④ 経緯

(あのひと、こんな気まずい中で切りやがった……!)


園原のそんな顔を初めて見た。


基本どんな悪漢相手にも、手錠をかけて連行することを楽しみ、どんな現場でも基本的に微笑みを絶やさない女である。


真顔は、心臓に悪い。


個人の就職先の件でする顔じゃあない。


「……高橋さん」


「ひゃい!」


変な声が出た。


千暁ちあきの少し屈むような背がしゃんと伸びた様に、園原が少しだけ目をみはる。


何か言いかけて、諦めたように微笑んだ。


「場所を移しましょうか。今後のことを話しましょう」




そうしてやたら複雑な手順を踏んで、連れられた部屋は、こぢんまりした宿泊施設だった。


(普段依頼の時に泊まるカプセルホテルよりは上等な部屋だ)


一件が落ち着くまでは保護される、とは聞いていたが、いい骨休みになるかもしれない。


ふと、小さい手にぺちぺちと肩を叩かれる。


抱っこしていたつた様である。


    ここまで来たら大丈夫!

    千暁ちあきさん、あたし、

    ちょっと用意するものがあるから、

    少し出かけますね


「はい、お気をつけて」


    ふふ、行ってきます!

    夕飯までには戻るので、

    いい子で待っていてくださいね


だとすると、早めに済ませてつた様の分に相応しいのを調べて用意する必要があるか。


……鼻を摘まれた。


    用意してくれるのは嬉しいけど、

    ひとりで食べるのいやですからね!

    今日は絶対に一緒に食べます!


ぴん、と手をばつにしてから、するりと千暁ちあきの腕から宙へと溶けた。


「あら、つた様はおでかけですか?」


「はい。夕飯までには戻るそうです。しかしここは……ホテル?みたいですね」


「今日から落ち着くまではここに滞在していただきますからね」


シャワーとトイレ完備、ベッド、小さな机もある。


「保護シェルターに任せると、場所がばれた時の被害が甚大なので!ここなら国の設備なので、壊れても自然修復が効きますからね!」


「……突破される可能性は?」


「今度は大丈夫ですよ。まほろ政府管轄のシェルターなので、青森の一警察署の設備とは比べ物になりませんから。今日の襲撃でやっと大問題にできて、ここを使う許可がおりました」


そうしてお互い椅子にかけると、園原が書類を取り出した。


「とりあえず今までの捜査で確定したことだけお伝えしますね」


そうして説明されたのは千暁ちあきもぼんやりしている事件の経緯だ。


千暁ちあきの母方親族は、長年黄龍として神に成るのを悲願としており、本家は修行している間、分家はそのサポートとして動いていた。


これはよくある話だそうだ。


「その過程で得た呪術の力で、違法に資金を集め始めてから全てがダメになったようですね」


分家の次子以下を呪いで加護なしノースキルに仕立て上げ、加護を悪用して悪辣な手段をためらわない連中の身代わりとして据えて金銭を得た。


だが一度でも違法行為を働けば、それを理由に信者の取り合いをする程度レベルの神々から妨害されるらしい。


「この辺り、現当主の出奔した三女だった高橋さんの……おやごさんからも話を聞きましたが、本当に全部知らないようでしたね。貴方を迷宮清掃員ダンジョン ジャニターにして青森に追いやったのも、給料が高かった以外の思惑は全くないようです」


おやごさん、の辺りで顔をくしゃっとしている園原。


あれは慣れてないと毒だよな、と頷くしかない千暁ちあきである。


「とはいえ、彼女は貴方に対する過去の児童虐待で逮捕されています。もう絶対に貴方に関わることはないでしょう」


「やった!」


今日一番いいニュースだ。


おめでとうございます、と園原にも心から祝福された。


「話を戻しますね。この呪いは本当に悪辣でした。幼少期に修業として他者の苦痛を肩代わりすることを宣誓させて呪いをかけると、己の被害を話せず、神の手も届かない子どもになる」


何故幼少期を避けるのか。どうせ身代わりで死ぬなら、すぐに使えて養育に費用がかからないのを選ばないのかと思ったけれど。


そもそも通報さえ成功すれば、まほろは虐待に対しては特に厳しい処罰がある。子どもの不審死でバレたら最後だ。


また、それとは別に被害に遭う子を見つけて支援することで、稼げるまほろポイントがあるらしい。


千暁ちあきは本家から離れて育ったので知らなかったが、虐げられる分家の子を本家の人間が秘密裏に手を貸す構図を作り、まほろポイントをも稼いでいたという。


幼少期に妹の分まで食糧を差し入れてくれても、決して通報まではしてくれなかった近所の連中もそういうことかもしれない。


飯さえ投げておけば、適当にまほろポイントを稼げる、便利スポット的な扱いだったのだろう。


焼鉢やきばち様の例にとれば、元は1ポイントで一年暖房費が浮く計算だったそうだし。となると躊躇わない連中は多そうだ。


「そのまま成人するまで神が目をつけないよう厳重に隠し、あとは様々な【権能スキル】を使って身代わりとします。本来なら成人してしばらく経つと、加護なしノースキルの子は槌持ちの童神わらべかみナタ神など、正当な報復をする神に、身代わりとして殺されます」


「…………?」


じゃあ、何で今生きてるのか。


マスクをはがしてくれたつた様も、今日やっと手を出せた、とは言っていたけど。


「貴方が迷宮清掃員ダンジョン ジャニターとなり、完全手作業で働いた結果ですね。膨大なポイントを得ては、神の手が及ぶ度に消費することで、命だけは守られました」


何となく、清掃に没頭していた方が苦しくなかったのは、確かに神への媚びが成功していただけらしい。


馬鹿みたいな生活をする千暁ちあきに、多少色をつけてくれたポイントもあったのかも……。


「……確認しましたが、これはまぎれもなく神ではなく、他人でもなく、貴方の努力のみの結果です。今後その手柄を騙る連中は神でも詐欺と疑ってください。まほろポイントを要求すると思いますが、絶対渡さないように」


違った。


(けど、もうドブに捨ててたのか)


慰謝料としてナタ神に差し出された10,000ポイントのうち、7,000ポイントが実際支払っていた分らしい。


内訳は全くわからない。悪人13人分を合わせて、指折り数えて足りない位の犯罪でも、たかだかその程度のポイントで神視点では贖罪が済むのだ。


コンビニおでんの保温で、5000ポイントを寄越された焼鉢やきばち様が、千暁ちあきを嗜めた理由もぼんやりとわかった。


相場も訳もわかってない人間に、急に大金積まれたら誰だってこわい。


そして残高にあった200,000ポイントもこわい。


添木そえきなんかは、相場も含めて一生懸命に教えてくれたが、どうもまほろポイントという字面の間抜けさに、これが神の力の源になるとか信用が置けない。


(【権能スキル】のポイント基準は神によってがばっがばでぼったくりあり、宣伝してた効果もない時は、神相手に訴訟も可能……)


だからなんなんだよ、まほろポイントはよ、とのお気持ちは未だにぬけない。


「高橋の本家は喜んだはずです。貴方は何度でも使える身代わりですから。それで次々と身代わりの顔を貼った。貴方は全て自力で賄いきった。あの呪詛がここまで来たのは、貴方からまほろポイントを吸い上げて、少しでも見た目を整えるためだったんでしょう」


訳のわからんポイントが、かびたくあんによって美容整形の元手にされるところだったらしい。


そんなことで人を殺すような連中、やはり理解は及ばない。


「神も触れられぬこの呪いが緩んだのは、先程の電話で触れられていた、貴方の後輩であった井守いもり 燈奈ひなの違法行為で、記憶を抜かれた為です」


「は?」


「これにより、何らかの事情で側にいらした つた様がなんとか呪いを解除して、それを悟った高橋本家が警察に検挙されるのを恐れて登竜を強行し、妨害されて失敗。今に至ります。ここまででご質問はありますか?」


「記憶ってなんのです?何で私の記憶を?」


「……まだ貴方に話せる段階ではありません。抜かれた記憶がなんであるのか、戻せるのかもわかりません。今の段階では何を話しても、憶測にしかなりません」


園原がそう言うなら、ほんとにそうだから嫌だ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る