第5話 後始末

宿主を倒された異界が溶け落ち、かびたくあんが覗いていた部屋の角が、覚えのある警察署の天井に戻る。


それに伴い、大きかったつた様がしゅるしゅると縮んでしまわれた。


自分を抱きしめていた腕が、空気が抜けるように縮んでいく様に肝が冷える。


「つた様……!大丈夫ですか?!」


体重で潰した?何事か、すわ体調不良か、と動揺する千暁ちあきに、呆然と自身の腕を確かめるように触れてから、つた様はてちてちと歩いたかと思うと、千暁ちあきの右脚に抱きついてきた。


それからずるずるとすねをすべり、ぺたん、と千暁ちあきの足の甲に座り込んだ感触がある。


    なんでこれからなのに、ちぢん

    じゃうのお……


千暁ちあきの神様の、心底悔しそうで、泣きそうな声。


    お知らせ

    保有するまほろポイントを

    使い果たしたためです。


対してマイページからのにべもない返事に、しくしくと泣く気配と、右脛に見えない足まで巻きついてきた。


    えっあっからだ!


    お知らせ

    浪費癖があるつた神は家計簿を

    つけてみましょう。


    つけてるもん!だから今日おっきく

    なれたんだよ!?


余った腕をブンブン振り回して抗議するつた様である。かわいい。


でもマイページと会話するのをやめてくれないだろうか。反応に困る。


……それにしても、マイページの自我はどこにあるのだろう。


かなりころころ変わっている印象がある。


     お知らせ

     見えていますよ。

     まほろポイントの浪費は

     やめましょう。

     神の浪費を補填するより

     貴方は必要最低限度の生活の

     見直しが急務です。


(ばれた)


小競り合いを眺めつつ、来歴からつた様のまほろポイントの振込先を探していたら、なんともおかしなミニゲームが始まってしまった。


オレンジ色に光るつた様の振込みボタンが、素早くあっちこっちに逃げ回り、それを追う千暁ちあきの指先を狙って、小指の先ほどのアホ顔の犬らしいキャラクターが走る。


そんな幻覚に3回ほど、はみはみと甘噛みされて諦めた。


(けど、そこにおっちゃんこ……んん、座られると、身動きが取れないな……ズボン、汚いし。抱き上げるのはダメだろうか)


思った瞬間、ちっちゃな両手が、なんの疑問も持たずに、千暁ちあきに向かって差し出された。


今度は、迷わず抱き上げた。


「捕まえましたよー!!ご協力ありがとうございました!」


そこにちょうど、右袖のないスーツで、裸眼でもわかるうつくしい筋肉の隆起を晒した園原が戻ってきた。


視界は霞んでいるが、どうやらしょぼくれた爺を連行している。


なんだかよほど怖い目にあったらしく、手錠をかけられた爺は、顔を覆ってえんえんと泣いていた。


さっきまでは多少覇気あるかびたくあんだったが、つた様に引きずり込まれた先でよほどしぼられたのだろう。くしゃくしゃになっている。


「あきぃいい、ひろし……我らの悲願、こんな形で潰えるとは……!ぅええええん……!」


しょぼくれた爺は、既に千暁ちあきが眼中にないらしく、こちらには目もくれない。


いいことだ。


払うもん払って、そのまま牢屋あたりで2度と日の目を見ないでいてくれさえすれば、千暁ちあきの鬱憤も晴れる。


「言いたいことあります?まぁ、直接言うと変な恨みを買うのであまりすすめませんが」


ちょっと悩んで首を振った。


人にやっちゃいけないこともわからない爺に、かけるような言葉はない。


これ以上生き恥を晒さないでくれ、としか残った親族としては言いようがないのだ。


(私よりよほど目をかけていた周りの人間も眼中になくて、この歳まで生き方に疑問も覚えなかったんなら、見下されてる立場からはどうしようもない)


千暁ちあきも二十歳半ばになった人間なので、人の性根が正論を教えられたり、泣くほど人に説教されたり、神に祟られたくらいで真っ当になるはずもないと解っている。


そうじゃなきゃ、今頃千暁ちあきは、医者と看護師と栄養士と社長に説教されたその通りに、適切な住環境を意識して、毎日8時間睡眠で健康的な食事を摂り、週2〜3回の運動を継続していたことだろう。残念なことだ。


   それはこれからそうなるんですよね!


つた様の期待は今の千暁ちあきには純粋に荷が重い。


   これからそうしてやります!


   お知らせ

   そうしてもらいましょう。

   つた神は人間健康学2級を取得済みです。

   1級はアスリートの監督レベルであり、

   一社会人には2級で十分です。


マイページはわかってはいたが、こと生活においては千暁ちあきに信用がなく、つた神に委ねよとの方針らしい。


なんだか千暁ちあきの知らない言葉がいっぱい出てきてこわい。


(なんか、さっきからいじられてるちょされてるのもなんでかな……!)


下から肉づきを確かめるように、ちいちゃな手で頬を包まれる。つまむ肉もないのに。


つた様の中でどんな計画が進行しているのか。


ちょっと聞くのが恐い千暁ちあきである。

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