園原の声が聞こえる。


この人はいつ休んでいるのか不思議だ。


「迷宮清掃の依頼なら、報酬が少しでもあるならお受けしますよ。こちらの準備は済んでいます」


『えっもう準備を……?ええ、報酬は用意してあります。身内だなんて関係ありません、そもそも被害者に後始末を頼むのがおかしいんですから!……ありがとうございます、今お迎えに参りますので』


慌ただしく切れたかと思うと、即座に部屋のチャイムが鳴った。




静かになった一室で、焼鉢やきばちがみ一枚絵イラストが横に傾げた。


【しかし、私の生前はまだ迷宮清掃員など、専門の血筋が大層な儀式としてやることでしたが、まあまあどうして彼らの家が潰えたのかもわかる気がしますね。適当に安く使える代替品が多いなら、そちらが本流となるのは至極当然】


清掃用具の重みで、少し曲がった背中を見送って、焼鉢やきばちがみが言う。


【それで、非力なるつたかずらの貴方。あの分からずやが帰ってきたら、どう懲らしめてやりましょう?】



………………


正味2日の話で10万字を超えました。

たった2日で人間の性根が変わるはずもないんですよね。

いつも応援などありがとうございます。

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