第4話 小指がかかる
桃源郷という名の逃避が破られたのを、肌で感じる。
轟音と共に、熱風がなだれ込んでくる。
目線にある花が熱にしおれるばかりか、肌の表面を高温でなぶられる感覚に襲われて……すぐに収まった。
机の下、つた様の小さな腕に抱かれながら、
何が起きているのか、耳をすまして情報を探る
お知らせ
炭抱き神
【
秘匿効果:対象の炎系
通常効果:室内気温を適温に調整
此度の秘匿効果発動を受けて、
どうかご自愛くださいと
お言葉がありました。
「高橋さん、ありがとうございます!!」
「そのまま隠れていてくださいね!」
「……はい!」
園原と
まぁ、
(まほろポイント窓口、上限いっぱいだから閉鎖しているな)
さまよう指先にかぶせるように、お知らせが更新される。
お知らせ
助けていただいたと感じたときは、
まず心からお礼をしましょう。
ありました。
大変真っ当なお叱りであった。
(それはそう、だけど……つた様も、
疑問でいっぱいだが、素直にありがとうございます、と不思議な感覚で手を合わせた。
これまでは
お知らせ
その調子です、と激励がありました。
何故褒められたのか、よくわからないままマイページを閉じる。
(なんか、なぁ。
様々なことが怪しい
(……ん、なにか、マイページが赤く光ったような、気が)
途端、丁寧に眼鏡の下から
これはまぎれもなくかわいいつた様である。
「あの、その、つたさま、なんか、怒ってます……?」
先程からマイページのお知らせも反応がなく、つた様は無言でぺちぺちと
一生懸命小さな体で、何とか
…………思い出せない。
ただ、このままではつた様もまた危険であるとはわかる。
「つた様、だめです。かくれて」
(どうしよう、これだといざという時につた様に当たってしまう)
ちいさな手なのに、全然剥がれないし、へたに力を入れて怪我をさせたくない。
「高橋さん!頭を庇って伏せてっ!!」
「っ!!」
園原の声に、よりぺたんと身をかがめたが、相手も読んでいたのか机を置かれた床ごとえぐったらしい。
そのまま吹き飛ばされて、瓦礫ごと叩きつけられた。
押し潰されるような衝撃に、かっと全身に熱さが走り……ゆるゆると血が通う感覚と共に、遅れて激痛が来る。
「いっ……」
痛い。息が吸えなくて声も出なかった。
痛いのは嫌いだ。何度も似たような目に遭う度、痛みがどんどん鮮烈になっていく気がする。
……こんなことに巻き込まれた、ちいさい神様はどうなってしまった?
「たかはしさんっ!!」
ゴーグルの中で眼鏡がひび割れて、視界がおかしいけど。
瓦礫の隙間から、園原の右腕が欠けているのも、
ふつ、と糸が切れるように、唐突に
感情論ではなく、マニュアルで判断しろと入社後からずっと社長に叩き込まれてきた。
(でも、こんな状況、もっと早く私がいなくなっていれば、もしかして……)
こんなどうしようもない人間なんか、親族の罪をかぶった方が楽に死ねると、かけらでも思ってしまったからもうダメだ。
「そのはら、さ、そえ、きさん……」
伸ばしかけた手は動かなかった。
ひんやりとした手に、目隠しをされる。
「づた、様。ごぶ、じでず、か……っげほ!……っぅ~!!」
話す途中で変に鼻血か何か吸ってしまってむせた。
背骨のどこかが、咳き込んだ拍子に
あの、ほんとうに。
ほんとうに、なんで自分はこうもこんなにも役立たずなのか。
(もういやだ。何もできない、何がしたいのかわからない、こうなっても、全部終わるならもうどうでもよくなっている奴に、なんで、こんな)
ああ、もう本当、ろくなことをしない。本当に、どうして、こんな風にしてしまうんだ。
自分以外の他の人なら、きっと誰もこんな目には合わせず、もっとましに世間の隅っこを借りられただろうに。
「ごめ、なさ、おねが、だか、んむっ……」
無事に逃げてほしい、と頼んだつもりだった。
細長く、しなやかな指が、柔らかく
(あ、あれ、なんか、つた様、せいちょう、して……?)
お知らせ:
瓦礫の下敷きになったことで、3週間以上の
入院加療が必要な重症判定がでました。
つた神との誓約を果たしましょう。
掌中となります。
「あ、ぇ……?」
ずるん、と全身に絡む腕の、質量が増した。気がする?
「つ、たさまぁ……?」
耳元で、ふ、と笑うように息が漏れたのを感じる。
優しく髪を指先で
お知らせ:
つた神より、
大好きな子はあたしが守るから、じっと
していなさいね。
とお言葉がありました。
「あ、あれ、あれぇ?」
その言葉をきっかけに、まるで身体の神経が切れたようだった。
全ての筋肉が弛緩して、息をするのしかゆるされていない。
それなのに崩れ落ちることがなかったのは、柔らかくも全身を抱き止める腕があったからだ。
妙な多幸感で、頭がふわふわ、するのは、とてもやさしく怪我を労わる指先のせいだろうか。
怪我を心配して、守ってくれた。
(一定期間、このまま……?それって、いつまで?)
それは、なんというか。
(この後の警察署の掃除、できないんじゃ……鼻つままれた!えっなんで?鼻血出てるから?)
時同じくして、マイページが軽快なサンバじみた音楽と共に勝手に開いた。
お知らせ
入院加療が必要な重症です。
治るまで就業不可。
とりつく島もない文がふわぁお、と妙な効果音を放ちながら、七色に輝き、リズミカルに拡大縮小を繰り返す様に、変に気が抜けた。
(もしかして、考えてること筒抜け……?)
このマイページのデザイン、誰がどういう権限で行なっているのか。
謎は深まるし、特に解明する気もなかった。
そんなことより、散々呑気にかわいいとしか考えてなかったのを、つた様が不快にならなかったかが不安である。
……すぐさま両頬を挟まれてすりすりと撫でられたので、問題ないようである。安心した。
「高橋さん!生きて……ますね!よかった!
「あ゛ー……いってーよばか……!!いま、きっちり面の皮が戻ったんでいけますよ。援軍まで残り30秒……今次元ずれた!やっぱ2分!」
(……まじで治るんだ。そして、やっぱめちゃくちゃ痛いんだな。ほんとに申し訳ない)
侵略者の方はこの事態に気づいていないのか、呑気に声を上げた。
【
なんて?
・・・・・・・・・・・・・・・
この度眼鏡は割れましたが、単なる眼鏡屋デートでの新調フラグであり、今後も決して外したりはしません。何故なら費用対効果的にコンタクトを選択しない主人公だからです。
応援、コメント、評価、フォローうれしいです!ありがとうございます!
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