⑤ つたえごと(つた神)

まほろでは全ての子どもに守り神がついており、未成年の間であれば、500円で強力な加護を受けられる。


虐待、いじめを含む犯罪、事故だとか。


味合わなくたっていい不幸の全てから、対処のしようもない子どもだけは確実に守りきるためだ。


千暁ちあきもそれは授業で知っていたから、なんとかぎりぎりの食費から捻出して、毎月妹の分だけは支払っていた。


記臆を盗られた千暁ちあきは完璧に忘れているけれど。


そのおかげで妹だけは親族からの危害が及ぶ前に、保護が間に合ったので、その効果は絶大である。


加護をかけないのを、一種の虐待と扱う向きもあるほどだ。


なお、これは4年は昔の話。


以前より討論されていた、それすら支払わない親がいるがどう考えているのか、という問いへの政府まほろの回答は、危害を加えるだろう大人を監視できているから現状維持、となる。


子ども同士の事件や、突発的な事故、神によるストッパーなき加護なしノースキルによる加害は既にある。


実際取り返しのつかない傷を負った人もそこそこにいたから、うすぼんやりとした回答に世論も流されずに注目したのである。


現実に即した臨機応変の対応をしろよ、が世間の反応であったが、当時政府は力を増して侵攻してきた【並行世界パラレルワールド】からの防衛にかかずらっていた。


国自体が消えるのと比較できない。


言うなれば、その時点ではまだ大きな問題が顕在化していない、優先順位の低い些事である。


余力のない中、検討できる事項じゃなかった。


そして結局出してはならなかった被害が、子どもを媒介とした呪法により、言い訳にしていたまほろの守りまでむしばむ最悪の形で出た。


そのきっかけとなったのが、他の迷宮清掃員ダンジョン ジャニターが逃げたせいで、加護なしノースキル千暁ちあきだけが関わった、青森霊道改造事件である。


これは【並行世界パラレルワールド】につながる道を、加護なしノースキルの小児を素材に開通した大事件。


より世間の加護なしノースキルへの警戒と差別を高めた事件と言い換えてもいい。


これによりそこら辺を歩いている人間ノースキルから、神まで殺すような呪詛が流れ込む可能性が出てしまった。


この事態は境界に防人さきもりを置いて、なんとか防衛を図っていた政府をして震撼させた。


場所も時間も問わず、唐突にテロが起こる恐れがあるのだ。


青ざめた政府は、即座に調査を開始して、その結果に頭を抱えた。


素行不良で加護を与えられなかった者など数える程度で、人間によって神から隠されたそこにはいない子たちは、加護なしノースキルの過半数を占めていたのだ。


機械媒体でも被害を記録されなくなったために、誰かに何をされても訴えが棄却され、世に恨みを抱く加護なしノースキルが相当数いたのである。


子どもをあえて呪い、神の目の届かない状態にする事で、好きに扱える便利な道具とされていたのだから無理もない。


月々500円で防げた被害だ。


そんな加護が未成年者に余さず与えられていれば、どれほどの人間が使い潰されずに済んだことだろう。


そんな経緯で、今は未成年者全てが、出生時に問答無用で加護を与えられていたため、転落事故が大幅に減り、児童虐待の逮捕率も鰻登りの昨今である。


こうしてこれからの子どもが被害に遭わずには済んだけれども、すでに被害に遭った連中に対して、誰もどうすればいいのかわからず、神にもどうにもできなかった。


精々、加護なしノースキルに終日監視カメラを身に付けさせ、就職活動や貸物件の入居時などに、必要に応じて犯罪をしてはいないとの証明書を出す程度である。


別に本人には非がないけど、いつ爆弾に変貌するか分からない連中は、世間的には自分の知らないところでなんとなく死んで、全部いなくなるのをひっそりと待たれていた。


言うまでもなく高橋 千暁ちあきはそんな取るに足らない加護なしノースキルの中のひとりだった。


でも一番彼女の近くにいた連中は、身を損なう行為を怒り、彼女が幸いであるのをただ願っていたのだ。


だからどんなに功績を誤魔化されても、園原や千暁ちあきの上司は、ちゃんと千暁ちあきの功績を余さず記録していた。


病院のスタッフは、いつ死んでもおかしくはない生活状況に、折に触れて本気で苦言を呈していた。


なのでもちろん、加護なしノースキルを救う為に神主体で監視の話が持ち上がれば、推薦してねじ込むくらいはする。


それで自身の信者が加護なしノースキルの功績を奪う愚か者と断じられた一部の神々は、憤った挙げ句、意地になって千暁ちあきの見難い記録に目をこらした。


そこで挙げられた記録が、加護なしノースキルに注目するきっかけにもなった青森霊道改造事件である。


加護なしノースキルを利用した呪詛で、土地が汚損されて、異国の神に乗っ取られつつあり、浄化する迷宮清掃員ダンジョン ジャニターも次々狙撃された事件であった。


日頃描き連ねた蝶紋のほとんどを味方の盾にされたりして砕かれながらも、蓬紋ほうもんで周囲を正気に保ち、密やかにつつがなく依頼を完遂させた勇姿には、思わず神々も歓声を上げていた。


そしてそんな千暁ちあきの名声が、現場に出動していなかったはずの他の迷宮清掃員ダンジョン ジャニターに当然のように盗られて、全く響かなかったのに慄いた。


挙げ句、彼女に助けられた連中すら、誰も何も疑問に思わず、現場に足を踏み入れてすらいない男に勲章が渡るのを拍手で祝福していたのである。


神々の悲鳴があがったのは、記録の最後で勲章授与された男が、颯爽と用意された祭壇に、己が神の名を呼んだ時だった。


「我が功績、汝がまにまに」


【ばかばかばかばかやめろばか!?ぁあぁぁああ俺ぁ、きみが、きみがすごいことしたって、きいて本当にうれしかったのに!!なんでこんなひどいことするの!!】


名を呼ばれて泣き崩れる少年神。


すぐに天罰を下そうにも、いないはずの人間をないがしろにした罪を問えない。


自身の功績を奪われいく表彰式の最中、青鵜あおう龍脈汚染を黙々と掃除をする千暁ちあきは既に慣れた様子なのが嫌だ。


【おたくのところの信者、やだな】


【ほんと無理なタイプ】


【どんな教えしてんの?】


【信者の人格には手を入れられないからな!?】


気取った馬鹿に騙った功績で祈られた神が、吊し上げられる事態に発展して揉められるほど、この一件で神々は千暁ちあきに肩入れしていた。


でも次々に肩入れしている人間が、ことごとく千暁ちあきを蔑ろにしていたのが判明し、その場でこの件はなかったことになった。


いくら人気取りのためと言えど、こんな事例が千暁ちあき以外にも多いと聞いたら、なんかちょっと手出しするのが嫌になってきたのである。


どうせ、100年も放っておけばいずれなかったことになる話。


死ねば全ての契約は途絶える。


だから死んだあとなら、詫びとして本来信者以外入れぬ楽園の片隅に招いてやろう。


ここまで清掃員として腕が立つなら、置いておいても助かるし。


それが全て丸く収まる最善である。


ただ、千暁ちあきの守りが、秘密裏に増えたのはこの時期である。


下の神々を飛び越えて報告を受け、事態を重く見た上から指示があり、誓約うけいの神より、千暁ちあきのために守り神が分けられた。


その誓約うけいの神霊が、人に呼ばせる名は煮湯にえゆの方。


権能スキル】の便利さでまほろポイントしんこうを集めなくても、名をってまで人の信仰を受けずとも。


容易に身を保てる最高位の神は適当、素朴ないし簡素な名を選んで呼ばせることが多い。


この神はあらゆる厄介に手出しを恐れず、場を荒らさずに始末をつけた経歴から、どうしようもない出来事の仲介を頼られてきた。


現代においても、適切に調査と裁判が行われなかった時にはとりわけよく祈られる。


つまるところ、文字通り仇に煮湯を飲ませられるかた、と慕われていたのである。


慕われるから、人から心よりの祈りを捧げられ、身を分けて何も困らない程度には力を持っていた。


でも、守るのは全然うまくはいかなかった。


腕は確かだが、人格的には現状に鬱々として身を損なう行為ばかりで、妹を助けに行くわけでもなく、周囲に馬鹿にされ、唯々諾々と親族の言いなりになるほかなかった千暁ちあきである。


それを直接手出しもできずに、いつ終わるとも知れない任務を続けるのは、その為に生まれた神にも相当な苦痛だったのだ。


こんなの助けなくたって、放っておけば普通に死ぬのでは?


死にたがってなきゃしないような真似ばかりの人間を、わざわざ助ける理由がわからない。


それでふらふらと離れてサボっては、押し付けられた呪詛で千暁ちあきが死にかけるので、結局みんな仕事が果たせないとして処分された。


いずれ呪いが解ければ恩を着せて信者に、と目論んでいた一部の神も、この数年のうちに変わり映えしない状況に飽きて逃げていた。


世の中千暁ちあき以外にも、見どころのある英雄は多いのである。


まほろが消えれば死に絶える神々は、決して千暁ちあきへの恩とか詫びとか後ろめたさを忘れていない。


忘れていないが、熱は上がれば下がるものだ。


解けるかもわからない呪いの子を、かわいそうにと眺めるのはすぐに飽きてしまった。


死んでからなら手を貸しても、というのが結論だ。


直々に命を受けた煮湯にえゆの方だけは、逃げる気はカケラもないし、助ける覚悟しかなかったが相当悩んだ。


かの方だけは、擦り切れる精神の中でも、安易に神に祈らず、正しく人の法で堅実な報復を企てる千暁ちあきを大いに買っていたからだ。


まぁ駄目なら駄目で次々作り直せばいいか!と思い至ってからは、気楽に神を造っては職務放棄で次々と戻され、ようやく役立った十柱目がつた神だった。


機能として遊びがなければサボらないのでは?と煮湯にえゆの方が考えた結果、つた神は呪詛を祓うのに必要な腕だけで顕現している。


それが本当にたまたま、どうしてか千暁ちあきを大好きになったので。


それ以降は休むための交代も断って、つた神だけが千暁ちあきを守っていた。


単純にいつか自分こそが真っ先に、千暁ちあきに触れたかったから、片時も離れるのが惜しかったのだ。


(さっきまで危険だったから何にも言われないのかと思ったけど、このまま抱きしめててもいいのかな……!ちょっと強引なことばかりしちゃったけど、嫌がってない、よね?)


そして見事に守り神の本分を果たした彼女は今、どさくさに紛れて、心置きなくかわいいひとを抱きしめている。堪能していた。


小さい身体だと、やりたいことと倫理観が直結しない。


それで思うがまま勝手に千暁ちあきの頭を撫でて愛でては、何が起きたのかわかってない顔で硬直させてしまっていた。


でもそれで少し慣れたのか、今は頬を撫でるとちょっとだけ手にすり寄るようになってきた。


強制したみたいで後ろめたいが、あんまりかわいくて、何度でもやってほしくてやめられない。


何もかもに疲れたような目が、安心しきって緩み、自分の腕に身を預けてくれるのが嬉しい。猫みたい。


千暁ちあきさんが生きてて、よかったあ……!)


このかすかな熱が手放しがたくて、やかましく喚く爺を黙らせる腕にも力がこもるというものだ。


目を離せば死ぬようなかわいい人が、自分の腕の中にいてくれるだけで安心できたけど。


かろうじて生きてられる寸前まで、削ぎ落としたように薄い身体だ。


ろくに陽を浴びず、栄養をとらないから、骨だって老婆に近いほど脆くなっているのが悲しい。


(絶対絶対ぜーったいひょうじゅんたいじゅうにしてやるんだからね……!)


自分を大切にするやり方もろくに知らない人を、どうしてやろうか考えるだけで、あっという間に今日のよき日を迎えていた。


まずは飯だ。それからちゃんと眠らせる。


眼鏡も服も買い替えて、何枚も薄いのを重ねてしのいでいる、今の寝具も暖かいものに変えなくては。


焼鉢やきばちの加護があるとはいえ、それに頼って生きるのはあまり良くない。


(たぶん今の千暁ちあきさんに言ってもわかんないと思うけど、あたし、ただ貴方が可愛くて仕方ないの。貴方が何を好きになって、どんな風に愛するのか知りたいし。ちょっと笑うだけで嬉しいの。貴方を浪費するひとたちのために、貴方の幸せを諦めるつもりなんてない)


なお、つた神がこの難儀な人をここまで好いた理由に、劇的なことは何もない。


千暁ちあきを眺めるうちにいつのまにか好きになっていた、という本当につまらない経緯だった。


つた神が語れば、きっと日頃から誰でもするような、ささやかで眠たい生活の羅列を聞かされることだろう。


これは語るほどの話でもないため、割愛する。


(でも、その、す、すき、ってさ。ちゃんとあたしを知っても、同じように言ってくれるかな……?)


それが依存じみた、別につた神じゃなくてもよかった、ふわふわした好意とはわかっていても。


何度も噛み締めては、空いた手でもじもじと指を遊ばせるつた神であった。


直接聞いてないから我慢できているけれど。


聞いた後で気が変わっても、もう手放せないから。ちゃんと知ってからにしてほしかった。


ただ、現状でこの健やかに執念深い女神が、たとえ千暁ちあきが死んだとしても、他の神を選んでも、離れるつもりが一切ないことだけは明らかである。


〜〜〜

新年明けましておめでとうございます。

今年も性癖にのっとり多腕女神と幸薄眼鏡お姉さんがわちゃわちゃしているのをひたすら書きます。


あと、設定的になんか色々わあわあ言ってますが、人外お姉さんに理由あってよちよちさせるためのあんま使わない前置きだったりします。


何故素直元気つた神が千暁ちあき氏をしっとりするほど好いたかに関しては、最初はただ職務に誠実だっただけのつた神自身が語れば、何故……?知らん……かわいいから……?かわいいからだ……!(別にかわいくはない)と言った全然予想外に沼にはまったような言い草になります。

なんなら迷宮清掃員ダンジョン ジャニターを辞めると言い出したら、万歳して喜ぶ女神です。

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