③ ルール

轟音と共に、細い銃身から光の弾丸が飛ぶ。


弾丸の周囲を青い光輪が取り巻くように飛んだそれは、添木そえきの【権能スキル】によるものなのだろう。


「いーやいやいや……何を勝った気で呑気にしゃべっていらっしゃる?人のツラを剥がした詫びはしねぇとさ、よくないでしょ。いい大人なんだからさぁ!」


まだ何か言い募ろうとしていたかびたくあんが、添木そえきが放った弾丸を額に受けて、仰け反った。


【ぃいぃィたぁアだぁいィイ……!!】


ところどころ鱗も剥がれたかびたくあんは、もう余力もなさそうだ。


銃を構えたまま、千暁ちあきを庇うように前に立つと吠えた。


「だぁから態度見直せって言ったんですよ!タニンの好意だって、勝手に軽んじていいもんじゃないのはわかるでしょ!」


こちらは瓦礫がれきの下というのに、何か見えてるような添木そえきがうるさい。


マイページのお知らせは何も更新されない。


ただ、右頭頂部のあたりに、配置的にほっぺたらしき柔らかいものが当たるので、露骨につた様が不貞腐れてる気がする。


「…………つた様は何がしたいんでしょうか?」


自分が好きなのはどうかしてるとは思う……?!


(ほんのり拘束が締まりましたね……!ダメですか個人の感想でも)


……好きなのはわかった。落ち着いて欲しい。


添木そえきが何か知ってるなら教えてほしい。


つた様が何をして欲しいのか、何をして欲しくないのか、さっぱりわからない。


「命運預けて欲しいんじゃないですか?知らんですけど」


聞かれた添木そえきは銃を撃ちながら、酷く面倒くさそうである。


(命運……わがめいうんなが?まにまに?なやつ?は?)


それは話を覚えられない探索者どもが、勝手に敵前に飛び出しては、お題目のように唱えられた責任転嫁の言葉。


加護なしノースキル千暁ちあきを生贄にしようと、これまで何人もが口にした祈り。


神に判断と責任を投げ出す行為を、どうして求められるのか。


「……私の命運そんなものを、何故?」


生きるも死ぬもそれまでの行動と時の運であり、勝手にこんな修羅場に陥って死ぬなら、それはもう仕方ないのでは。


「こんなくだらねぇことで、好きな子が死ぬのを許したくないからほしいんでしょーが!! わっかんねぇ人だなぁ!!」


添木そえきがますます膨れ上がるつた様の怒りを目にしているとも知らず、純粋に訳の分からない千暁ちあきである。


大事なものを腹に抱えて守り、背を打たれるのに慣れた彼女は、誰かの庇護によって守られた経験にあまりに乏しい。


動機はわかるが、それを自分に向ける理由が腑に落ちない。


彼女を欲した、自分の代わりに酷い目にあえと願う人は蹴落としてきたし。ほんの一握りだけ残った、一緒に仕事をしようという人だけを大事にしてきた。


ゆきずりの他人にはコメントしにくい経緯をまざまざ映像で見せつけられ、添木そえきはやけになって叫んだ。


「あ゛ー!そうでしたよこのかた知らんですもんね!あー!ちくしょう!これを説明すんのやだ!園原さん、パスです」


「職務放棄とはいい度胸ですね青二才そえきくん」


「カウンセラーの真似事なんて荷が重いんですよ……!!荒事は若手に任せて、少し休憩でもしていてください」


「それを序盤から言えたら一人前ですが……まぁカウンセリングが必要なのは、どちらかといえば貴方そえきみたいですしね。いいでしょう」


ぬるり、と攻守交替をして、呼吸一つ乱していない園原が、のんびりと千暁ちあきにかかる瓦礫ガレキをどけ始めた。


「高橋さん。まほろのルールで、神様は信者に祈られて頼まれなければ何も手出しできないんです。知ってますよね、かつての増矢浪まやなみ寒村で」


園原と巻き込まれた増矢浪まやなみ寒村事件では、確か敢えて困難な場に人を置き、助けて欲しいと祈られることで、無理やり信徒にしていたはずだ。


たまたま巻き込まれた体で始まる園原との仕事は、こうした事例に枚挙にいとまがない。


「ええ」


「多分、呪いを解いてくれたのは、これまで思わずつぶやいてきた言葉を拡大解釈した結果とは思いますが、親戚に対してはずっと法的手段に則った決着だけを考えていたでしょう?」


「それ以外ないですからね、まあ」


妹のためにも、姉が犯罪者になる訳にはいかないし。


「だから神に許された範囲で、アレの造形をぐちゃぐちゃにするのはできましたが、貴方をアレから守ることを頼まれていないので、つた様にはこれ以上どうにもできなかったんですよ」


なんの進展もない呪いの解析の過程で、行き詰まってそんなことを言ったかもしれない。


つた様がずっといてくれていたなら、多分その際に聞いていたのか?


「つた様?」


その時、急に全身に絡んだつた様の手から力が抜けて、マイページが開いた。


   お知らせ

   事前説明と本人に同意のない加護は

   神による人権侵害に該当します。

   つた神による強制加護疑惑の調査を

   希望できます。

   貴方への危害は花掬いの柄杓により

   全て防止されます。

     ▶︎はい   いいえ


(待て待て待て待て待て!それ確か神がする中でも結構罪が重いやつ!は?!それがつた様に!?…………がいとう、しないから!)


もちろん、神が勝手に加護をつけて信仰を強要する、なんてのは有史以来多発した事例である。


敵対する神の愛し子にあえて加護をつけて、修羅場に持ち込む手法で死人がそこそこに出た。


当然小学生の時分から、神による犯罪行為として言い聞かされるし、ろくな神じゃないから距離を置けと警告された。


権能スキル】がついたらまず登録、意に沿わぬ加護なら辞退が基本である。


とはいえ、25歳まで何の助けも神から得られなかった人間に、真っ先に助けてくれたつた神の存在は重い。


言われてみれば、まあまあな心当たりはあったが、あえて無視できるくらいにはこの神様を慕っていた。


いいえのボタンを心の中で連打する千暁ちあきである。


   お知らせ

   加護を得た後でも条件に該当する

   事由であればクーリングオフが

   可能です。

   神による脅迫の疑いがある場合の

   問い合わせ先

   →青森県………


表記される前に画面を閉じてるのに消えてくれない。


へたへたと剥がれ落ちていくつた様の腕に、心臓がイヤな音を立てた。


これはもしかして、千暁ちあきの返答により、つた様が処分されてしまうのだろうか?


「ほんとに切羽詰まった時に誰でもいいから助けて欲しいと願った覚えが!!ありますから!!つた様は叶えてくださっただけなんです!!やめてください……!」


それは本当に間違いない。


だからこんな画面はしまってほしい。


  お知らせ

  つた神に花掬いの柄杓より、以下の警告が

  入りました。


  警告内容:

   ずっと好きなんだったら、もうちょっと

   本人の性格を把握して対応なさいね。

   これで言質がとれたから、治癒申請を

   赦しましょう。 


明らかに親しい間柄への忠告が入ったと同時に、つた様の腕がまた絡んだ。


「つた様は、高橋さんがなかなか頼ってくれないから、簡単に捻り潰せる成り損ないに、好きな子を良いように傷つけられて、とてもお怒りなんですよ」


「えっ……え?」


「【権能スキル】を受け入れるかは同意がいる。手助けも同様です。他に負けなければ付与できる成人式は逃した。ここはつた様が好きに振る舞える神域ダンジョンじゃない。貴方と特別なよしみを結べるかは、これからのつきあい次第。なんなら、寮で手を貸したのもかなりグレーな範囲。だからこうした警告もでる……」


ここで、園原は言葉を切った。


「つた様にたすけてって言えますか?たぶん、簡単に解決しますけど」


そっと這いつくばったところを、添木そえきに青く光る銃弾を撃ち込まれ続けるかびたくあんをみる。


捻り潰す。


あの身内の恥おぶつを?


……つた様に触れさせる?


変質者に付き纏われて警察に頼るならともかく、ちょっとそんな発想がなかった千暁ちあきは、すぐには言葉が出ない。




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