⑨ 現場

しょぼくれた園原は別件へと連れ去られて、途中から二人別の警察官がついてくれた。


そうしてのそのそと出てきた現場は、何故か昼出てきた時より悲惨であった。


昼は血溜まりの中でも、警察官たちはイキイキとやりましたね!と笑顔だったのに。


床清掃も済んでいたはずの今、何故か野戦病院の趣がある。


遠くであんまり良くないものの遠吠えと、いろんな人たちの悲鳴と泣き声、そして怒号が響いていた。


(あんなに簡単な現場だったのに、なんでこんな悪化してるの……?)


廊下にたむろしてしゃがみ込み、肩を抱き合って泣きじゃくるスーツの女たち。


無言で全身をかきむしる半裸の男。


壁に流血するほど強く頭をぶつけ続ける男と、防護服を着込んだまま、それを止める人たち。


奥に歩いて行くたびに、まともに息をしてるかも怪しい人たちが増えていく。


迷宮清掃員ダンジョン ジャニターの初仕事がこんな感じだったな。あれで同期全滅したっけ?)


懐かしい記憶だ。


他人の後始末で死ぬ。そんな仕事なのだそもそも。


千暁ちあきは一人だったから、しばらく目にしなくて済んでいたので忘れていた。


気の毒とは思うが、千暁ちあき自身が特に誰かに助けられた経験もないので、彼らに対して何が適切な助けなのかも分からない。適切な医療機関の受診を勧めるしかない。


(下手に紋を使うと、一回助けたんだから解決するまでやれってめちゃくちゃ言ってくるしなぁ)


先程の修羅場で使用した邪気祓いのよもぎを模った蓬紋ほうもん千暁ちあきのような素人の作はそもそも応急処置以外で使用を避けられている。


精神に深く作用するので、単純にリスクが高く、副作用により訴訟に発展するのもしばしばだ。


かびたくあん事件のような無理にでも使わなければ全滅する状況ではないのなら、医者にかかるのが一番確実で安い。


一応すれ違う全てにかるく会釈をして通り過ぎるが、行く手を遮って低い位置から、とおせんぼするように長物が振り下ろされた。


警戒していた警察官が構える。


「いまさらどの面さげてきた、モップ頭……!」


「……えーっと警察から依頼を受けて?」


ひとえに歴戦のツワモノを気取る、こいつのような連中が不甲斐ないせいだが、自覚はないのだろうか?


モップを振り下ろして、威嚇する。床に座り込んでいたのは右膝から下がない、同業他社のどいつだこいつ。


フルフェイスの防護服を着るなら、名乗るくらいしてほしい。


そう思った瞬間、マイページ氏により異名だけがお知らせされた。


喧嘩をする時に便利でいいけど。


その、フルフェイス防護服の胸元に浮かぶ、妙にふぁんしぃなフォントとイラストに彩られた異名は、何かマイページ氏なりに含む部分があるのだろうか。


     お知らせ

     あります。


あった。


「ああ、胡華丹こかたん堀の渡し守さんでしたっけ?どうも〜」


ことさら明るく元気に挨拶したら、警察官2人が二度見してきた理由を問いたい。


愛想は社会人の基礎だろうがよ。


「わたなべ!あかる迷宮清掃会社の渡部だよ!会ったことあるだろ!」


ない。


「あら〜テレビ出てましたよね?ご活躍、ニュースで拝見しておりました〜」


「こいつ……!ほんとこいつよぉ……!」


以前聞いた時、たかが堀の藻掬い程度を誇って、なんとも恥ずかしい異名がついたものだと思っていた。


千暁ちあきの異名である青森の不憫モップと張るかもしれない。


喧嘩を売ってくるほど元気かと思いきや、急に掠れそうな声で何か言った。


「……俺らのこと笑ってんだろ」


「……? すみません、お声が遠くて……」


もう少し装備品を自覚して声を張って欲しい。


「だぁかぁらぁ!!お前の功績奪った俺らがこうなって!喜んでんだろ!!」


場が静まり返る。


「たかはし?」「高橋だ」「あいつが……!」「あいつのせいで!」


(誰だ最後のやつ。あそこの女は……知らないから顔だけ覚えとこ。しかし、渡部もほんとに余計な真似を……さっさと搬送されればよかったのに)


さわめく周囲に、ついていてくれた警察官たちが警戒を強めている。


しかし、どれだけ世間に叱られたか知らないが、不貞腐れるなら帰ってからにする分別くらいはつけてほしい。


「いや、お互い会社勤めも大変ですね、としか?私もさっき自己都合で退職扱いになっちゃって。今日から無職なんですよ〜!もしかしたら、最後の迷宮清掃になるかもしれません」


こうした返事に困る自虐は、千暁ちあきと相性がいい。ひとまず貶したいだけの相手が、すぐ満足して黙るので重宝していた。


「はぇ……?」


「まあ、しばらく迷宮清掃の仕事しないでのんびり過ごすのもいいかなって。素敵なご縁もありましたしね」


「ひゅっ……!!」


言わずもがな、素敵なご縁とはつた様のことである。


(この件で見限られてなければだけど)


止めたのを振り切った自覚はある。


これを乗り切ったら、もしつた様に許されなくても、今度こそ健康だけを考えた生活を……考える、つもりだ。自信がないけど。


「ひえっ……」


「あの、迷宮清掃員ダンジョン ジャニターを辞めるんですか?本気で?」


警察官2人組である。


なんでそんなことを聞くのか。


「へ?ああ、そんな選択肢もあるかなって。こんなの生涯の仕事にできないですよ〜!報酬以外、やり甲斐とか全くない仕事ですからね!」


(正直、高卒は響いてるけど、急な借金の肩代わりさえなければ、紋だけ描いても生活できる。月15万……25万稼げばつた様の言う1日3食、冷暖房使用生活はなんとかなりそうだし。命懸けで、今みたいにわけわかんない連中に絡まれるなら、このまま辞めてもいいんだよね)


繰り返すが千暁ちあきに仕事への情熱はない。


借金を返せる仕事がこれだけだったから続けている。その程度の認識だ。


ただ、あんな小さな功績も騙らないと己のものにできない。


その程度にしか仕事を教わっていないのが、単に気の毒としか思っていない。


まあ絶対言わないけど。


いじめの横行する元弊社では自慢にもならない。


「ぅそ、そんなつもりじゃなくて……」


だって千暁ちあきもまた、言われた仕事をできず、なんとか入れた会社を解雇クビになるのが怖くてここまできてしまった。人のことは笑えない。


「それじゃ、こんご、あんなのをどうしたら……!」


だからさっきからなんか小さくもごもごしてる男の片足が吹っ飛んでいたところで、この度はお気の毒でしたね、としか言いようがない。


「ちが、ちがうんです」


(だいたい、このひと、なんて言ってほしくて話しかけてきたんだろ)


完璧に否定されず慰めて欲しいなら、カウンセラーにでも依頼すればいいのに。


何故か無理に這いずって千暁ちあきに寄ってこようとしたのは、きっちりと他の警察官も寄ってきて止められる。


「あーはいはい、安静にしていてくださいねー、すぐ救急車きますから」


「ちがう、違う……!」


「あー……よくわかんないけど、早く治るといいですね。……お大事に?」


まあ、社長も両脚をなくしたものの、祈祷院さえ拒否しなければ間に合っていた。


この男も同様だろう。


こんな冷えた床に座ってないで、新しく脚でも生やしてもらいに行けばいい。


    お知らせ

    祈祷院の利用には、まほろポイントが

    必要になります。

    必要なポイントを譲渡しますか?

    ▼50ポイント譲渡する / しない


(……体感的には、巨大ロボを1日操縦するどころか、そこら辺の駄菓子より人間の脚が安いや。変に傷を見るたび思い出されても嫌だし、恩でも着せておこう。金なら絶対払わなかったけど)


    お知らせ

    来歴にまほろポイント譲渡リストが

    追加されました。


50ポイントで、この場にいる連中をカバーできたらしい。


思ったより長いこのリスト、恐らく敵意を向けてきた連中の名前の横に赤い目印がついてわかりやすい。


(ほんとにたすかる……いつもこれ、手書きでやってたからな)


潜在的に恨みを抱えてそうな連中の把握は大事だ。これで後から調べる手間が省ける。


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