③ パワーバランス

「ねぇ、それって本当にこの子なら三日三晩悩むリクエストじゃない?贅沢で面倒なマイページだねぇほんと」


呆れた焼鉢やきばち様の言う通りだ。


自分の好物すらマイページ頼りの、記憶がふんわりした人間になんたる難問を投げるのか。


   〈マイページのご利用ありがとう

    ございます。

    よろしければレビューにご協力

    お願いします〉


その心は。


   〈私の印象に通ずる事柄を参考に

    するのもよろしいかと〉


そして始まる入力式のアンケート。


10問はあるそれが、視界いっぱいに広がった。


とりあえず使用してみての感想に、何回も助けられている、との選択肢をタッチした瞬間に、胡乱なサンバ隊のアニメーションが始まるのはどうにかならないのか。


「おっ欲しがるね〜、ほんとに千暁ちあきさんのマイページなの?」


「……抜け目ない、凝り性、じゃっかん、煽り気質?」


名前のヒントになりそうなものはない。


   煽り気質は若干どころじゃないよね!

   

ぴよぴよのひよこを盛られたつた様が、ちぃちゃい手でふわふわしたのと格闘している。かわいい。


かわ……


(……これ、私のつた様かわいい、って感情の結果、マイページから神を侮ったような形で演出に反映されてるってことなら、よくないなぁ)


内心を読み取られるのは感じるが、千暁ちあきはかわいい、は決して直接言葉にする気はない。単純に不敬だからだ。


その言葉は容易に神への侮りに化け、いずれ神格を貶める事態になってもおかしくはない。


何気なく千暁ちあきのマイページがそうするのを見過ごすのは、その意見を肯定することになるのではないか。


  〈……すでに自律型に進化しているので、

   千暁ちあき氏の内面は反映されて

   おりませんー〉


なんとなく、電子音声に不貞腐れたような抑揚がついた。


つまり、千暁ちあきの意思と異なる対応を、今後も継続するつもりがあるようだ。


「では、どのような理由からこの対応を?」


  〈単に神格としては、おつかいのために

   生まれて世に名を知られぬ女神より、

   まほろの危機を救って名持ちの貴方の

   ……まだ付喪神である私の方が

   高いだけです〉


   みっ!


つた様から潰れたような声が上がった。


頰のあたりを2本の手で抑えて、なにやら震えている。


「……そういうものなんですか?」


一枚絵イラストの三分の一をかくかくと折り、正座じみた姿勢を取る焼鉢やきばち様に訊く。


「神格の上下は、どれだけ好き勝手できるかどうかも関わるからね。こだわる神はこだわるよ。私だって格下相手の牽制に、その筆を渡したようなものだし」


じゃないと信徒を守りきれない、とのことだ。


ぴんとこない。


「マイページのかたは、神に該当するんですか?」


「宿主の生涯獲得まほろポイントが5万を超すと、申請してなくても強制的に一番神格の低い神になるよ。付喪神、は本来のオリジナルにほんでは妖怪のたぐいだけど、まあまほろでは便宜上そう呼ばれる。そこからは宿主のポイントによるが……言わなくてもわかるね?」


瞑目する千暁ちあきの生涯獲得まほろポイントは、現在少なく見積もって220万である。


たったの5万で、と口にしてはいけないことはもう学んだ。


家賃にも満たない額、と安易に換算するのはよくない。


「だとしても、マイページのかたと接触できるようになったのは、つた様の助けがほとんどです。信者が名を上げれば、神の名声もまた上がると言うなら、私の働きを人知れず助けて下さったつた様もまたそうなるはずでしょう。私から発生したならなおさら、つた様への扱いを、看過はできない」


まあ、朝食前の焼鉢やきばち様はともかく。


あれは信者としても拒絶すべき扱いだ。


「おっとこっちに飛び火したか。でもね、そこの蔦が事あるごとに、君をつるに絡め取ろうとしているのは忘れちゃいないかい。それを止めたのがマイページというのもね。安易に全て捧げたら、きっと瞬く間に神域へと連れ去るよ。まだ、自力でろくにやりくりできない神なのにね」


「えっ」


これはこんなのを神域に連れてって何になるのか、との千暁ちあきの反応。


    ええ?!


そして結構露骨にしてはマイページ経由で怒られていたのに、と驚愕するつた様。


「おや」


こいつこの後に及んで、と千暁ちあきに警戒心を持たせるため、糸口を探る焼鉢やきばち様である。


これを放っておくと、気楽な発言のせいで、死後神域での修羅場は避けられない。


神々が気に入った人間の魂を分割して所有、なんてよく聞いた話だ。


神に対して耳目を閉ざされて育った上で、そんな末路は理不尽がすぎるだろう。


どんなにちぃちゃくたって、理不尽を孕んだ女神であると、焼鉢やきばち様は諭すように言う。


「つた神のなさりように、マイページに助けられたことは、本当にないのかい?まだ、人をやらなきゃならんのでは?」


風呂場での一件を思い出して唸る。


重ねて焼鉢やきばち様に、妹御のことに本当に後悔はないのか、と聞かれたら即答できない。


かびたくあんの余波は確実に妹にも及ぶだろう。


「んぬ……はい……!」


「まあ私も火を司る。たとえ、つた神が煮湯の方から分かれてても楽に勝てるからね、安心なさい。だからマイページも、牽制したいのはわかるが、度の超えたからかいはやめるように。他がマイページの神格の位なんざ知らんのだから、人前で神をからかう千暁ちあきさんの人格が疑われるよ」


  〈はい〉


「つた神、君はもう少し神として育ってからそういうことは考えなさい。この子は神にろくな目に遭っていない、と私をたしなめたのは君でしょうに。ろくな土壌かいしょうもないのに、千暁ちあきさんを欲しがってしめ殺すつもりかい」


   はい……


三者三様にたしなめられ、ぐうの音も出ない。


人でも神でも、生前に散々修羅場に巻き込まれた焼鉢やきばち様は、事態をまぜっ返して沈静化させるのがうまかった。


「はい、解決だね。まあ、人目がないなら好きにするといい。でね、千暁ちあきさん、好きなものはいくらでもできるもんだよ。今度は私の作業場にでも行こうかね。きっかけくらいにはなるだろ」


   あたしも!行きます!


「はいはい、みんなおいで」


勝気な女神の御姿みすかたが、どっこいせ、と折りしわを伸ばし、滑るようにスライドする。


本来神同士の独占欲とかで、うまく成立しえない神々のパワーバランスが、奇跡的に噛み合った瞬間であった。


とりあえず、今のところは。

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