② 筆と墨壺

そう言って焼鉢様が開いた道具箱から、きらきらとした光が漏れ出る。


(ビーズをこぼしたみたいな光り方だ)


薄い青と、橙、それに緑のまるっこい光が、その場に留まるようにちかちかと光るのに見入る。


そこに収められていたのは、たくさんの絵筆だ。


どれも凝った造りをしている。


「生前の私が神域素材で作ったお下がりだが、年月を重ねたからこそ強いこともある」


「ふで、を作ったんですか?」


「手先は器用なんだ。欲しいものがなかったから、自分で気に入りのを作ったんだ」


今はこの様、とぴろぴろと一枚絵イラストからでた触手を振る。


思えば、まだあまり焼鉢やきばち様のことを知らない。


料理はできるが、どちらかといえば器作りの方が得意とかは先程聞いた。筆って自作できるものなのか。


「あと墨壺も絵柄が気に入れば、あげるからね」


「あげる……?」


「私のところの信者だから、無闇なちょっかいをかけるなよ、って抑止になるんだよ。気にいるようなら持っていて。詫びには足りなくても、お守りにはなる」


「そんな、つもりじゃ……」


「あとね、正直ここで眠らせるより、外で稼いできてくれた方が助かる。絶対壊れないから、じゃんじゃん使ってね」


「私がそんな稼げますかね」


「そこは全く心配してないよ。んー……千暁ちあきさんの好みはこれかな」


そうして渡された筆は、千暁ちあきの使う細い箒に形が似ている。


初めて持つはずなのにしっくりと手に馴染んだそれは、持ち手が黒い漆で塗られてつやつやだ。


控えめに横に添えられた墨壺は、すべらかな白磁に新緑から紅葉する蔦が描かれている。


千暁ちあきは、はっきりと何かが、琴線に触れたのを感じていた。


気に入りの道具の概念がなかった人間にも、単純にきゅんとくることがある。


葉脈の一本一本まで繊細に描写された墨壺は、籐で編まれた細工で何かにくくれるようになっているらしい。


(筆も墨壺も素敵だ……柄も、つた様にもつながるものなのが嬉しい。焼鉢やきばち様って、随分と繊細な絵付けをなされる方なんだなぁ)


細部に至るまで自然偶然に任せず、張り詰めた緊張すら感じさせた道具は、確かに千暁ちあきの心を掴んでいる。


ほんの少し血の気が通った頰のまま、ちょこちょこと指先に筆と墨壺を馴染ませて、口元を綻ばせた。


「気に入った?」


勝気な女神の御姿みすかたに、深々と頭を下げた。


「ありがとうございます。大切に使います」


「いや、ガンガン使いなさい。手入れは教えるから」


神の御前、と、ことさらにはしゃがない千暁ちあきの内面を余さず聞ける焼鉢は、渾身の品を気に入られて素直に嬉しいのでにこにこしていた。


〈筆の穂首は迷宮ダンジョン眞明ヶ原まあけがはらぬし焼来馬やらいばの尾です。

筆管は同ダンジョン最深部で入手可能な髄十石ずいとおせき

墨壺は職人専用神域ダンジョン の難関、寒暑かんしょ洞窟の火を借りて焼いています。

いずれの素材も全て大将級の怪物から得た討伐報酬ドロップアイテムで作られた、そこはかとない含みがあるアイテムです。

ここまでを金に物を言わせて自ら揃え、道楽で作るのがあえての日用品という部分に、焼鉢やきばち神の趣味が垣間見えますね〉


「うわまぶしっ」


千暁ちあきの視界を七色に点滅しながら、猛烈な勢いで何か通過していった。なんだあれ。


   〈失礼、はみ出ました〉


「……君のマイページ、随分と主張が激しいな。こんなお節介で騒々しいマイページ、他で見たことがないよ」


「そもそも、マイページってなんなんですか?」


そこからを飲み込めてない。


成人式で配布される冊子も、多いに何か含んだ説明だった。


「あー……人間それぞれにつく、お助け神工じんこう知能のようなものだよ。呪いが解けて、神が見えるようになった時、と少しでも思ったかい?」


殺到した神々の勝手な申し込みに、うんざりしていた千暁ちあきは素直に頷いた。


「声をかけてくる全ての神にかかずらっていると、望んだ人生をする暇がない。まほろポイントの保有数にもよって機能は変化するが、世界に影響を及ぼす人材が邪魔されずに実力を発揮できるよう、サポートとして働くのがマイページだ」


確かに、とマイページのかたによる、見事なシャットアウトを思い出す。


ついでに二百万を超えたまほろポイントが脳裏をかすめたが、そのままなかったことにした。


「神に近くなると、こうるさく口を挟むようになるけど。なんというか、ねぇ。ここまで自我のあるのは珍しい」


「神に」


「神にね」


もちろん千暁ちあきは、マイページが神に、との認識だったが、焼鉢やきばち神はあえて訂正しなかった。


このまま便利でいると、死後に都合の良い掃除機かみにされそうだぞ、なんて今聞かせる話じゃない。


「ところで、マイページに名前はつけたかい」


「……名前を?」


「名前をつけて縁を結ぶのは大事だよ。縁が薄いと、他の連中に勝手に中身を覗かれやすいからね」


思い出されるのは好き勝手なパチンコじみた広告だ。あれがそれか。


「マイページのかた、ご希望はありますか」


   〈三日三晩悩んで頂けたらそれで〉


「あまり贅沢を言っていると私がつけるよ」


   〈ならば、千暁ちあき氏が好きなものを〉


それが一番困る。

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