⑤ 添い星(添木視点)

添木そえき 星治せいじは警察官である。


公共の安全と治安を維持する役割は、【権能スキル】を得て悪事を働く人間の多いまほろでは、生半可な覚悟では務まらない。


神名乗る人、貸し与えられた【権能スキル】に酔う人、神域に人を押し込んで破滅させる人。


人、人、人。


うんざりしている。


(おれの【独自権能ユニークスキル】が天眼通てんげんつうだったばっかりにさあ……)


独自権能ユニークスキル天眼通てんげんつう】。


添木一族の血筋からぽっと出てくる、由緒正しき覗き【権能スキル】だ。


こんな信用ある仕事けいさつでもしてないと、どんな街にも居住をやんわり拒絶されることで有名なハズレ【権能スキル】でもある。


なんたってこの【権能スキル】、いちいち許可なく、好き勝手に、対象の過去も未来も見通せる。


特に定まった過去なんて、より鮮明に見えたので。


3年前に園原に頼まれて、適切な理由をつけて本人に許可を取り、千暁ちあきの過去を覗き見たことがある。


まあ、来歴にあるように、後輩に記憶を盗られた影響か、添木そえきが印象に残らなかっただけか。


千暁ちあきの方はすっかり添木そえきを忘れていたようだが。


3年前はただ色をごた混ぜにしたペンキで塗られたようにしか映らなかった千暁ちあきの来歴も、今やはっきりと目の前に映像として再現された。


正直、吐きそうだ。


(園原さんが特に目をかけてたのは知ってたけどさ。高橋 千暁ちあき、思った以上にやべぇ精神力だったわ。園原さんの友達扱いも頷ける。好きだもんな、ああいうしぶといやつ)


帽子の陰に隠した添木そえきの眼が、青白い星の瞬きをもって光る。


映すのは泥ついた目を伏せながら、薄青く光る水に細い箒を浸し、黙々と紋を描く猫背の女だ。


それによく似た少女が正座させられたまま、楽しげに笑う老若男女から、次々とバケツで水をかけられる姿が重なる。


どうやら親族が三日三晩、交代で千暁ちあきを眠れないように拷問し、最終的に妹への加害をほのめかされて結ばれた契約であると知れた。


ことの次第が明るみに出た今、まほろでは問答無用で強要された契約は破棄になり、関係者は罪に問われる。


千暁ちあきと園原が呑気におでんを食ってる間に、外の連中がすでにその手続きを済ませた。


彼女を虐げた連中には、そのまま然るべき法に則った処罰がくだるだろう。


彼女をかわいがる神による天罰の方が早い、なんて事態は警察の沽券に関わる。


(これまで散々舐められてきたもんな。絶対ここで捕まえる)


ここまで本当に長かった。


被害者ちあきは洗脳されて事件の概要も十分にわからず、立証に足る証拠が取れなかったので追求できなかったのだ。


憶測は証拠になり得ない。


それでなんとか千暁ちあきの呪いを解こうとしてきた。


(それで結局後輩が支配された違法人造悪魔しか、高橋さんには触れられなかった、と)


千暁ちあきに感動ポルノ好きの後輩がいて幸いだった。


警察からも感謝を込めて、身柄を確保しに何人か走っている。


記憶を売り払い、自身の犯罪歴を誤魔化そうと頑張る連中が増えたので、ぜひ詳しくお話をお聞かせ願いたいところだ。


昨夜、拘束された病院事務の女が、今朝方絶命した理由も聞かなければいけない。


「我が命運、我がまにまに。が命運、我がまにまに……発動、【独自権能ユニークスキル:天眼通】」


この詠唱、ようはちょっとこの先どうするつもりか、見てやるから見せろ、との意味合いである。


めちゃくちゃ恥ずかしい。


人に害なす可能性のある【権能スキル】は、詠唱しないリスクの方が高いのが本当にいやだ。


相手方は大分怪しいがまだ人権を保障されるべき人間であった。


何かの拍子で訴えられた時に、無詠唱は隠蔽を疑われて心証が悪すぎるのである。


世の探索者は独自の名乗り向上までキメてるんだから恐れ入る。


ともあれ、呪詛に関わる何者かの視点で、この先の未来予想図が映る。


小さな取り調べ室の天井が、卵の殻をめくるように、少しずつ、少しずつ剥がれていく。


桃花に囲まれた夢のような景色に、現実のものと思われる瓦礫がれきと、肉の焦げる炎のそれが混じり始めている。


それを雄々しく炎を纏ったりゅう……いや、大蛇。そんなに格好良くないな。


はりぼての、出来の悪いへび……みたいなのに小さな取調室ごと蹂躙されるさま


30秒後の未来。


ここに園原と添木、そして千暁ちあきさえいなければだが。


(……救援まで残り2分!)


焼死は苦痛が長いので、あまり好きではないんだが戦うより他に仕方がない。


添木そえきは取り決め通りに、次々と紋を描く千暁ちあきを引き寄せて、デスクの下に仕舞い込んだ。


途端にさわさわと黒い指先がうごめいて、痩躯を抱きしめて、押さえ込んでいる。普通に怖い。


「そろそろまずいですか」


ちょっと眉を下げて、嬉しげに小さな指先を撫でた後で、千暁ちあきが尋ねた。


「チラ見したら、高橋さんの母方かな?一族で育ててるカミサマっぽいですね。炎の……へび、ご存知で?」


「みる……ああ、その眼、添木そえきさんは、星治ほしおさめほう天眼通てんげんつうでしたか。なら確かですね。燃えてるハリボテは、多分龍のつもりかと」


なんか聞き捨てならないことを言われたが、それよりも。


「あっやはり龍のつもりなんですか?」


なんとか地を這って進み、炎を噴くこともなく、牙も爪も使う能がないようだが。


「マスゲームみたく、親族で画用紙に模様書いてやるのが正月恒例みたいですよ。見たことないですけど、従兄弟が自慢してました」


……あれを。と思ったが信仰は自由である。


たとえそれがじぶんがかんがえたかっこいい神様でも自由だ。


わざわざガキを虐待して作る割には、随分と低クォリティだな、と内心で思うのも添木そえきの自由である。


「あっ10秒前ですね。高橋さん、目は伏せててください。園原さーん、ドア側壁の右上のとこです」


「はい♡ 」


轟音と共に、壁が砕けた。


その瞬間、床に固定していた銛……銛?を園原が射出する。


見事に巨体へと突き刺さったそれは、寸分違わず燃えるはりぼての、おそらくは頭あたりをその場に縫いつけた。


なんで銛が空中に突き刺さって固定されるんだよ。


「旦那がママタナワでゲットした使い捨て対神銛たいしんもり、正直もう2、3本欲しかったですね……すごく便利」


「園原さん、また防人さきもりの旦那さんに無茶言ったんすね」


並行世界パラレルワールド】からの侵攻を守る防人は、他世界の不思議グッズに触れる機会が多い。


どこだママタナワ、と聞いても絶対ろくな説明がない。いつものことだ。


【なぜんっでたおいまにえにだがけさがなしいあかわらせなに】


で、こっちはなんて?



……………

なんでおまえだけがしあわせに

ぜったいにがさないからな


が1文字ごと合わさってます。多分。

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