② 検査

「あー……高橋さん、ちょっといいですか?」


「はい」


もちゃもちゃと小さい手のひらに頬を揉まれながら、添木そえきを振り返る。


「高橋さん、これから病院で精密検査です」


「は?」


そして、警察署内に置かれた自動浄化装置で文字通り丸洗いされた後、頭から爪先まで検査された千暁ちあきである。


診察まで終わった今は、疲労に呆然とした表情と、貸し出された病院着、ぼさぼさに乾いた髪もあいまって、洗われた野良犬の風情で警察病院のロビーにいた。


散々検査に回された挙句、生活習慣の注意しか受けなかったのは何故なのか。


やんわり飯を食えと医者の話に出るたび、決心するように拳を握るつた様に、これからどうなっちゃうのか不安しかない。


おまけになんでか通り過ぎる人達が、パックジュースだの、飴玉だのをそっと添えていく。


添えるな。


眼鏡がないから、食べて大丈夫なのか判別がつかない。


「お疲れ様です」


「……?」


眼鏡のない人間に、同じ制服の警察官は見極めが困難である。


添木そえきですよ」


そう言った男が帽子をあげると、青白い光が瞬いた。


そっと指先でまじないを結ぶ。


何も起こらないので人間なのは確かである。


「うーん全然信用してない。流石ぁ」


差し出された警察手帳を信用する限り添木そえきであった。


警察手帳の偽造は神にできない所業だが、人はするので。


   間違いなく添木さんだよ!


助かります、つた様。


瓦礫がれきの下敷きになって頸髄損傷その他もろもろしたのを神が治しました、で話が済まないの、青鵜あおう龍脈を片付けた高橋さんならわかってますよね?」


散々後始末をしてきた側の千暁ちあきである。おとなしく頷く。


祈祷院きとういん案件と、神経系は厄ネタ多めで、警察こっちとしては特に気を遣うんですよ。高橋さん、洗脳経験済みで、つた様の来歴もなんでか伏せられたまんまですし」


「それはほんと、なんなんでしょうね」


来歴はつた様がしてくれたことは明記してあるが、何故千暁ちあきを見ていたのかもわからない。かびたくあんどもの監視にしては、敵が人に殺される程度の輩で神が出張るにはぬるすぎる。


そっと横にいるつた様をみる。


彼女は傷んで勝手にカールする千暁ちあきの髪を、なんとか撫でつけようとしていたけど。


千暁ちあきの視線に、頬のあたりを両人差し指で指している。


露骨なごまかしを見た。かわいい!


(……まあ、神とはわかるが来歴不明、っていうのはそれだけ警戒はするべき案件だ。文句はない)


片づける側は経験したが、自分が神に治される立場になるとも想定してなかったので、対処が遅れた。よくないことである。


この件に関しては警察が正しい。


添木そえきが言う以前千暁ちあきが携わった青鵜あおう龍脈汚損テロ事件。


新興宗教団体が発した、龍脈から得られる神力により怪我や病気が快癒する、という捏造神話を元に起きた連続怪死事件である。


これは傷病が完治するのは確かだったそうだが、その際に埋め込まれた虫によって脳を取られ、操り人形と化した連中が龍脈にて自死させられた。


死体は人知れず龍脈に飲み込まれたものの、時間が経てばもちろん腐る。その澱みに虫がわいて、付近の住民を襲い始めて事件が発覚した。


青鵜の龍脈は池水にいだかれているから、腐るのはなおのこと早かったらしい。


(死体は警察が全部回収済みだったけど、水に沈める虫除けのおまじないを依頼するのが面倒だったな……池にゴミ投棄するの、普通に違法だから、結構手段限られたし。陰陽師のつてができたのは運が良かったけど)


呪いの虫退治なら、陰陽師の案件である。


渋々頼んだ加護なしノースキルの訴えに、あまり金をかけたくなかった依頼主は、全部千暁ちあきに始末を投げた。


他職種に依頼するなら、報酬から出せと言われたのである。単純に違法であった。


正直最初の見積もりの段階だったので、千暁ちあきも断ろうとしていたのだけれど。


念の為通報したら、集落一つ消えるような事態に、国からも要請されては難しい。


おまけに金はいらないが、功績の全てを己のものにしたい、というおかしな高校生陰陽師まで出てきてしまった。


これまで勝手にそうする連中しかいなかったから、むしろその申し出を清々しく感じて、すぐさま社長に確認して正式に書面に残したほどだ。


実際その陰陽師がいなければ、成し遂げられなかった依頼なので、正しく功績は彼のものである。


固辞されたが、報酬もきっちり等分した。


若い頃から、報酬なしとか馬鹿みたいな仕事の仕方を覚えたらダメだろ、と社長が説教していたのを覚えている。


その後は国により龍脈所有者の依頼主の怠慢も明らかにされ、報酬が倍額支払われた上で逮捕に持ち込めたので、随分胸のすく思いをしたものだ。


掃除するより調整が面倒な案件だった。もう2度とやりたくない。


(確かあの時、服に卵がついてたとかで。あとで検査で病院行くって言って、結局行かなかった高校生陰陽師くんが乗っ取られかけてやばかったんだっけ?よく生きてたよね)


そういう訳で、祈祷院きとういん、もしくは直接的に神による治療を受けた者は、大抵何か仕込まれていないか証明のために病院受診する義務がある。


しなくても構わないが、立ち入りに制限のある場所が出る。特に公共交通機関の利用は厳しい。


……まさか、自分が対象になる日がくるとは。


「マイページで慈悲設定、いじっておいた方が絶対いいですよ。加護の押し売り、断れるけど毎回そんな時間は使ってらんないし」


「その辺、全然わからないので、ご指導いただけません……?」


添木そえきの助言を適当に流して後悔したばかりなので、素直に教わる。


添木そえきはため息をつくと、あとで社長とか園原にも聞くようにと釘を刺された。


人によってこの認識が大いに異なるので、信頼のおける複数人から話を聞き、自分のスタンスを確立するのがいいらしい。


「教える代わりっちゃなんですけど、俺にもあとで天眼通てんげんつう関連でご存知のこと、教えてください」


添木そえきさんとかの一族で、星治せいじ、って名前を子どもにつけると、星の方々の覗き窓として我が子を捧げた功績によって一族繁栄する古い呪い、ってことくらいしか……改名で簡単に解ける呪いだから、オヤシロで相談した方がいいですよ」


「は?」


「親は名づけた子どもに成人するまでに説明義務があり、破ると慰謝料請求可能です。この辺り、イカル事件に詳しい判決が出てますよ」


「……は?」


かけられた呪いを解こうとした時の知識だが、千暁ちあきにも代わりに教えられることがあって何よりである。


一通り丁寧に教えてくれた添木そえきは、このまま園原を待つよう言って足早に消えたが、神々は千暁ちあきにマイページを見る余裕がある、と判断したらしい。


先程からお知らせが追いつかないほど、神からのオファーを知らせる通知がどんどん来ていた。


(……チェーンメールみたいだな)


だいたいこんな【権能スキル】をやるし、崇めさせてやる、とのお話だ。鬱陶しい。


ただ、内容と来歴とマイページ担当の方による注釈を見る限り、ほとんどが安く使える掃除人が目当てらしい。


何を寝ぼけているんだか知らないが、加護を受けても依頼されたら絶対に金は取る。このオファー、信者をタダ働きの使用人と勘違いしてないか?


そう思った途端、オファーが3分の1程度に減少した。


残るはかつて自分の信者が迷惑かけたが死んだら招いてやるから水に流せ、とかのふざけた連中くらいである。


結果死んでまで加害者と鉢合わせになるのを、どう感謝しろと言うのか。


(そもそも、園原さんけいさつに全部知られた時点でもう全部終わりっていうか……)


傷害と暴行と脅迫、強盗は非親告罪だ。


すでに千暁ちあきが許すとかは全く関係ない話になっている。治安維持の観点から、探索者シーカー協会が目こぼしをすることもないだろう。


確か、【権能スキル】使用を止めなかった神にもお咎めがあるはずだ。与えた人間の不祥事には、神の罪が増す、と文献で読んだことがある。


(きっと呪いが解けちゃったから慌てて詫び?を寄越したんだろうな……)


全てが程よく手遅れだ。


かつてオリジナルにほんにはあったそうだが、まほろに時効はない。


被害を受けた時点で詳細は手書きで記録して園原に渡していたし、複製もある。


園原は千暁ちあきの被害を受けて、いつかちゃんと大事おおごとにする!と大変イキイキしておられた。


かの女傑を止める者など、警察にはいないのである。


お知らせに低姿勢の懇願がなだれ込む。


(そこをなんとか、ってする訳ないじゃんね。誰にモノ頼んでんだか)


運悪く生き延びたのは、お前の信者に肉を裂かれ、髪を焦がされた被害者である。


この仕打ちは紋を描いて回避することを覚えても、今に至るまで忘れたことはない


そっと舌打ちをした千暁ちあきは、直接関わった神以外の全てをブロックした。


(こんな連中と、つた様と焼鉢やきばち様を比べて何をしなさいって言うんだろ)

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