③ 社長
園原さん来たよ
助かります、つた様……!
(ですが何故【
痛くはない。
でもやんわりながら、ちいちゃな指で、確固たる意思で握りしめられている。
60%引きだからって試着せずに
買うのはどうかと思います!
試着せずとも似合わせる気もないし、似合わないのも確かだ。
でも今はたとえ色柄が金色ハートの黒地プラスチックフレームでも、とりあえず前が見えればなんでもいい。
どうせなんやかんやして割れる眼鏡である。
「高橋さーん!お待たせいたしました!あっこれ
園原の差し出した物に目を細める。
「社長が……?これは、眼鏡ケース……!!」
でもこんな高級感ある黒革のケースは存じ上げない。
嫌な予感がしたが、眼鏡なしの不安感に耐えかね、そっと開けてそっと閉じた。
入っていた眼鏡は華やかながら、どこか鋭利さを感じるシルバーフレームである。
広告のモデルでしか見かけたことない、デザイナーの遊び心を感じる洒落た形。
フレームの内側に謎に埋め込まれた青いガラス……ガラスと言ってほしい。切実に。
投げ売りレンズ込み5000円のラインを血眼で探してきた
これ、絶対高いやつ。
7年のつき合いで身に染みてる。
社長が
トドメにこのタイミング。
消え物のうなぎの比じゃない圧を感じる。
「何考えてんですか社長……!」
意図が分からなくてこわい。
スペア眼鏡は引き出しにあったはずだ。
ちょっとヒビ入ったけど、まだ使えなくもない青いプラスチックフレームのやつが。
『あんた、予備の眼鏡がもうヒビ入ってるって仕事舐めてんの?捨てな?客も信用できなくなるから、見える範囲はなおさら貧乏根性で物使うなっていつも言ってるでしょ』
今あんまり聞きたくない声がする。
「……社長?」
『度は合わせてあるし、文句言ってないでかけてみな?絶対似合うから』
かけた。
視界がクリアになり、右手に携帯電話を持つ園原が見える。
さきほどまで頑なに妨害してたつた様がぱちぱちしていた。かわいい。ハートまで作ってる。
さっきのもハート柄だったのに、と思った瞬間、全部の両手でバツ印を作っている。どうして。
『本題に入るけど、あんたは会社を今日付で退職したことになって、あたしは兄貴に会社譲ったよ。退職金は入れてあるから確認しなね』
「えっ」
今日は園原の驚き顔ばかり見る。
しかし、以前から懸念事項として共有されていた話だ。特に驚きはない。
会社は社長が作ったが、なんやかんやあってトップは彼女の父親だ。
都合の悪いことを勘定に入れず【
社員的には、【
人事から経営まで会長に手玉に取られて、今では何とか完全手作業の
【
(散々手間をかけて世話を焼いてもらったから、少し仕事に慣れた頃は、この人が諦めるまではつき合おう、と思ったこともあったな)
何年か前に辞職願を念の為にと酒の席でねだられてから、なんとなく目指していれば楽しい程度の夢だったかと感じて、
「ああ、前言ってた不仲な?」
『そうそう。会長の父と、あたしの方針が合わなかったかんね。お前だとおあしがでるから兄貴に、ってさ』
迷宮入りして大事故に巻き込まれた社長の
(ほんとに仲悪いよね、この親子……)
これを親子間のスキンシップ、と取るのは常人には厳しい。デリカシーに欠けるにしても程ってもんがある。
携帯を持つ園原も、なんか塩振ってしんなりしたような顔してる。レアだ。
『まあ、高橋さんがちょうど良い言い訳だったんだよ。あんたの呪いが解けて、逮捕者が次々と出てね。諸々の責任とって辞める事にしたんだよ』
「あー……お手数おかけします?」
こんな場面で謝れば、激昂する女が社長なので、ふてぶてしく鼻で笑うしかない。
『は!心にもなくて良いね。それが一番いい。あんたほんとに被害者なんだからさ』
心底おかしそうに笑う声が響く。
『で、前から言ってたけど、あたしと清掃会社作らない?完全手作業のやつ。あんた以外はいらないし、今の会社からは誰も連れてかないからさ』
連れてっても物の役には立たないだろうし、妥当だろう。
井守ら若手を引き連れて、とかならそのまま辞めたけど。
『
「あー……ま、変な子でしたしね。経営方針とか報酬とか休み方は後で話しましょう。やるかどうかの返事はそれからで」
『あ゛?他のはともかく、ウチの完全土日休み+任意で平日1日休み、依頼は1日1件になんか文句あるの?あんたのせいで労基の調査入りかけたの、未だに根に持ってるからねあたし』
会社外で休日に依頼を受けすぎた2年目の話である。
「社員の休みの使い方に口出すのはパワハラなのでやめていただいて……きゅっ!」
静かに聞いていたつた様のひんやりした手が、
おやすみはとらないとおこるから
はい。
『怒られてやんのー!ばーか!』
きゃらきゃらと楽しげに笑う社長は常の気怠さがカケラもない。
部下に馬鹿って言いますよこの人。
園原のコンプライアンスの高さとか見習ってほしいものである。
「なんか、テンション高いですね……?」
ガキみたいだ。珍しい。
『あんたさ、あたしがどれだけこの時を待ったか知らないでしょ』
「……その割に随分とのんきでしたね」
『ふふ、まあいいや。これからあんたの世界は変わる。きっと、うんざりするとは思うよ』
ろくでもない予想をしないでほしい。
「困りましたね、高橋さんにはまだ警察からも勧誘をしたかったのですが……」
空気に耐えかねてか、園原が口を開いた。助かる。
「園原さんてば、またぁ……」
冗談を、と口にしようとして、飲み込んだ。
なにしろ炯々と光る園原の目が、しっかりと
冗談にしては重たい熱に、
『別に、口説いててもいいけどね。選ぶのは高橋さんだし……園原さん、ありがとうございます。うちの高橋が迷惑かけますが、よろしくお願いしますね……んじゃ、保護終わるまでは用ないわ。今度またね。よく寝てご飯食べなね』
そして返事も聞かずに切る社長、大概自由人である。
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