第4話 小指がかかる

桃源郷という名の逃避が破られたのを、肌で感じる。


轟音と共に、熱風がなだれ込んでくる。


目線にある花が熱にしおれるばかりか、肌の表面を高温でなぶられる感覚に襲われて……すぐに収まった。


机の下、つた様の小さな腕に抱かれながら、千暁ちあきは頭を庇いながら床に伏せる。


何が起きているのか、耳をすまして情報を探る千暁ちあきの前に、ちいちゃくマイページが開いた。


 お知らせ

  炭抱き神 焼鉢やきばち(分類:温熱)による加護

 【独自権能ユニークスキル:そしらぬひばち】が発動しました。

   秘匿効果:対象の炎系権能スキルの封印

   通常効果:室内気温を適温に調整


   此度の秘匿効果発動を受けて、

   どうかご自愛くださいと焼鉢やきばち神より

   お言葉がありました。


「高橋さん、ありがとうございます!!」


「そのまま隠れていてくださいね!」


「……はい!」


園原と添木そえきの声。焼鉢やきばち神のお陰で無事だったようだ。


まぁ、千暁ちあきのしたことじゃないから、礼を言われても返事に困るが、ともかく2人も無事でよかった。


(まほろポイント窓口、上限いっぱいだから閉鎖しているな)


さまよう指先にかぶせるように、お知らせが更新される。


   お知らせ

   助けていただいたと感じたときは、

   まず心からお礼をしましょう。

   焼鉢やきばち神より、懲りなさいとお叱りが

   ありました。


大変真っ当なお叱りであった。


(それはそう、だけど……つた様も、焼鉢やきばち様も、なんでこんなに良くしてくれるんだろう)


疑問でいっぱいだが、素直にありがとうございます、と不思議な感覚で手を合わせた。


これまでは加護なしノースキルの身で、一部の信者から神のおやしろに近寄ることも固く戒められてきたので、こんなことが礼になるのが疑わしい。


   お知らせ

   その調子です、と激励がありました。


何故褒められたのか、よくわからないままマイページを閉じる。


(なんか、なぁ。焼鉢やきばち様、ものすごく厳格で物言いが丁寧だから、中学の書道でお世話になったおじちゃん先生を思い出すな)


様々なことが怪しい千暁ちあきに、根気強く諭してくれた先生であった。


(……ん、なにか、マイページが赤く光ったような、気が)


途端、丁寧に眼鏡の下からまぶたを覆われた。


これはまぎれもなくかわいいつた様である。


「あの、その、つたさま、なんか、怒ってます……?」


先程からマイページのお知らせも反応がなく、つた様は無言でぺちぺちと千暁ちあきの体を這う手を増やしていく。関節を抑え込まれている。


一生懸命小さな体で、何とか千暁ちあきを隠そうとした妹を思い出して……いや、あれ、そう言えばなんであの時、妹に隠そうとされたのか。


…………思い出せない。


ただ、このままではつた様もまた危険であるとはわかる。


「つた様、だめです。かくれて」


(どうしよう、これだといざという時につた様に当たってしまう)


ちいさな手なのに、全然剥がれないし、へたに力を入れて怪我をさせたくない。


「高橋さん!頭を庇って伏せてっ!!」


「っ!!」


園原の声に、よりぺたんと身をかがめたが、相手も読んでいたのか机を置かれた床ごとえぐったらしい。


そのまま吹き飛ばされて、瓦礫ごと叩きつけられた。


押し潰されるような衝撃に、かっと全身に熱さが走り……ゆるゆると血が通う感覚と共に、遅れて激痛が来る。


「いっ……」


痛い。息が吸えなくて声も出なかった。


痛いのは嫌いだ。何度も似たような目に遭う度、痛みがどんどん鮮烈になっていく気がする。


……こんなことに巻き込まれた、ちいさい神様はどうなってしまった?


「たかはしさんっ!!」


ゴーグルの中で眼鏡がひび割れて、視界がおかしいけど。


瓦礫の隙間から、園原の右腕が欠けているのも、添木そえきが顔面から多量に出血しながら、のたうち回っているのも妙によく見えて。


ふつ、と糸が切れるように、唐突に千暁ちあきの限界がきた。


感情論ではなく、マニュアルで判断しろと入社後からずっと社長に叩き込まれてきた。


(でも、こんな状況、もっと早く私がいなくなっていれば、もしかして……)


こんなどうしようもない人間なんか、親族の罪をかぶった方が楽に死ねると、かけらでも思ってしまったからもうダメだ。


「そのはら、さ、そえ、きさん……」


伸ばしかけた手は動かなかった。


ひんやりとした手に、目隠しをされる。


「づた、様。ごぶ、じでず、か……っげほ!……っぅ~!!」


話す途中で変に鼻血か何か吸ってしまってむせた。


背骨のどこかが、咳き込んだ拍子にきしんだように痛む。


あの、ほんとうに。


ほんとうに、なんで自分はこうもこんなにも役立たずなのか。


(もういやだ。何もできない、何がしたいのかわからない、こうなっても、全部終わるならもうどうでもよくなっている奴に、なんで、こんな)


ああ、もう本当、ろくなことをしない。本当に、どうして、こんな風にしてしまうんだ。


自分以外の他の人なら、きっと誰もこんな目には合わせず、もっとましに世間の隅っこを借りられただろうに。


「ごめ、なさ、おねが、だか、んむっ……」


無事に逃げてほしい、と頼んだつもりだった。


細長く、しなやかな指が、柔らかく千暁ちあきのくちびるを撫でて塞ぐ。


(あ、あれ、なんか、つた様、せいちょう、して……?)


  お知らせ:

   瓦礫の下敷きになったことで、3週間以上の

   入院加療が必要な重症判定がでました。

   つた神との誓約を果たしましょう。

   が命運、これより一定期間、つた神の

   掌中となります。


まぶたの裏に、マイページがくっきりと映る。


「あ、ぇ……?」


ずるん、と全身に絡む腕の、質量が増した。気がする?


「つ、たさまぁ……?」


耳元で、ふ、と笑うように息が漏れたのを感じる。


優しく髪を指先でいて、傷口から除けてくれているようだった。


  お知らせ:

   つた神より、

   大好きな子はあたしが守るから、じっと

   していなさいね。

   とお言葉がありました。


「あ、あれ、あれぇ?」


その言葉をきっかけに、まるで身体の神経が切れたようだった。


全ての筋肉が弛緩して、息をするのしかゆるされていない。


それなのに崩れ落ちることがなかったのは、柔らかくも全身を抱き止める腕があったからだ。


妙な多幸感で、頭がふわふわ、するのは、とてもやさしく怪我を労わる指先のせいだろうか。


怪我を心配して、守ってくれた。


千暁ちあきに酷いことをしている訳じゃないのに、今までにない異様な事態に動悸どうきがうるさい。


(一定期間、このまま……?それって、いつまで?)


それは、なんというか。


(この後の警察署の掃除、できないんじゃ……鼻つままれた!えっなんで?鼻血出てるから?)


時同じくして、マイページが軽快なサンバじみた音楽と共に勝手に開いた。


    お知らせ

     入院加療が必要な重症です。

     治るまで就業不可。


とりつく島もない文がふわぁお、と妙な効果音を放ちながら、七色に輝き、リズミカルに拡大縮小を繰り返す様に、変に気が抜けた。


(もしかして、考えてること筒抜け……?)


このマイページのデザイン、誰がどういう権限で行なっているのか。


謎は深まるし、特に解明する気もなかった。


そんなことより、散々呑気にかわいいとしか考えてなかったのを、つた様が不快にならなかったかが不安である。


……すぐさま両頬を挟まれてすりすりと撫でられたので、問題ないようである。安心した。


「高橋さん!生きて……ますね!よかった!添木そえきはまだダメそうです?!こっちは右腕が戻るまで少しかかりそうです!」


「あ゛ー……いってーよばか……!!いま、きっちり面の皮が戻ったんでいけますよ。援軍まで残り30秒……今次元ずれた!やっぱ2分!」


(……まじで治るんだ。そして、やっぱめちゃくちゃ痛いんだな。ほんとに申し訳ない)


侵略者の方はこの事態に気づいていないのか、呑気に声を上げた。


そさこがにしいたたぞかそこにいたか、さがしたぞ


なんて?

・・・・・・・・・・・・・・・

この度眼鏡は割れましたが、単なる眼鏡屋デートでの新調フラグであり、今後も決して外したりはしません。何故なら費用対効果的にコンタクトを選択しない主人公だからです。


応援、コメント、評価、フォローうれしいです!ありがとうございます!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る