第3話 こだわり

    もー!千暁ちあきさんたら

    もー!

    あっぜんぜんとまんない!


千暁ちあきの頬で、ちぃちゃい手が、ぺちぺちぺちぺちとかわいい音を立てている。


つた様がお怒りである。


またか、と言われそうだが、今回ばかりは千暁ちあきは無実と言い張りたい。


焼鉢やきばちは食後の片付けを客にはさせない、との一点張りだったので。


今は用意された座り心地の良い籐椅子に身を預け、一心不乱に鉛筆で帳面に紋を描いていただけだ。


どこで絡まれるか分からないので、普段から何冊か用意した紋を、身体のあちこちにくくりつけている。


四肢が飛んでも使えるようにしておくのが、千暁ちあきには最適だったのだ。


「昨日も書き足してはいましたが、隠してたやつからほぼ使い切っちゃってたみたいなので。どの道、これがないとまともに眠れないんですよ……」


さきほどふと見て背筋がぞっとした。


昨日損傷が激しかった部位に近い紋の帳面がまっさらだったのだ。


昨日までは疲労とおかしな高揚感が勝っていたが、落ち着くと無いと死ぬ、の強迫観念から抜け出せない。


    ちょうちょ100個は描いてあるのに?!


「それをあと5冊は要りますね。消える時は一瞬ですから」


    5さつも!これから!書くの……?!


   〈推定所要時間3時間です〉


    早いけど、休んでぇ!なんで

    掌握してるのにお願い聞いてくれないの!


   〈ヒント:所有まほろポイント格差〉


    やっぱりそうだよね……!がんばろ…

    千暁ちあきさん、何でこんな時だけ

    手を止めるの……?

    奉納ボタンの連打は止めて!


もうつた様を盾にも、千暁ちあきの代わりに戦わせたくもないならやるしかない。


それに、こんな穏やかに準備できる時間が、いつもあるとは限らない。


多分これから今回死んだ連中の関係者も殺しにくるだろうし、キリがなくても、防衛に手をぬいた時が千暁ちあきの最期だ。


紋を外注ができる収入になったところで、これまで加害者側から買った怨みが多すぎた。


かびたくあん(母方祖父)による損害ですら、千暁ちあきが紋を描けなければ一億はくだらない。


    ぜったいそんな真似させないからぁ!

    休んで!


(直接目を覆わないだけ、優しいな)


手以外が透き通った千暁ちあきの神様がそこまでしないと、全く妨害にはならない。


そう思ったのに気づいたか、6本あるうちの2本がおずおず両目にのびて、ぬくい手のひらに目を塞がれた。


(ここでノートを破るとかぶん投げるとか、鉛筆折る方にいかないの、本当に優しいな)


なんなら頭ごと抱き込んでくる妹の方がまだ激しかった。やんちゃな子だったもので。


    し、しないよそんなこと……!?

    あ、あれ、これまでにそうした人が

    たくさんいすぎだね……?!


   〈つた神が遊ばれる間に蝶紋が5個

    描かれました〉


    どうして?!見えてないのに?!


   〈つた神。幼い女神。

    心配がすぎて宿主を見誤っています。

    見ないで描く程度をしなければ、

    容易に死んでいたんです〉


    …………ねねね、そのね。

    千暁ちあきさんがよかったら


   〈花掬いの柄杓の方より

    〜巫覡ふげきにするなら

     千暁ちあきさん以外で

     そこそこ稼いでから言いな〜

    との託宣を得ました〉


    が、がんばります……!


しゅた!と全ての手が上がる。


かわいい。


まだ千暁ちあきの神様とも、まともに呼ばせていただけてない。つれない神様なのにね。


    え、えっまって、待って千暁ちあきさん!

    いま、なんて……?


「私のか〈きゃー!〉かみ〈まって!〉つれないなってんぐっ」


熱い手で口元を塞がれた。


残った手で、頬を冷やそうとわたわたしている。かわいい。


口を塞いだ、ちいちゃい両手を、左手でそうっと握る。


「その、まだ言ってはいけないんです?というか、なぜだめなんです?」


この神様を信じているのだと、本神相手に口に出してはならないのは、もやもやする。


ふにふにと無意識に、つた様のちいちゃい手を柔らかく揉む千暁ちあきである。


つた様はパンクしそうであった。


なにしろ見守ってきた中で、この気難しい人間が必要もないのに、他者に触れるところなど、全く見たことがなかったもので。


     も、ちょびっと待ってほしい……


    〈You are piyopiyoへたれ


言いながらひよこのアニメーションを、つた様に次々追加していくマイページの方。


     だって……!

     やっと話せたのが昨日なのに!

     いっつも触ってもすかっ!って

     なってたのにぃ!


つた様はぴよぴよ鳴くひよこまみれになりながら、頭を抱えている。かわいい。


そんな風になってたんだ、と思いながら、千暁ちあきは豆粒のような紋を、帳面にみっしりと書き込んでいく。もう少しでこの帳面は終わりそうだが。


(なんか、いつもより描くのが早いな。もしかして、あの霰盥かこの眼鏡の効果……)


    〈睡眠と栄養が足りただけです〉


(はい)


    〈次回から8時間の強制睡眠処置を

     希望できますが〉


いいえ。


「おや、ひよこ。あー、いい、いい。座っていなさい」


するり、と襖が開いて、入ってきたのは一枚絵イラスト焼鉢やきばち様だ。


立ち上がって出迎えようとした千暁ちあきを制した触手に、何か持っている。


「道具箱だよ、さっきよくないことしたお詫びにね」



……………


いつもいいね、感想、⭐︎をありがとうございます。

癖しか詰め込んでないので、嬉しいです。


ここからしばらく千暁ちあき氏のパワーアップ、といいますか。

本来なら成人式でもう少しどうにかなってた所の改善回と称した、いちゃいちゃが続きます。

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